元主の側近に拾われた | ナノ


▼ 5

「ほ、ほんとうに今日来るんですか? これから?」
「ああ。落ち着け。お前はひどい目には合わない。そこに座っていろ」
「でも…っ」

自分のことじゃない、問題は匿ってくれていたタージのことだ。

ケイルは心臓がばくばくとしながらも、何回も立ち上がったり座ったりしていたソファに力なく腰を落とした。

もう夜遅いが、もうすぐエドガーがこのマンションにやって来るという。
ちなみにそう決まったのは、ついさっきトランクに隠れていた間だ。

レストランから帰る途中、突然知らされて居ても立ってもいられなくなった。
だが社長の誘いを側近のタージが断れなくとも無理はない。

「来たようだ」

冷静な顔つきのタージが立ち上がり、玄関へ向かう。
すぐに明るい男の声がした。

金髪長身の男は手土産の酒を側近に渡す。
さらに背が高く体格の優れたタージは、室内へと上司を案内した。

ケイルは強い雄のライオン同士の檻へ放り込まれたように、どうしていいか分からなくなった。
しかし挨拶だけはきちんとしようと、前の雇い主であるエドガーのスーツ姿が見えた途端に、思いきり頭を下げた。

「お久しぶりです、エドガーさん!」

元気よく言い放ったが声は震えた。
あれほど甘く激しく抱かれた相手だというのに、今は恐れに呑まれそうだった。

「……んっ? うそだろう? ケイラじゃないか!」

だが何故か目を大きく見張らせたエドガーは、怒りなど浮かばせずに途端に表情を崩し向かってきた。

「どうしてお前がここに? タージ、これはどういうことだ!」

彼は両腕を広げ、きつくケイルを抱擁した。

「そうか、分かったぞ。お前の所に置いてくれていたんだな。僕がいつでも逢瀬出来るように、そうだろう?」

目を輝かせて問う。タージは頭を抱える素振りをした。
しかし彼をさらに狼狽させたのはケイルの反応だ。

「えっ? そうだったんですかっ?」
「違う。なぜお前はそうーー」

混乱を極めた表情で近くに寄ってきた。肩を取られ見下ろされる。

「短いが、一緒に暮らして尚俺がそんな非道な奴に見えるか?」

タージは真剣に問う。目が潤むケイルはすぐに否定したが、彼はその頬を優しく手でなぞった。

「すみません、社長。俺の意思でこいつをここで生活させていたんです」

側近は真摯に頭をさげた。

「違うんです、タージさんは俺を助けてくれたんです、行くとこがないからって…!」

すかさずケイルも深く背を曲げると、釈明された当人は混乱の目つきで二人を交互に見る。

「ん? んん? 待て、僕の理解が追い付かない。皆一度座ろう。さあ」

そう促したけれど、微笑みはひきつっていた。
彼は側近にグラスに入ったウイスキーを用意させ、さも自分の家かのように大人数がけのソファにゆったりと座る。

「おかしいな。すでに二人が出来上がってるように見える。タージ、お前はケイラが欲しかったのか?」

じろりと鋭い眼差しは、本心しか許さない問いでもあった。

「そういうわけでは……なかったんです。けど、こいつを放っておけませんでした」

タージは正面を見つめ、潔くそう答えた。

「いいや。僕はそうは思えない。絶対お前可愛いと思ってただろう」

前のめりになられ、側近は言葉に詰まった様子で直立していた。

ケイルはあたふたするばかりだったが、エドガーの視線に捕まえられる。

「ああ、僕のケイラ。こいつに食われてしまったのかい? なんてことだ。……まあ、自業自得か。仕方なかったんだ。僕の妻になる女が、その辺にすごく厳しくてな」

彼は遠い目で話し、力なく手招きしてきた為ケイルはためらいながらも隣に座った。

「エドガーさん。今までありがとうございました。どうか勝手な行いをお許しください。どうかタージさんをクビにしないでください……っ」
「するわけないだろう、こんなことで。こう見えてもタージはすこぶる有能な男だ。余計な口は挟まず、僕の手足になってくれて、いかなる仕事もこなしてくれる。……だがまさか、僕のペニスの代わりまで勤めてしまうとはな…」

