ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 63 酒場デートのはずだった

週末の夜、俺はある場所にクレッドを誘い出した。
仕事のため少し遅くなる弟を、行きつけのバーカウンターで一人、酒を飲みながら待っている。

「セラウェちゃん。このお酒ね、この前の誕生日会の時にもらったの。私趣味じゃないからあなた飲まない?」
「ええ、ジンさん。これすげー高いやつじゃん。俺が飲んでいいの? タダだよね? なら頂くけど」
「相変わらずガメついわね、今日だけタダでいいわよ。だって新しいお客さん連れてきてくれるんでしょ」

筋肉の張った太い腕にびっしりタトゥーを入れた、スキンヘッドの男がずいっと俺に笑顔を近づけてきた。

わりと古い知り合いであるジンさんは、この店の店主であり、ご覧の通りオカマでもある。だがこの酒場は別にそっち系の店ではない。ちょっと変わった酒場ではあるが。

「まあ客っつうか俺の連れだけどね。そろそろ来るんじゃないかな」

平静を装いグラスを傾けるが、内心わくわくしていた。頻繁に会ってはいるが、早く弟の顔が見たい。外で待ち合わせするのも凄く胸が高鳴った。

その時、少し離れたとこにある入り口の鉄扉が、ガチャガチャと大きな音を鳴らした。
ジンさんと目を合わせ、もしやと思い立ち上がると、扉の外から突然まばゆいほどの真っ白な光が漏れ出した。同時にパン!と何かが割れる音がする。

薄暗い店内で異様な殺気を放つ閃光が段々と静まり、やがて扉が開かれた。
一瞬ざわめいた店内の客の注意を引きながらも、渋い顔で入ってきたのは、ラフな格好に身を包んだ金髪長身の男だった。

「あ、兄貴。ごめん、遅くなった」

こちらを見るなり、ぴりっとした空気をしまい込み、微笑みを浮かべたクレッドが近づいてくる。

「お、おう。いや全然大丈夫だよ。つうかお前いま何やった?」
「……いや、なんか扉に結界らしきものが張ってあったから、解いたんだけど。まずかったか?」

やっぱり、今のはこいつの守護力である聖力だったか。
俺は唖然とした。魔導師の俺ですら、この店には何度目かのチャレンジで足を踏み入れたというのに。

「ちょ、ちょっと誰この美男子。兄貴って……全然似てないけどまさかセラウェちゃんの弟? イヤだもう〜この店の結界そんなに簡単だったかしら、恥ずかしいわっ」

両頬にでかい手を当てて気色の悪い声を出した店主に、クレッドの目が一瞬引きつった。俺は慌てて二人に互いを紹介した。
弟がようやく納得した顔で、カウンター席の俺の隣に腰を下ろす。

「なるほど。つまりここは、兄貴行きつけの魔術師専用バーなんだな。落ち着いていて中々良い雰囲気だ」
「あらどうも。あなたは騎士さんでしょ? 体の張り具合が違うもの、ここにいる連中とは」
「……えっ。そうですか? 確かに俺は、騎士ですが。あなたも魔術師なのか?」
「ええ勿論。けど騎士団お抱えの魔導師団にいたから、騎士には詳しいの。懐かしいわぁ。うちの常連さんになってくれるなんて嬉しい、どんどんお仲間連れてきてもいいのよ?」

おいなに俺の弟をさっそく引き込もうとしてんだ。この店は一見さんお断りのはずだろ。
ジンさんの熱視線にクレッドがたじろいでいる。俺に助けを求めるような顔は珍しく、若干笑いそうになった。


しばらく三人で他愛のない話をした後、俺達は酒を受け取り、奥にあるテーブル席へと移動した。
やっと二人きりになれて、ちょっと嬉しくなる。
真向かいに座ったクレッドににこりと微笑まれ、俺も気の抜けた笑顔を晒してしまう。

