▼ 24 地上の友人 ※
「あれえ? 誰もいないのか。おい、誰か来い! 俺がわざわざ来てやったというのに。無礼な人間どもだ」
「ベルンホーン、やっぱり帰ろう、失礼なのは私達のほうだ!」
シスタは木造家屋の一階のソファにふんぞり返る悪魔を思いきり引っぱる。しかし彼は可愛い仕草だと笑うのみで、周囲の気配に耳を研ぎ澄ませていた。
すると廊下から腰にタオルを巻いた裸の男が現れた。
白くしなやかな筋肉質の美貌の彼は、濡れた金髪を拭く手を止め、瞳を瞬かせる。
「なにを……している。お前達、勝手に入ってくるな」
「シグリエル、急にすまない。この男が無理やりーー」
風呂上がりの男は一人だけでなく、すぐに後ろから若い青年が出てきた。
黒髪を刈り上げた、耳にピアスがいっぱいの弟アディルだ。
「なっ、アァァァ゛っ! なんでお前がここにいんだよ!」
彼は筋肉質な裸体で吠えたところを、悪魔にニヤニヤと眺められる。
「二人で風呂に入っていたのか? 仲がいいな」
「ちっ、ちげえよ! これは偶然だから、ちょうど運動してたところでな!」
シグリエルは弟を落ち着かせ、「服を着てくる」と言い奥の部屋に消えた。
シスタは頭を抱えながらじっと待つ。隣の悪魔はまるで帰る気がないようだ。
しばらくして四人は吹き抜けの居間で低い机を挟み座った。
悪魔は我が物顔で事情を語る。
「……俺に冥界に来いというのか? その訓練のために」
「そうだ。お前を中級から救ってやったのは誰だったかな? 覚えているなら言うことを聞け」
あまりに横柄な悪魔に、沸々と怒り出したのは弟のアディルだ。
「ざけんじゃねえ、兄貴が冥界に行くわけねえだろが! そんな危険なとこに、つうかお前の家だと? 生きて帰れるかどうかも分かんねえだろ!」
至極同然の意見にシスタも反論できない。
しかしその思い詰めた顔にアディルは焦った。
「あっ、違うぞシスタ。お前のことを悪く言ってんじゃなくてだな、お前は信用できる、けどこいつだけは……俺等は信じられねえんだ」
「君の言う通りだ。不快な申し出をしてすまない。私はーー」
「待てよ。俺は頼んでるんじゃない。やれと言ってるんだ」
低くざらついた声に三人はびくりとする。
苛立ちがいつか逆鱗に触れるのではと重い空気に満ちた。
「ベルンホーン、あまりに横暴だ。もうやめてくれ。お前に彼らを強制する権利などないんだ」
「また脅す気か? 俺の師のために来たんじゃないのか」
シグリエルが鋭く発すると、悪魔は高笑いした。
「いいや、あの転生者は熟成することにした。俺は少々急いていたようでな。安心しろ、お前らが忘れた頃にまた来てやるよ。今回は純粋に俺の愛するシスタの先生になってほしいと、お前にわざわざお願いしに来たんだ」
さっきと言ってることが違うが、下手に出た台詞でも全くそうは見えない。どのみち拒否権はなさそうだった。
シグリエルは落ち着いた様子で、白いローブを着たシスタを見つめる。彼がどんな暮らしをしているのか、ずっと気になっていた。
前と変わらず毅然としているが、悪魔に随分気を使っている様子だ。
「分かった。冥界へ行こう。俺もシスタと色々話がしたい。俺達はずっとお前のことを心配していたんだ。力になれるなら喜んでそうするよ」
シスタの瞳が揺れる一方で、ベルンホーンはようやく上機嫌になった。
弟はなんとなく兄の最終的な決断を予期していたのか、落胆の目つきだ。
「おい兄貴……気持ちは分かるけどな、何も行かなくてもいいだろ……なぁ、ここじゃ駄目なのか。お前なら何ヶ月居てもいいんだぞ、シスタ」
「駄目に決まってるだろう。地上に残したままなど、俺が寂しい」
どの口が言うのか、悪魔がべたべたする腕を青年は振り払う。
兄弟の気持ちが胸にしみた。しかし自分がこの男とどんな関係であるのか、今更ながらこの二人には知られるのがつらかった。
「シグリエル、本当に断ってくれていいんだ。君達の思いを考えると、とてもじゃないが私は……」
「気にするな。俺の言葉は本心だ。そいつのためじゃない、お前の為だよ。なあ、アディル」
「そうそう。ったく、しょうがねえなぁ。あんたが行くっつうなら俺も行くわ。兄貴」
肩を叩かれた兄は表情を一変させる。
「何を言っている? お前はここにいろ、危険だ」
「嫌だね。あんたから離れるわけねえだろ。ははっ、やっと自分が何言ってんのか分かったか」
