I'm so happy | ナノ


▼ 8 旧友と弟

「……ちっ、酒はねえのか。水しか入ってねえ。腹へったのにどうすんだよ」
「明日まで我慢しろよ。騎士団の食堂は豪華だぞ、俺よくあそこで昼飯食ってるんだ、タダだぞすごくね?」

奴の自室に入り、備え付けられた台所で物を漁っている男に助言をしてやった。だが奴に嘲りの瞳で見返される。

「騎士団なんか近づきたくもないね。お前はほんと……染まっちまってんな。小物臭がすげえ」
「うるせえな! 大物になったことなんかねえし。俺は平和にここでやってんだよ。お前の登場で崩れたがな」

広い居間のソファに腰をかけ、大股開きでうなだれた。すると奴が水を飲みながら近くに来て、隣に腰を下ろす。本当にまさかだ、旧友とこんな所で会ってるとは。

「……なあルカ。アーゲンってのはお前の偽名だろ」
「ああ。ここ数年で使い始めた」
「それは悪事のためか?」

奴はさっきは話すと言ってたくせに、もったいぶるように口を閉ざす。俺はとりあえず収容所について尋ねた。
毒花を植える自由があったぐらいだから分かるが、こいつは収容所に簡単に出入り出来るぐらいの力があるということだ。

「じゃあなんであんな所にわざわざ捕まってたんだ。俺に会うためとか言うなよ。そういう冗談寒いから」
「冗談じゃねえ。まあ理由は二つだけどな。お前と、罪状の取り下げだ」

顔をしかめた俺が根気よく話を聞いていると、奴は教会との契約成立により今は確かに自由の身で、大きな前科も綺麗に消えたらしい。

「なにやったんだよ……お前の親御さんはいるのか知らねえけど、確実にあの人の良さそうな師匠のおっさんは泣いてるぞ」
「もう死んだよ」
「……えっ?」

ルカの静かな返答に絶句する。
その場にしばし沈黙が流れた。あの男が死んだ? まだそんな年でもないはずだが。

「な……どうして死んだ? お前、大丈夫か」
「大丈夫だ。馬鹿だよな、あのおっさん。力は結構あるのにお人好しだから騙されてよ。保存していた法典も魔法陣も全部取られちまった。だから俺がひとつずつ奪い返してたんだ。そうこうするうちに結構な数を殺っちまってたよ、はは」

いや笑われても俺はあまりにヘビーな話に喉にたまった唾を飲み込むのが精一杯だった。
けれど、こいつへの見方が百八十度変わる。ただの欲に溺れた犯罪者じゃなかったのだ。やっぱり。

「仇討ちか……正直お前がそういうことをするタイプには思えなかったわ」
「そのだせえ呼び名はやめろ。何が仇討ちだ……」

舌打ちをしてバツが悪そうに水を飲み干す。
やったことはもちろん罪ではあるが、俺は悪友に同情心が湧いていた。

「でもさ、それなら情状酌量があったんじゃねえのか?」
「ねえよ。誰にも言ってねえ。それに奪い返したものは元々綺麗なルートを辿ったものじゃない。師匠も界隈ではほぼ無名だったしな。調査をされたところで、だ」

俺は神妙に聞き入った。奴の話によると、奪った物はすでに安全な場所に移してあり殺しの理由としては嘘を適当に告げたようだった。
この教会のことだ、ある程度は調べられてるかもしれないが。

「正直、お前そんなに悪くねえよ。気にすんな。俺も師匠が殺されたら仇討ちすると思うしな。成功するかどうかは別として。……まああのおっさんは殺られねえと思うけど」

ははっ、と笑ってしまいすぐに反省して口を閉じる。今のはこいつの師匠に対して侮辱的だったと真剣に謝ると、ルカは同じように笑った。諦め混じりで肩をすくめている。

「謝るな、本当のことだ。やっぱり師匠っつうのは、メルエアデのおっさんみたいに強い奴を選ばねえとな。惨めな姿は見たくねえし。……お前もおっさんが生きてるうちに大事にしてやれよ」
「お、おう。そうだな」

ルカにしてはまともなことを言われ、俺は同意せざるを得なかった。師匠か……弟子のことを大事にしてくれれば俺も大事にするんだがな。

根幹を話し終えた俺達は、その後もしばらく会話していたが、もうそろそろ夜も遅い。それに俺はこの後弟との約束があるのだ。

「じゃあな、しばらくは大人しくしとけよ」
「ふん、俺はいい年した大人だ。お前こそヘマすんじゃねえぞ。ああ、また明日な。迎えに来てくれ」
「誰が来るか! ……あっ、いや、そうか。案内すんだっけ。くそ、面倒くせー」

一人突っ込みをしながら個室の玄関から出る。すると奴はなぜか急に後ろから俺の肩になだれこんできた。細身の体型ではあるものの体重をかけられ両肩に腕が乗り、足がもつれそうになる。

「ちょっ、なにやってんだよふざけんな!」
「悪い悪い。はは、お前やっぱいい奴だよなぁ。好きだわ、俺」

そう言って俺のほっぺたを子供にやるように触ってきやがったため、全力で振り払い奴を押し退け立たせた。

「お前昔のノリでくんじゃねえよ、俺らもう30だぞ? 寒いんだよ!」
「そんなに怒ることかねえ? 友情は不変だろ、そこらの恋慕と違ってよ」

またあのやらしい笑みでからかってくる男を睨む。ひとつ奴のほうが年上なだけだが、この馴れ馴れしい振る舞いに俺は昔から手を焼かされていた。

奴の部屋を今度こそ出たあと、その足で騎士団本部の建物へ向かう。
最上階には団長の自室があり、俺達は相変わらずそこで落ち合うことが多かった。

しかし、部屋に行ってみると明かりもついておらず静かで、クレッドはいなかった。
よく見たら寝室に制服が脱ぎっぱなしになっている。いつもは整頓しているのに急いでいたのだろうか?

