I'm so happy | ナノ


▼ 27 男達の観察

「お前……まさか今の見てたのか?」
「ええ。セラウェさん、あなた弟さんと口論しましたね? ではこれにて合宿は不合格とーー」
「待ってくれ!! あれはただの兄弟の痴話喧嘩でっ!」

自分で何を言ってるのかと思ったが必死に弁明する。だが銀髪の呪術師は問答無用で俺の瞳を覆うように手を伸ばし、難解な呪文を唱えた。

次の瞬間、真っ暗闇から眩しい室内へと転移される。
骨董風の高級家具が並ぶ広い居間は、窓から島の海辺が見えたため宿の一室だと気づいた。

「なっ、なんだよここは。お前こんな贅沢なとこに泊まってんのか? いいなぁ~……じゃねえよ! 早く俺を戻せ! 何する気だ!」
「戻りたいんですか? では全員不合格になりますけど」

奴は仕事が終わったかのごとく灰ローブを脱ぎ、ソファにかけて自分はカウンターへと向かい、紅茶を入れている。
俺もそこへ座るように促され、脅しに屈すると飲み物を渡された。冷静に状況を整理する。

「つまり、俺がここにいればまだチャンスはあるんだな? じゃあ喜んで滞在させてもらうわ。ちなみにいつまで?」
「最後までです。あなたの失敗に目をつむり、その上自室に匿ってあげようなんて、私は本当に優しい先輩だと思いませんか?」
 
妖艶な藤色の瞳が笑み、圧迫してくる。恐れた俺は「その通りですよね」と話を合わせ、大人しく厄介になることにした。

しかしエブラルがおもむろに指でサインを描き、またも耳慣れぬ言語を紡いで詠唱する。

すると前方に中ぐらいのサイズの黒い穴が生まれた。渦を巻いていて催眠かと身構えると、穴の中にある光景が映し出されていく。

「うわッ、なっ……あいつらがいる!」
「一緒に見ましょうか。皆さんさぞ混乱してるでしょうね。突然あなたが消えて」
 
声を弾ませる呪術師に引くものの、高等魔術にお目にかかれて不謹慎にも胸が鳴る。目をこらすと、居間近くの廊下に集まる騎士達がいた。

クレッドが頭を抱え、こんな事を言っている。

「ーー本当に兄貴は消えたんだな?」
「ああ。二人で廊下を歩いていたら、セラウェが忽然といなくなった。何の予兆もなくだ」

人型の使役獣が証言すると、弟は髪をぐしゃりと掻き上げ大きく悪態をつく。

「ハイデル。建物に侵入者の形跡はない。島にいるのは教会と騎士団の関係者だけだ。……おそらくあの呪術師の仕業じゃないか?」
「……ああ。そう思う。だが、俺が兄貴にひどい事を言ったんだ……」

悔やむ奴の様子に胸が痛む。俺はここにいるぞ、大丈夫だからと言いたくなってるとルカがいつもの調子で口を出した。

「何言ったんだよ。合宿成功させようと頑張ってた兄貴の足引っ張ってんじゃねえよ、お前」
「お前のせいだろうが!」
「はあ? そうか?」
「ちょっ団長、喧嘩はまずいですよ、停職になりますって」
「そんな事はもうどうでもいいんだよ!」

まずい。この状況にトラウマが発動したのかクレッドが完全に我を忘れ激高している。

「お前らのこともどうでもいいだってよ。正義漢ぶってるが本性はこれだろ。こんな奴がリーダーで可哀想にな」

ここぞとばかりに弟をいたぶるルカに腸が煮えくり返る。あいつは普段部下思いで、本当はすごく責任感が強い男なのだ。
俺の反発心を代弁するようにジャレッドが奴に食ってかかった。

「あんたな、いい加減にしろ。団長批判しても俺達には効かないぞ。この人はこうだって皆分かってるんだよ。それでも余りある実力でカバーしてるから俺達は認めてるんだ。だいたいあんたがセラウェさんにちょっかい出したんだろ? 経験者が忠告してやるがやめておけよ、痛い目みるぞ」

