Undying | ナノ


▼ 7 運命は変えられない

高台にある塔からシグリエルは望遠魔法を使い、屋敷の様子を見ていた。
宙に浮かぶ円の中には白い邸宅と外で訓練する男達が映っている。シグリエルの視線は、最も若い青年に釘付けになっていた。

「……アディル……」

もうすぐ十八になる弟だとすぐに分かる。褐色肌と黒髪はそのままで、体は逞しく成長し鍛えているようだった。今も傭兵仲間と組手をし活発に汗を流している。

「あーあー変わっちまったねぇ、シグリエル。もうお前の可愛い小さな弟はいなくなっちまったんじゃねえのか? へへへッ」
「うるさい。失せろ」
「まあ待てよ、もうすぐ一大イベントの始まりだ、主催側として見とかねえとな」

口を開けば心を抉る言葉しか吐かない悪魔を殺したくなる。だが今はそれより先にやらなければいけない事があった。

「ディーエ。あいつはどうやって命を落とすんだ?」
「それを教えたら呪詛の効力がなくなるだろうが。防ごうなんて考えんなよ、さらにアディルがひどい目に合うぜ」

長い黒髪の悪魔が赤目をかっぴらいて脅してくる。シグリエルは舌打ちをしてそいつを視界に入れるのを止めた。
今は元気な弟が直に死ぬなどという事はやはり信じられなかった。

夜まで塔に留まり、屋敷の動向を観察する。夜中警備が手薄になった頃、シグリエルは内部に近づくことにした。
建物には当主が家族と住んでおり、護衛をする傭兵らも日替わりで寝泊まりをしている。

シグリエルは石壁に囲まれた敷地内に潜入し、墓地に足を踏み入れた。
人を埋めているのだろう、それも一人や二人じゃない。白い悪霊共がわらわらと足元から黒装束にまとわりついてくる。

「よお、よお! あんた俺が見えるのか? ああ……匂いがするぜ、血と死霊の匂いが……あいつを殺してくれ! なんでもやる、言う事聞いてやるから、なあ!」

ある霊はよほど怨念が強いのか、おぼろげな人の形を作りシグリエルに懇願した。

「あいつ? 屋敷の当主か」
「そうだよ、あいつは俺の仲間を皆殺しにしたんだ、俺の女もだ、許せねえ、呪い殺してやる!」

喋らせると、この霊は危険物の売買で当主を裏切り報復されたようだった。

「俺はお前の指示は受けない。殺す必要があれば殺る」

はっきりと告げるものの霊は霊力を強め、さらに気が大きくなったのか「そりゃいい頼む!」と食いついてくる。

「アディル・ファラトという男については何か知っているか」
「知らない。なああいつを殺してくれ! ああ、そいつに取り憑けばラノウを殺してくれるか? だったらやるぜ、やらせてくれ!」

シグリエルは目の色を変えて右手で霊を鷲掴んだ。力を込めると霊は叫びを上げてしなびれる。

「黙れ! あいつに手は出すな、分かったか!」
「……わ、わかった、わかったからやめてくれ、離してくれっ」

静かになった霊は再び霊魂の姿に戻り、シグリエルの体から離れて遠巻きに見ている。

「お前を当主に、ヒース・ラノウに取り憑かせてやってもいい。ただし余計なことはするな。俺の言う通りに動け。まずは奴らの行動を報告しろ」
「本当かっ? やるよ! 旦那の言う通りにするぜ、だからあいつを殺してくれ!」

