ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 51 やっと二人で

過去に思いを巡らせ、俺は当時の弟との懐かしい時間を反芻しながら、やっとのことで語り終えた。

「ーーまあ、そういうわけでさ。クレッドとは紆余曲折あったんだけど、大事なのはこれからだからね。俺も今、長々と過去を振り返ってみて、改めて身が引き締まる思いがしたというか」

呪術師の部屋で出された紅茶をすすり、ふぅと溜息をつく。

あー俺はそもそも自分の話すんの得意じゃないのに、なんかプライベートを明け透けに語っちゃって恥ずかしいなぁ。そう思って不気味に口を閉ざしていた隣の師匠を見やる。

巨体の男はソファで偉そうに足を組んだまま、ぎろりと鋭い眼光のみを俺に向けた。

「……おい、お前なに俺との思い出話に、弟との回想ぶっこんできてんだ?」
「えっ。なんか悪い? ごめんごめん、つい思い出深いほうに話がそれちゃって」
「てめえ……なんで俺がお前らのどーでもいい与太話を聞かなきゃなんねんだよッ」

なんかいつも怒ってんな、このおっさん。しょうがないだろうが、兄弟仲がよくなかった頃から、俺の心はわりとクレッドのことに囚われていたんだから。

だからこそ今の幸せをさらに実感し、誰に向けるでもなく、感謝の気持ちが湧いてくるほどなのだ。

俺と師匠の小競り合いを見ていた呪術師が、ふっと笑いをこぼした。

「私は良いお話を聞けて満足ですよ、セラウェさん。貴方がずっとこの男に酷い目に合わされる話だったら、可哀想で聞いてられませんでしたからね。……それにしても、ハイデル殿への贈り物にメルエアデが一枚噛んでいたとは……すごく興味深いですね」
「ああ゛? そうだセラウェ、あれお前の弟にやるもんだったのかよ、ざけんじゃねーぞコラ!」

師匠がまたわけの分からないポイントで激昂し始めた。真向かいのエブラルは楽しそうにそれを眺めている。
実家とのいざこざから、家族のことはもちろん弟のことも師匠には話した事がなかった。

あの護石のことは時折俺も思い出すが、当時あまり仲の良くない時だったからか、クレッドとの間でもとくに話題にはしないようにしていた。
どうなったんだろう、まさかまだあいつ持ってるのかな、などと思うこともあったが、なんとなく気恥ずかしい感じがして、尋ねることもしなかった。

まだぐちぐち言ってる師匠の小言を聞いてると、ああ俺疲れた、なんか癒やされたい。そんな思いが募りだす。
こんな長話をしていたからだろうか、あいつの顔が無性に見たくて、たまらなくなった。

「じゃっ。そういうわけで。ごめん師匠、俺クレッドに会いたくなってきた。またな!」
「……はっ? お前弟が出てきたらもう俺は用済みか? いつからそんな冷たい野郎になったんだ」
「ああ、セラウェさん。そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。ハイデル殿なら、実は私がここにお呼びしてるんです。もうそろそろ来る頃ではーー」

呪術師がにこりと告げると同時に、師匠の太い眉が不快を顕にして吊り上がった。
だが俺はその言葉に驚くより先に、体中から嬉しさが湧き出るのを感じた。

そしてどこからか様子を見てたんじゃないかと思えるほどの、完璧なタイミングで、扉からガチャリと音がした。

「……兄貴、いるのか?」

警戒心に満ちた声色で部屋を訪れたのは、がっちりと制服に身を包んだ弟だった。
ああ、あの頃よりさらに凛々しくなって、随分と逞しくなったクレッドだ。

俺は速攻ソファから立ち上がり、奴のもとに駆け寄った。

「クレッドっ!」

子供のようにはしゃいで、弟が咄嗟に広げた腕の中に飛び込む。
もう我慢できなかった。こいつらなら別に見られてもいいや、そんな甘えた気持ちを胸に弟の熱い抱擁を受け取った。

