▼ 39 悪魔の過去 ※
真面目な話になると思ったら、またもや予想を裏切られた。
シスタは転移魔法により即ベルンホーンの寝室へ連れていかれ、その大柄な体躯に押し倒される。
シャツを強引に剥かれ白い肩があらわになった。
「なにするんだ、落ち着けって!」
「いいから調べさせろ」
両腕に手を滑らせ脇腹まで確かめられる。
妙な痕がついていないか見ているのだと分かったが、下半身を裸にして太ももを持ち上げられたときは悲鳴を上げた。
「変わっていないな……ここは俺のものだ」
ベルンホーンは淡いくぼみを指で広げて眺め、そのまま口づけをした。
「やめろ……っ」
青年に構わず愛撫を続けると中はびちょりと濡れていく。
刺激につれて肌が赤く染まりシスタの胸が上下する。
覆いかぶさった男は自身を挿入し腰を揺らしていく。
「ん、っん、あぁっ」
「お前は本当に年上の男が好きだな」
「そんなんじゃない!」
「あんなつまらない男のどこがいい、もう近づくな、シスタ」
胸を合わせて答えを急くように律動され、あっという間に絶頂を与えられる。
青年が達したのを知ったベルンホーンは笑み、上から抱き込んで中を確かめるように愛した。
やがて二人共同時に達する。
熱い胸が鼓動を共有し、隙間なく肌が抱き合っていた。
シスタはそっと男の背中を撫でる。
「あれは仕事だ、お前が考えてるようなことではないよ。私はお前以外の者とそういう関係になったりはしない、約束する」
すると悪魔は顔を上げ、切なげな瞳を形作った。
「約束か……」
そうつぶやくと、真上に乗ったままシスタの顔を手で優しく包み込み、甘いキスをする。
翻弄されながらもシスタは仄暗い緑の瞳を探ろうとした。
「何があった…? 本当に天使を殺したのか。教えてくれ」
シスタは責めてはいなかった。ただ悪魔のことを知りたかったのだ。
「まずお前を抱かせろ、俺は安心したいんだ」
ベルンホーンはそう言うと、夜が訪れるまでその為の行為に没頭した。
◇
目覚めるとカーテンの開いた夜は深く、赤い月の光が差し込んでいた。それはベッド脇に座るベルンホーンの広い背中を妖しく照らす。
彼は煙草を吸っていて、物憂げに煙を吐き出している。
「ん……ベルンホーン……」
目覚めたシスタは体を少しずつ起こし、背中に手を伸ばす。指先でそっと触れると、横顔に振り向かれた。
彼は火を消して向き直り、何も言わずにシスタを抱きしめる。
荒々しく抱いたあとで優しいこの腕の中に包まれると、どちらも彼なのだと切に感じた。
「シスタ。俺は以前、男の奴隷を所有していた。十五年ほど前のことだ。地上で儀式が行われた際、俺は奴の魂を冥界に持ち帰った。バイルという名の魔術師だ」
突然説明をされ、シスタは頭を素早く巡らせる。
その名前には聞き覚えがあった。深い動揺をともない尋ねる。
「バイルとは……マルグスが殺して体を使っていた男、か?」
「そうだ。お前も見たはずだ、あいつの姿を。転生し、中身は別人に乗り換えられていたがな」
最後の戦いで対峙したあの金髪の端正な顔立ちの男。
年は三十代ぐらいで相当な実力を持った黒魔術師だったという。
若い頃からマルグスとともに儀式集団を作っていた彼は、ベルンホーンを召喚する際に裏切られ、マルグスの手で殺されてしまったと聞いていた。
「では奴と契約したあと、お前はその魂を奪ったんだな」
「ああ。あいつの捧げ物としてな。ずっと奴らの動向を観察していた俺は、元々バイルの魂を狙っていた。マルグスなどよりもっと崇高で、価値のあるものだったからだ」
しかし上級悪魔といえど、契約か捧げ物でしか人間の魂を入手できない決まりがあるため、ベルンホーンは仕方なくマルグスと契約をし、その願いを聞き入れてやった。
楽しみは目の前のあくどい人間ではなく、持ち帰ったバイルだ。
だが彼は当然冥界で転生させられた事を簡単に受け入れられるはずもなく、大きく混乱し精神に打撃を受けていたようだ。
「それはそうだろう、自分は殺され、わけもわからず冥界で目覚めては……」
シスタは自ら決意してここへ来たが、バイルの心中は察するに余りあり、深い同情が湧いた。
「俺は誠心誠意奴をもてなしてやったが、確かに状況を受け入れるのには時間がかかっていた。それにバイルは、マルグスを殺したいと強く望んでいた。無論奴は俺の契約者だからそんな事は出来ない。しかし執念深い魔術師の奴は諦めなかった。表向きは俺に服従していたが、裏では堕天使とのつながりを持ち、勝手に地上に行き奴に報復しようとしていたのさ」
一連の流れは衝撃的な話だ。
クローデスにいた堕天使の誘いで彼はマルグスの魂を献上することを条件に奴を狙った。
しかしベルンホーンに見つからないはずもなく、二人共地上で始末されたのだという。