奴の説得力ある台詞に感心しそうになっていると、ルカは眉を険しく寄せて奴に向かう。
だが弟は騎士の肩を引いた。悲痛の表情で告げる。

「もういい。そいつの言う通りだ。俺は兄貴のこととなると冷静な判断が出来なくなる。皆に迷惑はかけたくないし、治したいとは思っているが……中々難しくてな。すまない。だが……兄貴の存在が自分を強くしてくれるのも事実なんだ。そういう大切な人間に支えられて、騎士という仕事を全うするのはそんなに悪いことか?」
「……ああ? 開き直ってんじゃねえよてめえ」
「わっ、悪くないです! 素敵です団長!」

突然若い騎士が声を上げ、皆の注目を集めた。下の立場である彼らは三人いて命令服従を第一にしているが、皆一様に頷いている。

「意見を言うことをお許しください! 私達は皆団長の素顔が好きです! 最初は近寄りがたく畏怖の念が大きかったですが、兄上様好きという性質はすごく人間味があって親近感がわきました、何も間違っておりません! 今回の合宿でも余計にそれを感じました!」

敬礼をする若騎士たち。そのワードは恥ずかしさをもたらすもの俺としては若干安心をした。もちろんそういうハンデを背負ってもちゃんと仕事してる弟が偉いのだが。

クレッドも少し気まずそうに反応をしている。

「お前達……すまない」
「謝らないでください! 大丈夫ですよ団長!」

団長が囲まれ、励まされている。良さげなドラマになったのはいいんだが、やはり問題はこの男だ。
ルカは一人舌打ちをし、面倒そうにその場を去ろうとした。だがファドムが前を遮る。

「おい、どこへ行く」
「くだらねえ騎士ごっこに付き合う気はねえ。セラウェがいないならもういいわ。じゃあな」
「待て」

腕を取った隊長と魔術師の睨み合いが続く。おいまた衝突かよとハラハラしていると、クレッドもそこに加わった。

「アーゲン。これは本心じゃないがお前も必要だ。ここに留まれ」
「嫌だね。なんでお前に命令されなきゃいけねえんだよ」
「兄貴の無念を晴らすためだ。兄貴は脱落してしまったが、まだ合宿が打ち切られてないということは、俺達だけで続行しろということだろう」
「お前さっきどうでもいいって言ってなかったか?」
「言ったさ。けれど合宿の成功を悲願していたのはお前の大事な友人だろう? 助けたいと思わないのか」
「そうですよ、セラウェさんの意志を受け継ぎましょう団長! あんたも協力しろよ、アーゲン!」

ジャレッドも声を出し、場の熱が高まっていく。俺がすでに亡き者みたいになってるのは気になったが、あとはルカさえ承諾してくれればーー。

「おい解除師。誰も気にしていないが、実は俺もお前が必要だ。本当はすごく嫌だが、俺の主がいないんでな。魔力供給が出来ん。代わりにお前が餌を与えろ」

褐色肌のロイザが偉そうに腕組みをし、ルカに頼む。トドメとばかりに悪友の顔がぶち切れた。

「お前まで何なんだ! 俺の味方しろよ! セラウェの使役獣だろうが!」
「だから味方をしてやってるだろう。お前の存在意義を作ってやった。この荒ぶる敵陣の中で。考えてもみろ、もしお前が勝手に抜けたら、さぞセラウェは悲しむだろうな。それでも拒否をするならば、俺が相手になるぞ。魔力を求めて」

