Undying | ナノ


▼ 22 告白 ※

到着したのは中核都市にある高層の宿屋だ。一階のロビーに入ると受付には長髪の若者がいた。

「いらっしゃい。二人か? 記入をしてくれ」

シグリエルが横に弟を連れ、紙に署名をする。受付の男はそれに目を凝らした後「ちょっと待っててくれ」と奥の部屋に消えた。

待つこと五分。アディルは問題が起こったのかと気を揉んでいたが、奥から現れた違う男に目を剥く。

それはこの体で初めて当主と面会した際、場所を貸してくれた兄の知り合いの店主だった。

「おお、お前ら。ここ泊まるんだ」
「ミズカ」

何事もなかったかのように出てくるが、シグリエルも顔色ひとつ変えない。

「ちょっ、なんであんたここにいるんだ。あの店はいいのか?」
「俺はいくつも経営してるんだ。本職は素材屋だけどな。酒場とか宿屋とか、不動産とかーーまあいいや。んで、何があったんだ? お前が現れたっていうんでわざわざ飛んで来たんだよ。そいつ不死者だろ。事情を話したら泊めてやる」

無造作に跳ねた黒髪の男は、無精髭を触りながら薄く笑った。見破られた弟が焦るものの、兄の正直な連名から兄弟だということまでバレていた。

シグリエル達は促されるまま誰もいないロビーの椅子に座り、ミズカも向かい側に腰を下ろす。

「相当やばいことになってんのか、シグリエル」
「ああ。気づいたか」
「そりゃあな。お前いきなりパワーアップしてんだもんよ。そろそろ健康大事にしねえと体壊すぞ。……まあ散々お前をこき使ってきた俺に言われたくないだろうけど」

軽口を叩く男は30代ぐらいで兄弟より年上だ。経験豊富な魔術師らしく余裕が見え、兄とも親しそうなのはアディルを安心させたが、話の広がりにやきもきした。

もっと驚いたのは、隠しても無駄だと思ったのか兄がこれまでの経緯を包み隠さず明かしたことだった。
どんどんミズカの表情が険しくなっていき、二人は交互に苦い顔で観察された。

「なるほど……親父が、な。お前も苦労するな。頭のおかしい家族を持つ悲惨さは俺にも分かるぜ。……アディル、だっけか。大変だったな」
「どうも……でも兄貴、まずいんじゃねえか。この人あんたの友達なんだろ、巻き込んだりしたらーー」
「気にすんな。自分の身ぐらい守れる。それだけじゃねえ、俺も協力するからよ。魔術師が必要だろ。そのサウレスってやつとお前だけじゃな。待ってろ、あとで使えそうなやつリストしてやるから」

商売人としてのミズカは軽やかな態度で勧めてくる。アディルは自分たちの置かれた絶望的な状況を一瞬忘れてしまいそうになったが、兄は常に冷静だ。

「有り難いが、命の危険が伴う」
「そんなことは当たり前だ。問題は金だな。金のためなら動く奴はたくさんいるぞ」
「……金? 金ならラノウが出すと思うけど…」
「よし。そいつに払わせよう。魔術師相手にはまず数で攻めるんだ。どれだけ力があっても上級クラスに囲まれたら簡単にはいかねえよ。それでも駄目なら次を用意する。アディル、お前は兄貴を守れ。兄貴はお前しか守らないだろうから」

素材屋はぱちりと目配せした。アディルは困惑する。
自分が兄を助けるのは言わずもがなだが、隣の男はそれで納得するだろうか。

すると案の定仏頂面をしていた。ミズカは全く気にしていない。

「待てよ、勝手に妙な助言をするな。あいつの狙いはアディルだ。俺を殺るのは最後だと言うのは本気なはずだ。だからーー」
「けどお前の弟もかなり使えると思うぜ。魔力与えてんなら悪魔の力も利用出来るだろうしな。過保護になるのは分かるが総力戦じゃないときついだろ」
「悪魔?」

その単語を聞くと同時にアディルは顔をしかめる。シグリエルは手のひらで額を押さえた。

「それを言うな……なぜお前は……わざとなのか」
「あのな、秘密主義のお前のことは理解してるつもりだが、こいつにも影響あることなんだから、ちゃんと説明してやれよ」

指摘されたアディルはみるみるうちに顔を上気させた。怒りと興奮によるものだ。

「あんたな、そろそろ俺もキレるぞ。悪魔の力ってそんなにやばいのか? 俺にもその力があるのかよ? つうかむしろいいことじゃねえか。俺だって戦えるんだ、あの力を見ただろ」
「もう部屋に行くぞ。アディル」
「おい! 話聞けって! くそ!」