「どうした、兄貴。またあいつに酷いことされたのか?」
「ううん、されてねーよ。お前が来てくれて嬉しかっただけ…」

心配げに覗き込んできた顔が、ゆっくりと柔らかい表情になる。
頭を撫でられて、俺は夢見心地でクレッドを見つめた。

だが背後にいた巨体の男の怖気の走る気配により、一瞬で体を強張らせる。

「おい聖騎士。相変わらずこいつと仲良くやってるみたいだな。だがなぁ、今は俺と弟子との時間なんだわ。いつもタイミングよく邪魔してくんの止めてくんねえか」
「……邪魔だと? それは貴様の方だろう。俺が何年間お前の存在に邪魔されたと思っている」

クレッドはぐっと俺を抱く力を込めて、静かに怒りを匂わす声で言い放った。

ああ、やべえ。またこの二人、喧嘩し始めちゃうよ……。
俺は弟を守るように二人の間に立ち、いつものように仲介を始めようとした。

「まぁまぁ。そんな怖い顔しないで師匠、あんたがいくら気に食わなくても、こいつは俺の可愛い弟なんだって」
「なにだらしねえ顔で開き直ってんだ、このブラコン野郎」
「あーそうだよ別にいいだろ、好きなんだもんしょうがねーだろっ」
「そうだ、兄貴は俺が好きなんだ。いい加減お前も認めたらどうだ?」

背後から突然低い声が聞こえたかと思うと、がしっと胴に腕を回され抱きすくめられた。
そのまま顎に手を添えられ、後ろに顔を向けさせられる。

興奮したクレッドの顔が目の前にあった。奴は俺の頬をそっとなぞると、そこにちゅっとキスをした。
柔らかい唇の感触が当たり、俺は目をぱちぱちさせて、すぐに顔から火がでるぐらい熱くなった。

「なっなっなっ、何やってんだお前ッッ」
「キスだよ。駄目か?」
「駄目に決まってんだろうが! 人がいるのに頭おかしいぞッ」

焦りまくった俺が詰め寄ると、クレッドは何故かふてくされたような顔をした。
だがそんな中恐れていた師匠の怒号が再び響き渡った。

「……おい、俺の前でなんてことしてんだこの野郎!」
「何が悪い。お前も俺の前で兄貴にした事があるだろう」

師匠が大きく目を見開いた。だがすぐに呆れたような顔つきを見せる。

「……お前はガキか? ほんとに騎士団長なのか? ……ったくこいつを好きにしてるくせに、まだ張り合ってきやがんのかよ。図体でかいくせにただの子供じゃねーか」

ぶつぶつ言っているが、その台詞完全にブーメランのような気がするんだが。

「もういいだろう、メルエアデ。往生際が悪いぞ。さあ、若い二人を解放してあげろ」

俺達の幼稚なやり取りをずっと楽しんでいた様子の呪術師が、やがて溜息まじりに告げた。
師匠を立ち上がらせ部屋の出口へと連れ出そうとする。

「おい、なんで俺らが出てくんだ、くそ、離せよエブラルッ」
「セラウェさん、今日はいいお話を聞けました。どうもありがとう。せめてものお詫びです、ハイデル殿と少しゆっくりなさって下さいね」