ロイザが無表情の瞳を好戦的に細め、宣戦布告する。
一番緊張したのは俺だが、奴の強さを知っているルカは一瞬眉をぴくりとやった。

「……くそが。全員で恫喝かよ。俺も素行は悪いけどな、騎士も全然良くねえよな。だから嫌いなんだよお前ら全員」

奴の罵りが部屋に響く。しかし男達の顔色はどこか明るく、やる気に満ちていた。それは決してまとまらない奴らの一致団結が奇跡的に叶った瞬間だった。





「すごく面白かったですね。そのへんの舞台よりドキドキしましたよ。よかったです、皆さんがまとまって。合宿とはいえ私は半分休暇中のような気持ちなので、戦闘の仲裁は煩わしくて嫌だったんですよ」
「あ、そうですか。確かに上手くいってよかったですけど、これ結構悪趣味ですよね~。いいのかな、覗き見しちゃって。こいつら誰も気づいてないし、俺らが見てること」

その後騎士達が解散するまで、俺らは渦の穴から様子を見ていた。残り日数は三日となる。皆の行方は確かに心配だ。でも俺もその期間ここにいなきゃいけないらしい。

「ではおやすみなさい、セラウェさん。寝室は他にもあるのでお好きな部屋をどうぞ。ちなみにここから逃げ出したら本当に罰しますからね。どうか大人しくしていてくださいね」

にこりと子供に話すように言う大人の紳士に顔が引きつる。
俺は従順に言うことを聞き、その日は静かに寝た。

そして翌日、何が起こったかというとーー。

とくに何も起きていない。
奴はルームサービスで朝食を用意してくれて、二人で食べた。その間も渦の中から皆の様子を観察し、あーだこーだ分析する。

俺ずっとエブラルといなきゃいけないのかな、と早くも息が詰まってくるが、奴は午後になると自由時間といい外出した。
部屋に取り残され、それはそれで退屈だ。しかし奴の所持品の蔵書を読む許可を得たことはラッキーだった。

「あ、おかえりエブラル! 待ってたよ、さあ早くあれ見せてくれ」
「……セラウェさん。中毒になってませんか? まあいいですが」

夕方また二人でソファに座り、皆の様子を確認する。この呪術師はどういう原理かこの渦を直接発現させてなくても、別荘の様子が知覚できるように術を張っているらしいが、俺は実際の様子がもちろん気になっていた。

とくに俺がいない時の皆の雰囲気はどうなのだろうと。

午後の部としてルカが魔術の授業を別室で行っている。またロイザとクレッドは個人訓練でいなかった。
騎士達はめきめきと上達していて、聖力の威力すら上がっているように見えた。

「この授業、精神は疲労するけど気に入ってきたよ。あの人教え方うまいよな」
「ああ。正直魔術師というと変人っていう偏見があったけど、講師としてはすごく良い方なんだよな。まあ兄上様絡みになると、あれだけどな」
「おいそこ、聞こえてるぞ。雑念を持ち込むな」
「……はい! すみません!」

騎士の内緒話にも厳しく応対し、ルカは真面目にやっているようだった。ほんと人への態度さえ直せば敵を作ることもないだろうにと思う。

そんなルカが夕食後、中庭の長椅子で涼むロイザの元にやってくる。この二人の組み合わせは珍しいと思いながら、俺は覗き見をしていた。

「よお、ロイザ」
「なんだ。餌なら一日一回で十分だぞ。お前の量は中々多い」
「ははっ、そうかよ。よっぽどセラウェのは少ないのか?」
「少なめだ。だが味は最も優れている。あいつはケチだが相手に与える質はケチらないんだ」

おお、なんか良いこと言ってんじゃんと満悦してると、ルカも「確かにな」と煙草を取り出して笑った。

煙が夜の空間に漂う中、二人は佇んでいた。

「あのさ。あいつの考え教えてくれよ。お前心が繋がってんだろ? 使役獣ってのは心象風景を感じるらしいな」
「…………それが目的か」

使役獣同様、俺も思わず顔をしかめる。これでもルカのことを信用しているし、心配したのも本当だ。だがこの行動はねえんじゃねえか?

