元主の側近に拾われた | ナノ


▼ 1

ケイラの仕事は、毎夜一人の男に抱かれることだ。
きらびやかな赤色の家具が並ぶ部屋で、女性物のネグリジェと下着を身につけ、笑顔でされるがままになる。

「ああ、ケイラ。お前は僕の癒しだよ。ほうら、お尻をもっとつきだしてごらん」
「は、はい。エドガー様。んあぁっ、きもちいいっ」

大袈裟に声を出してみたが、散々しつけられた快感は本物だった。
美形の若い青年である主は何の仕事をしているのか分からない。しかし金持ちでどこかの社長だということは知っていた。

「ーーひっ、ぅ、あ、あぁっ!」

激しくバックで突かれたあと、ソファに胸からなだれこむ。後ろで果てた男の浅い呼吸が段々としずまり始めた頃、ちょうど広い室内の扉が叩かれた。

「失礼します。社長。旦那様から呼び出しが」
「……はあ。そうか。すぐ行こう」

服を整え出ていこうとする男と入れ替わりに入ってきたのは、側近のタージだ。190センチ以上もある大男でスーツの上からでも褐色で筋骨粒々な体つきに圧倒される。

「タージ。体を洗ってやってくれ」
「はい」

言いつけた主人が去り、二人が残される。

「自分で出来ます」

だがケイラはそそくさとお辞儀をし、風呂場に逃げた。側近は追ってこず、慣れた手つきで体を流し部屋に戻ったあとは、もう居なかった。
いつもこんな感じだ。

エドガーは決まって夜にだけ訪れ、時には長く一緒にいることもあったが、ほとんどの時間ケイラは自由に過ごしていた。
屋敷の中は移動が許されていたが、外に出ることは出来ない。

けれど不満には感じていなかった。
児童養護施設にいたときとは違い、豪華すぎるほどの衣食住が保証されている。
体だって、性にもともとあまり関心のなかったケイラには、わりとすんなり受け入れることができた。

なにより自分を抱くエドガーは優しく、可愛がってくれる。それだけでも十分な気がした。


だが、予想もしていなかったことが起きる。
ある日の午後、部屋にいたケイラに向かって、男がやってきた。エドガーではなく、側近のタージだ。

驚きみじろぐ。普段無表情で感情を見せることなく、黙々と仕事をこなす長身の男は威圧感をかもしていた。

「ど、どうしたんですか?」

ケイラは女性ものの服を出来るだけ隠し、小さく縮こまって尋ねた。

「お前の仕事は今日で終わりだ。出ていく準備をしろ」
「……えっ?」

無情に発せられた台詞に呆然とする。
しかし側近はソファのそばにボストンバックを置き、部屋を後にした。

中身を見ると、一年前に自分が来ていた男物の私服とコートが入っている。そして、綺麗には見えない乱雑な札束が二つ。
ようやくケイラは事態を把握した。

「うそ……」

自分は18の男だ。いつまでもこんな生活を続けられるとは思っていなかったが、あまりに唐突で、エドガーからも何も言われてなかったためしばらく動けなかった。

何かまずいことをしたのだろうか。彼の気に入らないことを。
いくら考えてもわからず、かといって結果だってどうにも覆せない。

結局諦めたケイラは準備をして、屋敷の出口に向かった。
そこにはスーツ姿のタージが立っていた。ちゃんと去ることを見張っているのだろう。
ケイラは去り際に尋ねた。

「あの、お金、もらっていいんですか」

身長差のせいか普段から視線が合うことはあまりなかったが、ふとタージの瞳が見開かれる。そして「ああ」と言われた。
ケイラは元気のなさそうに礼を述べた。

「色々ありがとうございました。エドガーさんにも、よろしくお伝えください」

すると今度はわかりやすく男に顔をしかめられる。
早く出ていけの合図だと思い、お辞儀をして足早に歩き出した。
しばらくして屋敷の大きな扉が閉まる音がし、ケイラの心細さは最高潮に達したのだった。