ひらめいた俺は転移魔法を使い、自分の仮住まいに戻ることにした。





律儀に領内にある一軒家の玄関へ降り立った俺は、二階へ行く前に居間をのぞいた。すると弟子のオズと獣化した白虎がくつろいでいた。

「あれ? マスター! お帰りなさい、大丈夫でしたか? 極秘だったみたいで俺も今日聞かされたんですけど、あの人お友達だったんですよねっ?」
「そうそう。お前も昔一回会ったことあるよな。まあ平気だよ、今度紹介するわ。ところであいつ来てる?」
「はい! クレッドさんならマスターのお部屋で待つって仰ったのでご案内しましたよ」

朗らかないつもの弟子に説明され、俺は急いで上階へかけ上がった。なんとなく今日の出来事により罪悪感がつのる。

「クレッド……! わりい、遅くなった!」

部屋に駆け込むと明かりは暗く、壁際のベッドになぜか奴は姿勢よく座ったまま一点を見つめていた。俺は何事かと奴の隣に近寄り顔をのぞきこむ。

「お、おい? どうしたこんなに暗くして。お前ここにいたのかよ。あっち行っちゃったよ」
「……ごめん。ここのほうがいいと思って」
「え? なんで?」

間抜けな俺の声には答えず、奴は俺にゆっくり向き直った。任務が忙しく疲れただろうに、俺のことを待っていてくれて気持ちが込み上げてくる。

「兄貴……? 大丈夫か? 昨日から寝てないだろう、疲れたよな」

しかしクレッドは俺のことを心配し、優しく頬を触った。奴に触れられただけで元気が戻ってくるのを感じる。

「平気平気。お前も、今日はありがとうな。ごめんな、世話になっちまって」
「……いや、問題ない。無事に済んでよかったよ」

そう言って儚げに微笑む。またあの違和感だ。新しく雇われたのがあのルカだったというのに、弟は落ち着いている様子だった。
それとも、わざとそう見せているのだろうか。

「あー、あいつさ。大人しくするように言っとくから。お前が気をもむ必要はないからな。……あっ、でも俺何やったのか聞いたんだよ。それで事情があったみたいで、まあやったことは許されねえことだけど、それ聞いたら俺はーー」

なぜか俺は神妙にならないようにしながらも、懸命にルカをかばっていた。団長である弟に心労をかけたくない思いもあったが、奴は悪友とはいえ昔世話になった俺の友人だ。
だから少しは理解してもらえたらとか思ってたのかもしれない。

しかし俺の話はクレッドの眉間を険しくさせた。仕事モードの時みたいに、奴は冷たさをまとい始める。

ルカの個人的な事情を言っていいか分からなかったため、不明瞭な俺の話し方も疑問に思わせたのだろう。

「……そうか。兄貴の話は分かった。……だが、罪は罪だ。あいつが危険じゃない保証にはならない」
「い、いやルカはそんな危険人物ではねえって。ふざけた野郎だけどさ、俺は一応ガキの頃から知ってるし」
「そうだったな。あの時も、兄貴のそばにいた」

目をそらしたクレッドの横顔が突き刺さる。俺には全ての記憶があるわけじゃないが、昔弟を一番心配させたときに確かにルカもいた。

弟の言い分がつらいほど分かるため、俺はなにも言えなかった。すると弟のほうが顔を手のひらで擦り、後悔を滲ませた表情をする。

「悪い、兄貴。忘れてくれ。困らせるつもりはない。……俺もあの頃のガキに戻ったみたいだな。悪かった」

クレッドは金髪をかきあげて、弁解するように俺に微笑む。そうされると、俺は奴が遠くに行ったみたいに心細くなるのだ。だから思わず腕をつかむように触れた。

「いや、全然いいから。好きなこと言えよ。言ってくれ」

はっきりとそう伝えても、どこか自分の中では歯切れの悪さを感じた。クレッドの浮かない表情がさらに胸騒ぎを募らせる。

「言っただろ? 俺はちゃんした人間になりたい。余裕があって、兄貴のそばにいてもいい人間に」

だが奴はそう答えた。混乱してる素振りではなく、自分の言葉で。だから俺は逆に動揺してしまった。

「……お前、まだあの医術師のこと真に受けてんのか? 早く忘れろよ! あいつ詐欺師だったじゃねえかよっ、それにお前宣言してただろ、自分は正しかったって!」

強い口調で言ってしまい、視線を落とす弟の冷淡な表情にはっとなる。

「そうだけど……分からないんだ。あいつの言うことはあながち間違っていない。……俺は疑り深いから、何度も考えたけどな。やっぱり、自分を正すべき部分があると思う」

静かにそう話す弟が立ち上がった。

「今日は帰るよ。おやすみ、兄貴」

身をかがめて俺の頬に優しくキスをした。
俺はどうすればいいんだと、しばらく止まったままだった。



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