Undying | ナノ


▼ 1 プロローグ

(なんだ……どうなってるんだ?)

まぶたが張り付いたように重く、上手く開けることが出来ない。
耳元からくぐもった音が聞こえた。男が叫んでいるようだ。

「どこにいやがる! 出てこい!」

ようやく目が開き、石のような体を起こそうとする。

「おい、うるせえな。静かにしやがれ」

アディルは不快感を露にして告げた。

「ひい! なんで、てめえ……死んだはずじゃ……」
「あぁ?」

その声には聞き覚えがあった。ぼやけた狭い視界に映ったのは、恰幅のよい職場の中年男だ。アディルを見下ろしながら、立ち尽くしている。

「こんなとこで、何してーー」

そう口にして頭が混乱した。男の台詞を思い返す。
自分のことを死んだと、そう言わなかったか。

周りをよく見ると墓場だった。月のみが照らす真っ暗闇の夜で、真横には掘り起こされた穴と棺桶がある。

「くそっ、失敗したのか」

状況が飲み込めないでいると、同僚は突然襲いかかってきた。手に握ったナイフがアディルの心臓めがけて振り下ろされる。

「くっ…………!」

間一髪で避けるが、体の様子がおかしいことに気づく。通常なら遅い動きに、ついていくのがやっとに思われた。違和感しかない。

「この、しぶとい奴だ! 死ね!」

男は懲りずにアディルに遅いかかってきた。その瞬間、おぼろげな記憶の最後を思い出す。
ああ、そうだ。屋敷の当主の護衛をしていた最中、ローブを被った連中に襲われたんじゃなかったか。

あれは、魔術師に違いなかった。馬車に乗った当主に接近する奴らを防ごうとしたら、アディルは強力な魔法の一撃を食らったのだ。

それなのに何故、今墓地で同僚に襲われているんだ?
迫るナイフを見ながら、アディルは違うことに気をとられていた。

はっと顔を上げた瞬間、男は勢いよく後方へ吹っ飛ばされた。衝撃音とともに大木に体を打ちつけるのを目の当たりにする。

一瞬の出来事に、何も手を出していないアディルは唖然とした。

「やはり貴様の仕業か。一度ならずとも、二度も俺の弟に手を出すとはな」

その声は背後から聞こえた。驚いたアディルは即座に振り向く。

突然現れた男は、黒の装束を着ていて顔は見えない。しかしそれはアディルのよく知る声だった。

ーーなんでこいつがここに。

自分の状況も、襲いかかってきた同僚もどうでもよくなるほど、頭が真っ白になる感覚がした。

「ぐっ……くそぉ、お前が奴等を取り憑かせてたんだな! ……殺してやる、化け物が!」

意識があったのか、アディルの混乱に割込んできた同僚が狂ったように叫びだした。

「化け物だと? 俺の知る限り、貴様ほど醜悪な獣もいない」
「ふざ、ふざけんな!」

その男の冷たい物言いに、同僚は我を忘れたように飛びかかってくる。だがそれと同時に、周りに白い煙のような気体が湧き出した。

突然現れたそれは瞬く間に同僚を取り囲み、口の中や耳、体に直接入っていく。
まるでうごめく煙が体を無理やり乗っ取る様にも見えた。

「あ、あああ、うああああ゛ッ」

聞き取れないうめき声をあげながら、口から泡を出してその場に倒れる。
おそらく死んでいるのだと思った。
同僚はアディルの前で、煙に食われたのだ。眼の前に平然と立っている、この男によって。

「どうしてあんたがここにいるんだ……シグリエル」

襲われているところを助けられただとか、そんな普通の感情よりも、真っ先に怒りが湧いてきた。
恐怖や驚きでもなく、ただ溢れ出る憎悪のようなものが思考を占める。

この男には二度と会わないと思っていたのに。
大嫌いな男、兄であるシグリエルが目の前に立っている。

「体はどうだ。アディル」

兄は弟の問いを無視してそう言った。表情は見えないが、冷たい口調だった。

「……何の話だ」
「気づかないか? 自分の異変に」

その言葉の意味を探る。体の違和感の事を知っているような口ぶりだ。
アディルは答えずにただ兄を睨みつけた。

「分からないなら教えてやろう。お前は一度死んだんだ。そして俺が、蘇らせた」

ーーこいつは何を言ってるんだ?

途端に意識がぐらつく。言葉が出てこない。
しかしすぐに思い出す。
死んだ同僚は、アディルを見て驚いていた。「死んだはずじゃなかったのか」と言いかけて。

そして、自分を殺すつもりで襲ってきた。

「お前を殺した男は、俺が殺してやった」

月明かりに、ぞっとするような冷酷な表情が暴かれる。
アディルの心が激しくざわめいた。

「何言ってんだ……蘇らせたって、そんなこと信じられるわけねえだろうが……」

声が無意識に震える。この男がたった今行った同僚への仕打ちが過ぎる。

「俺は死霊術師だ。死霊を操り、死人を蘇らせることが出来る」

アディルは呆然と兄を見つめた。
馬鹿馬鹿しい、現実味のない台詞だ。だがどうしてか、冗談を言っているような雰囲気でもない。

すぐさま真後ろに置かれた墓石を見た。そこには「アディル・ファラト」と自身の名が刻まれてあった。

(……うそだろう?)

アディルはもう一度、重く固い手足を凝視する。間違いなく自分の体なのに、浅黒く筋肉質だった肌は薄く、青白く透けて見えた。

体中に感じる違和感に、全身が総毛立つ感覚がする。

「俺の言うことを信じたか?」
「……そんな、あり得ねえ……こんなのうそだ……」
「嘘じゃない。真実だ」

力ないアディルの呟きに、容赦ない兄の声が響き渡る。

「……ふざけるな。何なんだよ、てめえ……なんでそんな事をした? 俺が喜ぶとでも思ったのかよッ!」

本当だというのなら、頭がおかしいんじゃないか。
いきなり現れて、弟を襲った同僚を殺し、蘇らせただと?
助けたとでも言うつもりか。八年前、自分を捨てた兄が。

続く罵倒をなんとか飲み込み、シグリエルを強く睨みつけた。
だが意外にも兄の冷たい表情には変化が見られた。

「それでもお前を、失いたくなかった」

兄は声を絞り出すようにそう言った。
それは、血の通った人間の言葉に聞こえた。

思いがけず、アディルは茫然自失で目の前の兄を見つめていた。



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