二人が口論をしてしまい、シスタは焦る。
そんな不死者たちを悪魔はあくびをしながら見ていた。そしてこう結論づけたのだ。
「小競り合いが好きなやつらだな。一人も二人も一緒だ。どうせ半人前なんだから好きにしろ。では帰るぞ、シスタ」
そう言い放つと、その場で全員を冥界へと、いとも簡単に転移させた。
◇
四人は屋敷の真っ白な石造りの広間に降り立った。
兄弟は静かな冷たい部屋の中を見渡し、全面ガラス戸からのぞく紫色の空に釘付けになった。
「おいおい、マジでここが冥界……なのか。なんか空気が違うな」
「ああ……瘴気のせいか。重苦しいな」
シグリエルは自分の白く透けた腕を掲げ、肌感が異なることを感じた。
しかし不死者は呼吸もしなくていいため体に害はない。
「せめて服とかさ、準備して来たかったな。それに皆に連絡してねえし」
「そこらへんは執事に用意させよう。おい、ブルード」
「はい。ベルンホーン様」
部屋の隅にすでに立っていたグレイヘアの男に、アディルは叫び声を上げる。
老齢の執事はスーツの背を曲げ、客人に挨拶をした。
悪魔に目配せされた青年は、不本意ながらも起きてしまった事態を受け入れた。
「ブルード。二人は私の大事な友人で、シグリエルとアディルという。これからしばらく私の修行を助けてくれることになり、屋敷に滞在してもらう予定だ。すまないが、彼らの部屋と衣類などを用意してもらえるか」
執事に見つめられた兄弟に緊張が走る。年寄りだが体は逞しく、魔力が膨大な魔族であることは明らかだ。
彼はしかし、柔らかい物腰で不死者にお辞儀をした。
「かしこまりました、シスタ様。私がお世話させて頂きます。ーーシグリエル様。アディル様。御用の際は何なりとお申しつけください」
なんだか慣れないことに恐縮した。魔族は人間を見下す種族だと思っているため、うわべだけなのかもしれないが、少なくともシスタに従順なようだと兄弟は判断する。
聞けば地上への魔法鳥も飛ばしてくれるそうで、屋敷へ連れて来られてしまったからには、流れに沿うしかないと兄弟は腹を括った。
その後、何部屋もあるうちの二部屋を割り当てられ、訓練は明日からということになり、ひとまず自由時間になった。
ベルンホーンはどこかへ消えてしまい、三人は広間に集まって話をした。
「はぁ、あいつがいなくなったからやっと緊張感なくなったわ。……でも前も、こんな風にゆっくり話する時間なんてなかったもんな」
「そうだな。二人には本当に悪いことをしたが、こうして話せるのは嬉しいよ」
シスタの言葉に兄弟も深々とうなづく。
「半年に一度、お前に会えるのかと思ったよ。シスタ」
「ふふ、あの中級との戦いからもうそんなに経つのか」
「俺達はこれでも感謝してるんだ。中級三体は、やはり厳しいからな」
かつて中級悪魔に取り憑かれていた彼の言葉には重みがある。
この間は、ベルンホーンの力をまざまざと見せつけられた夜だった。
「ところでさ、お前大丈夫なのか? なんかひどい事されてねえか?」
「大丈夫さ。私は見ての通り、奴隷のわりに良い待遇を受けている。何も心配いらない。あの強い男と共にいる姿は、惨めに見えるかもしれないが……」
「そんなことねえよ! すげえ頑張ってるって分かるぞ。あいつ大変そうだしな」
弟の優しさを真っ向から受ける。彼はチャラついた見た目だが真っ直ぐな好青年だ。
「ありがとう、アディル。……なんだか私も今日は不思議な気分だ。魔人に転生して、過去の自分とはさよならしたと思っていたのに。こうしてまた奇跡的に仲間と会えた」
涙もろいのか、思い出した様子でアディルは鼻を擦る。そんな弟の肩に兄は優しく触れた。
「シスタ。親友は見つかりそうか」
「それが、会えたんだ。彼のおかげでな」
「本当か? よかったじゃないか」
兄弟はその親友が冥界で騎士となっていたことなど、興味深く聞いた。悲劇は詰まっているが、再会を目的とした青年の夢が叶ったことは幸いだと感じた。
「そういやフィトが怒ってたよ。なんで俺に会いに来ないんだって。一番最初が筋だろうがってさ」
「ははっ、あいつらしいな。……そうだな、あいつには酷いことをしてしまった。それはよく分かっている」
思い出すのはあの活発な金髪男の怒り顔ばかりだ。今度地上へ降りた時は必ず会おうとシスタは宣言した。