悪態をつく弟の手を引っ張り、シグリエルは無理やりその場から離れた。ミズカは肩を竦め二人の様子を見ていたが、現実の話だ。兄弟が戦うことから逃れられないということは。




受付にあった鍵を取り、上階に向かう。
部屋は二人には十分なほど広く、上質なベッドが二つ並んでいた。

シグリエルは荷物をその辺に置き、黒い外套を脱ぎ捨てる。
感情を隠すように無だったが、アディルはまだ怒りが治まらない様子だった。

「おい。こっち見ろよ。話はまだ済んでねえ」
「俺は風呂に入る。薬品を持ってきた。お前も後で入れ。一人で出来るな?」

冷たい言い方が気に入らず、アディルは黙りこくる。
普段ならば兄らしく譲歩するシグリエルだが、この話題には決して同意しなかった。

シグリエルは宣言通り、浴室に入り湯を溜め、裸体を浸からせた。熱い湯が体の疲労にしみていく。
外は静かだ。まだ弟がふてくされているのかと思ったが、自分も頭を冷やさなければならなかった。

戦いのことなど考えたくもない。マルグスを殺す心積もりはとっくにあるが、そこにアディルを加わらせなければならないことは、死刑にも近い気持ちだった。

「……俺が強ければいい。俺が強ければ……」

唱えて浴槽に頭まで浸かる。そのまま息を止めて数分間じっとしていた。

ざばりと湯から頭を出し起き上がる。短く息をついていると生きた心地がした。

ガウンを羽織り金髪を拭きながら部屋に戻る。アディルは窓から夜の明かりを見ていて、こちらには反応しなかった。

シグリエルも言葉を発せず、ベッドの隅に座る。
食欲もなく、眠気だけが襲ってきた。悪魔による力譲渡で疲弊していたのだろう。

「アディル……ここに座れ」

横になり、薄ら目で手を伸ばす。
だが弟はそっぽを向いたまま答えない。
寂しさをもたらしたが、冷静な頭では自分が悪いと分かっていた。

だからシグリエルはそのままゆっくり瞳を閉じた。

そして、眠ってしまった。つい数時間も。
再び目覚めた時には部屋は真っ暗で、カーテンも閉まっていた。
時間の感覚を無くし、飛び起きた。アディルがいない。
混乱に陥り、下衣とシャツだけを無造作に羽織ったシグリエルは、部屋から出た。

階段を駆け下り、弟の名を呼ぶ。
 
「……アディル!」

その声が届いたのは、一階のバーカウンターで弟の横顔を見た時だった。正面には酒を手にミズカが立っており、楽しそうに談笑している。

「ーーえっ? うわ、兄貴?」
「黙っていなくなるな!」

シグリエルは完全に我を忘れて怒鳴り声を出した。焦った弟は抵抗せず、兄に促され立ち上がる。
去り際に目を瞬かせたミズカだが、すぐに悟った様子で二人を見送った。

「おいブラコン、少し休め!」

シグリエルは答えることなく乱暴にその場を去り、部屋に着くと弟を中に入れて扉を閉めた。
立ちはだかった寝起きの兄を凝視し、アディルは唾を飲み込む。

「悪かったよ、あんたがぐっすり寝てたから……ちょっと下に行って話してただけだって」
「何を話してたんだ」
「いや、その……兄貴が……昔どんなだったとか。あの人から聞いてさ」

気まずそうに目を逸らした弟の顎を取り、視線を捕らえる。
見つめ合った兄弟はしばらく黙っていた。

「なんだよ。だから謝ってんだろ、何怒ってんだよずっと。機嫌直せって」

一歩前に踏み出し、シャツをぐっと掴まれたシグリエルは、その手を上から握りしめた。

「…………悪かった。心配で気が立っていた」

素直に吐露し、アディルの手を引いて後ろのベッドに座らせる。
大人しく従った弟はちらりと兄を見た。

「どんな話を聞いたんだ?」
「えー、えっとな。兄貴が駆け出しの頃はまだ信用がなかったから、かなり安く大変な仕事押し付けてたって。……でも珍しく常識のある死霊術師って分かってから、ちゃんと仕事頼むようになって、今は重宝してるんだってさ。なんだかんだ褒めてたぜ、あんたのこと」

思い出し笑いをする弟の顔が、ふと触れたくなるほど眩しく感じた。
自分のことが気になっていたのだと、気持ちは理解できる。

「……お前は、どうだった? どんな暮らしをしていたんだ」

優しく尋ねた。決して聞く権利などないと思っていた弟の過去を。
だがアディルは照れくさそうにはにかむ。

「はは。俺も中々悲惨だぜ? 孤児院では金持ちのくせにって虐められてたしな。チビで大人しかったからさ。すっげえ舐められた。けど俺も男だし、情けなくなって、段々開き直ってきてさ。喧嘩強い年上の奴に教えてもらって鍛えてたんだ、ずっと。そうやって段々強くなって、まあ、一時期素行も悪くなったけどーー」