「たった半年ほどのことだったが、あれはショッキングな出来事だった。今でも時折思い出すよ。あの美しい魂を自分の手で消さなければならなかった無念をな」
切々と話す悪魔の前で、シスタはすぐに言葉が発せられない。
「バイルは天才的な魔術師でな。エルゲ・ヴィレイニほどではないが、近いレベルだ。めったに出会えない貴重な魂に俺はそのとき完全に心を奪われていた」
遠くを見るベルンホーンの瞳が再び煌めき始め、シスタは息を呑む。
バイルの行動は理解できた。同じ人間として、魔術師としても、悪魔の裏をかいてでも復讐することには道理がある。
しかしシスタが気になったことは他にあり、なぜか喉の乾きが異様に広がっていく。
「……彼を抱いたのか? 私と同じように」
「いいや、抱いていない。あいつは内心俺を警戒して拒絶していたからな。俺もそういう目では見ていなかった。手に入れたものを全部この体で味わいたいわけじゃないんだ。エルゲ・ヴィレイニもそうさ、お前風に言うならば仲間としてそばに置きたいと思った」
それはこの男特有の感覚がしたが、本心を話しているようだった。
「ではなぜ私には最初から手を出したんだ。私はそんなに魔術師としての価値が乏しかったか」
真剣に尋ねると、ふっと出た柔らかな表情で笑まれる。
「お前は俺のタイプだった。顔も体つきもにじみ出る甘い香りも。我慢が出来なかったよ。よだれが出てしまうほどにな」
頭を触られ、ぎゅっと抱き寄せられるが本当なのか分からない。
「愛していたんだろう? 彼のことを」
なぜか胸が落ち着かず、不安定なところに立っている感覚がシスタを襲う。
ベルンホーンはゆっくりと顔を振った。
「愛はお前に教えてもらったんだ、シスタ。あいつじゃない」
はっきりとした言葉尻が冷たく響く。
二人はしばらく黙って寄り添っていたが、ベルンホーンにからかうような仕草で顔をのぞきこまれる。
「やけに静かだな。俺を責めないのか? お前のお得意の正義感で」
「私は……お前の過去を否定するつもりなどないさ。ただ、驚いているだけだ」
「ふぅん。何に対して?」
シスタは答えられなかった。
本音では、この悪魔が心の中にまだその男の存在を深く持っているという事実に、不可思議な感情が湧いていた。
愛していなかったというが、本当にそうだろうか。
なぜ自分に無関係なことが気になるのか、シスタ自身も理解できなかった。
けれどそんな青年の心は知りもせず、ベルンホーンの中では別の話がまだ終わっていない。
「ところで天使の話だが、シスタ……」
「……ああ。そうだ、ベルンホーン。お前は大丈夫なのか? 殺した堕天使とはクローデスの仲間だったんだろう、狙われたりしなかったのか」
問われた悪魔は呆れた風に笑いだす。
「俺を狙ってどうする? あんな翼がもげたガラクタの寄せ集めなど、束でかかってもこの俺には敵わないさ」
「……お前は……どうしてそう自信満々なんだ。それは事実なのかもしれないが、立場が危ういのは確かだろう?」
また不本意な心配をされベルンホーンは口を曲げる。
「いいか、よく聞けシスタ。俺が唯一恐れるとするならば、かなり高位の天使だ。神に直々に仕えていたとか、そういう奴らな。しかしそういった者が降りてくるのは千年に一度ぐらいの頻度であるし、強力な天使はそもそも魔界を自由に歩くことなど出来ない。魔王と協力関係を結び、厳重に管理されると言われているのでな」
だからあの程度の組織は脅威にならないとベルンホーンは断言した。
「そもそも危険なのはお前だ。俺が原因で天使連中に狙われたらどうする? だから関わるなと言ってるんだ。もしお前に手を出されたら、あの難民地域を燃やし尽くしてやるぞ。それはお前の本意ではないだろ?」
仕事に精を出している青年に向かって、半ば脅しのように恐ろしいことを言う。
黙ってしまった相手をベルンホーンは愛おしそうに胸に抱きしめた。
「ああシスタ、もうあの年寄りに関わるな。俺は騎士だけで忙しいんだ。お前をたぶらかすのは俺だけでいい」
シスタは珍しく反論しなかった。
ただ悪魔の背に手を回し、素直さと葛藤が入り混じった子どものような表情でいる。
「……わかったよ。仕事以外の時間には会わない。今までもそうだったが、今日はお前が来たから……」
顔を上げて見つめる。
どう考えてもベルンホーンがいたのは偶然ではない気がしたが、もうすでに気にもならなかった。
「あぁ……まだ仕事も終わってなかったのに、お前のせいだぞ。夜になってしまった、どうしてくれるんだ」
「仕事なんか頭の隅に放っておけ。お前も少しは魔族らしく生きろよ。それに今日ぐらいはいいだろう、俺はお前が必要だ」
抱き合うだけでシスタは返事をしなかったが、ひとり心の中でそれは自分もだと考えていた。
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