ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 80 俺の慰労会 T(ネイド視点)

約束の夜。馬車に乗った俺は、セラウェさんのエスコートという大役を団長に任されていた。
日々側近の俺への信頼が増しているのかと、正直嬉しくなる。

まあ団長が急遽会合により遅れて来ることになっただけなのだがーーその為朝から苛ついていて少し怖かった。

「おー着いた着いた。このレストラン超人気でさ、オズが言うには予約取るのも大変だったらしいわ。そんで魚料理が名物なんだって。ネイド、お前魚好きなんだろ? だからいいかなと思って」
「はい、大好きです。今日はありがとうございます、セラウェさん。私のために…!」

街中にひっそりと建つ、白壁の小洒落た洋館の前に、俺達は降り立った。
魚とワインの絵が描かれた看板を見上げながら、団長の兄と楽しく会話が弾む。

扉を開けると、高い天井にアートな照明が並び、想像以上に洗練された都会的なレストランのようだった。

「げっ。すげーオシャレなとこだな。なんか俺場違いじゃね? なぁなぁこの服大丈夫かな?」
「もちろん今日のセラウェさんも素敵ですよ。すっきりしたスーツ姿、新鮮です」
「えっそう? ネイドも私服初めて見たけど、ジャケット似合ってるよな。髪も後ろで結わえちゃって。結構かっけーじゃんお前」

にこっと爽やかな笑みで見上げられ、普段褒められることがない自分に照れが湧いた。

この雰囲気、いいな。
まるで嵐の前の凪のような時の流れに、このまま二人でも良かったんじゃないか…という思いを一旦しまう。

しかし嵐はすぐそこまで来ていた。

「いらっしゃいませ。お二人様でよろしいですかーーあれ、セラウェさん?」

目の前に現れた背の高いウェイターの顔を見て、俺達は一瞬言葉を失う。
眩しい金髪に若々しい体躯をもつその男は、白いシャツの制服姿だったが、紛れもなく面識のある騎士だった。

「……はっ? ……ジャレッド。お前、何してんだ……こんなとこで」
「店員ですよ。セラウェさんこそ、団長はどうしたんです。今日は違う男とデートですか?」

屈託のない笑顔を浮かべた騎士は、完全に上司である俺をスルーしてセラウェさんに話しかけている。

嘘、だろうーー。
目下団長のブラックリストにおけるツートップのうちの一人が現れるとは。

俺はその場にいなかったが、夏合宿の際に団長の兄にちょっかいをかけたという恐ろしい理由により、二人がほぼ乱闘騒ぎになったという経緯をユトナから聞いている。

ちなみにその時にこの騎士の秘められた出自も、幹部の間で広まったのだった。

「おい、お前、どういうつもりだ。上官の前でのうのうと店員面するとは……我が騎士団では副業は禁じられているぞ!」
「はい。申し訳ありません、ネイド隊長。重々承知しているのですが、ここ俺の姉貴の店で、今日は予約で埋まっていてどうしても人が足りないから助っ人してくれと言われまして……」

急に真面目な顔を作り、姿勢を正したジャレッドが深々と頭を下げる。

……この男、自分が教会と騎士団のトップである司教の息子だからって、俺がはいはい言うことを鵜呑みにするとでも思っているのか?
この後すぐ団長が来るのにどうしてくれるんだ? 

「あのな……お前姉貴何人いんだよッ。つーかありえねえだろ、もうすぐクレッド来るけど邪魔してくんじゃねーぞ!」
「邪魔って…ひどいですねセラウェさん。ていうかやっぱり団長いるのか。まあ安心してくださいよ、今日は店員として精一杯サービスさせてもらいますから。ね?」

店員のくせに馴れ馴れしくセラウェさんの肩を抱こうとする騎士の腕を振り払った俺は、内心戦々恐々としながら不敵に笑う奴の案内を受け、二人でテーブルへと向かうのだった。

