I'm so happy | ナノ


▼ 23 整列する男たち

「……? ……なぜ、剣がないーー」

司祭によって術を解かれた者達は、次々と地面に武器が落ちるのを目にした。表情も殺気じみたものとは異なり、どこかぼうっと朧げだ。

「クレッド! 気がついたか。悪い、お前ら全員俺の制限魔法の餌食になったんだ」

優しい声音だがさりげなく自慢も入れて主張した。奴は衝撃を受けたように振り返り、ゆっくり剣を拾い上げて握る。

「なんだって……? 兄貴に止められたのか」
「ああ。それで今司祭たちが来て、解除してくれたんだ」

周りを見ると、男達はわけが分からぬ状態ですでに戦意喪失し、気持ちも不気味なほどに落ち着いていた。
さすが司祭だ、俺の解除よりも丁寧な仕事である。

「君達、ここに来たまえ。何をやっていたのか、僕はもう分かっているからね」

司祭が厳粛に騎士らを集め、皆反抗もせずにぞろぞろと森の真ん中に集まってきた。俺も上司の横に立ち難しい顔を作る。

「セラウェ君もそっちだ」
「あ、すまん」

注意されて最後尾のルカの隣に並んだ。奴を睨みつけると、演技をしているのか神妙な顔で俺を見てきて、微かに口角を上げた。

整列の先頭はバツの悪そうな団長のクレッド、そして無表情のファドム。さらに部下顔のジャレッドと若騎士。それからルカと俺、最後に列からはみ出たロイザだ。

いい年してこんな学校みたいに怒られるとは恥ずかしい。司祭とエブラルが正面に立ち、今更事の重大さを感じてくる。

「ハイデル。何があったんだい? 最初に言っておくが、司教にはこの事は伝えないよ。信頼する同僚の僕には正直に話してくれ」
「分かった。感謝する。事の発端は些細なことだ。魔術師と騎士の力比べをしようということになり、互いを挑発してこうなった。アーゲンと対峙した俺に、騎士と白虎が加勢し、戦力の均衡を図るためにファドムは魔術師側についた。兄貴は止めようとしてくれたが、俺達は熱くなり戦闘に没頭してしまった。申し訳ない。以上だ」

弟の淀みない説明は巧みに事実を告げ、俺は感心した。何気にルカの暴挙を隠したのは気になったが、感謝しかわかない。

「なるほどねえ。事情は分かったけれど、まだ合宿二日目だよ? 皆を指導する立場の君が、本気でやり合うとは……」
「本気ではない。小僧が本気なら死人が出ている」

楽しそうに口を挟むロイザの口を俺は無理やり閉じようとした。まあ言ってることは間違ってないが、こいつは話に入れないほうがいい。

「そうかい。確かにね。って死人を出したらクビだよ。いくらハイデルでも。……ふう。まあいいか。さっきの光景を思い出したらーー。一ヶ月ぐらいは愉快な気分で過ごせそうだ」

思い出し笑いをする司祭に殺意がわく。しかしクレッドは屈辱的な思いをなんとか抑えるようにまっすぐと立っていた。

「さてねえ……エブラル、君が罰則を科してくれないか? 僕は職業柄そういう野蛮なことが苦手なんだよ」
「おや、そうでしたか? 初耳ですね。ふむ。でも私が考案したものだと、いささか酷いものになるかもしれません。……どう思いますか、アーゲン」

きらりと奴の藤色の瞳が光り、ルカを見据える。
俺の悪友は白けた様子で興味なさそうに口を開いた。

「さあな。どうでもいいね。戦闘はまあまあ楽しめた。あとは勝手にしてくれ」
「そうですか。興が乗らない方だ。あなたはどうです、セラウェさん」
「僕すか。そうですねえ、皆が可哀想なのでよくあるやつにしてやってください。海岸をダッシュ10本とか」
「ふふ。それはお粗末すぎますよ。というかあなたも連帯責任で罰則の対象ですから、お忘れなく」

残酷な笑みを向けられ俺は白目を剥いた。やっぱりな。なんとか監督側に行こうとしたがそう甘くはねえよなこの教会。

「兄貴は迷惑を被ったほうだ。軽いものにしてくれ」
「ハイデル、君ねえ。僕は分かっているんだよ? 普段は冷たい君が率先して首を突っ込む事態だ、どうせ兄絡みのことだろう。部下の前でこれ以上恥ずべき姿を見せるつもりかい?」

俺をかばってくれただけでそこまで言う事ないだろと思ったが、言い詰まった団長に顔を近づける司祭はまじで意地悪そうに笑っていた。

むかついたのは俺だけではなかったようで、ジャレッドと騎士が応戦する。

「司祭、恥ずべき姿ではありません。だから我々も団長を援護したんです」
「その通りです!」

彼らに加えてファドムも無言の目力で奴を捉える。司祭はため息まじりに肩を竦めた。

「はいはい、分かったよ。君達の連帯に文句はない。じゃあ罰については考えておくから、今日はとりあえず拠点で謹慎しておきなさい」

司祭が命じると、俺達は形だけでも敬礼しておいた。エブラルと司祭はその後俺達を海岸沿いの拠点に転移させ、持ち場に戻っていった。

砂浜に微妙な空気感の中、魔術師二人と使役獣、そして騎士の幹部二人と部下四人が集まる。
疲労があったのか、さっきの殺伐とした戦闘について口を開く者はいなかったが、ルカだけは平然と言葉を発した。

