ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 83 会いたい U (弟視点)

馬に乗り中継地点まで戻った俺は、左腕の負傷を衛生科の騎士に見せた。
だが予期した通り、通常の治療や治癒魔法では効果がないらしく、翌日到着予定の司祭を待つことにした。あまり世話になりたくはないが、奴の白魔法ならば何とかなるだろう。

野営テントに入り、装備を外していると、外で待機する護衛の騎士の敬礼が聞こえた。

「団長。入っていいか?」

許可をする前に仕切りの布をくぐって来たのは、四騎士の一人だった。仮面を小脇に抱え、明るい茶髪をなびかせ優雅に近づいてくる。

俺はわざとらしく肩を落とし、ため息を吐いてみせた。

「ユトナ。何かあったのか」
「何かあったのはお前だろう、ハイデル。聞いたぞ、珍しく負傷したと。……その無惨に変色した腕か?」

奴は無遠慮に俺の手首を掴み、持ち上げてじろじろと腫れた患部を眺めた。
部下に無様な姿を晒すのも嫌だが、こいつには個人的に舌を打ちたくなる。

「なるほど。それほど手強い敵だったらしい」
「……いや、そんなことはない。油断したんだ」

投げやりに吐いた俺の言葉に、ユトナが目を丸くする。だがすぐに奴の淡い茶色の瞳がいやらしく細められた。

「そうか。大丈夫か、ハイデル。なんだか弱気に見えるぞ。……まあ山にこもって日が経つからな。色々溜まってるのかもしれないが」
「黙れ。用がないならもう出ていけ」
「分かったよ。ただ励ましに来ただけだ、邪険にするな、団長」

どう考えても面白がっているように見えるこの騎士には、事の成り行きを告げたくはない。兄貴の話題ももちろん出したくなかった。

「心配するな、この任務もあと数日でカタがつくだろう。俺達に任せて、団長は少しの間だけでも大人しく休んでいてくれよ」
「ああ、司祭が来るまでは頼む。他の隊とも迅速に連携を取ってくれ」
「了解した。では俺はもう戻るとしよう」

およそ上司に向けるものではない微笑みを浮かべ、やっとこの場から去ってくれた。
俺はすぐに、固くて寝心地の悪い寝台へと体を投げ出す。

「……くッ」

ぶらんとさせた腕に鈍い痛みが走り、あの時の魔物の姿が脳裏をかすめた。

戦闘時の興奮が冷めやらぬせいか眠気はなかったが、無理やり目を閉じ、仮眠を取ろうと努めた。






「団長。司祭が到着致しました」
「……! ああ、通してくれ」

外の気配に飛び起きた俺は、手のひらで顔をこすり、眠気を覚まそうとした。
疲労が重なっていたのか、いつの間にか寝入ってしまったらしい。

身支度を整え顔を上げると、複数の足音がした。
怪訝に思った俺の目に、信じられない光景が映し出される。

「やあ、ハイデル。今回は大変だったね」
「ーークレッド! 大丈夫か!?」

すらっとした白いローブ姿の聖職者の隣に、防寒具をまとった黒髪のその人が立っていた。
不安いっぱいの表情で、すぐさま俺に駆け寄ってくる。

なんだ、これは……まだ夢を見ているのか。

「おい、怪我ってどこ……うわあぁッやべえよこれ、何してんだお前!」
「あ、兄貴……? 本物か?」
「は? どうしたクレッド、大丈夫かよ…?」

寝台に俺を座らせたまま、額に手を当て、心配げに顔を覗き込まれた。
驚きのあまり呆然とする俺のことを、司祭が興味深そうな表情で眺めている。

「ふむ。これは呪詛とまではいかないが、魔の思念が強く残っていて、通常の治療では足りないな。僕が来て良かった」
「イヴァン、ほんとに平気なのか……早く直してやってくれ、頼む」
「ふふ。心配性な兄だな、君は。ーーそうだ。いい事を思いついたぞ」

だんだん頭がはっきりしてきた俺の前で、二人が神妙に会話をしている。
すると司祭が思いも寄らぬことを告げてきた。

「僕が治してやってもいいが、どうせならセラウェ君。君が試してみないか?」
「……はっ? いきなり何言い出すんだあんた」
「聖力の応用だよ。今日は騎士団が苦戦しているおかげで、急遽助っ人に来てもらったわけだが。君に特別な治療法を覚えてもらえれば、今後の任務でも役立つだろうし」