汗を滲ませ言いづらそうにしていた弟だが、シグリエルはそうやって生きてきてくれたことに感謝をした。弟の負けない強さを、心から尊敬した。

自分が抜け出せない暗闇でもがいていた時も、弟は必死に光を見つけ出し、生き抜こうとしていた。

「アディル……」
「あー! もう謝んのはやめてくれよな。俺も兄貴も今こうして一緒に生きてる。それでいいじゃねえか。あんたは分かってない。俺の気持ちを」

断言されて横目で見られた。
シグリエルの瞳は虚ろで未だ違うところを見ている。
これが自身が抱える問題だった。

いくら認められても、受け入れられても、どうにもならなかった。

「聞いてくれ。俺はお前を置いて出ていった。死霊に侵された俺の体はお前の寿命を短くする。あいつにそう言われ、近づけなかった。父もお前から離さなければと思っていた。……でも本当は、お前が死ぬのが分かっていたから、そばにいるのが怖かった。そんな現実を愛するお前のそばで、受け止める勇気がなかった」

震えるシグリエルの声は、次の言葉を絞り出す。

「だから俺はお前を置いて逃げ出した。一緒にいるべきだったのに、行かないでと言われたのに、お前を一人にした……許せない。許せない。許せない。自分が……許せない」

止めどなく溢れるその言葉が、全身に毒のように回り動けなくする。
そのとき、どこからか弟の声が響いた。

『俺が許すよ。兄貴』
「だめだ。俺は許されない。自分が許せない。あの頃のアディルも、俺を許さない。……あの頃のお前にもう一度会いたい。アディル……」

気づけばシグリエルは壊れたように繰り返し、見開いた紫色の瞳からぼろぼろと涙を流す。

もう心はそこになかった。一人だけの部屋に閉じこもり、また悪夢から抜け出せなくなっていた。

「ーーしっかりしろ、兄貴、兄貴!」
 
遠くから声が聞こえる。いつの間にか、天井を見上げベッドに横たわっていた。
そばには泣きそうな顔で自分を見下ろす弟がいる。

「俺はここだ、まだここにいる! あんたの目の前に! ガキの頃の俺より、今の俺を見てくれ! 頼む、兄貴……っ」

アディルは泣いていた。雫はこぼれなかったが、幼い頃と同じ泣き顔で叫び、兄の胸をぎゅっと掴んで揺り動かす。

「俺を見て……俺を、好きでいてくれ……嫌いにならないでくれ、兄貴……」

力なくこぼすアディルは、兄の胸の上に自分の横顔を置き、抱きしめた。

そうしてシグリエルの鼓動をただ聴く。
自分にはもうない、生きている証。それさえあればアディルには十分だった。

苦しんでいる兄を見るのはつらい。自分が助けてあげたいと思う。
でもそんな自分もまた、兄の愛情を再び失うのが怖かった。
だからもう、二度と離さないでほしいと願っていた。

シグリエルは顔を上げて、弟の唇に自分の口を重ねる。

「お前が好きだ。お前だけを愛している」

嘘偽りのない思いを伝え、もう一度アディルに口づけをした。
何度かそうしていると、二人の距離はさらに近づき、体も密着していった。



キスしながら腰を押しつける。下から擦るようにすると弟の上半身が震える。
抱きしめてそうしていると、弟が「あの塗るやつがほしい」と息を切らした。

シグリエルは体を起こす。上から退こうとする弟に行くなといい、そのまま跨がらせる。
小瓶の液を口内に塗ると、弟が指を舐める。興奮して指の代わりに舌をいれた。

こんなにも気持ちよく、噛み合うキスは初めてだ。
舌を吸っていると、下半身がますます高ぶって、はちきれそうになる。

上の服を脱がせ、自分も脱いで上半身裸で抱き合ったまま口を吸い合わせる。

シグリエルが上になり、弟に覆いかぶさる。首筋を舐め、鎖骨から胸元へ下がっていく。張った胸筋をもみ、突起を吸うと弟の声があえぐ。

そのまま手を滑らせてペニスを包み込む。ためらいなく吸い、丁寧に口で愛撫をする。弟のすべてに触れたくて、自分と交じり合わせたくて、とまらなくなる。

口の中で性器を震わせ果てた事を知ると、シグリエルは自分も下着ごと脱いだ。性器は勃起していて弟は恥ずかしげに視線をそらす。
だが兄は構わず上に乗り、腰を動かした。

「あ、あ、あぁ」

大きくしなやかな体躯の下から聞こえる、艶のある声に追い立てられる。

「お前がほしい、中に入れたい、アディル」
「ん、んぁ、兄貴」

きゅっと引き締まったウエストから伸びる、肉付きのいい鍛えられた太もも。開かされてそこを撫でられる。
兄の指にあの液を塗られると、すぐにほぐれ、全く痛みも感じない。

