I'm so happy | ナノ


▼ 10 封印物

ルカの歓迎会から日が経ち、俺は今日とある森林に来ていた。ここは奴の初任務の舞台でなぜか俺も同行することになっていたのである。
驚くべきことはもうひとつあった。

「マジかよ、なんであんたまでいるの? エブラルの説明にはなかったぞ。そんなに重大な任務なのかよ、今回」
「まあ否定はしないね。というかセラウェ君、僕がいたら何か不都合なのかな? 君が簡単な案件しか受けてこなかったせいで、僕らはこれまで会えなかったというだけだよ」

白装束をまとい手には書物を抱える聖職者がさっそく俺をディスりながら優雅に微笑む。まさか上司の司祭までついてくるとは。のびのび任務できねえじゃねえか。

「そうか。俺を見張ってるわけじゃねえんだな、イヴァン。安心しろよ、逃げたりしねえからさ。独房から出してくれたあんたへの恩は忘れていない」
「ふふ。それはよかった。今回はね、君の力が存分に発揮できると思うよ。初めてだから試験も兼ねてるんだがね。僕もいるし、強力な騎士団の援護もある。上手くいくことを祈っているよ。アーゲン」

司祭がルカに話したあと、目線をふと後方にやる。魔術師の野営とは別の大所帯用テントがいくつか設営されていた。
そこには物々しく鎧をまとったソラサーグ聖騎士団の面々が待機しており、目を凝らすと数人の見知った者達もいる。

派遣されたのは第一小隊と第四小隊で、彼らを指揮しているのは団長である弟だ。クレッドまでこの場にいるということは、かなりの大規模任務なのだと感じる。
すると弟はこちらに向かってきた。

「ーーイヴァン。隊員の配置が完了した。俺達はいつでも出撃できる。そちらは誰が向かうんだ? 護衛を寄こそう」
「ああ、助かるよハイデル。そうだな、我々は三人とも現場に向かうつもりだ。君も来てくれると助かるんだが。ここが狙われることはないだろうし」
「……了解した。では行くぞ」

えっ。鎧を身にまとった団長の返事に緊張が高まる。こいつも一緒に行動するのか。俺は安心だがルカもいるから何となく気まずい。

任務中のぴりつきモードのクレッドは、鎧の仮面を外していたがもちろん顔色にいつもの甘さはない。奴はちらと俺を確認したあと、踵を返し数人の騎士に呼びかけた。

俺はその後、司祭とルカの三人で騎士と合流する。目的地はここから険しい山道を歩いて行くらしく、すでにぜえぜえと息苦しくなっていた。

それに騎士の面々が問題だ。他二人は知らない若者だったが、一人はあの冷酷隊長のファドムだった。よく分からんが、やはりこの任務への力の入れようが伺えた。

「なぁイヴァン、そろそろ何するか教えてくれよ。ルカが必要ってことは結界とか解く系だろ? よくある展開で化け物解放で襲われるとかそういうのだけは勘弁してくれよ」
「ふふ、君は想像力豊かだね、セラウェ君。まあ何が起きても不思議じゃないさ。確かに僕らは今からある人物の封印を解きに行くから」

物騒なことを軽快な足取りでもらす聖職者を二度見する。うそだろ。来なきゃよかった。封印されるような人間ってロクな奴じゃないだろ。

後悔しながら前を行く弟の背中を目で追っていると、歩き出してしばらく経った時に前方から一人の騎士が駆けてきた。後ろを振り返りながら、満身創痍で俺達の方に走り寄ってくる。
一行は皆警戒を強め、団長は奴に大声で問いかけた。

「どうした! 何があった!」
「団長、大変です! 奴らが、あのファルドゥーニ勢力がいきなり攻撃をしかけてきてーー人員が足りません! 至急増援を!」

負傷していた騎士は他の者に受け止められ、詳しく話を聞く。ファルドゥーニって、あの有名な魔術学院を運営している一族のか?なんでそんな奴らが騎士団に攻撃なんて。

「すぐに向かうぞ、お前は本拠地に戻って増援をよこしてくれ。司祭、彼の治療を頼む」
「ああ。僕もその後すぐに現場に向かうよ。アーゲン、セラウェ君。ハイデルについていってくれ」
「お、おう!」

やばいことになったと内心顔面蒼白になりながら必死に騎士達を追いかける。

「おいクレッド、ファルドゥーニって超絶エリートのアカデミーの奴らだぞ、それでも汚い手を使うイメージはないしなんでこんなことしてきたんだ!」
「ああ、奴らに面識はないが平和的集団だと俺達も捉えていた。明らかに目標の奪取か妨害をしに来たんだろうーー」