「早めにしてやれよ、俺等と違って年取っちまうからさ」
「そうだな。約束するよ。伝えておいてくれ」
アディルは任せろと笑う。フィトは遺した家も保持してくれているらしい。全て彼と彼の家族のものなのだが、再会した時はどんなふうに暮らしているのか、楽しみにもなった。
話に花を咲かせていると、ふとシグリエルが顔を上げる。
柱の近くに細長い影が立っていた。銀髪の男はシャツを引き締まった体に羽織り、妖艶な笑みを浮かべている。
「シスタ、寝る時間だよ。寝室においで」
青年がどきりとして振り向く。わざわざ言わなくてもいいだろうと思いつつ、従うほかなかった。
ベルンホーンはやけに甘ったるい雰囲気を出しているが、常に力を誇示したい男なのだ。
「すまない二人とも。夜は彼と過ごすんだ。今日は本当に楽しかった。また明日会おう。自由に過ごしてくれ」
平静を装うが恥ずかしさに包まれる。
「おう、おやすみシスタ。また明日な!」
「おやすみ。俺達ももうすぐ休むよ」
おかしな雰囲気に気を使ったのか、二人は明るく挨拶をしてくれた。
シスタも少しほっとし、おやすみを告げて悪魔とともに戻った。
彼の寝室では、シスタは上に乗ってくる悪魔に対し、シーツに横顔をつけていた。
体を弄られるが、反応も最小限に抑えようとしていた。
当然ベルンホーンは無邪気を装った表情で首を傾げる。
「どうして不機嫌なんだ?」
「二人の前であんな風に言わなくていいだろう……」
むすっとした珍しい表情に愛しい気持ちが湧いた悪魔は、押し倒すのをやめてシスタを抱き起こす。
座った体勢で腰に腕を回し、あまり目線の変わらない青年の瞳を見つめる。
それからキスをし、熱っぽい舌を絡めた。
ゆっくりだがシスタは腰を浮かせられ、ズボンの後ろから手を入れられる。
唇と肌に与えられる刺激でそこはもう濡れ始め、ベルンホーンの長い指に撫でられた。
「ん、ん…っ………あ、あぁ!」
すると下を脱がされ、濡れた穴にいきなり挿入をされる。
大きなものが入ってきてシスタは思わず彼の首に掴まり喘いだ。
「シスタ……俺達が愛し合っていることを知られたくないのか? お前はこんなにいやらしい子なのに?」
焦らすように下から揺らし、ベルンホーンに耳で囁かれ舐め取られた。
安っぽい台詞が癪に障る、でも快感は正直だ。
「ひぁっ、や、やめ、ろっ」
中をこすられ続けて早くも瞳の焦点が合わなくなってくる。
シスタは度重なる悪魔とのセックスにより変わってしまった。
今までは非日常の世界で隔離されていればよかったが、変わった自分を他の誰かに悟られるのはつらかった。
「声が聞こえたら怖いか? 奴らの部屋はどこだ」
「んっ、ぁ、あ、三階の、角……だっ」
「ならいいじゃないか。出来た執事だな」
ベルンホーンのくぐもった笑い声が響く。
他者のことを話しながらセックスするのも嫌だった。人がいるのにこんなことをしている事が異常に感じ、さらに羞恥が生まれる。
そんなことはお見通しの悪魔には、二人の秘密の情事を楽しむ要素にしかならない。
でも、青年をいかせるのは自分だけだという自負がある。この手のみでシスタは大きな快感を得るのだと。
「ほら、イクんだシスタ、ちゃんと言え」
「んっ、んっ、あぁっ、イクっ」
「良い子だ……お前のそのイク時の声がたまらないよ……」
突くのを速め、ペニスが脈動するのを感じた。
精を放ちたい、仲間と微笑む清廉な青年を汚したい。
純粋な想いから、ベルンホーンは奥の奥にたっぷりと吐き出す。
「あぁシスタ……今日はたくさん種付けしような。いつもより凄く興奮するぞ」
シーツにまた押し付けられた青年は、がっちり四肢を抱き込まれて体勢を固められ、下半身を激しく揺さぶられる。
ペニスに良いところを責め立てられると口は半開きになり、青い瞳はとろんと夢見心地に変わる。
「あっ、あんっ、あぁっ、ベルン、ホーンっ!」
もう吐息といやらしい声しか出なかった。
自分は刺激を喜ぶ性器と化し、美しい彼が与える快楽に降参する。
理性は飛んでいった。イク、イク、イクと何度彼の背を掴み叫んだことか。
青年の全ては自分のものだと体にも精神にも刻みこむ。
それがベルンホーンの望みだった。
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