ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 73 誓いの言葉

俺とクレッドは馬車の中で二人、ガタゴトと揺られていた。
ぴたりと肩を寄せ、指をぎゅっと絡ませて手を繋いでいる。

さっきまで家族といたから、二人きりになれて嬉しい。
ちらちらと隣の弟を見ると、奴はなぜか窓の外に視線をやったまま、黙っていた。

あれ、キスとかしないのかなぁ…。

別にずっとそんな事ばかり考えてるわけではないが、つい気になってしまう。
そわそわしてた俺の目に、ふと外の景色が映った。

「あっ! すげえクレッド!」
「……えっ!? な、なに兄貴っ」

ぼうっとしていた弟が急に我に返ったように振り向いた。
こいつ、気づいてないのかと思い、奴の両頬を挟んで窓へと向かせた。

「あ……雪だ。降ってきたな、綺麗だ……」
「うん。すごいタイミングじゃね? お前と見れてラッキーだな」

冬が訪れてから初めての雪を弟と一緒に目にし、なんだか運命的なものを感じる。
俺はほんのり顔を赤らめたクレッドに笑いかけた。

「そういやお前と再会した頃も、寒くて雪降ってたよな。あれからまだ一年経ってないけどさ、なんか時が過ぎるの早いよなぁ」

年の瀬が近づき、今年は本当に色々あったなと弟との日々を感慨深く思っていると、手のひらにぐっと熱を感じた。

「そうだな。俺、一年前は今こんな風に兄貴と過ごせるなんて、思ってもみなかった。ほんとに、夢みたいだよ。信じられない」

切なげな表情で告げたクレッドに見つめられ、ドキドキと鼓動が迫ってくる。

そ、そんな事言われたら俺だってーー

「はは、夢じゃねーよ。俺も正直びっくりしてるけど、これからは毎年一緒だしさ。それが当たり前になってくんだから」
「兄貴……っ。うん、ずっと一緒だ。毎日、どんなイベントだって、兄貴と過ごせることが嬉しい……」