時計がないから分からないが、時刻はまだ三時ぐらいだ。
今日は平日のはずで、ケイルが普通の高校生だったなら学校にいる頃合いだろう。

しかし行くところがなく、歩いた先に見つけた公園へ向かった。
人気がなくてほっとする。ベンチに座り、ため息をはいた。

「これからどうすればいいんだ……」

一年前、あまりいい環境とは言えなかった児童養護施設を抜け出し、街をぶらついていた所を裕福なエドガーに拾われた。
美味しいものを食べさせてあげようと言われ安易についていっただけなのだが、実情は性行為つきで飼われる契約そのものだった。

そのことに後悔はない。高校もあのまま辞め男のもとに転がりこんでしまったが、良い暮らしをさせてもらって感謝すらしている。

だが浅はかだったとも思う。その後のことを考えようともしなかった無知でいい加減な自分が。

ふとボストンバックのお金を見て、ホテルにでも泊まれるかとも思った。でもいくらかかるのかも知らない。ずっとそんな暮らしも無理だろう。

また誰かに体を買ってもらってーー。
そう考えるが、都合よくいかないとも思った。

一点を見つめ考えているうちに、日が暮れてくる。
今日の寝床を探さないと。

本能的に思い至ったケイルは立ち上がり、公園を出て街中に向かった。
この辺は怪しげな繁華街ではないが、ネオンが光る大通りには人が行き交っている。

良い匂いが漂う食事処を多く過ぎるうちに、宿よりもお腹が空き、ケイルはある店に入った。

あまり綺麗とは言えない空間に美味しそうなご飯を注文する多くの男性客が賑わっていた。

二人席に腰を下ろし、定食を注文したケイルは店内を見回した。
一人のふくよかな中年の男が酒を片手に、笑いかけてくる。ひとまず自分も愛想よく微笑み返した。

「美味しい…」

料理が到着し、急いでかき込む。屋敷で出された上品な料理とは違ったが、家庭料理は感動するほど旨さがあった。金がつきて食べられる回数も減るかもしれない、そう思って存分に味わった。

「よお、兄ちゃん。酒おごろうか?」
「えっ? いえ、大丈夫です。どうも」

さっきの中年男が親しげに話しかけてきて、目の前の席にグラスをもって座った。かなり飲んでいるのか、顔は赤らみ上機嫌だ。

「いらねえのか。でももう飲める年だろ?」
「はい、18なので」

やんわりと相手を続けるが、その後も男は絡んできた。
体を前のめりにし、下卑た笑みで質問をしてくる。

「家出かい。そんな荷物もって。行くとこないなら、おじさんのとこ来てもいいんだぜ」

その目付きでなんとなく感づく。男が意図しているものに。
やらしげな視線はケイルのシャツからのぞく白い首筋や華奢な体の線に注がれていた。

金髪がかった色素の薄い髪色に、緑色のケイルの瞳。
顔立ちは特段美形というわけではないが、男にしては可愛らしく見るものを魅了する性質がある。

ケイルは男の申し出に、一瞬迷った。自分でもどうかしていると思ったが、それが楽な道なんじゃないかと過ってしまった。

男は容貌が美しく金持ちだったエドガーとは似てもにつかない。清潔感もなく、品のない中年だ。
けれど、自分にはこの小さな荷物しかない。

「なあ、行こうよ。怖いことしねえからさ。俺は優しいよ?」

男はケイルの細い手首を掴んだ。すると急に、体全体がびくりと強張る。自身の反応に混乱したものの、もともとあまりはっきりとものが言えない大人しいケイルは、ひきつった顔で後ずさりした。

「す、すみません、やっぱり俺ーー」
「ええ? いいじゃねえかよ、行くとこないんだろ? 助けてやるって。悪い話じゃねえだろう、ほら立てって。ここも払ってやるからよ」
「ぅ、っ、やめ……!」

