ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 64 魔術師のおまじない T

俺とハネムーンに行きたいなどという弟の血迷った発言に、さすがに俺も驚愕した。
けれどあれ以来忙しい仕事をさらに切り詰めて、まとまった休みをもぎ取ろうとしているクレッドを見ていると、なんだか胸が熱くなってくる。

二人きりの旅行ならばそりゃ俺だって行きたい。どこがいっかな〜と考えながら、俺は昼下がりに弟への弁当を持って団長室へと向かっていた。

「おいクレッド、いるか? さっき弁当作ったんだけど良かったらーー」

いつもの調子でコンコン扉を叩くと、少しの間をおいて中から人が出てきた。
だがその思いもよらぬ人物というか少年の登場に、一瞬言葉を失う。

「なあに? また君か、セラウェ。君たちほんと仲良いね。クレッドならいないよ」
「……な、なんでお前がここに……アルメアっ!」

そう。
目の前に現れたのは、黒髪に赤い目をした黒ローブの少年だった。一応味方だということは分かってるが、全身から滲み出るおどろおどろしい魔力量に圧倒され、久しぶりに悪寒が走る。

「相変わらず薄情だな。僕らはもう友人だろう? それにね、僕は時々クレッドの呪いの様子を伺いに来てるんだ」
「はぁ? またそんな妙な関係続けやがって……あいつそんな事何にも言ってなかったぞッ」
「恥ずかしいんでしょ。でも僕には君との惚気すごく話してくるよ。ていうか立ち話もなんだから、中入りなよ」

にやっとやらしい笑みを浮かべる魔術師に促され、俺は渋々室内へと入った。
クレッドの奴、結構俺に秘密にしてることあんじゃないのか。まさかまたこのガキに二人の営みの話とかしてないよな…。

団長の留守の間に、勝手に二人で中央のソファに座り向き合った。

「つうかお前、今日も子供の姿なんだな。あの美形の青年バージョンはどこいった?」
「ああ。あれはノイシュの前だけにしてるんだ。そうして欲しいって言われたから。外ではこの姿のほうが、魔力の省エネにもなるしね」

涼しい顔で執事との仲を匂わせてくるとは。正直俺は興味ないが、こいつがなんか顔を赤らめてそわそわしだしたので、ちょっと掘り下げてやることにした。

「そうなんだぁ。で、うまくいってんの? どんぐらい進展してんの?」
「……ど、どんぐらいって。別に……普通だけど」
「普通じゃ分かんないな。もうデートした?」

俺は自分が幸せだからか、妙に上から目線での質問になってしまったかもしれない。アルメアは「まだしてない…」と恥ずかしそうに答えた。

「えっ。そうか〜。まぁ毎日一緒に暮らしてると、中々タイミングがアレだよな。そうそう、そういや俺とクレッドもうすぐ旅行行くんだけどさ、お前どっか良い場所知らない?」

俺が偉そうにソファの背もたれに両手をかけ尋ねると、少年の赤目が大きく見開かれた。
え、なにその驚愕と羨望感丸出しの視線は。やっぱ俺調子乗りすぎたかな。

「旅行だって? なにそれ、浮かれすぎじゃないの。べ、別に羨ましいとか思ってないけど」
「だってあいつが行きたい行きたいって騒ぎ出しちゃって。まあぶっちゃけ俺も楽しみにしてんだけどね。そうだ、お前もノイシュさんのこと旅行に誘ってみろよ。普段とは違う顔が見れるかもよ?」

ヘラヘラ告げると、少年の大きな目が潤みだし、キッと上に吊り上がった。

「デートもまだなのに旅行なんて無理だよっ、それに僕たちまだ、その……」
「まだなに? あ、そっか……まだなのか…?」

奴の白肌が真っ赤に染まり、ぷるぷる震えだした様子から、俺もすぐに口を閉ざした。
馬鹿か俺は、ちょっとからかうつもりが、そんな生々しい話別に聞きたくねえーー。

でもこいつ結構奥手なんだな。
あの偉そうな青年の姿からは想像できないと思いつつ眺めてると、アルメアにぎろりと睨まれた。

「君は余裕でいいね。やる事やってて幸せそうだし」
「あはは…。分かる? まぁ呪いとけてからも色々事件らしきものはあったけどさ、今は緊張感がなくなってきたというか。安定期に入ったつうのかなぁ。いやもちろんドキドキはするけど」