弟に話しかけるもその場の誰も真の目的など分からないようだった。ただルカだけはこんな非常時でもとくに焦りなどなく、むしろ戦闘の予感を愉しんでいる表情だ。
まさかこいつ……スパイじゃないよな。そう一瞬悪友を疑ってしまうが、教会の抱える機密事項を簡単に暴けるとも思えない。

頭を巡らせながら俺達は走って現場に辿り着いたのだった。





山の斜面の中腹に、わずかな平地がある。第四小隊の十数名はローブを羽織った魔術師らに相対し、全力で戦いを繰り広げていた。

「……ぐっ、……態勢を整えろ! ーー団長、申し訳ありません、奴らが奇襲をーー!」

先陣を切って戦う隊長のネイドが、こちらに気づき声を上げる。その場の惨状に言葉を失った。中距離に位置する魔術師らは全部で五名で、中央には背の高く長い金髪を後ろにまとめた女がいる。
他の四名は男女二人ずつの精鋭といったところで、万全すぎる体制だ。

「や、やばすぎる。後ろの奴らでもエブラルレベルがごろごろいるぞ、それにあの女……誰だよ、まさか学長のーー」
「カドニア―ゼ・ファルドゥーニだ。貴様! どういうつもりだ、無駄な戦闘を止めろ!」

前に出て行ったのは団長と、後ろから周囲を警戒するファドムだった。二人が現れたことで魔術師が展開する魔法陣は消えていき、一旦攻撃の手が止まったようだった。

「無駄だと? お前達の団の展開のほうが至極無駄だ! この封印物は我らの所有、さっさと出ていけ!」

よく見ると超美人の学長がはっきりと通る声音で主張する。
団長は臆することなく奴の近くに歩んだ。後ろの精鋭たちが緊張の面持ちで身構えるが、ファルドゥーニは手を上げてそれを制止する。

「ここはあなた方の管轄ではない。れっきとしたソラサーグ教会領だ。この封印物とどのような繋がりがあるんだ? 詳しく聞かせてもらおうか」

団長が問うと女は一瞬言葉を詰まらせた。口を結び頑として聞き入れない態度だったが、新たに現れた白装束の男に気づくと腕を組み上から目線で口元を上げる。

「やあ、ファルドゥーニ学長。久しぶりだね。随分なご挨拶だな。僕らが何かしただろうか」
「司祭……ああ、したとも。ここで何を計画しているんだ? この封印物への手出しは許さない。たとえ国王から寵愛を受けているリメリア教会でさえもな」

気高さをもって告げる女と司祭が向き合う。このおっさんどうするんだろうと注視していると、当然のごとく蛇のような司祭は引かずに食えない笑みを浮かべた。

「なにって、お手伝いだよ。君がこれに執心しているのは知っている。僕らの年代で当時の醜聞に詳しい者ならね。ふふ」
「……っ! 黙れ、お前に何が分かる! 手伝いだと? 何も出来るはずがない、白魔術師風情に!」
「そうかな? 僕らは今回優秀な解除師を帯同させているんだ。ほら、アーゲン。君の力を見せてあげるといい」

話を振られたルカは「え、今?」と言い周囲を見回したが、厳重に守られた形跡のある近くの洞穴を見やる。そこへ入ろうとすると、学長は再び鬼の如き形相で金切り声を上げた。

「そこに近づくんじゃない……! お前達、この者らを縛り上げろッ!」

突如命じられた魔術師らは再び交戦の構えを取った。騎士などはなく魔力のみで戦う気だ。俺は正直こんな師匠クラスの奴らと本気の一線を交えたことなどない。だがやるっきゃない、やらなきゃ死ぬと覚悟を決め後ろのほうでそれらしく構えた。

奴らは徐々に歩みを進め、手で印を形作り詠唱を行う。空から降り注ぐ雷光が鋭い音を立て地面を突き抜けていく。

「聖力を使え! 押されるな!」

叫んだ団長により隊員たちは青い炎を剣に宿し、攻撃を薙ぎ払いながら果敢に前進していく。
ファルドゥーニは手を掲げ一人呪文を唱えだした。これはどでかい奴が来ると判断した俺は騎士達を支援しながら顔を引きつらせる。

するとその魔法よりも先に、日が落ちてきていた辺り一帯を真っ白な閃光が包む。クレッドが長剣を目の前に掲げ、聖騎士らしく祈りのようなものを口から紡いだ。
その時だ、魔術師らの攻撃が一切通らなくなった。守護力の大きなバリアに包まれた俺達は、機を狙って今だと攻撃に転じる。

「ちっ! 厄介な力だ……!」

顔を歪めたファルドゥーニめがけ、一人の騎士が飛び出した。長剣を振り被り真上から斬りつけたのは第一小隊長のファドムだった。しかしそれを間一髪で学長が身を翻し避ける。すぐに防護壁を張り後ずさった。

