ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 55 マッサージする兄

偶然弟に会えないかなぁなどと考えながら、その日も俺はあてもなく騎士団本部棟をぶらついていた。
するとなんと、渡り廊下を颯爽と歩く、制服姿の団長の後ろ姿が見えた。

いつもの取り巻きはおらず、奴はいま一人きりーーチャンスだ。

「クレッ」
「あー……首痛え……」

ぽつりと感情の乗らない低い声がクレッドから響いた。

え。なに今の、独り言?

数メートル後方でぴたっと足を止めると、弟は手のひらで首をさすりながら、横にボキッと音をさせて再び「…あぁッ」と小さく叫んだ。

ちょっとこいつ大丈夫なのか。
一人の時の奇妙な振る舞いが心配になった俺は、ようやく奴のもとに駆け寄った。

「クレッド! 何やってんだよ、首ポキやっちゃ駄目だって。もっと痛めるぞ」
「……っ!?」

凄い形相で振り向いた弟が、俺を見下ろして何度も瞬きをする。
けれどすぐに俺の腕を引っ張り、廊下の曲がり角まで連れていき、上からがばりと抱きしめてきた。

「兄貴……びっくりさせないでくれ。俺としたことが、全然気が付かなかったよ」
「悪い悪い。でも俺も驚いたよ。なんだお前、首痛いの? 大丈夫か?」

制服の胸を掴んで尋ねると、クレッドは柔らかい微笑みを浮かべながら、わずかに眉を下げた。

「ああ、実は最近体の凝りが消えないというか、色々きしむんだ。慢性的なものなんだけど、今回は中々しつこいんだよな」

言いながらまた首を捻ろうとするので、俺は慌てて両手を当てて止めた。

「分かったからあんま動かすなよ。……そうだなぁ、俺がなんかいい方法見つけてやるから」
「……えっ。本当に? ありがとう、兄貴。でも無理しないで、俺はこういうの慣れてるから」

頭にぽんと手をのせた弟はにこりと告げたが、兄としてはやはり放っておけない。
時間だけはある魔導師の名にかけて、必ずや解決法を見つけ出さなければ。





人体や筋肉の構造をメインとした書物を漁り、しばらく独自の研究を重ねた。魔法薬の投与も考えたが慢性的な痛みに対しては、より根本的な治療法を探るべきだと考え、ある事を思いついた。

屈強な男の身体のことだ。他の騎士になにか実用的なアドバイスを求めたらいいんじゃないか。
そんな事クレッドがもうやってるかもしれないが、あのぞんざいな自身の体への扱い……意外と良い案のような気がした。


勇気を出した俺は、普段寄り付きたくもない訓練場へと赴いた。
いつものように騎士達が、格好つけた面構えで汗水垂らして剣を振り回し、稽古している。

そこに一人、稽古着の上からでも分かる体のしなやかさと、眩い金色の髪が目立つ男がいた。

もしや。
その後ろ姿に見惚れてしまった瞬間、奴は剣を下ろし振り返った。真っ直ぐな青い瞳とばっちり目が合う。

「ん……? セラウェさん!」

華麗な動作で嬉々として俺のほうに向かってきたのはーークレッドじゃない、ジャレッドだった。
髪色や体つき、雰囲気が弟によく似た若い騎士と、また間違えそうになりショックをうける。

「俺に会いに来てくれたんですか? 嬉しいな」
「んなわけねえだろっ。偶然だよ偶然」
「そんなこと言って……。ああ、また団長と喧嘩したなら、俺の胸をいつでも貸しますよ」

悪戯っぽく笑う仕草は、まじで弟とよく似ている。
辟易しながらも、頭の中であることを閃いた。

「……んー……まぁそうだな、お前クレッドと体格もそっくりだし、いいかもしんねえ」
「えっ! マジですか、うそ、俺本気にしますよ」
「いや本気にされても困るんだけど。ちょっと聞きたいことがーー」

異様に顔を近づけてくる騎士を避けながら、俺は相談内容を明かした。
するとジャレッドはあからさまに残念な面持ちで肩を落とした。

「はぁ? なんだそれ、団長の体のこととか俺どーでもいいんですけど。セラウェさん、いつもそんな弟のことばっか考えてるんですか。くそ、腹立つなぁ」

頭をぐしゃぐしゃ掻きながら文句を言われる。図星だからあえて無反応を貫いた。
すると騎士はジト目で俺を見やり、大げさに溜息をついた。

「そんなのマッサージでもしときゃいいでしょ。団長も喜ぶんじゃないですか、あの人見かけによらず変態プレイ好きそうだからな」
「……へ、……マッサージ?」

なぜそれが変態に関わるのかしばらく思いつかなかったが、いらぬ想像をしてしまい頭をぶんぶんと振った。なんにせよ、こいつの言う事もあながち間違ってはいないかもしれない。

「おお……それいいな……ありがとうジャレッド。喜べ俺の役に立ったぞ」
「えっマジで? じゃあセラウェさん、先に俺で練習しませんか。ほら団長と背格好同じだし。俺はあなたの為ならどんな事にもお付き合いしますよ」
「サンキュー! 助かったわ、じゃあな!」

急いで礼を述べその場をダッシュで走り去ると、後ろから騎士の慌てた声がまとわりついてきたが、もう俺は弟のことしか考えていなかった。

はやくあいつを癒やしてやりたい。
体の凝りを全部ほぐして、トロトロにしてやるんだ……!