柄にもなく完全な惚気をしてしまう。なんだろう、この前の弟じゃないが、普通はこんな話誰にも言えないもんな。
またもや先輩風をふかしつつ「聞いてくれてありがとなっ」と笑顔で言ってしまったところで、少年が不気味に笑いだした。

「ふうん。だからセラウェ、そんなに気の抜けた顔晒してるんだね。僕は呪いがかかった君たちのほうが、スリリングで好きだったな」
「は? 勘弁してくれよ。もうやだよあんな大変な思いーー」
「そうかな? 好き合う二人だからこそ、緊張感は大事だと思うけど。そうだ、僕からまた君にプレゼントしてあげようか。ドキドキするおまじない…」

そう言ってアルメアは、突然立ち上がった。どこか冷えたような真剣な顔で、左手を俺に向かってかざしだす。
え、やべえ。本気で怒らせたか、また魔法放たれるんじゃ。
凍りつく俺に奴が高速詠唱を施し、その数秒後、団長室が黒い煙に包まれた。

モクモクと煙をかき分け、俺は咳払いをしながら、目の前にちょこんと座る少年を見やる。
あれ、なんかこいつ、さっきよりも大きく見える。
ていうか下を見下ろすと、俺の服がやけにダボついていた。

「あ? お前いま何したんだよ」
「分からないの、セラウェ。あっちに鏡あるから、見てごらんよ」

なぜか力が半減したように感じる体を起こし、恐る恐る部屋の隅にある全身鏡の前に立った。
すると、とんでもない姿が眼前に現れた。

「あ、ああーー!! なにこれ、俺、……小さくなってるっ!!」
「そうだよ。推定10才ぐらいかな。僕よりチビだね」
「なに、何しやがんだてめえッ、嫌がらせの呪いかけてんじゃねえ!」
「まあ落ち着きなよ。ちょっとしたイタズラだろう? 君があまりに幸せ自慢するからだよ」

薄ら笑いを浮かべるこのガキを俺は侮っていたのかもしれない。調子のってからかわなきゃよかった。
その後俺が態度を変え下手に出て謝り倒しても、呪いはといてもらえなかった。

呆然と立ち尽くす中、アルメアが「一日で解けるから安心して、セラウェ。あと特別にもう一つとく方法を教えておこう」と腹立たしい笑みで告げてきた。

「ああ、なんかすっきりしたな。僕の本業はやっぱり呪いをかけることみたいだ。今日はこのへんにしとくか。……じゃあ、クレッドによろしくね」
「はっ? お前まさか帰るとか言わないよな? どうすんだこれッ」
「だから今言った方法を試してみなよ。頑張って。僕も君のアドバイス通り、頑張るから」

そう言って魔術師の少年は鮮やかな転移魔法で立ち去り、茫然自失の俺は放置された。

まずい。
もう一度鏡を覗き込み、若返ってしまった自分を凝視する。大きな緑の目と黒髪は変わらないが、あどけないアホ面ーーよく言えば純真無垢な少年姿ーーは完全に昔の俺である。

どうしよう、クレッドにこんな所見られたら、なんかよく分からんがやばい気がする。

おろおろしつつ自分で解けないか試行錯誤するが、高貴なる魔術の血統をもつアルメアの術式には、手も足も出なかった。

そんな中、しばらくして扉を隔てた廊下から足音が近づき、おもむろにドアノブが捻られる音がした。
ダボダボのズボンを両手で持ちながら唖然と見やると、室内に入ってきた男と目が合ってしまった。



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