▼ 31 特別な感情 ※
考えてみれば、非常識な翻意だっただろう。
寮舎から出て邸宅の大門に向かう馬車内で、わざわざ着替えて付き添ってくれた親友に申し訳なく思う。
「もうあそこで待っているようだ。エハルド、ここで大丈夫だ。ありがとうな」
「いいよ、気にすんな。明日は寝坊すんなよ? ……ああくそ、まだモヤモヤする」
大人になろうとしたが難しかった騎士は、馬車を停めさせて青年を降ろす。がっちり握手を交わし抱擁もした。
互いにおやすみを言い、シスタは舗装された道を歩き出した。
門前にはすでにすらっとした銀髪の男が立っている。
彼は以前薬の件でここへ来たことがある為か、門番と親しげに喋っていた。
機嫌のよい瞳がシスタを捕えると、手を上げて迎え入れる。
「シスタ! ふふっ、夢のような瞬間だな。またお前が俺のもとに戻ってきてくれた」
悪魔は嬉しそうに青年を抱きしめると、時間がもったいないと言わんばかりにその場から転移魔法を使った。
空の高速列車を使用したにしても早すぎる到着だとシスタは感じていたが、彼はなんと自宅の広間に直接帰還した。
「んっ? お前、冥界から魔界に転移できるのか」
「出来るのは当然だが、許可されている。ただし推奨はされていないぞ、緊急時だけだ。魔力も使うしな」
つまりちょっとしたズルなのだと教えられ青年は言葉が引っ込んだ。
自分のしでかした事ではあるが、奴隷のためにそんなことをして大丈夫なのかと焦る。
しかしベルンホーンは二人きりになった途端、さらに幸せに包まれた様子でシスタに情熱的なキスをした。
「んっ、……んん!」
「はぁ……シスタ……よく帰ってきてくれたな。お前はなんて良い子なんだ」
うっとりと唇をついばまれ、舌を滑らかに差し入れては絡められる。
「ま、待て……私は、別にお前の言うことを聞こうとして帰ってきたわけでは……っ」
体を抱きしめる長い腕と、刺激を与える手つきに翻弄されながら言葉をつむぐ。
この帰宅を褒められると違和感があった。命令だからでも、親友との潔白を証明するためでもないのだ。
「んん? どういう意味だ、俺とするのは分かっていただろう? こんなに寂しがらせておいて……」
「それは分かっている、そうではなくて……! 私はただ、自発的に、お前に……会いに戻って……」
息を上げ、途切れ途切れに説明するうちに、自分でも何を言ってるのか分からなくなってきた。
しかしベルンホーンにははっきりと通じた。
あまり気持ちを普段から示すタイプでもない、青年の愛おしい想いが。
「うっ……シスタ……今のはものすごく俺の下半身に響いたぞ……もうお前を抱くことしか考えられない、続きは寝室で聞かせろ!」
心身の興奮を抑えられなかった上級悪魔は、彼を抱えるとすぐに自分の部屋へと連れ去った。
シスタは大きなベッドの上で服をはだけさせられ、性急な悪魔に覆い被さられていた。
さらっとした黒髪は乱れ、上気した顔はまっすぐ上にいるベルンホーンに向けられている。
羞恥はあったが、太ももを柔らかく開いた体勢でも、今夜はいつもより自然に状況を受け入れていた。
「ん、あぁ……ああぁっ……!」
濡れそぼったそこにベルンホーンの逸物が挿入されていく。
彼は膝をついた体勢で、シスタを見下ろしながら腰を艶かしく動かしていった。
「んっ、んぁ、ベルンホーン、ま、まて、ゆっくり…っ」
「……ん? ゆっくりして欲しいか? すぐにイッてしまいそうなのか、シスタ。ならばもっと速くしよう」
意地悪な悪魔は腰を徐々に突き動かしていき、青年に喘ぎを上げさせる。
「だっだめだ、まってくれ、あぁ、あぁっ、んっ、
……イクっ!」
あっという間にがくがくと腰を跳ねさせたシスタを満足気に抱きこむ。
ペニスに伝わる締めつけを感じる至福のひとときは病みつきになるほどだ。
お礼に中に出してやりたくなり、ぴたりとくっつけて下半身を入れ深く種付けさせた。
すると何度も突かれたシスタは背をのけぞらせて達する。
ベルンホーンは自身の精液を搾り出すと恍惚の表情で青年の上に倒れ込んだ。
「なあ、さっきの話だが……俺に会いたいと思ってくれたのか? それはつまり……お前も俺に特別な気持ちをもってくれていると、思っていいのかな?」
瞳を細め、やたらと優しい声だ。
まだ気持ちよさに目が眩むシスタの顔を撫で、キスをしながら問いかけた。
「お前は……特別だ。ベルンホーン……」
瞳がじっと合わされる。
すると悪魔のほうがじわりと潤んできた。彼は一瞬黙って噛み締めている。
「ああ! 今日はもう何発でもしてしまいそうだ、俺の心はお前のせいで歯止めが効かない!」
「……い、いや待ってくれ、私はお前ほどの精力はない、それに明日は大事な約束が…!」
「ふふっ、それは心配するな、寝る時間はあまりないだろうが、ブルードに起こさせる」
にこりと笑う悪魔の愛のこもった営みは無限に続く。
彼は押し倒していたシスタを抱き起こし、足を伸ばして座る自身の上に跨がらせた。
対面座位となった青年の顔はやや染まり、ぎこちなくなる。
「なぜこの体勢なんだ……居心地が悪い…」