濡れて内壁が潤っていく。こうやってセックスができるとは知らなかった。
求め合う体は自然と開かれていく。

ペニスをあてがい、ゆっくりと挿入される。
兄の腰つきがいやらしい。整った顔立ちは陰り男の面をいつも隠している。だが服の下の筋肉質な雄の肉体は惜しげもなく愛を示してくる。

「はっ、はっ、はぁ、アディル、いいぞ…ッ」

抱き込んで密着し、奥の奥まで入れられる。
気持ち良すぎてアディルはとろけていく。惚けた表情も、口も不規則に開いたまま、初めての感覚に理性が置き去りになっていった。

挿入したまま熱いキスをされ、もう兄のことしか考えらない。
広い肩に掴まり、抱いた腰ごと激しく揺さぶられる。
ズプっ、ズプっとやらしい音が室内に響き、快感だけが二人を包む。

「……あに、兄貴、いい、良い……っ」
「ああアディル、愛している、お前を、お前だけを」
「んあぁっ、俺も、俺もっ、兄貴!」

アディルが全身で達するのをシグリエルも感じる。
果てそうになったが堪え、体を抱えて反転させる。
寝そべった体勢で再び挿入して律動を行う。弟の背中を片手で撫で、上体を倒し首筋に甘く噛み付く。

支配したい。愛したい。
一方的なのに、手を握ると握り返される。

愛し合っている。ほしいものを与え合っている、今この瞬間に。

後ろから唇を合わせ、シグリエルは急速に上り詰めた。

「うっ、いく、出すぞ、アディル」
「んっ! あ、あぁっ! んあぁっ」

そうして何度かに分け射精するが、一回では終わらない。
今度は二人横たわり、抱き込んで真後ろから突く。

アディルのペニスをこすりながら中も動かす。
何度も弟は達した。締付けを感じる度に愛おしくなる。

「だめだ、まて、おかしくなる!」
「とまらない、ずっとお前の中にいたい、いさせてくれ」

しつこく脈打つシグリエルの雄が、再び射精をする。ビクビク痙攣する弟の内壁を一気に満たして占有する。
息つく間もなく舌を絡ませる。足りない。永遠に愛したい。

「もう無理ぃ……」

力なく腕を叩いて訴えるも、兄の半身は全く衰えていない。硬いまま、ぐっちょり濡れた中に快感を広げていく。

「上に来て…兄貴」

呟かれてシグリエルは言う通りにする。足がだらりと開かれ、濡れたそこからトロトロと兄の精液が流れる。
そこにまた宛てがい、眺めながら動かす。

「あっあぁっんあっ」

パンッパンッと勢いよく打ち付ける。汗がまとわりつき色気のにじむ兄の肌が揺れる。
上から抱き込み勢いよく突いていく。

「一番奥に出してやる、アディル、一緒にもっと気持ちよくなるぞ」

甘く囁いて顔を見つめ、返事ができない唇を塞ぐ。

「ん! んんっ! んふっ、あ、っんあぁっ」

アディルはのけぞり腕の中でいく。そうしてシグリエルのペニスの先端からも溢れ出る。
最後の一滴まで出しきり、荒く息を吐きながら弟の胸に全身を預けた。

「はあ、はあ、はあっ」
「……ん、……あ、あぁ…あーっ……」

まだ小刻みに痙攣している弟の腰に重なる。敏感な肢体は長く長く達していた。

やがて脱力する体をぎゅっと確かめるように抱き寄せ、顔を撫でる。
弟のぼんやりした瞳、赤く染まった頬。余計に扇情的で唇を重ねたくなる。

「んっ、ふ……ぁ……」

欲求通りに動きしばらく貪った。

「も、う……離せ……あに……き」

頬に手を這わせ、そこも唇でついばむ。何度も。
口への熱いキスも幾度も繰り返した。

視点が合わさり、二人は時を止める。
身体と、幸福感が互いを繋げたまま離さない。

「愛している……アディル」
「わっ……かった……」

弟は真っ赤になり、嬉しそうに目を細めた。こんなに何度も言われると思わなかった。
でも何よりも、ずっと長い間、ほしい言葉だった。



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