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▼ 45 面会

ベルンホーンの勾留場所は広大な敷地にある邸宅だ。
この豪勢な独居房からは決して出られない。
使用人も軍の兵士で彼らには見張りの役目もあり、さながら親切な看守であった。

「おい、煙草買ってきてくれ。この銘柄な」
「かしこまりました」

玄関の外の門番に紙幣を渡すと迅速に対応される。多くの自由はないとはいえ、こんなソフトすぎる待遇だとは。

「これがあと何十年も続くとしたら、確かに悪魔には最悪の刑だ。体はなまるし俺の魂収集が途絶えてしまう……」

けれどそんなことがどうでもよくなるほど、最大の悩みは愛しい奴隷の青年だった。

彼は今日この場所を訪れる。もう四週間も触れていない。周囲が手配してくれたことには感謝するが、我慢の限界だった。

午後、ユーゲンに連れられたシスタは身体チェックを受けたあと、玄関先に一人で現れた。

「ベルンホーン……!」
「ああシスタ、元気だったか? こんなことになって本当にすまないーー」

腕を広げようとすると、どん、と胸板に抱きつかれる。それほど熱のある抱擁は初めてで悪魔は虚を衝かれた。

「シスタ……? 大丈夫か」
「私は平気だ、お前は一体どんな目にあってたんだ」

懸命に平静を保とうとシスタが目をそらさずに尋ねてくる。自分がいない間、こうやって気を張っていたのが想像できた。

「ここはまるでお前の家のようだ……こんな豪華な屋敷にいたのか?」
「最初の数日は別の施設で取り調べを受けていたよ。俺は正直に全てを自白したから、逃亡の恐れなしでここに移送されたんだ」

しかも仮の留置所ではなく、もし罪が認められれば刑期をこの場所で終えることになっている。
詳しくはまだシスタには伝えなかった。とにかく今は互いの顔を確認して安心したい。

「さすが貴族だな。使用人もいるようだし、想像とまったく違った。お前が尋問など、ひどい扱いを受けていたらと心配で」
「ふふふっ。まさか。誰も俺にそんなことはしないよ。生活に不便はないから安心しろ」

ベルンホーンは優しく黒髪に唇を寄せた。
青年の懐かしい匂いを吸い込み、ぐらりと悪魔の心が堕ちてしまいそうになる。

二人は吹き抜けの広い居間に移動した。面会時間は一日二時間だ。

ソファに腰を下ろすと、緑の鮮やかな瞳が色っぽく見つめ、シスタの唇にようやくキスをする。

「んっ……ベルンホーン……」
「はあ……お前の口はなんて甘いんだ……頭をやられてしまう」

それからしばらく味わっていたが、シスタの瞳がとろんとしてきた為悪魔は自制した。

本当は時間いっぱい愛し合いたいが、話もしたい。
考えながら首筋に触れたとき、ローブの下のペンダントに気づく。

「これは……よかった、見つかったんだな。あいつに頼んだんだ」
「ああ。エハルドにも礼を言ったが……ありがとう。ベルンホーン。私の願いを聞いてくれて」

安心したように微笑みを見せる青年に愛しさが増す。なぜかこちらのほうが少し照れくさい思いがした。

「あいつには礼をしとくよ。今回は良い働きだった。それにしても、お前がこのペンダントをそれほど気に入ってくれていたとはな」
「お前からもらった大事な贈り物だからな。……今はあまり会えないから、余計にそう思うんだ」

シスタの顔がひとりでに赤くなっていく。
いじらしい様子を見たベルンホーンは感極まり唇を寄せる。

キスをした二人は見つめ合い、柔らかな笑みもこぼれた。こうしてゆっくりした空気が流れるのは予想外だった。
しかしとても居心地がいい。
独房に訪れた束の間の幸福だ。
 
ベルンホーンは機嫌よさそうにシスタの頬を指で撫でる。

「それで、お前は今どこにいるんだ? 大丈夫か、安全か?」
「ブルードのおかげで、ある高貴な方の世話になっている。もったないほど素晴らしいお城だ」
「へえ? 誰だそれは? 上流階級だとは聞いたが名は伏せられていたんだ」