さっきまで静かだったのに、クレッドの顔がみるみるうちに赤みを帯びて、瞳が輝き始めた。

どうしたんだろう。
弟の気分の高まりが、ひしひしとこっちまで伝わってくるみたいだった。



そんな中、初めて訪れた街の中で、馬車が停止した。
先に降りたクレッドに手を引かれ、ぱらぱらと雪が舞う道を歩いていく。

人気はなく街灯だけが光る静かな通りに、その教会はあった。
大規模なものではないが、年月を経た灰色のレンガが重なり、荘厳さを醸し出しそびえ立っている。

分厚い木の扉を抜け中へと入った。
目の前に飛び込んできたのは年代物のパイプオルガンと、真っ白な祭壇の中央に立つ女神像だ。

両側にはずらりとキャンドルが灯され、厳かな雰囲気に魅入られてしまう。

しかし不思議なことに、ミサが粛々と行われるはずの夜間に、信者も聖職者の姿もなかった。

「えっ? どうなってんだ。すげえ綺麗だけど、ここ入っていいのか?」
「ああ、大丈夫だよ。今日は俺たちしかいないんだ」

少し照れたように告げる弟に驚きの目を向ける。
まさかとは思うが、貸し切り状態なのか? こいつどんな手を使ってそんなことを……

正直信仰心は少ないが、宗教的な様式美に関心が高い俺は、すごくワクワクしていた。

俺たちは中央に並ぶ長椅子へと腰を下ろした。
物音ひとつしない、神聖な教会という空間に身を置き、柄にもなくロマンチックな気分になる。

その時、握っていた手をそろりと離された。
弟が俺に向きなおり、急に目をじっと見つめてくる。

「今日は兄貴に渡したいものがあるんだ」
「……んっ? なに? プレゼントならもう貰ったぞ」
「うん。でももちろん、あれだけじゃない。もっと特別なものだよ」

そう言ったクレッドの顔が、やけに真剣に、少し緊張している様に見えた。

弟はポケットに手を入れ、なにかを取り出した。
それを見た瞬間、俺は思わず目を疑った。

四角い小さな箱を開けた弟が、俺の左手を取り、そっと握る。

「クレッド……これ……」

目の前に現れた、金色の、ゆ、ゆび、指輪ーー。

やや太さのあるそのリングは、縁に細工が施された美しい代物だった。
声を失う俺の前で、やがてクレッドの口から言葉が紡がれた。

「兄貴、愛している」

まっすぐと見つめる蒼い瞳から、目がそらせない。
心臓がドクドクと、感じたことのない速さで鳴り響いている。

「兄貴は俺にとって唯一で、最愛の人だ。一生この身を捧げて、兄貴ただ一人を愛することを誓うよ。……どうか、俺と一緒の人生を歩んでいって欲しい」

弟の絶え間ない愛の言葉が心に響く。
胸の芯にまでしみて、一気に押し寄せる幸福の海に、溺れそうになる。

その時、俺の頭の中で、どこからか鐘の音が聞こえた。

「は、はい。歩みます……」

俺は震える声で答えた。
目がじんわりと濡れるのをこらえ、瞳を見つめ返す。

訪れた静寂の中、クレッドの緊張がとけたように、その愛しい顔に最大の笑顔が浮かんだ。
俺はすぐに力強い腕の中に包まれる。

「……おま、お前、何やってんだよ。急にこんなこと、死ぬかと思っただろ」
「ごめん。兄貴、俺、いま死ぬほど嬉しい」

糸が切れたように、俺たちは喜びの中で抱きしめ合った。

ここは教会で、そもそも禁じられた関係なのに、とか思うことは色々あったが、もうどうでもよかった。

「ずっとこうして、きちんと誓いたかった。……指輪とかこういうの、兄貴が気に入るかどうか、分からなかったんだけど……」
「き、気に入るに決まってんだろ。こんなの初めてだけど、相手がお前だから、俺すげー嬉しいよ」
「……本当か? 良かった……。つけてもいい?」

うっとりした顔で尋ねる弟に、こくりと頷く。
やばい、手汗を拭かないと。平気な顔で喋っているが、心臓がうるさすぎる。

「あれ、待て。これ……お前の名前が入ってる。今日の日付も」

指輪をじっくりと見ると、裏側に小さな文字が刻まれていた。
すごい。胸が熱くなってくる。

……でもやっぱりこれって、あれみたいだよな。

「そうだよ。ペアリングだから。俺のもある」

照れながら弟がポケットから取り出したもう一つの箱を、俺はおずおずと受け取った。
中を開けると、同一の金の指輪に俺の名前が刻まれていた。

もう、どうすればいいんだ。
なんで俺は、こんなにも嬉しいんだ。

「じゃあ俺から……」

クレッドに差し出した左手の指に、ゆっくりと指輪がはめられる。
息を呑んで見守った後、俺も弟の指輪をそろそろとはめた。

ああ、こんなことしてーー
俺はもうずっと前から弟のものだという自覚はあったが、今日という日に、さらに強く感じることになるとは。

夢見心地でいると、クレッドの大きな手に頬を覆われた。
優しく撫でられ、胸がいっぱいになり、言葉が出てこなくなる。

唇をそっと重ねられ、お互いに顔を赤くして、しばらく見つめ合った。

「……ああ、兄貴。本当は、結婚したいぐらい好きだ。どうしようもなく、好きなんだ」

そう言ってぎゅうっと抱きしめられる。
ちょっと待て。止まない求愛行動に頭がぐらついてきた。

同時になんとも言いがたい愛しさが、心を満たしていく。

「可愛いな。クレッド」

ぽろりと出た率直な気持ちに、抱きついたままの弟が顔を上げた。

「俺は本気だよ、兄貴……」

瞳を揺らめかせ、急にあどけない表情で伝えてくる。

「うん…分かってる。俺も同じぐらい、お前のこと好きだから」

真剣な弟の想いに、俺だって応えなければならない。そう思い、考えを巡らせた。

「……あの、俺たちは、ずっと切れない絆で結ばれてると思う。もっと頑丈なやつだ。だから……大丈夫だよ」

うまく言えないけれど、二人のことを考えた時に、自分が常に感じていた正直な思いを述べた。

クレッドはまだどこか夢うつつな表情で俺を見つめている。

おい、こいつ平気か?
だんだん心配になってきた頃、俺の体は再び力強く抱きしめられた。

「そうだな、兄貴。その通りだ……だから俺は、兄貴に出会えて、好きになったんだ」

白い頬を紅潮させたクレッドが呟き、恥ずかしそうに目を伏せる。

「……ああ、もっと格好良く、できたらよかった……だめだ俺……」
「えっ? 何言ってんだよ、お前カッコ良かったよ」
「ほんとに……?」
「うん、本当だよ。俺また惚れたよ」

弟の金髪をくしゃりと撫でる。
目を丸くした後、クレッドが嬉しそうに微笑んだのを見て、俺はどこか安心していた。

「ありがとう、兄貴。俺と一緒になってくれて……」
「はは。それは俺も言いたい。ありがとな、クレッド。これからもよろしく」

ちゃっかり頼んだ俺に対し、弟がしっかりと頷く。そして突然、その場から立ち上がった。

繋がれた左手に光る指輪を見て、また俺の心が跳ね上がる。

「よし。じゃあ行こう、兄貴」
「え、もう帰るのか? 俺、もうちょっとお前と……」
「家には帰らないよ。俺ももちろん、二人でいたいから」

緊張がふっきれたように話すクレッドが、にこりと笑った。

「今日は特別な夜だ。兄貴を一人になんて、するわけないだろ?」

えっ。今度はどこ行くんだ。

やる気に満ちた顔つきで述べた弟に、俺のドキドキはまだ、しばらく続きそうだった。



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