Undying | ナノ


▼ 12 当主との面会

弟が当主に宛てた手紙を受け取り、シグリエルは屋敷に向かった。夜に忍び込んで当主の寝室の目につくところに置いておく。
翌日の夜、予想していた通り当主のラノウはアディルの墓場へとやって来た。

「一人だな。約束を守ったか」
「ああ、旦那。馬車を離れたとこに停めさせて、墓参りをするから邪魔するなと部下に言ってたぜ。あんたの弟の手紙を信じたらしい」

呼び出した死霊のズタと木陰から見張る。
ラノウは物置小屋から引っ張ってきたシャベルを手に、必死の形相で墓を掘り返していた。
そして棺を開け、空の中身を見て茫然と立ち尽くす。だがランタンの光を頼りにあるものを見つけ、下に降りた。

手に持っていたのは、シグリエルが置いた紙だ。中にはこうメッセージが書かれている。

「弟が無事なのは本当だ。療養を必要としているが、あんたに会いたがっているから手紙を出すのを許した。もしあんたもそう願うのなら、この件は誰にも言わず、一人で行動しろ。二日後にまた紙を入れる。俺は弟を守ることを第一に考えている。この場所を見張らせたらあんたにはもう二度と会わせない。よく考えろ」

それは完全に脅し文句の羅列ではあったが、言いたい事は伝えた。
ラノウは目を凝らして読んだようで、すぐにメモを取り出して返事を書いていた。
完全に男が去った後、シグリエルはまた墓を掘り返して紙を抜き取る。

傍から見たら面倒なやり取りだが、当主を信用できるか図るには、このぐらいが丁度いいとも思っていた。
そしてこのやり取りは、数回続いた。

当主の最初の返事はこうだ。

「アディルは無事なんだな? まだ完全には信じられないが、俺はお前の姿をあの戦闘の場で見た。どうかアディルを丁寧に扱ってくれ。もちろん会いたい。何が必要だ? 何でもしよう、出来ることは言ってくれ。誰にも言わないし、最大限用心する。アディルには分かった、こちらのことは心配するなと伝えてくれ。そして手紙をくれて礼を言う。お前のことは何て呼べばいい?」

シグリエルは夜、難しい顔でそれを読んでいた。
弟の身内目線で語る見知らぬ男に不快感が湧いたのは事実だが、今はそうも言ってられない。

「弟は会話も可能で精神も安定している。俺のことを探ろうとするな。弟に会いたいのなら来週末、指定した場所へ単独で来い。いいか、一人でだ」

そう短く書き残し、落ち合う場所も記しておいた。
こうしてアディルが知る間もなく、シグリエルは着々と準備を行った。



約束の日になると、兄弟は家の外に出た。
にぎやかな街の一角にある、一見酒場だと分からない寂れた建物の地下にいる。
ここはシグリエルの知り合いの店で、店主は素材屋もやっている魔術師の男だ。

「よお、準備しといたぞ。今日は誰も中にいれないから安心しろ」
「助かる」

素材屋は隣で全身をローブで覆っているアディルもちらりと目に入れたが、何も言わなかった。シグリエルが誰かと行動していること自体珍しく、ただならぬ空気を感じたのだろう。

二人は窓もない地下のテーブル席に通され、扉を正面にして待った。
グラスと酒瓶を出されても手をつけることはない。

「なあ、俺達怪しくないか。とくに俺。今の男にバレたんじゃ……」
「あいつのことは気にしないでいい。たとえ知られても他言はしない」

落ち着いている隣の兄を見やる。不死者だから仕方ないとはいえ、いつもの黒装束で浮いているシグリエルよりも、黒い保護眼鏡で目を覆い、ローブで肌の色を隠しているアディルのほうが明らかにおかしかった。

その状態で待っていると、やがて当主ラノウが現れた。普段は堂々としている見た目が派手な中年の男は、表情に焦りを浮かべ部屋に飛び込んできた。

「……アディル! 本当にお前なのか!?」

ラノウが向かってきて椅子を引き、席に乱暴に座るとアディルは一瞬後ずさる。
だが異変を察知されないように、服で自分を隠しながら口を開いた。

「久しぶりだな。ああ、俺だ。驚かせて悪かった。変に見えるだろうが何も聞かないでいてくれると嬉しい。とにかくあんたに知らせたかっただけなんだ、大丈夫だと」

前と同じ澄んだ青年の声で答えると、当主は安堵で胸を撫でおろしたかに見えたが、やはりすぐ隣で表情を変えないシグリエルのことが気になる様子だった。

なでつけた茶髪と髭面、その整った顔立ちに野心と狡猾さがにじみ出る当主を、シグリエルは無遠慮に観察した。アディルがどれだけ心を寄せていても、自身の壁は冷たく強固だ。

「……お前、本当に兄貴なんだな。アディルは病気なのか? 力になれることがあるなら何でも言ってくれ。そうだ、今どこにいる? うちに来い。皆も安心するだろうし、お前のことも紹介しよう。俺達はこんな商売をやっているが、恐れることはない。皆すぐに受け入れてーー」
「俺は何も恐れていないし、あんたの支援は必要ない。弟が会いたいと言っているから会わせただけだ。余計な首は突っ込まないでくれ」

シグリエルのその突き放した台詞と、どこを見ているのか分からない空虚な目つきに、ラノウはぴくりと眉を動かした。

「そういうわけにいくかよ。……大体、お前こいつのことを何年もほったらかしにしてたんだろ? どういう気の変わりようだ」
「おい、ラノウ。その話はやめてくれ」
「お前は黙ってろ、アディル。こいつは今俺達の家族なんだ。首を突っ込んでるのはどっちだ?」