さらりと言ってのけた司祭に、兄は緑の目を大きく見張らせている。

俺は混乱する頭をなんとか整理し、やがて感情に動かされるように口を開いた。

「そんな事が出来るのか? 兄貴、よかったら、やってもらえないか」
「えっ! お前まで何言ってんだ。だってそんなの、上手くいくか……」
「平気だよ、セラウェ君。僕がちゃんと教えてあげるから。ほら、こっちにおいで」

怪しげな笑みとともに、兄貴を隅にある机に招いた司祭が、何やらローブから紙と筆を取り出した。
普通の人間には分からない言語を用いながら、すらすらと教えを説いている。

懸命に聞き入る兄の後ろ姿を、俺は夢見心地で眺めていた。
信じがたいことに、ずっと願っていた姿が、いま目の前にある。

話によれば兄がここへ来たのは司祭の指示によるもので、いわば偶然に過ぎない。
こんな情けない姿を見られるとは思っていなかったが、それでも正直嬉しい気持ちを隠せなかった。

「よし、たぶん大丈夫かも。おいイヴァン、なんかあったら頼むぞ」
「ああ。気負うことはない。失敗したら綺麗にやり直してあげるから」
「……そりゃどうも。クレッド、お前ほんとにいいのか? ほぼ実験みたいだぞ」
「いいよ兄貴。…それに、俺が怪我した時は兄貴が治してくれるって、約束しただろ?」

プレッシャーをかける気はないが、俺は兄の力を全面的に信頼していた。何よりも、俺がそうして欲しかった。

覚悟を決めたのかしっかりと頷く兄を見て、どきどきする。

「じゃあ、いくぞ」

兄が真剣な顔で俺の左腕に手をかざす。
流れるように呪文を唱え出し、俺はまるで肉体も精神も魅入られたように、その儀式に全てを預けた感覚でいた。

やがて腕全体を包むように、真っ白な光が浮かび上がった。
自分の聖力を思い起こすオーラが充満し、鈍い痛みが全身を通り抜けた。

「……ぐッ……」

しかしそれは一瞬のことで、光が収まるのと同時に、腕に広がっていた痕は、跡形もなく消え去ったのだった。
今までされた治療とは明らかに異なる、清涼な感覚に満たされ、しばし放心してしまう。

「あ、兄貴……治った、みたいだ」
「……ほんとだ、やべえ……良かった。……おい、どこも痛くないか? 何か異常は?」

額に汗をにじませながら尋ねる兄に、笑みを向けて首を横に振る。

「素晴らしい。綺麗に治ったようだね。ほら僕の言った通りだろう、セラウェ君」
「ああ、確かに。ありがとな、イヴァン。まじで今回は見直したよ。まあ俺も結構すげーけど」