やかましい霊を無視して施術の準備をする。その霊は名をズタといい、三年前までここで働いていた為建物内のことに詳しかった。

「バレないように頼むよ、ラノウの野郎は魔術師を飼ってやがるんだ。時々しかいねえが」

シグリエルの眉が反応する。敷地に結界の類はないため、当主と魔術師との仲は対等で懇意にしているだけの仲だと推察した。

ズタの案内で裏口に周り、シグリエルはバルコニーの外から当主の姿を確認した。呪文を唱え悪霊のズタを取り憑かせる。

当主は一瞬うなされた声をもらしたが精神力は高いようで落ち着いている。
仕事が済んだ後は素早くその場を離れた。



それから数週間、シグリエルは毎日屋敷の外で見張っていた。アディルの生活も把握し、今日の曜日は当主の護衛予定だと分かっている。

弟は馬車に乗る当主と親しそうに話し、自分も後方に乗った。出発したのを見計らい、シグリエルはあらかじめ死霊に聞いていた目的地へと転移し先回りした。


そこは寂れた街並みにある廃屋だった。だが馬車は時間通りに来ない。
何度か組織の奴等をつけた経験のあるシグリエルだったが、この日は異常に気づく。
道中の路地裏に、黒いローブを被った数人の魔術師の影が映ったのだ。

「……アディル!」

悪魔から弟の死因は聞いていない。当初は病死か突然死の類を想像していたが、任務中に命を落とすという事も仕事柄十分考えられた。

鼓動が今までにないほど鳴り響く。気が気ではない状態で、シグリエルは手に汗を握りしめ馬車を追うため引き返した。

当主と数人の護衛、そしてアディルを見つけた時にはもう戦闘が始まっていた。
馬車にいる当主を狙った敵勢力は魔術師の後方支援を受けながら、護衛の男達と格闘している。

シグリエルは干渉を禁じられていたが、遠くから攻撃していた魔術師の背後に回り、首を羽交い締めにして殺した。
弟が危機に瀕しているときに傍観しているだけなどということは、やはり出来なかった。

魔術師の一人がシグリエルに気づく。相手は相当の手練れで呪術による精神コントロールの妨害を行ってきた。
思考を奪われそうになるが、右手を差し出し耐えて詠唱をする。
魔術師がよろけた瞬間にその場を離れアディルの元に向かった。

だが、間に合わなかった。弟の仲間のはずの男が寝返り、敵を手引してさらに混戦する。当主を守ろうとしたアディルは、敵の魔術師からの攻撃を胸に浴びた。

衝撃音がしてシグリエルの動きが止まる。

「アディルッ!」

すぐに弟のそばへ駆け寄って体を抱き上げた。アディルは瞳を閉じて完全に意識を失っている。

抱いたままシグリエルは向かってくる魔術師らに強力な死霊魔法を放ち、逃げていく謀反者も霊に追跡させた。

当主は遠くで他の者に身を守られ、満身創痍のシグリエルを見ていた。

シグリエルは立ち上がり、その場から転移して去った。
降り立ったのは当主の屋敷だ。空き部屋につくと目覚めぬアディルを床に横たえ、顔をさすった。

まつ毛の長い瞳は開かず、眠るように息をしていない。

「アディル、目を覚ましてくれ、アディル」

声をかけても顔色は褪せていき、呼吸は止まっていた。兄の手が頬を撫でて、そこに涙がこぼれ落ちていく。
声にならない声を上げ、背を曲げて覆うようにきつく弟の体を抱きしめた。

しばらくそうしていたが、近くに悪魔が現れる。
冷たい顔でディーエがこちらを見ている。

「処理をしろ、シグリエル。魂が離れないうちに」

その言葉に顔を上げ、涙を手の甲で拭った。アディルの心臓に手をやり、まだ少し温かいそこへ気を送り詠唱をする。

死は魂と肉体が分離する過程のことを言う。
その魂をしばらくの間、見失わないように糸をつけるような作業を施す。

穴が空いたアディルの胸元を見下ろし、拳を握りしめる。今は腐敗を防ぐ処置しか施せない。
遺体を抱き上げ、シグリエルは屋敷の一階へ向かった。そこのソファに横たえたあと、もう一度優しく髪を撫でた。

「また会おう、アディル」

そう約束をし、シグリエルはその場を立ち去った。



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