元主の側近に拾われた | ナノ


▼ 3

タージのマンションに世話になり始めてからしばらく経った。
彼が帰宅したときはケイルはきまって一緒に眠っていたが、見る限りタージは休みなく働いている。

いや、本当は自分がここにいるせいで休日でも休めないのではないか。
そう懸念するようになった。

タージは日中なら外出も許可してくれ、鍵までくれた。
だからケイルはせめて自分でスーパーで買い物をし、必要品を買った。

料理はどうやるのか全く分からず、すぐ食べれるものだけだ。
しかしタージは文句も言わないでお金までくれた。

さすがに手をつけるわけにはいかないので、自分の、といっていいか分からないがボストンバッグのお金から密かに出していた。
もらったものは、この家を出ていくときに全て返そうと思う。

しかし、これからどうすればいいのか。
アルバイトを探すため街に出てみたが、普通の仕事なんて自分にできるのだろうか。

でも早く見つけないと。タージの親切に報いるためにも。
ひとり考えながらマンションへ帰り、いつものように静かに過ごしていた。


その日は九時という早い時間にタージが帰ってきた。
急なことでケイルは驚くが、表情は明るくなる。

「おかえりなさい、タージさん。早かったですね」
「ああ。社長にもう帰れと言われてな」

スーツの背広を脱ぎ、ネクタイを緩める姿すら様になっている。
薄いTシャツの部屋着に着替えてから、リビングに戻ってきた彼はカウンター裏の冷蔵庫から飲み物をだし、飲んでいた。

ソファに行儀よく座るケイルは視線をさまよわせ、どういるべきなのか分からなくなった。いつもは寝る時間に会うだけだったため、とたんに自分が邪魔なのではないかと思うようになる。

「なにか食ったか」
「あっ、はい。タージさんの分も冷蔵庫にあります。今温めますね。すみません、料理できなくて」

急いで電子レンジにいれると、その待っている時間に後ろからの視線を感じた。

「料理なんかしなくていい」

言われ振り返ると、普段の無表情なタージが自分を見下ろしていた。
冷たさはなかったが、わずかな不安がケイルの心に滲んでいく。

「でも……」
「お前は家政婦じゃない。好きに過ごせ」

そう述べたタージは、ほんの軽く手のひらをケイルの頭にのせた。
そっと撫でて、そのままレンジをあけて自分で食べ物を取りだし、もっていく。

少し頬が赤くなったケイルも慌ててついていき、ソファの間をあけたところに座った。

「でも、タージさん。俺、何の役にも立たないのに、どうしてここにいていいんですか? どうしてあなたは、こんな俺に優しくしてくれるんですか?」

たまっていた気持ちが吹き出したように、矢継ぎ早に問いが出た。
タージはフォークの手をとめ、黙ってしまった。

あまりに答えまでの時間が長く、生意気なことを聞かなければよかったと勝手に後悔する。

「俺は……」

顔を上げたタージが、体をこちらに向けて何か言おうとしたときだった。

部屋のチャイムが鳴り響く。
こんな時間に、誰か来たらしい。来訪者はこれまでなかったため、ケイルは反射的に腰をあげて右往左往した。

「おい。そこに入ってろ」

しかし普段通りなタージは、目線でリビングの側面にある大きなクローゼットを指し示した。ケイルも言うことを聞きすぐに入って身をひそめる。

暗くなった視界で、扉の隙間から光が差し込み、リビングの様子はわかった。

静かに様子を伺っていると、玄関扉から女性が入ってきた。
声の高い話し声も聞こえる。

ヒールの音が近づいてきて、バッグをどさっとソファに置き、自身もそこに艶かしく足を組んで座った。
短いスカートを履き、体の曲線がわかる服をきた美しい女性だ。

(わあ……)

ケイルの心臓がうるさくなる。もしかして、彼女はタージさんのーー。

「ふふふっ。ひとりでこんな寂しい食事してるの? 今度私がつくってあげましょうか」
「冗談はよせよ」

二人の話し声がした。ここまで女性の香りがしてきそうなほど、妖艶な人だ。ケイルはタージの表情が気になった。
だが彼は仕事中と同じく、無愛想に見えた。

「ねえ……ここでするの? それでもいいけど……」

猫なで声を出した彼女が彼の腿にまたがり、太い首に白く細い腕をまきつけている。
ケイルの心臓が速くなっていく。同時にタージから視線が外せない。

「悪いが、帰ってくれ。気が乗らない」

そう告げた彼の横顔だけが目に入った。すると女性は言葉を失ったように黙りこくり、室内に静寂が響き渡る。
驚愕と場の空気の恐ろしさを感じとり、ケイルは恐々と息を殺していた。

「……あんたさ、いつも愛想のない男だとは思ってたけど。ちんこ大きいからって調子のってんじゃないわよ! もう来ないから、社長にもそう言っておくわ! あーあ清清したわ、いつも同じ体位しかしない、つまんないセックスしかできない男に奉仕しなくて済むんだから!」

女性の怒鳴り散らした声に、場がしんとなる。
ケイルは口を開けて固まってしまったが、来客は騒がしく出ていったようだった。

やがてリビングに同じ体勢のまま座るタージが残されたあとも、クローゼットから出ていくことは出来なかった。
すると声がかけられる。

「出てこいよ。もう終わったぞ」
「あ……あの、はい」

大人しく外に出たが、なんと声をかければいいか分からなかった。
だからケイルは思いきって頭をさげた。

「す、すみません。俺がいなかったらタージさんはあの人とセックスできたのに、ほんとすみませんっ」

謝ると同時に、ため息が吐かれた。短い黒髪の男が、こちらを見ている。

「俺があの女とやりたかったように見えるか?」

ケイルは答えに困る。彼のことを何も知らないからだ。

「すみません……表情が、あまり変わらないので、わからないです……したくなかったんですか?」
「あれは仕事の女だ。社長が俺が寂しそうにしてるって言うんでな、わざわざ寄越してくれたんだよ。だがもう来ないだろう。よかったよ」

語られた言葉に納得はしたが、なお気まずさは残る。
神妙にうつむいていると、タージは体を向き直してきた。

「俺はそんなに表情が乏しいか」
「はい……あ、でも、この前はちょっと違ったかも…」
「いつだ」
「えっと……いつだっけ。えっと…」

すぐに言葉がでない不器用なケイルは焦りに焦る。
すると強引に抱き締められた。
両腕のなかにすっぽり収められて、タージの強い意思を感じた。

「あ……あぁ」

この間よりも、力がぬけていく。
あんな話を聞いたからか、想像してしまう。
タージの肉体のことを。本意ではなかったとしても、女性を抱いていたことを。

たくましい、男性的な身体つき。
体温と匂いに包まれているだけで淫靡な気分になる。
あんなふうに、誘惑したくなる気持ちもわかる。

「タージ、さん……」

変な声がでる。名前をよぶとさらに力がこめられ、黒い瞳にみつめられる。ただ抱きしめられてるだけなのに、内側からくる熱と、じくじくした火照りに襲われた。

「あ……だめ、です」

か細くうったえたケイルの瞳は潤み、視線はタージの口元をさまよった。するとタージは、小さく息をはいた。
線のほそい体の感触を、触れているところからかんじとる。

腰に徐々に手をおろし、抱えるように支えた。

そして、タージはケイルの口元に顔を近づけた。
探るように、至近距離にいっても拒まないか確かめてから、唇を押し付けた。

「んっ、んん」

そのあとは、貪るように口づけをしたのだった。



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