その夜を迎えるまで、俺はあらかじめ詳しい調査と弟子を使った実践を行い、マッサージの猛特訓をした。
そしてついに今、クレッドを寝室のベッドに誘い込み、うつぶせに寝かせることに成功した。

「よし、やるぞ」
「あ、兄貴。何をするんだ? 俺、出来れば仰向けがいいんだが」
「いやそれは駄目だ。なんか違う目的になってしまう」

厳しめに告げて、ぐっと押し黙る弟の腰の上にまたがる。

弟はなぜかそれだけで「ああっ」とみだらな声を発した。頭大丈夫かこいつ。
違う想像されたらたまったもんじゃないと思いつつ、背中に指を押し当てた。

親指を使って指圧マッサージを行う。
クレッドの背中がぴくりとのけぞる様子を見てほくそ笑み、さらに激しく押してやる。

「う、ああぁ……っ」
「……うん? どうした? ここがいいのか」
「く、あ……あああっ、いい、兄貴……!」

やたらと弟が腰をビクつかせながら色っぽい声を出してくるが、構わずぐいぐい全体重をかけて責め立てる。

そうだ。
この日のために調べ尽くした体中のツボを試してやろう。

「ほら、ここのうなじのとこ。ここを押すと首の凝りが取れるらしい。どうだ?」
「ん、ああぁっ」
「はは、大げさな奴だなぁ……そんなエロい声出して、俺を誘ってるのか?」

喉仏にするりと手を入れ撫でてやると、クレッドがぶるっと肩を震わせた。

「……はぁ、はぁ、……だめだ俺、服脱ぎたい……」

はっ?
何を言っちゃってるんだ俺の弟は。調子のんなよ。

さっきから触ってあげてる首は真っ赤だし、耳もやらしく染まってる。
腰を浮かせたりもぞもぞさせたり……まったくしょうがない奴だ。

「駄目だ、クレッド。我慢しろ。そんな事は俺が許さない、目に毒だ」
「お願いだ、兄貴……上だけでいいから……」

愛する弟が涙声でしつこくねだってくる。
枕に埋めた顔を上げ、時折ちらちらと俺の様子を伺うクレッド。そんないじらしい姿を無視してマッサージを続けられるほど、この俺も鬼畜ではない。

「仕方ねえな……じゃあ脱いでいいぞ。……いや、やっぱり俺が脱がしてやろう」

愉悦を込めて言い放ち、うつ伏せになった弟のシャツをするすると捲り上げる。
美しい筋肉が張り巡らされた背中が剥き出しになり、真ん中にはっきりと浮かぶ線をつうと指先でなぞる。

ビクン、と弟が震えた。

「うぁ、ああ……」
「お前感じすぎだろう。そんなに俺の指が好きなのか?」
「……う、ん……兄貴の指……好きだ……ああっ、もっと触って、くれ……っ」

弟の痴態にごくりと息を飲む。
だが待てよ。楽しいからと言ってこのまま陳腐な芝居を続けていると、いつものパターンで大変なことになってしまう気がする。

その後俺は不自然に黙り、無心でもみもみ繰り返した。

「なぁ、まだ仰向けになっちゃ駄目か……?」
「……えっ。だめだよ。仰向けでどこマッサージすんだお前おかしいぞ」
「俺が教えるから。兄貴はその通りにやってくれればいいから」

ほら来た。
いつの間にか逞しい腕を立たせ、無理やり起き上がろうとする弟の背に、俺はドスンっと乗っかり動きを封じた。

「……あぁッ!」
「あ、ごめん。重かったか? でもまだ途中だから。まだ動くんじゃねえ」
「いや、全然重くないよ、もう一回やって……それ」

こいつ馬鹿なのか? やっぱりただの変態じゃん。
またはぁはぁ興奮した様子で喘ぐ弟を、今度は本気で心配し始めた。

だが弟はしつこい。基本的に諦めない。
一生懸命背中や首を優しく揉んでいるのに、何度も何度も催促され、段々俺の頭も沸騰して混乱をきたすようになっていた。

「もう、分かったから、ちょっと静かにしろって……っ」
「くぁ、ああ、兄貴っ、そこ気持ちいい、ぎゅって押して……!」
「……へ? こ、こうか? もっとがいい? もっと、する……?」
「ああ! そう、もっと……ッ」

弟の背中がやらしく跳ね上がりいやらしい声が休みなく飛んでくる。
そして「ああああッ」という一際大きな嬌声が部屋中に木霊した。

指がびりびりしながら無我夢中で行為を行った俺の下で、クレッドはやがて静かになり、くたりと体をシーツの上に沈み込ませた。

妙に色めいた息遣いをして、とろんとした横顔が見える。

「あ、あ……兄貴……きもち、いい……」
「……そ、そうか……それは良かった……」

こいつもだが、もう俺汗だくなんだけど。
なんかすっげえ疲れた。マッサージってこんなにも全身を消耗するものなのか。

「俺、もうだめ……起きれない」

ぽつりと呟いた弟の髪を撫でながら、「俺もだよ」と呟き、弟の広い背中に体をくっつけた。
正直いうと弟がすぐに起き上がり興奮状態で襲ってくるかと恐れたが、そんな事はなかった。

気持ち良さそうに休んでいるクレッドの上で、結局こいつの体ほぐれたのか?と俺は若干自分の頭を傾げた。



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