「くそ……っ、なかなか手怖い者達だ。教会の猟犬共め……」

女だてらに奴の剣を交わしたこの人物もすごいとは思うが、騎士達の猛攻はそれを合図に激しいものとなる。
クレッドは守護力を使いながら魔術師に対し容赦なく切り込んでいった。

本気で戦う弟を久しぶりに見たが、青い瞳はただ一心不乱に敵を目指し己の剣を最大に奮う。俺も騎士たちを助けようと息つく間もなく魔法を放った。
新たに援護しに来た隊員も加わり、敵側が劣勢に立たされようとした時だった。

「学長、奴らがいません! 洞穴に向かったようです!」

魔術師の一人が叫ぶ。顔色が変わったファルドゥーニが怒りの表情で煮えたぎっている。確かに気がつくと司祭とルカがいない。この隙に封印物を我が物にしようとしているのだろう。

側近のネイドもファドムも、クレッドも奴らを足止めしようと戦闘に身を投じている。

だが俺はといえば、ふと近くに視線を感じた。やべえ後ろを取られたか?と焦ると男の魔術師が立っていた。さすが一番弱そうな俺の存在がバレたのだろう。嫌な予感がしてすぐに離れようとすると、男の手が俺に伸びてきた。

「な、なんだよこっちに来んな!」

近距離は予定してなかったため足がすくむ。だが男の無機質な顔立ちは次の瞬間地面に叩きつけられていた。

「ぐぅ……!!」

その後ろにいたのは息を切らすクレッドで、魔術師を倒したあとすぐに俺を自分の胸に一度だけ抱き寄せた。そうしてわずかにこう呟いた。

「兄貴、大丈夫だ。もうすぐ終わる。もうすぐだ」

硬い鎧に押し付けられた俺は咄嗟に言葉が出なかったが、奴がこんな戦闘時でも俺のことを励まし助けてくれたことに気づいた。

「あ、クレッド……!」

礼を言う前に奴は素早い動作で戦いに戻っていった。少なくとも足手まといにならないようにしないと、そう考えて俺も手に力が入った時だった。

なぜか魔術師らの攻撃が止まった。ファルドゥーニの視線は洞穴を目がけて彷徨い、力が抜けた様子だった。
先には司祭とルカが歩いてくる。

「やあやあ、皆ご苦労さま。もう戦わなくていいよ。今日のところは」
「き、貴様ら……」
「悪かったね、ファルドゥーニ。封印は解けなかった。非常に複雑な構造だ。だろう、アーゲン」
「ああ。あと少しってとこだったんだが……すまんな。何かが足りないみたいだ。学長さん。あんた何があそこに隠されてるか知ってんだろ? 教えてくれよ」

腕を組み、懐疑的な眼差しでルカが問う。学長は力なく手を下ろす。

「は、……はは……そうだと思ったのだ。お前達ごときに解けるわけがない。……誰が詳しくなど話すか。あれは私のものだ……。もういい、帰るぞ。時間の無駄だ」

学長は打って変わって戦意喪失し、部下達とともに転移魔法でその場から消えた。あっという間の出来事に俺は呆然とする。
どういうことだ。あの女は封印物を守ろうとしていたのかと思ったが、まるで解かれるのを望んでるかのようだった。

戦闘が終わり、俺は真っ先にクレッドに駆け寄る。

「クレッド! 大丈夫か、怪我はないか、さっきはありがとなーー」
「兄貴……兄貴こそ、どこも怪我をしてないか? 良かった……」

全身を確認され互いに安堵する。もっと話していたかったが、まずは負傷者を治療しなければ。団長の弟は指揮を取って彼らを集め、魔術師の俺達はそれぞれが治癒魔法を施し始めた。

やはりエリート学院の手練相手には一筋縄では行かない。団の精鋭たちがここまで苦戦を強いられたのだ。

「おい、セラウェ。ちょっと」

治療が一段落ついた頃、俺はルカに声をかけられた。野営から離れるときにちらっと振り向くと、なんとなく弟もこちらを見た気がした。
それでもルカに引っ張られ耳を傾ける。

「あのよ、封印物のことなんだが」
「そうそう、あれ結局なんだったんだよ。司祭は内容知ってんだろ? お前聞かなかったのか」
「あのおっさん教えてくれねえんだよ。開けてのお楽しみとかふざけたこと言ってな。まあそれはいい。……解除の最中、きな臭いことに気づいた」
「まじで? なんだよそれ!」

好奇心が湧いた俺は身を乗り出す。するとルカは意外なことを言い出した。

「刻まれた言語に見覚えがあると思ったんだ。俺の師匠が集めてた古文書にな、同じような羅列があったはずだ。もう一回確かめねえと。お前も一緒に来い。司祭には言うなよ」



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