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▼ 36 初仕事

今日は霊魂管理局への出勤二日目だ。
シスタは敷地内にある別棟にいた。制服をまとい身体検査を受けたあと、工場のような場所で魂の管理を行うのだ。

「それでは説明した通り、あなたは四号室で魂を受け取り、それぞれの排出口に運んでください。きちんと履歴を確認して、間違えないように。手違いで転生されてしまったら憐れですから」
「わかった。決して注意を怠らないよ」

開始まで付き添ってくれたユーゲンに約束し、シスタは多くの作業員に混じって仕事をする。

品質によって分けられた魂は輝きが異なる。それらは更に年齢や性質で区分けされ、シスタは初めて人間の魂に直に触れた。

作業内容は簡単だが、寿命を全うした老人から病により亡くなった若者、不慮の事故にあった子供など、知れば知るほどシスタにとっては心が痛む仕事だった。

魂集石のペンダントを使い懸命に取り組んでいると、あっという間に時間が過ぎていく。
ある時レーンに戻ると鮮やかな赤色に光る魂を見つけた。

「これは……なんだ?」
「あ、赤魂か。地獄行きのやつだ。触るんじゃないぞ」

近くからリーダー格の男がやってきて係員を呼ぶ。
すると特別な制服を着た職員が慎重に箱に入れ、収集して去って行った。

「地獄行きの魂もあるのか?」
「あるさ。ここには普通混じらないが、到着するまでに変色することがある。理由は不明だ。冥界に来て腐っちまったのか、正体が暴かれるまで時間がかかる程悪いモノなのか、どちらかだろうな」

はは、と笑う男はまた仕事に戻っていった。
シスタはこの時、地獄はこちらの世界からも忌まれる場所なのだと感じた。



昼休憩の時間になり、ユーゲンと再び会った。
彼に昼食を誘われ管理局の本部へ向かう。ロビーは吹き抜けになっており、二階部分のテーブル席で向かい合った。

「仕事はどうですか。単調でしょう」
「そうだな。でも興味深いよ。元人間が魂を管理するなんて不思議な感覚だ」

そうこぼした青年に対し、黒髮オールバックの理知的な男は納得の顔つきだ。

「しかし感情は乱れてませんね。あなたはやはり真面目なタイプのようなので良かったですよ」
「それは心配ない。これでも仕事上の経験はしてきてるから」

同様の冷静さをもつ二人は同じタイミングで鞄から弁当を取り出した。
シスタは初日のため一応持ってきたのだが、あまり光景的に結びつかないユーゲンを見て意外に思った。

「弁当持参なのか? やけに大きい入れ物だな」
「あなたもでしょう」
「これはベルンホーンが作ってくれたんだ。見てくれ、大量のトカゲだよ」

悪魔の十八番の丸焼き料理を目にし、ユーゲンは黒い瞳で食い入るように見つめた。

「あの人がわざわざ料理ですか? シスタ、あなたは一体どんな魔法を使っているんですか」
「何もしていないよ。あいつは結構尽くすタイプなのかもしれない。……うん、うまいな。一本どうだ?」
「結構です。私はこれがあるので」

咳払いをしたユーゲンは眼鏡を直し、直立している長箱を開いた。
シスタは中から出てきたものに度肝を抜かれる。

「なっ! それは、うさぎ……か?」
「似た獣です。セルドゥが作ってくれたんですよ。朝から直火で庭で焼いていました。君と一緒だと話したら、ぜひおすそ分けしてあげてくれと。ーーはい、どうぞ。食べてくださいね。彼の願いですから」

切り分けてくれた最も美味しいという頭の部分に、シスタは思わず尻込みしたが、せっかくの好意を受け取って頬張った。

魔界の食物は見た目は派手でも味は良い。
二人はナイフとフォークで丁寧に口に運んだ。

「美味しいな。私の分までありがとう。ユーゲン、ということはあなたは今セルドゥと一緒に住んでるのか?」
「ええ、実は。あなたとの作戦があって以降、私の家で同棲を始めました。日々素晴らしいですよ、シスタ」

視線を落としのろける眼鏡の男は、仕事時の冷たい雰囲気はなく新鮮に映る。
シスタは二人が変わらず仲を育んでいると聞き嬉しく思った。

「こんな事を聞いていいか分からないが、将来のことも考えているのか。すごく本気に見えるから」
「本気ですよ。きっと父は反対するでしょうが、構いません。私の人生において一番大切な事柄がセルドゥとの愛なのです」
「そうか……驚いたよ。あなたは思ったより熱い方なんだな」
「エアフルトさんには負けますけれどね」

鋭いつっこみには苦笑させられた。
こうして和やかに休憩をしていた二人だが、シスタはある時階下のロビーに目を向けた。

玄関扉から七人ほどの真っ白い人々が入ってきたのだ。
管理局の制服の者が、髪も肌も透き通るように白い異色の彼らを率いている。

「……あの者達は誰なんだ? 魔族か?」
「彼らは天使ですよ」
「……え? て、天使だとっ!?」

思わず大きな声を出したシスタは廊下に列をなしている者達を見やる。

「なぜ天使がここにいるんだ」
「天上界から降りてきた、いわば「堕天使」である難民なんです。追放された者や自ら逃げ込んできた者が捕獲され、保護されます」

何も知らなかったシスタは淡々とした説明を聞いた。

本来、天界の神に仕える天使は魔界の悪魔と敵同士であるが、一度こちらへ足を踏み入れれば管理局の保護下に置かれるのだという。

「つまりここへ来れば一応は仲間と見なされるのだな。……反抗した者はどうなるんだ?」
「規則に従わない者は下層に捨てられます。利益をもたらさなければ難民として認められません。そのかわり認定後の待遇は厚いんですよ」

管理局は難民保護も重要な課題として取り組んでいるのだと、ユーゲンは自信のある笑みを浮かべた。

シスタは思いの外驚きと感銘を受けたようで、身を乗り出して口を開く。

「よかったら、私に彼らと話をさせてくれないか?」
「何を言い出すのです。あなたはまだ新人ですよ。そもそも魔人に天使の相手などーー」

すぐに難色を示されたものの、シスタは強く願い出る。
自分には生前、悪魔による被害者と向き合う仕事があった。精神を冷静に保ち、対象とまっさらな立場で根気よく話すことができると提案する。

ユーゲンは黙って思考し始める。

難民の扱いは簡単ではない。上級悪魔に引け目を感じたり、すぐに信用しなかったり怯える者も多く、スムーズにいかないこともあるという。

「ふむ……あなたがそこまで言うのなら、試しにやってもらいましょうか。では保護司として話を聞いてみてください。けれど、このことはエアフルトさんには絶対に言わないでくださいね」

突然ベルンホーンの名を出されシスタは怪訝に思った。

「それはなぜだ?」
「彼は天使が大嫌いなので」

あっさりと言い放たれたのは至極分かり易い理由だった。



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