当主が静かな声で問うと、先に動いたのはアディルだった。机の下に隠していた手を出し、ラノウのシャツの袖を掴んで制止する。

「やめろって!」
「ああ? だがな、アディルーー」

沸々と火がつきそうなラノウはふと目線を落とし、アディルの真っ白い手を見た。そこで動きが止まる。
はっとなって手首を思わず握った。

「おい、どうしたんだこの手……それに、すごく冷たいぞ」
「触るな」

異変を感じた当主からシグリエルが弟の手を離させる。
さすがにラノウの目つきが最大限の訝しさを表した。

「何が起こっているんだ。言え、てめえ!」
「な、なんも起こってねえよ、落ち着けって」
「うるせえ! この野郎、こいつに何かしやがったのか? サイコ野郎がッ」

沸点を最高点まであげた当主は立ち上がり、シグリエルの胸ぐらを掴んだ。
シグリエルは魔法を使わずに耐える。ここでこの男に手を出すのは本意ではない。今日は話し合いに来たのだ。

「俺は弟を守りたい。その点ではあんたと同じだ。何度も言わせないでくれるか」
「……こんの……ッ」

組織のボスさながら青筋を浮かべ、殺しをもいとわぬ殺意を漂わせたラノウだったが、隣で大人しくしているアディルに目をやる。
息を整えて一旦席に戻った。

「舐めた野郎だ。覚えておけよクソガキが。……それで、弟を人質にとって何がしたい。何が望みだ。……俺達を襲った連中ならもう全員あの世だ。だが裏切り者のエイマンだけは足取りがつかねえ。大方魔術師どもに匿われたか。あの野郎絶対に殺してやる」

舌打ちをして葉巻を取り出したラノウは、火をつけて吸い煙を吐く。
シグリエルは息巻く男に事実を教えてやった。

「同僚の男なら俺が殺した」
「ああ? どうやって見つけた」
「俺は魔術師だ。方法はいくらでもある。……だが、あいつが知っていることは何もなかった。アディルへの恨みを利用されただけの小物だ。だから裏で操っていた魔術師を追っている。あんたもそうだろう」

問うと、ラノウの顔つきが変わる。シグリエルをただ息子のように可愛がっている青年の兄としてではなく、仕事の取引相手として見定めるような仄暗い目つきで。

「俺らの仕事に普段魔術師は用無しだ。畑違いの力を借りるなんざ、腰抜けどものすることだからな」
「そうか。でもあんたは魔術師と懇意にしているよな。白髪の黒魔術師、サウレスと」
「……ははッ。おもしろい野郎だなお前。そこまで調べたのか、一人で」

ラノウは喉の奥で笑い出した。その男の名は当主の神経をとくに逆撫でするものではないらしい。

「あいつはただの友人だ。癖のある奴だが、こいつを狙おうなんて魂胆はない。大体何の意味がある? お前も知ってるだろ? アディル」
「ああ。あの男のことはすげえ嫌いだが、俺をわざわざ殺すような得のないことはしないと思うぜ」

シグリエルは初めて表情を複雑なものに変え、隣の弟を凝視した。
どれだけ親しく見せても所詮は魔術師である者を、脅威と思っていない二人に憐れみを持ったのだ。

「とにかく、そいつにだけは俺達のことを悟られないようにしろ。……あんたは今日一人で来ているんだな?」
「ああ。そう言っただろ。安心しろよ、魔術師のことは俺も調べている。お前がアディルとの連絡を絶たせないと約束するなら、情報交換してやるよ」

何食わぬ顔でラノウがそう述べた時、突然、当主の肩越しに白い霊魂がぼやっと浮かび上がった。出てきたのはズタだった。憤怒した顔だけが勢いよく前方に飛び出る。

「嘘をつけこの詐欺師がッ! 旦那、こいつ外に手下を待たせてやがるぜ! 騙されるなこのクソ男にッ! 今だやっちまえ! 命令さえあれば俺がこいつの脳に入り込んで脳みそ食い散らかしてやる!」
「ーーう、うあ、ああああぁぁッッ」

しかし驚かせたのはアディルのほうで、後ろにのけぞり口をぱくぱくさせて、当主の肩を指で差す。

「あ、あ、ああ! 幽霊がいる! あんたの後ろ、ラノウ!!」
「……なに言ってるんだ? アディル」

一転して心配になったラノウが振り返るが、当然何もない。
もう一度アディルを見やったときには、シグリエルが立ち上がり弟を連れ出そうとした。

「まだ具合がよくない。今日はここまでにしよう。ラノウ、これからはあんたに魔法鳥を送る。伝書鳩のようなものだ。引き続き用心してくれ」

そう言い残し、兄弟は地下の部屋を出て行き一階へ向かった。
取り乱しているアディルを支えるシグリエルを、階段の上で待っていたのは店主の男だった。

「大丈夫か? …そうは見えないか」
「ミズカ。家に送ってくれ。今日は世話になった」
「ああ、いつでも来いよ。遠慮なく頼れ」

素材屋の男に頷き、転移魔法を詠唱される間、シグリエルはフードを被った弟の白い頬を優しく包み込んだ。

「落ち着け、アディル。帰ったら話そう」
「あれはっ、なんだよ兄貴! 俺はおかしくなったのかっ?」
「そうじゃない。大丈夫だ。お前はおかしくない。俺がそばにいる」

心からの言葉を伝え、シグリエルは衝動的にアディルを自身の胸に引き寄せた。二人は光に包まれて酒場を後にした。



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