シスタが説明をするとベルンホーンは思わずソファから立ち上がった。
その名を聞いて震え上がらない者はいない。深い尊敬と畏怖の念が押し寄せてくる。

「冗談はよせ、お前、ヴェルガロン公爵家のお方に厄介になってるのか? なんということだ!」
「そ、そんなに大変な立場の方なのか? もう遅いぞ、結構世間話もしてしまっている。暇を持て余しているらしく、こんな若輩者の私と会話を楽しんでくれて……」

珍しく放心状態だった悪魔だが、やがて腰を落として青年に言い聞かせた。

「彼らは表舞台にはもう現れないが、うちの家も同じ公爵家とはいえ格が違う。あちらは古の魔界から歴史をはぐくんできた吸血族の名家だ。魔王家とも深い関わりがあったとされている。ブルードのやつ、こんな凄いことを隠していたとは……」

普段家柄などに興味のなさそうな悪魔だが、かつて歴史を導いていた吸血族のこととなると話は別だ。冒険心から胸の高鳴りを覚えてくる。

身を引き締めたシスタは失礼のないようにすると約束をした。

「二ズル様は今回のことでお力添えをしてくれるとおっしゃった。凄いことだろう?」
「お前は……いったいどんな手を使ったんだ。事実ならばあまりに光栄なことだが……大丈夫なのか? まさか夜伽を強要されてはいないよな?」

シスタは悪魔のズレた想像に「紳士的な方だ」と反論していたが、ある意味ベルンホーンの心配のタネは増えていた。

とにかくブルードの目があればきっと大丈夫だろうと信じることにする。

「ーーそれでな、エハルドも心配してくれていて、更にトロアゲーニエ卿も力になってくれると言ってくれた。それにユーゲンのお父上もだ、皆がお前のことを助けようとしてくれている。だから気をしっかり持て、ベルンホーン。なにより私がお前のそばにいるぞ、どんな事をしても支えたいと思っている」

前向きに報告をするシスタに手を握られて、愛しくてたまらなくなった。
上から彼の細身の体を抱きしめる。

「でかしたぞ、シスタ。皆に援護してもられば百年の刑期が五十年ぐらいには縮むかもな。朗報だ」
「……なんだと? 百年? うそだろう……?」

腕の中からか細い声が聞こえ、やはり何も聞かされていないのだとベルンホーンは複雑な心境になる。
しかしこれは自分が伝える責任があることだ。

「この間言っただろう? 百年ぐらい大したことないと」
「それは一緒にいられる時の話だ、これからの百年はお前と離れ離れになるかもしれないんだぞ!」

青年のあまりの剣幕に悪魔は動きを奪われる。

「私に何が出来る……? 私のせいでお前が捕まった。私がもっと強ければ、お前はあんなことをせずに済んだんだ……」

打ちのめされている青年を見やる悪魔の胸が痛んだ。この愛しい青年のためだけに、心は悲しみを覚える。

「すべて俺のせいだ。俺にはお前を守る義務がある。それなのに傷つけてしまったな」

そっと悔やむ顔を撫でる。
痛みを分かち合うように二人はまた互いを抱擁した。

予期していたように少ししんみりした空気になってしまったが、シスタは腕の中でもぞもぞと動き出した。

「どうした? もっとこの中にいろ」
「いたいんだが……その前に、お前に渡したいものがある」

彼がローブの中から取り出したのは金色のブレスレットだ。少し厚みがあり、シンプルなレリーフが美しい代物である。

「ここに入る時に調べられたから、包装してなくてすまない。これはお前に買ったんだ。初めて魔界で得た金で、私も何か贈りたかった。……お前からしたら高価なものではないと思うが、きっとこの腕に似合うと思って」

白い手首にはめられるのを見て、これはあの事件の日に手に入れたものだと気づく。
ベルンホーンは一瞬黙って潤みそうになった瞳を無理やり見開いていた。

そんな思いは初めてのことだ。切ない気持ち以上に、衝撃と愛おしさが同時に襲ってきた。

感情のままにシスタの唇を奪う。何度も傾けて甘い口づけをした。
息の浅い唇から名残惜しく離れ、優しく見つめる。

「大切にするよ、シスタ。どうもありがとうな。生きてきた中で一番うれしいプレゼントだ」
「……本当か? よかった……」

悪魔と青年はこの時、二人だけを繋げる大切な気持ちを共有していた。
離れ離れだからこそ、それは胸を熱く灯す相手への想いだった。



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