「おいお前ら。なぜ俺を売らなかった? 事の発端は俺だろ。騎士の気高い思想とかいうやつか?」

無反省で絡む悪友にいい加減俺もいらつき、前に出ようとした。しかし俺をそっと押さえ、クレッドが答える。

「それもあるが、今は合宿中だ。お前も隊の一員だからな。……さっきのは俺の失態だ。皆、悪かった」

団長は頭を下げ、皆を驚かせた。ルカは舌打ちしていたが、弟は武器を下ろしその場に座る。
相当堪えたのだろうか。罰を受けることになったこともだが、俺の術にもかかったことに。

「クレッド、あのさ」

皆が散り、それぞれ休息を取っている間に俺は浜辺に腰を下ろす奴のそばへ行った。

「……兄貴、さっきは悪かった」
「い、いや……ああ、そうだな。いきなり戦いやがって、ばかだろお前」

先に折れるのを堪えてとりあえず叱責する。弟は眉を下げすぐに反省をした様子だった。あの状況で頭に血が上るのはしょうがない。俺にもそれは分かっている。

「一度あいつとやり合わなければと思っていた。その機会が今しかないと……あいつは、言葉で通じるようなやつじゃないから」

出来事を反芻する瞳を見て、言葉の意図は分かるがため息がもれる。

「それで、戦って何か分かったのかよ」
「いや……」

ルカは分かりそうで難解なのだ。俺にも理解できないとこが多々ある。
二人でしばらく浜辺に並び、話をしていたが俺はもう一人のもとへ向かうことにした。

ルカは拠点の端にある木の下に足を伸ばし座っていた。
近づいて隣に腰を下ろす。聞きたいことは山ほどあったが、こいつのために言葉を紡ぐのも段々疲れてきた。

「お前さ、俺がいくら疲弊してもお前を見捨てないと思ってんだろ」
「ああ。思ってるな」

即答されて呆れる。事実だから余計に腹立たしくもなってきた。黙っていると、奴の感傷的な横顔はこんなことを言った。

「互いにとっての存在がどうたらとか、そんなくだらないことを言い合うつもりはねえんだよ、俺は」

こちらを見てきて、視線が合う。俺は怪訝に眉をひそめた。

やっぱりよく分からない。クレッドはあんなことを言ってたが、こいつ、まじで俺のことが好きなのか?

いや、ありえねえ。どう見ても昔からのダチだ。





翌日、俺達は野外の拠点から豪華宿に戻ってきていた。今日はいよいよ上官から罰の執行命令があるのだ。
広く会議などが行えそうな一室に、俺はリーダーとして問題行動の全員を召集した。

「いいかお前ら。普段の活躍とかは今関係ない。屈辱に苛まれる気持ちはよく分かるが、罰は甘んじて受けろ」
「お前もその一員だろ。なに眼鏡かけて先公面してんだよ、似合ってねえぞ」
「くっ、はっは! うるせえルカ。俺は最強の男なんだよ。皆さん感じませんでしたか? 見ませんでしたか? あ、見えてないか~停止しちゃってたもんなぁ~」

ここぞとばかりに嘲笑うと全員が冷えた目で見る。
とくに腕章入りの制服をまとったクレッドは失意の瞳だ。

「兄貴、確かに兄貴はすごいし感謝している。だが何度も言われると、かなり情けなくなるんだが。団長として」
「しょうがねえだろ。それがお前らが犯した罪だ。この合宿ではな、最強の者がトップに君臨するんだよ。それを今日から重々噛み締めてーー」

演説していると、音もなく外の扉からエブラルが入ってくる。そそくさと俺は迎え入れた。

「ささ、どうぞこちらに。エブラルさん。悪いやつ順に並べておきましたよ。もちろん僕は最後ですけど」

横に整列させた騎士らを満足気に見やる。団長の弟は兄として俺の隣にしてやりたかったが、さすがにえこひいきは他に示しがつかないので真ん中らへんに配置した。

「お気遣いありがとう、セラウェさん。しかし今回は一律で罰を受けてもらいます」
「えぇ!?」

非情な銀髪の刑務官に叫ぶ。計画と違うと俺は奴に詰め寄った。

「なんでですか! 話が違うだろ!」
「見苦しいぞ、セラウェ。俺をすぐに止められなかった主としての責任がある」

人型のロイザが偉そうに意見してきたが、お前が一番むずいからなと文句を言いたくなる。その後エブラルの淡々とした内容説明が始まり、想像と異なる内容に驚かされた。

「えっ? 宿で共同生活ですか? セラウェさんとひとつ屋根の下! おっしゃ!」

最初に素直にうざい反応を見せたのは、ジャレッドだった。てっきり島の中でまた野営だと思ってたが、呪術師いわく「あなた方には外での訓練もさほど意味ないでしょう」らしい。

