▼ 74 特別な夜 ※
教会を後にして、再び馬車に乗り込んだ俺達が向かったのは、ある高級宿屋だった。
吹き抜けの白亜のロビーからして、ラグジュアリー感満載の空間に招かれた俺は、受付で鍵を受け取る弟にただくっついていた。
こいつ……聖誕祭の夜にこんなホテルまで予約して、相当気合が入っている。
俺は兄なのに完璧にリードされてしまっているが、この胸の高鳴りに嘘はつけない。
だってめちゃくちゃ嬉しいし。こんなに甘えちゃってスマン、クレッドーー
「うわっすげー! 見てみて、夜景がすごい綺麗だぞ! あとスパークリングワインもあるし、果物もある! なぁなぁこれタダ?」
豪華絢爛な室内を歩き回り年甲斐もなくはしゃぎ、はっとなる。
馬鹿か。これじゃせっかくの甘い雰囲気ぶちこわしだ。
焦って振り返ろうとすると、クレッドの胸板に鼻がぶつかった。
「んぁっ。ごめん…っ」
「ううん。兄貴、この部屋気に入った?」
いつの間にか俺の腰に手を回していた弟に、笑顔で見下される。
急に恥ずかしくなった俺だが、しっかりと頷いた。
くそ。こんな事ならもっとお洒落なパンツ履いてくればよかった。
そんなくだらない心配をしてる俺に、思わぬ言葉がかけられる。
「良かった……じゃあ先にお風呂入ろっか。時間はたっぷりあるし……二人で朝まで過ごせるの、楽しみだな」
恍惚とした表情のクレッドがそう告げて、頬にちゅっとキスをしてきた。
あぁ。なんか夢の中にいるみたいだ。
こいつが醸し出す甘い雰囲気に、飲まれてしまいそうになるーー。
大きな浴室にある円形のバスタブは、よく分からない泡がぶくぶくと出てきて、凄く気持ちが良かった。
二人で体を洗い、何事もなく入浴を終えた後、バスローブを羽織ったクレッドが先に浴室を出る。
俺は鏡の前でしばらくの間、妙に真剣な自分の顔を見ていた。
これからするだろう事を考え、なぜか少し緊張感があった。
ここが弟の部屋じゃないからなのか、あいつとは何度も体を重ねているのに、今日はなんか特別な感じがした。
たぶんこの、弟にもらった指輪のせいだ。
小さな金の輪の存在に、俺の心は強く掴まれたままだった。
変な緊張を悟られないように、何食わぬ顔で部屋に向かうと、バスローブ姿のクレッドはすでにベッドに腰を下ろしていた。
「兄貴。大丈夫?」
「えっうん、平気平気。……あれ、この香り…」
にこっと笑った弟に近づくと、ふわりと胸元から良い匂いが香った。
「お前、香水つけてくれたのか? これやっぱ凄いいいなぁ」
「ほんと? 俺もすごく気に入ったよ。ありがとう、兄貴」
座ったままの弟に微笑まれ、ドキリとする。
照れもあった俺は、おもむろにクレッドの首元に鼻を近づけた。
店で選んだときよりも更に、むせ返るような甘さと芳しい香りが漂い、くらくらしてくる。
「肌の匂いのせいかなぁ、お前がつけてるともっと良い感じ……俺、これ大好きだわ」
身を乗り出し奴の肩においた手を、ぎゅっと握られた。
背中を抱き寄せられ、つんのめりそうになった俺は、ベッドに足を乗り上げた。
胸を上下させ、余裕がない顔つきをした弟に釘付けになる。
「兄貴……っ」
「ぅえっ? あ、ちょっと……!」
クレッドの太腿の上にまたがる形になり、向かい合って見つめ合う。
なんだこのポーズ。
お互いにローブ一枚だから、すぐ下の体を意識してしまって恥ずかしい。
すると弟に唇を奪われた。ぎゅっと抱きしめられたまま優しく口をはまれる。
「んっ、む……んぅっ」
温かい舌が入ってきたかと思うと、腰をぐっと掴まれ、もう片方の手でローブをゆっくり引っ張られた。
顕になった肩に、クレッドがまた唇を這わせてくる。
「あ、んん、ぁあ」
「……兄貴の肌甘い……」
細かな息づかいをさせて肩から首へ、舌を移動させる。ちゅっ、ちゅっと音を出しながら、首筋をきつく吸ってくる。
俺は弟の濡れた金髪を指で梳きながら、なんとか刺激に耐えていた。
クレッドの手のひらが下に潜りこみ、じかに尻を撫でてくる。
自然と腰が浮き膝立ちになると、更にはだけた胸元に髪があたった。
