ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 81 俺の慰労会 U(ネイド視点)

驚くべきことに、団長の兄を狙う若き騎士ジャレッドが姿を見せない間は、俺達三人のテーブルも非常に和気あいあいと楽しげな時間が流れた。

「じゃあ乾杯しようぜ、ネイドにクレッド、いつもお疲れ様~」
「ありがとうございます、セラウェさん。乾杯っ」
「乾杯、兄貴。……ネイド、飲みすぎるなよ。俺がすぐ近くで見てるからな」

ぐびっと白ワインを流し込むと同時に上官の焼けるような視線を浴び、思わず喉が詰まりそうになる。

気を取り直し、運ばれてきた新鮮カルパッチョの前菜を楽しむ。
その他にも贅沢な海鮮のトマト煮や焼き立てのバゲット、スモークマグロなど、俺の好物が次々と並べられ、さっきまでの精神的疲労が嘘のように回復していった。

「ああ、すごく美味しいな。ここ味は素晴らしいですね、団長」
「そうだな。人事には問題があるが、さすが兄貴の目に狂いはない。……あっ、兄貴。口にソースがついてる」

団長が語尾を柔らかくして、そっと手にとったナプキンで兄の口を拭いてあげている。
「ちょ、恥ずかしいからやめろよっ」と顔を赤くする兄に対し、にこりと笑いながら「はいはい。ごめん」と謝る上官。

俺は見て見ぬふりをし、もくもくと食事を続けた。

やはり団長は凄いーー。
公共の場であろうが、部下の前であろうが、自分の信念を貫き通すその姿こそ、俺が長年惚れ込み、追い求めてきたものなのだ。と無理やり自分を納得させる。

メインの高級魚のソテーを味わっている最中、セラウェさんがある話題を振ってきた。

「そういやさ、二人っていつから一緒に働いてんだ? クレッドが聖騎士団に入ったのって、19才の時だったよな」
「そうだよ。こいつは俺より一年後輩だから、もう五年の付き合いになるな」
「はい。団長が司教に任命され、私達部下が四騎士となってからは四年が経ちますね」

セラウェさんもすでに団長から聞いていたようだが、21才という若さで団のトップに選ばれたことに驚きを示していた。
だがソラサーグ聖騎士団では、教会から授かる聖力が最も体に順応するとされる、二十代の若き騎士達が任命されることが自然なのである。

ちなみに団内の序列は年齢関係なく、完全に実力主義で決定されるのだ。

「へ~お前らすげえなぁ。さぞ難しいテストだったんだろうな。じゃあネイドって部下になる前は、クレッドの友達だったのか?」

無邪気な表情で問いかけられ、一瞬言葉に詰まった。隣に座る団長の「ふっ」という意味深な笑いがこぼれる。

「友達なんてそんな、恐れ多いです、はい」
「かしこまることないだろう、ネイド。俺達は同室で仲良くやっていたよな?」
「え! マジで? 宿舎で同じ部屋だったのか?」

実はその通りだった。
騎士は入団後、二年間は領内での寄宿生活が義務付けられている。
話せば長くなるが、俺が入団する一年ほど前から、団長の同室相手はあのユトナだった。

しかしーー。

「悪いがあいつには色々と我慢ならなかったんでな。上に訴えて変えてもらったんだ。それからは俺の生活にも平和が訪れた。お前のおかげだ、ネイド」
「あ、あははは。光栄です。団長」

また俺を怪しげな笑みとともに褒めている…。

正直な話、俺にとっては団長の下僕生活の始まりに等しかったが、先輩の騎士から直々に学ぶべき事は多々あり、今となっては感謝すべき思い出となっている。

「お~お前が素直に褒めるなんて珍しいな、クレッド。じゃあネイドが側近になって良かったじゃねえか。今も助かってるんだし」

セラウェさん、まばゆい笑顔でなんて嬉しいことを言ってくれるんだ……薄情な四騎士の連中からはとても聞けない言葉に感動が募る。

だがその時、予期せぬ言葉が団長から届いた。

「まあ、……そうだな。というかこいつを側近に選んだのは俺だけどな。必要に迫られて」
「……えっ!? そ、そうなんですか団長。そんなの初耳ーー」
「なんだその顔は。俺の選択に何か不満でもあるのか?」