「はは。びっくりしたか? 一回お前をここに連れて来たかったんだ。怪しげな人間が多いけど、やばい場所じゃないからさ」

言いながら店内を見渡すと、ローブ姿の陰気な奴らが多いことに気づく。それだけでなく、よく見ると頭に獣耳をつけた人型の何かや、明らかに膨大な魔力をもつ黒衣装の魔族らしき姿も見えた。

ここは人ならざる者も多い、いわば魔術に関係する者たちの、隠れ家的な酒場なのだ。
だが弟は職業柄それほど珍しいとも思わないのか、普段のように落ち着いていた。

「ありがとう、兄貴。こういうとこ初めて来たから、興味深いよ。それに兄貴が普段どういう場所に行ったりしてるのか、知れて嬉しい」

クレッドが笑みを浮かべ、少し前に乗り出し、テーブルの上の俺の手をそっと握った。
仕切りのないとこで一体何やってんだこいつは、そう焦りつつも心臓がドキドキする。

「お、おい。手が……誰か見るだろっ」
「別にいいだろ、このぐらい。せっかくのデートなんだから」
「でも、ジンさんには兄弟ってバレたから、やべえって」
「ああ……それはそうかも。じゃあ今度からは外では秘密にしとこう。そうすれば、兄貴にベタベタしても構わないよな?」

ニヤリと尋ねられるが、いや男同士だから普通は問題だろうと思う。まぁこの店は異常な客が多いからその程度は平気かもしれんが。
こいつはたとえ出先でもいちゃつくのが平気なタイプなのかと、少し戦慄した。

その後も微妙にテンションが高くなってきたクレッドをなだめつつ、二人で特別なカクテルや骨付き鳥、厚切りベーコンやきのことチーズのオーブン焼きなど、店主お手製のつまみを味わった。

「ここ美味しいな、気に入ったよ兄貴。酒も面白い味するし」
「だろ? ぶっちゃけ何の素材使ってんのか分かんねえんだけど、味は格別なんだよ。値段も魔術師割引でそんな高くないし」

ああ、すっげえ楽しい。大好きな弟と酒と料理に、行きつけの場所だからさらに心地よい。

正直言うと大衆酒場では、弟によく女性達が群がってくるため、常にハラハラしていたのだ。
でもここではそんな心配もいらないという俺のセコい考えを、こいつは知る由もないだろうと一人ほくそ笑む。

「兄貴、顔が赤くなってきた。かわいい。……隣に行っていい?」
「……はっ? なにいって、駄目だそこにいろよ、男二人が隣同士じゃおかしいだろ」
「はぁ。また駄目なのか、厳しいな兄貴は。俺はもっといつでも近くにいたいのに」

こいつ酔ってんのか? なぜ外なのにそういう甘い声で囁いてくるんだ。
弟の口撃にこのままじゃぐるぐるになると焦った俺は、「おいちょっと酒頼んできて、あと新しいスナックもっ」と弟に命じた。「はいはい。動いちゃ駄目だぞ」と苦笑して席を立った弟を見送る。

熱を冷ましながら、店内を歩くすらりとした男を目で追う。カウンターにたどりついた弟は、またジンさんに捕まり若干うろたえる顔を見せていた。

そんな中、一人でグラスを傾ける俺のもとに、突然人影が現れた。
テーブルの横の細腰を怪訝に思い顔を上げると、そこには細身のパンツ姿の女が立っていた。

ブラウンの長い髪に、同色の瞳が俺を見下ろしながら、にまっと口角を上げる。
ーー嘘だろ、なんでこいつが今ここに。

「やだやっぱり、見覚えのあるはねっ毛の黒髪がいると思ったら、セラウェじゃない! すっごく久しぶりね、二年ぶりぐらい? 元気だった?」
「……ケイナ。おう久しぶり。お前は明らかに元気そうだな。相変わらず声が高すぎんだよ、あとテンションも」

理知的な顔立ちながらお喋り好きが見て取れるこの女は、俺の若い頃からの魔術師仲間であり、いわば旧友だ。
確かにここで会うこと自体は珍しくはないが、よりによって今日とは。