胸をやんわりと揉まれてわずかに体がのけぞる。
「はぁ、んやっ、あぁ」
舌先でぺろりと舐め上げられたかと思うと、口の中に含まれる。時折のぞく赤い舌に這わされ、吸われる度ビクビク上半身が悶えてしまう。
「んあ、あぁっ」
「……兄貴、ここ好き? 舐めるの……」
片手は尻を鷲掴みながら、激しく乳首を責められてしまい、恥ずかしいのに声が溢れていく。
「あっ、やだぁ、そんな、吸うな…っ」
「……どうして? すごく感じてる顔だ」
にやりと意地悪く言った後、クレッドの指が尻からゆっくり中心へ充てがわれた。指の腹で少し撫でただけなのに、ビクンと腰が跳ねる。
「ああっ、んぁ、だめ…だ」
「でも、ほら、もう……こんなに反応してるのに」
「だって、お前が舐めるからっ」
一度弟の腕の中に入り込めば、俺に自由はなくなり、ただただ気持ちいいことを与えられてしまうのだ。
今度はしなやかな指が、太ももの付け根に伸びてきた。
「あ、ぁう、そこ、やぁ、クレッド」
「やなのか? 先っぽ濡れてるよ……」
平気でやらしい事を言いながら、手の中に包み、先走りを親指でくちゅくちゅ弄ってくる。
いつもより感じてしまっている気がした。
間近で甘い弟の匂いにあてられ、刺激が何倍にも強まっていく。
「あ、ぅあ、もう、出る…」
「うん、いいよ兄貴」
全くこらえることが出来ず、俺はクレッドの肩にしがみついた。
背中を抱えられ、不思議な安心感を得たまま、腰を何度か痙攣させる。
「あ、あ……んっ、んああぁっ!」
すでにほとんど脱がされていた為、自分の腹と弟の手に白い液が飛び散ってしまった。
一人だけ乱れて達した羞恥から、奴の首に手を回したまま顔を上げられない。
「顔見せて、兄貴」
「やだ…」
「……かわいいな。気持ちよかった?」
「うん……」
諦めて正直に告げると、愛情を示すように頬に口づけをされる。
同時に濡れた弟の手が、後ろに触れて指の動きを再開させた。
「あ、まって、クレッド、んぁ」
すでに疼いていたせいで、自然にほぐれていく感じがする。
本当は、早く欲しいと思ってる。
こいつにも俺を介して、気持ちよくなってほしい。
一緒にそうなりたい。好きだから、そんな事ばかり考えてしまう。
「ん……中、ちょっときついな……久しぶりだからな」
クレッドの上ずった声が耳元で響き、昂ぶりが伝わってくる。
「今日はじっくり解そう。……な? 兄貴」
「うぁ、んん、もう、大丈夫っ」
「ん? もういいのか? でももう少し、柔らかくしないと…」
すでにこんなに疼いているのに、こいつ焦らすつもりなのか?
低い位置から熱っぽい視線にじっと見つめられ、鼓動がドクドクと追い立てられる。
「そんな顔しないで。もうすぐ全部、兄貴にあげるから」
口を塞がれて、熱の灯るキスを交わし合う。
「んむっ、ふ、あ、っ」
「……っ、あぁ、兄貴」
抱きついた俺は自分からも弟に触れたくて、何かしたくなった。
耳たぶに唇を添えて、優しく挟みこむ。
途端に胸を震わせ、息を荒げるクレッドに構わず、舌でぺろぺろ愛撫した。
今日は受け身の殻を破るときだ。俺がする事でも心地よくなってほしい。
「兄貴、それ、気持ちいい」
「……はぁ、はぁ、ほんと…?」
今日という日が非日常的なせいで気分が高まり、普段にはない勇気が出た。
それに好きという気持ちが後押しする。
クレッドの上半身の力が段々抜け、後ろに倒れ込んでしまう。
上に覆いかぶさり、支えられながら体を少し起こした。
「あの……このまま、していい?」
「えっ? う、うん。いいに決まってる」
さっきまでの余裕はどこにいったのか、クレッドの顔がカーッと真っ赤になった。
「でも、お前も助けて、クレッド」
「もちろんだ。どうすればいい?」
えっ。逆にまっすぐな瞳で聞かれて困った。
結局言うのも恥ずかしく、俺はおずおずと弟のに触った。
こんな事を自分でするなんて、滅多にない。
腰を浮かせて一生懸命後ろに充てがうと、弟の強い視線に気づいた。
「あんま見るなってば、バカ…」