ロイザ、やべえこと言うなよ。と念を送っていると。

「なあ。それにあいつが今回の合宿にこだわる理由ってなんだよ? 今まで違反なんか気にした事ほぼなかった奴だぞ」

心外なことを言い出し、また血管が切れそうになる。

「本人に聞けばいいだろう? それとも、本心を教えてもらえないのか。親しい友人なのに」
「……うるせえな。セラウェの野郎変わっちまったんだよ。七年も経てばな……俺もだけど」

苦くこぼす悪友の横顔を見ていると、少し切なくなった。
俺は家族は愚か、昔からの俺を知っている友人達にも重大な嘘をついている。弟との関係は誰にも、死ぬまで言えないのだ。

「早く言えよ。言わないと魔力やらねえぞ」

ルカがあくどい顔つきで俺の使役獣に命じた。
するとロイザは無表情で立ち上がり、居間へと通じるガラス戸を開けて中へ入っていった。

さすがに無視したか。よくできたぞ、ロイザ。
そう褒めてやろうとしたら、奴は予期せぬ人物を連れて戻ってきた。

「……うぉっ! なんでお前がここに来てんだよ!」
「知るか。なぜ俺を呼んだ、白虎」
「助けてくれ、弟。こいつがセラウェの気持ちを教えないと俺に魔力をやらないという。そんな不当なことがあっていいのか? 動物を脅すとは高度な虐待だぞ、これだから狡猾な魔術師は」

滑舌良く文句を言う使役獣にクレッドも呆れた顔をする。

「おい、魔力はやれよ。憐れだろ。兄貴がいないんだぞ。……それに兄貴の気持ちを勝手に探ろうとするな」
「……るっせえな、また良い人間ぶりやがって……面も相まってムカつく野郎だぜ、ほんと……」

ぶつくさ言いながら、ルカは煙草を吸う。

「こんな男のどこがいいんだ、分からねえ」
「俺も心底分からないな。兄貴がお前を慕ってる理由が」
「はっ! 歴史だよ。俺らには昔の思い出がある。お前も知らないやつな」
「そうか。だが俺にもある。たくさんな。お前が知らないやつだ」

二人はまるで若い時に戻ったかのように言い合いという名の会話をした。聞いてるだけで恥ずかしいが、本人たちは真面目なんだからしょうがない。

でも俺が居ないほうが、普通に話せてよかったのかもな。
水と油のようなもので、仲はよくならないだろうが。

しんみりしていると、目の前で黒い渦がぐるぐると縮小していった。

「ええっ? もう終わり? まだ見せてくれよ! 取りこぼしがあったら寝れねえよ!」
「もう疲れました。今日はいいでしょう。あ、そうだ。明日は私一日予定があるので。でも安心してください、見張りは継続できますから」

寝支度をするエブラルをしかめっ面で見やる。

「はあ!? 気になるだろ続きが! 明日最終日前日のクライマックスだぞ、見逃したくねえよ!」
「あのですね。これはあなたの娯楽じゃないんですよ。最初は盗み見だとか抗議してたくせに、やはりあなたも魔術師の血が流れているんですねえ。……分かりました、ではこうしたらどうですか?」
「え、なに? 延長してくれんの? いいよいいよ、渦出しっぱなしにしてくれたら、俺が監視しといてやるからさ」

俺はすでにこの観察とは名ばかりの所業に囚われていた。だがエブラルの提案は予想外だった。

「俺が自分で渦を出すだって? 無理だろそんなの。俺にも理解できるよ、すげえ複雑な施術だって」
「そんなことないですよ。準備は面倒ですが。前にあなた、私の記憶読みの術を会得しましたよね。なので素質は十分にあります。今から教えますから、明日までに頑張って習得してみてください」

笑顔で無茶なことをいうエブラル師匠に引き笑いをする。
でも無性に身震いしていた。もしもこんな術が俺にも可能になったら、まじで世界が広がりまくる。

「ふふっ……はははっ……やってやるよ! あいつらの秘密暴いてやる!」

目的が違う方向に行ってるものの、俺は合宿で一番のやる気を出していた。



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