語気が荒くなってきた男に恐怖を覚えると、突然テーブルの近くに大きな人影が映った。同時に、どんッ!とけたたましい音を立ててテーブルの中央が叩かれる。

「なっ」

男が唖然と見上げた先にいたのは、ケイルも知る人物だった。
スーツに薄いコートを羽織った、短い黒髪の褐色の男性。今日別れを告げたはずのタージだ。

「行くぞ」
「ーーえっ?」

彼は取り出したくしゃくしゃの紙幣を机に投げ、ケイルの腕を引っ張りあげた。何も言えないケイルの荷物も掴み、あっという間に店外に出た。

あたりは暗く、足が長いため歩くのが早いタージを懸命に追いかける。たどり着いたのはすぐ向かいに停めてあった黒い車だった。

運転席に乗り込んだタージに、助手席に座れといわれ言う通りにする。
走り出したあとも、落ち着かないケイルは視線をあちこちに移した。

無言だったタージが口を開く。

「社長に心変わりがあったわけじゃない」
「……あっ。そうですか……。でも、どうしてあなたがあそこに……」

ケイルが尋ねると、彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。
そして一言、「後味が悪い」とだけ答えた。

どれもが端的すぎる言葉の意味を考えようとする。自分のことを気にしてくれたのは確かなようだ。そして助けてくれたのも事実だった。

居場所が分かったのは偶然にしては時間が空いているとか、疑問は浮かんだが、タージはそもそも質問や会話を好まない人間に思えた。
だからひとまず口をつぐんだ。

しかし車が中々止まらないので、心配が募る。

「どこへ行くんですか? 駅で下ろしてもらったらありがたいんですけど」

聞いてみたが、タージはすぐに答えない。駅のそばなら栄えていて、今日の宿を見つけやすいと思った。

少しして、突然車がブレーキをかけて停止する。
そばにあったのは、タワーマンションだった。ケイルの目にもガラス張りのロビーから高価な場所だとわかる。

「降りろ。中に入るまで静かにしろ」
「は、はい」

大人しくついていくと、行き先はエレベーターで、降りた先にある奥まった部屋に到着した。
いくつもある落ち着いたお洒落な照明と、黒を中心としたクールな感じの家具。

一面カーテンが閉じたリビングはだだっ広く、ガラス張りの棚には酒が並んでいたが、部屋は整頓されていてあまり生活感はなかった。

「俺の家だ。しばらくここにいろ」
「え!? ……どうしてですかっ? 俺違うとこ行きます!」

驚愕と恐縮で混乱し、恐れおののいたケイルは必死に伝えた。
立ちはだかるようなタージの表情が、一瞬歪められる。

「どこに」
「……それはっ、ええと」

答えに困っていると、彼は踵を返して玄関へ向かう。また仕事へ戻るようだ。
段々理解をしてきた。忙しい合間にわざわざ自分を助け、部屋に連れてきてくれたのだと。

甘えていいのだろうか?
彼の真意が分からず、ケイルは後を追った。

「タージさん! 本当にいいんですか、あの、ありがとうございます。俺なんかを助けてくれて」

本音で頭を深く下げると、上げたあとでまたあのおかしな顔つきをしたタージと目があった。
この目付きは、ケイルにいつも胸騒ぎを起こさせる。

馬鹿にされてるのか、憐れみなのか、両方なのか。
そう思われても仕方ない生き方をしているため、居心地が悪くなる資格もないとは思っていたけれど。

しかし本当は、タージはそういうつもりはなかった。
彼はあることを教えてくれた。

「……社長は、婚約者との結婚が正式に決まったんだ。相手方が、身辺整理を希望していてな。だからお前のせいじゃない、ケイル」

ケイルは驚いた。自分が原因ではなかったことには肩の力が抜ける。
そして彼がおそらく言う予定もなかった事実をわざわざ教えてくれたことに感謝もした。それにーー。

「そうだったんですか……俺は大丈夫です。教えてくれてありがとうございます。……あの、俺の名前知ってたんですか」

ケイルは、屋敷にいる間ケイラと女性名で呼ばれていた。服もそうだ。すべてエドガーの嗜好で。

「ああ。社長の趣味に文句はないがな。ーー冷蔵庫と風呂とトイレは自由に使え。しばらく外には出るな」

そう言いつけられ、ケイルは注意深く頷いた。
扉が閉められ、一人になる。
だが心細さは不思議と和らいでいった。



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