「いや、見るだろそれは。最高にかわいい。……でももっと、かわいくなるな、兄貴。どうしよう俺」
混乱した顔を赤く染めて何を言い出すんだこいつ。
どうにか恥ずかしさをこらえて受け入れていく。
張り詰めたものの圧迫感が苦しいけれど、弟も俺に反応しているのだと思うと、愛しさがじわじわと広がっていく。
「ああっ、はぁ、あっ、クレッド…っ」
「ん……大丈夫、兄貴…ちゃんと入ってるよ。気持ちいい」
息をあげる弟を見て中がさらに疼く。
根本まで入ったことを確認すると、ゆっくり動かしていく。
「あ、兄貴、すごいよ、どうしたの」
「はぁ、はぁ、俺だって今日は……頑張るから」
決意を告げると、弟がほんのり染まった目元を柔らかくした。
こうしてクレッドのがっしりと逞しい体を見下ろすのは不思議だ。
ああ俺のものなんだって感じがして、なんとも言えない感情が涌き出てくる。
「きもちいい?」
「うん……最高だ。兄貴は…?」
「俺も、良いよ。お前の…大好き」
つい口から出た言葉にクレッドが一瞬固まった。
まずい。俺は何を口走ってんだ。上手くいって浮かれちゃったのかもしれない。
すぐに視線を奴の胸元に落とした。
汗ばんでいる割れた腹筋に手をおいて腰をゆらす。
「……ああ、駄目だ……兄貴、俺も動いていい?」
しばらくして突然クレッドに腰を持たれ、突き上げられた。
奥まで達した刺激のせいで、俺は奴の胸板へと倒れ込み、密着したまま揺らされる。
押し寄せる快感の波にのまれながら、必死に弟の手を手繰り寄せた。
「クレッド、……好き……好きだっ」
「俺もだよ、愛してる、大好きだよ兄貴」
体を繋げて、互いの証が光る指先を絡ませて、何度も何度も伝え合う。
なんでこいつの言葉はこんなにも、甘く響くんだろう?
いつかとろとろに溶けてしまいそうだ。
「兄貴。キスしたい」
両脇に手をついた俺を、うっとりした顔で捉えてくる。
全てが繋がってると感じて、幸せでたまらなくなった。
「俺もしたい、クレッド……いっぱいして」
抱き締められてキスをした。
力が抜けてもう腰に使う集中力が失われている。
あとはもう弟に身を任せるだけだ。
腰を重ね合わせたまま下からたくさん突き立てられる。自分でしたのとはまるで違う、焦がすような熱に激しく貫かれる。
「はあっ、ああっ、んあっ、クレッド!」
「……兄貴、もう……ああ、中に、出させて……っ」
体をぐうっと抱きしめられ、弟のものが奥まで注ぎ込まれていく。
やがて力尽きた俺はくたりと倒れ、弟の上に寝そべった。
快感に打ち震える俺の肌を、クレッドがずっと抱き抱えたまま離さないでいる。
「クレッド…? 大丈夫か?」
「……うん。もうちょっとこのまま、兄貴…」
「ん、分かった…」
そうして髪を優しく撫でられながら、胸の上でしばらく休んでいた。
いつもそうだけど、今日は特に最初から満たされた感覚が強かった。
二人の想い合う気持ちが、さらに深まったような感じだ。
あまりの心地よさに瞼が閉じようとした時、クレッドがふいに体をひねり、俺は抱かれたままシーツの上にぽすっと落ちた。
「ぅわっ。なんだ?」
「兄貴……俺、いま凄く満たされてるんだ」
気がつくと、潤んだ瞳の弟に今日初めて見下ろされていた。
「そっ、そっか。俺もちょうどおんなじ事思ってたよ」
嬉しくなって微笑みかけると、上から大きな体にぎゅっと包まれた。弟はそれからまた、しばらく動かないでいた。
「寝るのかよ、クレッド」
「……ん? 寝るわけないだろう。兄貴とせっかく二人なのに…」
肩に顔を埋めたまま、声だけはしっかりと反論してきた。
よく分からないが、弟の充足感はひしひしと伝わってきて、心も温かくなっていく。
ああ。今夜はなんだか互いに照れることを、たくさんして、たくさん言ってしまった。
でも今日はそれでいいのかもしれない。特別な日なんだから。
俺の弟が、決して忘れることの出来ない、大切な日にしてくれたのだ。
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