またもや鋭い目で睨まれ縮み上がる俺だが、突如衝撃の事実を聞かされ、ふつふつと言い様のない喜びが沸き起こってくる。

「いえ、普通に嬉しいです。俺、団長に人間として見られてたんですね…!」
「ハハ、お前すげえこと言うな、ネイド。でも良かったよ、お前ら結構思い合ってるんだな。俺何気に心配だったからさぁ」
「……はっ? 兄貴、頼むから気色の悪い表現しないでくれ。俺が心から想っているのは、知っているだろう? ただ一人だけーー」
「あああああックレッド! デザート来た、ほら見てみろっ」

二人が仲良く兄弟の会話をしている時に、俺達のテーブルに華やかなケーキとコーヒー&紅茶セットが運ばれてきた。
しかし和やかな空気もつかの間、見計らったかのようにあの男も姿を見せる。

「お食事はいかがでしたか、セラウェさん」
「あー美味かったけど。つうかなんだ、お前が持ってるその特大パフェ」
「これですか? 実はあなただけに特別に用意したんですよ。はい、どうぞ。俺の特製です」

満面の笑みで若き騎士がテーブルに大皿を置く。
ま、まずい。
最後の最後になんてことしてくれるんだ。せっかく良いムードだったんだぞ…!

高さのあるチョコパフェを見つめて不気味に黙りこくっている団長が怖い。

「っざけんな、こんな食えねえよ俺! まあ結構美味しそうだけどっ」
「心配するな、兄貴。俺に考えがある」
「へ?」
「食べ物に罪はないからな。ネイド、お前が全部食え」

ーーえ?

まるで戦闘時のようにピリッとした空気を漂わせ、部下に命じる。
すでに腹いっぱいの俺は脂汗をこらえつつ、条件反射的に頷いた。

「はい、団長。では私が代わりにいただきます」
「ちょっと、やめてくださいよネイド隊長! それ俺がセラウェさんに急遽用意したんですよ!」
「……だからお前不自然に姿を消していたのか? 姑息な真似しやがって……はい、兄貴には俺のケーキ全部あげるから。な?」

にこりと極上の笑みを浮かべる団長に、セラウェさんが挙動不審気味に「あ、ありがとクレッド」と礼を言う。

仕方がない。上官の命令は絶対だ。
拒否するなどということはありえないし、団長の身の周りの整理もとい環境を常に良好に保つことは、強い信頼をもとに選ばれた側近である俺の、最大の務めなのだからーー。

「……うぷっ。中々美味いぞ、ジャレッド。お前本当にここで働いたらどうだ? ですよね、団長」
「ああ、たまにはいい事を言うな、ネイド。俺もそう思う。決心がついたらいつでも俺に言ってこい、ジャレッド」
「辞めませんよ、なんなんすかあんたら! ちなみに俺セラウェさんのことも全然諦めてませんからね!」

騎士が血気盛んな様子で凄み出す。
我々二人の上官に向かって許しがたい態度を連発するとはーー団長の苛立ちが俺にも伝心してくるようだ。

こいつの教育係であるユトナにもきつく言っておかなければ。

脳内にあるメモ帳に注意書きをし、パフェを流し込んでいると、団長の兄が「無理すんなよネイド、なんか悪いから俺もちょっと食うわ」と気遣ってくれた。

団長と部下の言い争いを横目に、二人で励まし合いながらデザートを口に運ぶ。
ふいにセラウェさんが俺のことをちらっと見た。

「ネイド。あのさ、これからも俺の弟よろしく頼むな。あいつもお前のこと、頼りにしてると思うからさ」

あっ。
その瞬間、セラウェさんのさり気なく兄らしい笑顔に、全てが報われた気がした。

「もちろんです。こちらこそ、こんな私ですが、よろしくお願いします…!」

団長の兄に心からの気持ちを伝え、温かい気分で微笑み合う。
よかった……終わりよければすべて良しとは、今日のようなことを言うのだと思う。

いっそう気を引き締めた俺は、今後も全力で側近の役目を全うしていこうと、胸に強く誓うのだった。



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