そうして師匠の怒号が響く中、エブラルの計らいにより、俺達はやっと二人きりで、嵐が去った後の空間に残されたのである。





弟の険しい目はまだ扉の向こうに向けられたまま、しばらく眉間にも皺が寄っていた。
俺は指でそれを優しく直し、下からじっと顔を覗き込んだ。

「クレッド。お前って、すごい焼きもち妬きだよな」

さっきのことを思いだしつつ、なるべく穏やかに告げると、弟は顔を赤くして目を伏せた。

「そうだよ。兄貴には悪いけど、これは直らない」

まだどこかむくれた顔で言いのける。
いつもの開き直りが素直に可愛いと思いながら、頬を撫でた。するとぴくっと弟の肌が震えた。

「直さなくていいよ。なんかお前らしいし。でも、ほっぺたはまぁ良いけど、口にはすんなよ」
「……分かった」

なんか不服そうな顔してるな。ほんとに分かってんのか?
訝しんで見つめると、少し揺れる蒼い瞳に、まっすぐ視線を合わせられた。

「しないよ。俺も、キスしてる時の兄貴の顔は、見せたくない」

そう言って抱き寄せられ、また体を少し離し、口付けられる。

「ほら、こんなかわいい顔……誰にも見せたくないよ」

何度も強く唇を吸われて、全身の力が抜けそうになる。
弟の掠れた声をそばで聞くと、鼓動が治まらなくなってくる。

もたれかかった体を抱きとめられ、呼吸を休ませながら弟の制服を掴んだ。

「……クレッド……俺、おかしいかも」
「どうして?」
「お前とキスすると、いつもどきどきするんだ……なんでだろう、何回しても、慣れないんだ」

ぼうっとして告げると、細かく息づく弟に、またゆっくり口を塞がれた。

「俺も同じだよ……本当はいつも緊張してる。でもすぐ、幸せな気持ちになる。俺、兄貴としてるんだって……」

クレッドは俺の頬を愛おしむように撫でながら、感慨深い様子で呟いた。
俺はただ切なげな弟の表情に見とれたまま、腕の中でじっとしていた。

「兄貴、今まで何回ぐらい、キスしてると思う?」
「……そんなの、分かんない、たくさんだろ」
「俺、前は数えてたんだ」

突然の言葉に目を見開くと、弟は気恥ずかしそうに目を細めた。

「ほんとだよ、最初の頃だけど。馬鹿みたいだろ。でも嬉しくてさ、信じられなくて」

照れたようにはにかむクレッドを見て、心臓がとくとくと音を立て始める。

「けどすぐに覚えられなくなった。気持ちよくって、止まらなくて、どんどん頭が真っ白になって……あと何回も……し過ぎたからかな?」

にこりと微笑まれるが、聞いてる俺は恥ずかしいどころの話ではない。
頭をぽすっと弟の肩に預けた。体が火照りだして、この熱の行き場がなくなっていく。

「も、もういいから……やめろその話」
「なんで……? いやだ?」
「分からない。……なんか変な感じになるから」
「……変な感じって何?」

不自然に俺が黙ると、弟の目元が緩んでいく。
何か楽しんでるような気はするが、俺を見つめる目が優しい。
この顔が好きなんだ。

「だから、もっとお前と…キスしたくなる感じ……」

俺は何を言ってるんだろう。同僚の呪術師の部屋で弟と抱き合って。

「してみて、兄貴……お願い」

俺がするのか?
けれどクレッドは期待のこもった目で見下ろしてくる。

俺は少し背伸びをして、ゆっくりと口付けた。
柔らかい弟の口に触れ合わせて、優しく丁寧に混じらせていく。
自分から愛する行為を行うみたいな、こういうのも良いかもしれない。

「……気持ちよくなった? クレッド」

興奮が治まらなかったのか思わず尋ねると、弟は目を丸くして、じわりと赤面した。

「……うん。なったよ」
「そっか。……幸せにもなったか?」
「…………。もちろんなったよ。……ちょっと、なんで聞くんだ、恥ずかしいだろ」

弟が目を逸らし、赤くなった耳が目の前にきた。
さっき自分で言ったくせに。

かわいい。
こういう所も、俺は本当にーー

「ああ、俺お前が好きだなぁ。なんか嬉しいな、今すっげえ幸せだわ」

澄んだ心から湧き上がる想いを、しみじみと言葉にした。

クレッドは顔を上げて驚いたように俺を見た。
でも今度は真っ直ぐに俺のことを見つめ、優しい瞳で微笑んでくれた。



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