ケイナは勝手に真向かいに腰を下ろし、好奇心に満ちた顔で身を乗り出してきた。

「あんた一人で飲んでんの? 私は後から待ち合わせしてるんだけど」
「……あっそうなんだ。いや、俺は一人じゃなくて……」

その時、すぐ隣に音もなく佇む男の気配がした。
恐る恐る見上げると、両手にカクテルを持った俺の弟が、貼り付けたような笑みのまま立っていた。

なんかこういうギクリとする場面、多すぎだろ。いやでも俺は別にやましい事なんかしてないんだが。

「あ、おかえり。ありがとな…」
「いや、構わない。こちらは?」

クレッドは飲み物を置き、自然に俺に席を詰めるように促し、隣に座ってきた。目をぱちぱちさせるケイナに、「はじめまして」と抜かりなく挨拶をする。

「や、やだ〜ちょっとセラウェ、この方どなた? あ。私はセラウェの旧友のケイナっていいます。よろしくね」

おい何顔赤らめてんだ、無性にイラッとくんだけど。
だがそういえば、この二人は面識あったはずだよな。遠い昔、俺が師匠の術にかかってしまった、あの問題の夜が訪れた日に……。

「……ああ! ケイナさんだったのか。すみません、すぐに気が付かなくて。一度お会いしていますよね、俺は弟のクレッドです」
「え? あの弟くん? ……うっそー! 全然分からなかったわ、こんなに立派に成長して……あ、でも昔からすでに超イケメンだったわよね」

目を輝かせる興奮状態のケイナに、弟は珍しく緊張感をといた様子で受け答えしていた。

ああ、なんでだよ。別にこいつは良いやつだし、俺の身の周りではわりと常識あるほうだが。
せっかくのデートなのによ……。

心の狭い俺の考えをよそに、二人の会話が結構弾んでいる。

「ていうか二人とも、兄弟で飲みに来てるなんて、相変わらず仲良いのね。クレッド君、まだお兄ちゃん大好きなの? まさかと思うけど」
「あー、はい。兄貴のこと大好きですよ」

……はっ!?
予期せぬ言葉を笑顔でさらりと言われ、心臓が止まるかと思った。さすがにケイナも目を見開いている。

「お、おいおいお前なぁ! 恥ずかしいだろうが、人前でやめろっていつも言ってんだろぉッ」
「でも本当のことだろう。悪いな、俺は嘘がつけないんだ」
「いやそれはいい事だけどさ、時と場所を考えろっつってんだろがッ」

俺達二人のやり取りをじっと見ていたケイナは、やがて楽しそうに吹き出した。
堂々と好きと言われて正直嬉しい気持ちはあるが、友人の前で、しかも女の前で死ぬほど恥ずかしい。

「あはは。いいじゃない、どんな男でも一つぐらい残念ポイントがないとね、面白くないわよ。……でもねえクレッド君、ほどほどにしないと彼女とか怒っちゃうんじゃないかな? いるでしょ、彼女の一人や二人」

頬杖をつき甘ったるい声で尋ねるケイナを見てピンときた。こいつそれが聞きたかったんじゃないのか?
戦々恐々としながら弟を振り返ると、奴は一際まばゆい笑みをその端正な顔立ちに広げた。

「恋人ならいますよ、もちろん一人ですけど」
「ええっ! そ、そうよね。やっぱいるわよね……。ねえどんな人? セラウェも会ったことあるの?」

噂好きのケイナが突然俺に話を振ってきた。どんな人って、俺が自分を形容できると思ってんのかこの野郎。
つうかなんでクレッドの奴やたらと嬉しそうなんだ。やっぱこいつ鋼の心臓だろ。

「待て兄貴。俺に言わせてくれ」
「はっ?」
「ケイナさん、俺の恋人はとにかくかわいいんです。いや、当然綺麗でもあるが全ての仕草がかわいらしい。普段はぼうっとしててドジだけど、頭もすごく良いし俺の知らないことをたくさん知っている。料理も洗濯も完璧だし、二人きりの時に珍しく甘えてくる時なんかはもうーー」
「ちょっおい何言い出すんだお前ッッ」