綺麗な手が伸びてきて、ケイルの顔まわりに触れそうになったときだった。

「ケイル。ここに座れ」

反対側から低い声に命じられて、迷ったが言う通りにした。
タージにそんなつもりがなくても、今自分がいるのはこの人の元なのだという意識が芽生えていた。

しかし面白くなさそうにエドガーは横やりをいれてくる。

「なんだ? 苛ついてるのか? もうそんなに好きなのかこいつのことが」
「社長。そろそろ帰る時間じゃないですか」
「冷たいな。今来たばかりだろうが」

大人の二人はなんだかんだで親しげに会話を続け、不思議な時間が流れた。

あの屋敷では、こんな風にこの面々が普通に話すことなどなかった。
エドガーの心の広さにも恐縮したが、ケイルは社長と側近のある意味深い信頼関係にも驚かされた。

「いいか、ケイラ。……いや、ケイルだな、もう。僕のじゃないし。……こいつのアレはかなりでかい。きっと苦労するだろう。僕のが恋しくなったらいつでも言うんだぞ?」
「ええっ、そんな、出来ませんよっ」
「まともに聞くな、ケイル。社長、そろそろ猥談はよしてください。本気で怒りますよ俺も」

怖い表情を作った部下に言われ、彼は渋々言うことを聞いていた。

正直気まずくはなる。エドガーは気にしていないようだが、ケイルはもうとっくに知られていることなのに、タージの前で二人の元の関係に言及されることは、落ち着かない思いがした。

なぜだろう。
「好意だ」と言ってくれたタージの言葉を思い出し、さらに鼓動が鳴ってくる。

ケイルはちらりとタージを見た。
何かとエドガーとの間に立とうとしてくれている青年を。

するとあまり飲んでないはずのタージは酒でも回ったのか、そっとサイズの大きな手を重ねてきた。
さりげなく握られて目線も合わせられ、素面の自分にめまいが襲う。

「もう眠そうだ。ベッドに行くか?」
「……あっ、はい…」

二人だけに響く甘い声だったが、それを突き破るように盛大なため息が漏れる。

「あーそうかそうか。じゃあ僕はそろそろお暇しようかな。お前もよくやるなぁ。これじゃ僕の見繕った女たちも気に入らないはずだ。……くそ!」
「送っていきましょうか、社長」
「いいよタクシー呼んでくれ」
「いえ、車出しますよ」

責任感の表れにも見えたが、上司にきちんと話をして筋を通すつもりなのかもしれない。
彼は去り際、優しくケイルの頭を触り、「先に寝てていいぞ」と言った。

しかしケイルは、どきどきして眠れなかった。
だから二人が夜遅くに家を出て、タージが一人帰宅し静かに寝室に入ってくるまで、目を閉じて横たわっていた。

「……おかえりなさい。タージさん」
「ただいま。起こしたか」

声をかけ布団の中にもぐりこんでくる。すぐに手を伸ばされ、上半身裸の体に捕まえられた。
少しリラックスしすぎたのか、ケイルが彼の厚い胸板に金髪をこすりつけると、タージは優しく髪を抱くように撫でた。

「ん……大丈夫、でしたか?」
「ああ、気になったか。平気だよ。お咎めはなしだ」

その言葉に心の底から安堵する。
だがタージはまたあの懸念を口にした。

「お前はどうだ? 大丈夫か、社長と会って」

眠気が一瞬冴えたケイルは、じっと見下ろしてくる黒い瞳を見つめた。

「あの……俺が社長のことをすごい好きだと思ってるんですか? もしかして…」
「いや、……悪い。口出ししすぎたな」

その言葉に控えめに首をふる。
エドガーのことを何も気にしていないといったら、かなり冷たい人間だと思われるだろうか。

そう感じて、どこかはっきりとは言えないでいた。
だが今のケイルは、タージには気にしてほしくないと思っていた。

「タージさん、俺の事、好きですか」

小さく尋ねると間があった。だがその間は、瞳が交差し、互いの顔が近づくほんの少しの間だった。

「……ああ。好きだ」

確かに紡ぐ唇が重ね合わされる。
ケイルの体がぞくぞくと目覚め、歓びに打ち震えだす。
がっちりとした肩に掴まり夢中でキスに応えた。

「俺のこと、いやらしいって思いませんか? ずっとこうしたかったんです」

堪えられず問いを重ねると、タージは息を浅くついてこう答えた。

「思わないよ。だが、お前がやらしくても、いい」

二人の会話を合図に口づけは激しくなる。
ケイルの寝間着がすべて脱がされるのもそう時間はかからなかった。



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