ほっとした顔で頬を緩ませ、黒髪を掻いている。
俺は感情を抑えきれず、思わず兄の背に治ったほうの腕を回し、自分の側に抱き寄せた。

「本当にすごいよ、兄貴……ありがとう」
「……えっ。いや、俺も安心した。お前が怪我したって聞いて、すごい心配だったからさ」

人前なのに嫌がらず、俺の抱擁を受けている兄を見て、余計に愛しさが湧いてくる。
すると近くから苦笑する声が聞こえた。

「じゃあ僕はお邪魔なようだから、先に行くとするか。君も後から来てね」
「え。うん、分かった。悪い、すぐ行くから」

野営テントの中に二人きりになる。
ああ、こんな任務中に兄の顔が見れるとは、まだ信じられないーーぼうっと見つめていると、俺はある事に気がついた。

まずい。
素早く抱擁を終え、兄から離れる。

「……? どうしたんだよ、クレッド」

顔を赤らめていた兄も、途端に心細そうな顔で見上げてきた。

「いや、俺今すごく汚いんだ。ずっと風呂に入ってない。くっついてごめん」

騎士同士ならば微塵も気にならないのだが、愛する人に対してはまったくの別問題だ。
しかし兄は、すぐに安心したように俺に笑いかけた。

「なんだ、そんなことか。いいから気にすんなよ……なぁ、こっち来て」

そう言って恥ずかしそうに、俺の体に両腕を回した。
あまりの愛らしさに、一瞬思考が止まりかけたが、結局我慢出来ず、おずおずと腕を回す。

ぎゅっと抱きしめると、兄貴が俺の胸に顔を埋めてきた。

「俺、ほんとに心配したんだからな……だって、珍しいだろ、こんなこと」

ぽつりぽつりと告げられ、急に自分の招いた事態に大きな後悔が襲った。
見つめてくる緑の瞳が、あってはならないのに、昨夜の魔物のことを脳裏に思い起こさせる。

「ごめん、兄貴……心配かけて」
「……いや……なあ、お前大丈夫か? 疲れてるよな、任務も長引いてるし」

兄貴の柔らかな手が俺の頬に添えられる。温かい熱が伝わってきて、ふいに心が揺らいだ。

これ以上不安にさせたくないのに、なぜか今兄にすがり、自分の感情を吐露させたくなってしまった。

「あの……兄貴。昨日俺が倒した、敵なんだけど……魔物が奇妙な幻術を……見せてきてーー」

話すつもりなど全くなかったのに、気がつくと俺は自分に起こったことを告白していた。
自分で思うよりももっと、精神的に打撃を受けていたのかもしれない。騎士のくせに、本当に情けない。

「そんな事があったのか?」
「……うん」

驚いた様子で話を聞いていた兄の反応が、本当は少し怖かった。
けれど兄は、俺の肩をぽんと叩き、予想外に柔らかい表情を向けてきた。

「なんだよ、馬鹿だなぁお前。どんだけ俺のこと考えてんだ」
「えっ。……それは、……すごく考えてる。毎日」

正直に答えると、兄の顔がみるみるうちに赤く染まった。
元気づけようとしてくれてたのは分かったが、一転して口をつぐんだ兄が、可愛く思えて仕方なくなる。

「でも無事で良かったよ、ほんとに。……なあ。いいかクレッド。そんなの、迷わずぶった斬れよ。俺は一人しかいないんだからさ。……つーかお前が一番俺のこと、よく分かってるだろ?」

兄は照れながらも、力強く言葉を伝えてきた。
その笑顔を見た瞬間、俺は、心に渦巻いていたものがゆっくりと浄化され、胸につかえていたものが、不思議と取り除かれたように感じたのだった。

ああ、兄貴はそう言うけれど、俺のことをいつも理解してくれて、どんな時でも温かく見守っていてくれるのは、他ならぬ兄貴なのだ。

「そうだな。……ただ一人だけだ、俺の大事な兄貴は……ありがとう、そう言ってくれて」
「いいよ、いつでも俺に言ってこいよ。溜めたりすんなよ。……ちょっとは元気出たか?」

伸ばされた手に頭を撫でられ、どこか気恥ずかしく思いながら、確かに頷いた。

「引き止めてごめんな、兄貴。もう戻らないと…いけないだろ?」
「……うん、そうだけど」

なぜかまた頬を紅潮させ、俺に視線を合わせてくる。
やがて痺れを切らしたように、俺の胸に掴まり、少し背伸びをしてきた。

ちゅっと軽く唇に触れられ、突然のことに目を見開く。

「……お前が早くしねーから。久しぶりなのに。早くしろよな」

恥ずかしそうに文句を言ってきた口を、今度は俺が衝動的に塞いだ。
背に腕を回し、きつく唇を重ね合わせる。

もう、この人の可愛らしい振る舞いに、俺は任務中だという事を忘れそうになる。

「ごめん。なるべく早く終わらせるから。待ってて兄貴。帰ったらずっと一緒だよ」
「……うん。早く、帰ってきて。……それで、一緒に…」

ぎゅうと抱きつかれたまま、兄の言葉の続きを待てずに、もう一度唇に優しくキスをした。

「絶対……兄貴のこと抱くよ。約束だ」

胸に宿る熱い気持ちを、こらえきれず告げる。
赤らんだ目元を指でなぞると、俺をまっすぐに見つめる大切な瞳が、嬉しそうに瞬いた。



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