いきなり暴走し始めた弟を、俺は必死の形相で止めにかかった。
ほら見ろ俺の友人が口を開けてぽかんとしてるじゃねえか。

「……驚いたわ、クレッド君ってすごい惚気るタイプなのね。そんな思われてて羨ましいんだけど。いいなぁその彼女。ああ私も彼氏欲しいい……」

なぜかケイナは目を潤ませて溜息をついた。
すかさず俺は話題を転換させようと食いつく。

「なんだお前、まだ男いないのか。だから理想が高すぎんだっていっつも俺が言ってーー」
「うっさいわね、あんただって同じでしょ! 同い年なんだからあんたもそろそろ結婚焦ったほうがいいんじゃないの? え?」
「はぁ? なんで俺の話になんだよ。別にいいんだよ俺のことはっ」

そうだよ。だって俺にはすでに愛する存在が隣にいるんだから……
一瞬不気味な笑みがこぼれそうになったが、ケイナは今度はクレッドに絡み始めた。

「ところでクレッド君は結婚考えてないの? 彼女何歳?」
「……えっ。ええと、二人と同い年ですね」
「ほんとに!? 年上なの……もっと羨ましくなってきたわ。あーそれは適齢期じゃないのかしら。彼女も待ってんじゃないの、急がないと逃げられるかもよ」

いたずらっぽく笑うケイナの言葉に、クレッドが勢いよく俺のほうを振り向く。
おい焦り顔でこっちを見んな。そもそもそんな話、俺達には関係ないし……

「でもどうすれば……逃げたりしないよな? 兄貴」
「な、ななななんで俺に聞いてくるんだバカじゃないのかお前は。逃げないだろ好き合ってれば」
「そう、だよな……十分愛し合ってるし…」
「さあどうかしらねえ。いくらモテ男のクレッド君でも、惚れたほうが弱いってよく言うしね。あ、結婚式にはぜひ私も呼んでね。……ああでも、いいなぁ結婚……ハネムーンとか考えただけでも幸せな気分になるわよ」

一体何の話になってんだよ。もうそろそろこの女どっかやったほうがいいと思い立ち上がろうとすると、クレッドが俺の腕を突然握ってきた。
どこか決意を秘めたかのような真剣な表情に目が奪われる。

「ハネムーンか……そうか、その発想はなかった。俺は馬鹿かッ」
「ふっ。駄目よクレッド君、そういうのは男がちゃんと考えておかないと」
「……本当にその通りだ。帰ったらどこがいいか聞いてみます。色々ありがとう、ケイナさん」
「いいのよ別に、もう人の幸せですら私嬉しいから」

頷き合う二人は最初より距離が近づいたようだった。
その後、「あっ友達が来たみたい、じゃあまたね二人とも」と爽やかな笑顔でケイナが去り、テーブルには俺達二人が残された。

なんか凄く疲れたんだが。楽しいデートのはずだったのに、もう心臓が鳴りっぱなしだぞ。

「おいクレッド。お前どういうつもりだよ、また暴走しやがって」
「ごめんな兄貴。でも俺分かったんだ。俺は兄貴のことを人に話すのが、すごく好きみたいだ。だから正直楽しかった。すまない」

隣に座ったままの弟は、充実した顔でそう言い放った。
あまりに潔い態度に、俺もどう反応したらいいのか分からず視線を彷徨わせる。

「そ、そうかよ。別にいいけどさ……ちょっと恥ずかしかっただけで…」
「なあ兄貴どこに行きたい?」
「え。何がだよ」
「さっき言っただろ、ハネムーンだよ」

はい? とうとう頭がおかしくなったのかこいつは。
しかし最大限に目を見開いた俺に畳み掛けるように、クレッドが美しい笑みを浮かべる。

「俺は兄貴と二人きりで旅行したいな。だから、行きたいとこ考えてくれると嬉しい」

また人目をはばからず手を重ね合わせられ、今度は強めにぎゅっと握られる。
思わぬ弟の提案に、俺はなぜか全身が火照り、頭がのぼせそうになっていた。



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