「合宿は残り七日間で、本来なら後半五日間は自由に宿で過ごせる予定だったのですが、皆さんは二日に減らします。なのでこれから五日間、特別な離れの住居で男九人、仲良く共同生活を送ってください。室内は中々豪華ですよ。せっかくの懇親会ですし、私も鬼じゃないので。簡単な罰にしました」

にこりと向けられる笑顔の裏には絶対何かあると、皆感づいていたはずだが俺はひとまず「まじか~、さすがっすエブラルさん!」とゴマをすっておく。

「……それで、注意点は何がある? まさか呑気に生活をともにするだけじゃあるまいな。俺達は騎士だ。逆に体がなまる」

戦闘中毒のファドムが余計なことを尋ねると、エブラルが瞳を愉しげに細める。

「残念ですが、あなた方にとっては些か刺激は奪われるかもしれないですね。合宿の間、騎士の皆さんは鍛錬は一切禁止です。剣術も体術も、筋力トレーニングもです。代わりに魔術師側のお三方に、魔術師としての生活を教わってください」
「はっ?」

俺は間抜けな声を出した。憤ったのはファドムだけでなくクレッドもだ。

「なんだその斜め上の罰は。俺達には魔力はない。その上騎士が五日も鍛錬なしなどと、どれだけ力が落ちると思ってる!」
「知りませんよ。我慢してください。今あなた方に必要なのは相手を思いやる心です。強さというのは力だけではないのですよ、ハイデル殿」

何気に痛いところをついてくる呪術師に団長は苦い顔をした。ファドムも聞こえるように舌打ちをする。

「お前は本当に嫌なやつだ、呪術師」
「ありがとうございます、ファドム殿。しかし騎士さんを暇にしようなどとは考えていません。あなた方は代わりに魔術師の方々に剣術や騎士の心得を教えてあげてください。互いの立場を理解すれば、皆さんはもっと仲良くなれるはずですよ」

そう奴が言い放ったとき、俺はつらすぎて目眩がした。
騎士の鍛錬……だと? しかもこの戦闘狂いの精鋭たちに。
今からが最悪の合宿開始じゃねえかよ。何さらっと地獄に案内してくれてんだよ。

「いやだいやだいやだ!! ふざけんな、俺無理!! 頼む俺だけ見逃してくれぇ!!」
「そんなに動揺して。ただの鍛錬ですよセラウェさん。何を想像してるんですか」

諭されるも、調子に乗るからそうなるんだという皆の憐れむ目が突き刺さる。

「兄貴。リーダーとはそういうものだ。率先して皆を導かなければ」
「なんだよお前まで!」

涙ぐむ兄に弟の優しい瞳が向けられる。「大丈夫だ。俺がいる」と励ましてくれるが、いやお前一番に応戦してたからな。こいつもう俺に教える気満々だろと戦慄してくる。

だが問題はここからだった。嫌味なエブラルがこれで終わりなわけがない。

「ではリーダーのセラウェさんには監督役を。そして注意事項ですが……もしも喧嘩やいさかいが少しでも起きた場合、即刻合宿は中止し、全員強制退場の上に騎士団領内に送還されます。それから一ヶ月の停職、減俸処分になりますので。気をつけてくださいね。私、きちんと皆さんを影から見張ってますから。ごまかせませんよ」
「……は、はぁー!?」

最後に落とされた爆弾に、俺は頭が真っ白になった。そんなのこいつらに無理だろ。年がら年中喧嘩してるような血気盛んな男どもだぞ。しかもこの曲者メンバーで。

騎士含め皆がざわつく中、俺はぷるぷると震えた。

「ま、待ってくれ、それは厳しすぎだろ! 少しもって! しかも減俸はないんじゃないかっ? 俺は金が必要なんだ! どうか寛大な処置をしてくれっ!」
「ただ条件を達成すればいいだけですよ、セラウェさん。あなたが皆さんをまとめてください。ほら、昨日見せて頂いた傑作のように」

あれと今じゃ全然状況も難易度も違うだろうが。
もうだめだ、こんなルール守れるわけないと絶望した。

だが他の奴らはさすが統制が取れていて、「ちっ、しょうがない、やるか」みたいな様子で腕を鳴らし始めている。
俺だけなのか? 無理だと思ってるの。昨日のあれでどこからそんな自信出てくるんだよこいつら。

立ち尽くしていると、クレッドが近くに寄ってきた。俺を心配そうに見下ろし尋ねてくる。

「兄貴、大丈夫か?」
「いや大丈夫じゃないだろ。つうかお前も心配のタネなんだぞ、こんなこと言いたくないけど」
「それは分かってる。ごめん。頑張るよ。でも……お金が必要なのか? どうして?」

柔らかい弟の眼差しに俺はびくりと固まってしまった。あ、やべ、つい口走って。

「は、はは。うそうそ。ああいえば同情買えると思って。俺貧乏キャラだからさ、ハハ」

急いで取り繕ったが全く信じてないクレッドの瞳は、俺のことをしばらく不安げに見つめていた。



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