ああ、何故こうなった。
今日は俺の慰労会のはずだが……すでに心労がやばい。






席に着くと、手慣れた所作で店員ぶる騎士が「コース料理のご予約でしたね。ワインはどちらになさいますか?」と尋ねてきたので、料理に合いそうな白ワインを選んだ。

やがてセラウェさんが物憂げにため息をつく。

「やべえよ。ここ失敗だったかな……でも美味いって有名だし。はぁ、あいつが来たらまた怒っちゃいそう……俺こええよ、ネイド」

気弱な声を出す団長の兄に対し、自分の中で普段は目立たぬ庇護欲が掻き立てられる。

「そんな心細そうな顔しないでください。大丈夫ですよ。貴方のことはこの私が、団長に代わってきちんと守りますからーー」
「誰が誰を守るだって?」

身を乗り出して格好つけていた俺の横から、身の毛もよだつ低音が響き渡る。
凍りついた俺とは反対に、セラウェさんの表情は一瞬ぱっと明るくなった。

「クレッド! もう仕事終わったんだな。お疲れさま」
「ああ、ありがとう兄貴。遅くなって悪かった。…大丈夫か、何か不安なことがあったのか?」
「えっ。いや、なんもないぞ……アハハ」
「本当か…? おいネイド。お前こめかみに汗が滲んでいるぞ。どうした」

鋭い団長の指摘に俺も「いいいいえ別に大丈夫です」と取り乱しながら立ち上がり、上官に礼をして席を勧めた。

ノーネクタイのジャケットを羽織った、この場の誰よりも華やかな金髪長身の美男子に、店内の人々の視線が飛んでくる。

だがいくら制服を脱いでいても団長の威圧感が消えることはないーーある意味職務中よりも胃が痛い。
気軽に話しかけてくれ、時折冗談を言って笑うセラウェさんの雰囲気が救いだ。

しかしーー。

「お客様、ワインをお持ちいたしました。お注ぎしてよろしいですか」
「ああ、ありがとう。ではお願いしまーー」

外交用の笑みを浮かべた団長が振り向くと、担当するウェイターの顔を見てピシリと凍りつく。
思わず俺は所持していない長剣に手をかけようと、腰に手を伸ばした。 

「なぜお前がここにいる……ジャレッド。貴様とうとう兄貴のストーカー始めたのか?」
「団長と一緒にしないでくださいよ。俺今日は店員なんで。セラウェさんにたっぷりおもてなしさせて頂こうかなぁと」

二人の騎士が目に見えぬ火花を散らしている。
目を泳がせて助けを求めるセラウェさんに頷き、俺が事情を説明しようとしたその時ーー上官がありえない行動に出た。

「はははははッ!」

愉悦に蒼目を細め、高笑いが一瞬店内に響く。
え……どうしたんだ、キレたか?

「おいクレッド! 大丈夫かよお前…?」
「大丈夫に決まってるだろう、兄貴。……そうか、やっと退団したんだな、お前。今年一番の良いニュースだ。俺も応援しているぞ、頑張れよ」

団長は嬉しそうに兄の肩を抱き、仲の良さを見せつけるように騎士へと笑いかけた。
こわっ……怒り出すより恐ろしい。

「はぁ。違いますよ、一日だけです。ていうかなんであんたそんな余裕なんですか? 俺は引く気なんて更々ないですけど」

ふてくされた顔で騎士がぼやいた瞬間、側近である俺の怒りが頂点に達した。

「お前、団長に対してその口の聞き方はなんだ! 全く、どんな育て方をされればそんな横柄な態度が取れるようになるんだ? 親の顔が見てみたいぞ!」
「おいネイド、さりげなく司教のことディスってんぞお前。つーか恥ずかしいから皆落ち着けよ、ここ団内じゃねえんだから」

セラウェさんの突っ込みにハッとなり、団長の冷静な視線の下、浮き上がった腰を一旦座らせた。

「兄貴の言う通りだ。ウェイター、いいから早く料理を持ってこい。今日は俺と兄貴の大事な食事会なんだ。時間を無駄にさせるな」

え? 今日は俺の慰労会のはずじゃーー。

なぜか居ないものと見なされてるような気がしないでもないが、団長の精神安定が最優先だ。

側近としてこの場をうまく調整しなければという意気込みを、俺は改めて強く感じるのだった。



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