「ひどいな、俺の上は一番気持ちいい場所だろう。もちろん下でもいいが」
ウインクにそぐわない卑猥な文句を放ち、ベルンホーンは揺らし始める。
シスタは目線の置き場に困った。
騎乗位をやらされたことはあるが、これはまるでお喋りしてるような距離感で、甘ったるく腰を動かされると妙に恥ずかしい。
それにベルンホーンの上半身は肩がまっすぐ広く、しっかりした胸板と引き締まったウエストの対比に色気があり、男でも見惚れる肉体だ。
「あ、あぁ、っく、んん」
彼の肩に両腕を回し、絶え間なく揺らされる。
「ふふ、可愛いぞ、お前の表情がよく見える」
唇を重ねられ、腰の動きに合わせてねっとりと口づけられる。
頭がだんだんとぼうっとしてきた。
同時にシスタの胸が鳴り始める。
肌が重なる安堵感を、鼓動が脅かすこともなく共存している。
「ぅ、う……あぁ、あ……ベルン、ホーン、気持ちがいい……」
そんなことを口走ったのは初めてだった。
体の鎧が剥がれ落ちていくのを、大きく目を見開いた悪魔も感じ取った。
「シスタ……気持ちいいんだな? これほど嬉しいことはないぞ。あぁ、お前をもっと良くしてやりたい」
両手でがっしりと捕まえ、密着しながら恋人同士のように愛し合う。
触れる手にも熱がこもり、シスタは中を下からかき回されて理性を飛ばしていく。
「っあぁ、あ、い、いく、ベルンホーン、イク……ッ」
自分でも驚くほど、ぎゅうっと強く掴まり達した。
もう何度も溢れ出したペニスを震わせ、下半身が力を失っていく。
「はあ、はあ……」
悪魔の肩にくたりと寄りかかり、赤い顔で息をつく。
自分だけまた多く達したと思い、顔を上げられない。
「どうだった? シスタ」
「……良かったよ」
素直に告げるが座ったまま向き合う体勢はそろそろ終わりにしたい。
だからシスタは、ゆっくりと腰を上げて離れようとした。
「おい……! まだ行くな、俺はお前をもっと味わいたいーー」
「だったらまた上に来い。ほら」
男らしく誘った反面、再びこの悪魔の下で喘がされるのだとシスタは嘆きたくなる。
しかし今は、それでもいいと何となく思っていた。
「お前の重みは中々気持ちがよくて、好きなんだ」
今夜はとくにおかしいと思いつつ、目を輝かせて体重を乗っけてくる悪魔を受け止める。
体力も精もまったく衰える様子のない若き悪魔は、青年への愛と欲情に身をゆだねた。
「一緒にイこう、シスタ、お前と完全にひとつになりたい。……あぁ、たのむ、もう一度俺に甘い言葉を言ってくれ」
激しく揺さぶられる合間に、彼は夢中でキスを与えながら懇願してくる。
シスタは広い背に手を回し、頭だけははっきりさせてこう返した。
「私はお前が好きだよ、ベルンホーン。好きだ……」
それがどういう意味を持つのかなんて、シスタには分からない。
けれど正直な気持ちだった。悪魔に対して芽生えてしまった、特別な感情だ。
何度中で出されたのか。どうでもよくなるほど、その夜は熱かった。
青年は眠りそうだったが、悪魔は彼の頬を愛おしそうに撫でながら、まだ起きていたいようだった。
シスタのぼんやりとした瞳が向けられたとき、微笑みかける。
けれど、この青年は悪魔ほどではないが、些か雰囲気をものともしない所がある。
「ベルンホーン……聞きたいんだが」
「ん? いいぞ、なんでも答えてやる」
「では、お前はエハルドにーー」
その名を聞いた途端、悪魔の顔つきが凍えるように冷えていった。
「シスタ……ついさっきまで俺達は仲睦まじく、そして激しく燃え上がるほどに愛し合ったというのに、お前は他の男の名をベッドで口にするのか」
本気で怒ってるわけではないが、厳しく注意する必要はあった。
だが青年も迂闊に口に出したわけではない。どうしても知らなければならなかった。あのキスの話を。
一見子供じみた内容だが、悪魔の口から出たなら冗談には取れない。
「ああそれか。なんだ、もう10回以上されたのか? 盗人のケダモノが」
「いや、されていない。この間のプールで二回きりだ」
律儀にあの日も報告を受け、正直ベルンホーンは自分への忠義に感心しながらも、青年の馬鹿正直さを客観的には呆れてもいた。
「あんなものはただの脅しだ。魔族に堕ちた者の愛欲は他人になど止められやしない。それに俺はな、確かにお前に手を出す奴は問答無用で殺してやろうと考えている。けれどな……」
ベルンホーンは饒舌さが薄れ、言葉を濁した。
これは今は言いたくはないことだった。
青年が親友を心配するたび、自分は自分で色んな思いにがんじがらめになる。
そうした苦悶をこの特別な夜に吐露などしたくない。
「ああ、もうやめよう。今は二人きりの時間だ。俺のことだけを考えてもう寝ろ。明日は一緒に行ってやるから」
「……えっ? 明日?」
聞き返されたが、ベルンホーンは愛しい者を腕に抱いてもう眠っている。
明日は自分も昼食会に参加し、トロアゲーニエと護衛のトロイエに会ってやろうという目論見があったのだ。
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