ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 49 卒業祝い T

前回帰省した時、俺はなんとかクレッドと距離を縮められないだろうかと、色々考えた。

普段は近寄らない稽古場へと様子を見に行ってみたりした。
あの時クレッドも一緒にキシュアのとこに行かないかと、カナンも誘ってまた四人でつるめないかと思ったのだが、兄と剣術の稽古で忙しそうで断念した。

帰る前の日、俺はまた最後の悪あがきですぐに自室に戻らず、弟と話すチャンスがあるのではと居間を陣取っていたのだが、気がつくと眠っていた。

今と変わらず間抜けだ。だがその時、幼い頃の弟の夢を見た。

そんなにクレッドのことを気にしていたのだろうか。
俺だけなぜか当時の姿のまま、夢の中の小さい弟と手を繋いで散歩していた。

楽しい時間だったが、急にクレッドは苦しみだした。お腹を押さえて「お兄ちゃん、痛い」とうずくまったのだ。俺はどうしようもなく心配になり、必死に「大丈夫だよ、クレッド、俺が一緒にいるから」と励ましていた。

弟の痛みは治まらず、俺はただ抱きしめることしか出来なかった。可哀想でなんとかしたくて、自分まで胸が痛みながら目を覚ました。

脈絡のない夢だ。だがその時、弟がソファの近くにいた。

びっくりしたが夢と現実がごっちゃになり、俺は内心混乱していた。
しかし再びぴりぴりとしたクレッドの雰囲気に現実に引き戻され、密かに落胆することになる。

分かりづらいが、一緒にいる間も弟の本来の優しさは時折垣間見えた。けれどやっぱり、こいつは俺のことが煩わしいのだと、その時は真剣に考えるに至った。

本当の気持ちなんて知る由もなく、弟の普段の生活の忙しさや、難しい年頃などもあってそうなってしまったのだろうと、諦めに近い気持ちを持ち始めたのである。

前のように仲良くなれなくても、仕方がない。
本音はたった一人の弟だから寂しい。でも男兄弟なんてそんなものだと、自分を無理やり納得させたのだ。





それから二年ほどが経ったある日。俺は実家からある一通の手紙を受け取った。
差出人は定期的にやり取りをしていた母からで、そこには『もうすぐクレッドの卒業祝いパーティーをやります。セラウェも来てね』と記されていた。

弟はあれから無事に、上の兄二人が所属する騎士団への仮入団を決めた。そして滞りなく従騎士の過程を終え、十七歳になり、ついに騎士学校の卒業の時を迎えたのだ。

「そっかぁ、もうそんな時期か。良かったな、あいつ……」

手紙を読みながら、俺はどこかしみじみと呟いた。

実は前回の帰省の後、わりとすぐに父から呼び出された俺は、もう一度家に帰っている。「なぜ俺がいない時を見計らって戻った?」とぐちぐち説教され、反抗的に「こうやって毎回うるさく言われるからだよ!」と言い返した事によりまた大喧嘩となり、それ以来また実家には寄りつかなくなったのだ。

なのでクレッドに会うのは、ほぼ二年ぶりだ。
弟の近況は気になっていたものの、父も勿論同席するとあり、正直あまり晴れやかな気分ではなかった。

だがこれはお祝い事だ。出席するにしても、手ぶらじゃまずいだろう。
何か用意しなければ……そう思った俺は、とりあえず弟への贈り物を考えることにした。

相変わらず家事や修行に追われる毎日の中、頭を捻って思案し続け、そこで閃いた。

「師匠、ちょっと相談があるんだけどさ。この材料で護石を作りたいんだけど、合ってるかな? なんか足りないもの、あったら教えて欲しいんだけど」
「ああ? 何に使うんだ、そんなもん。言っとくが、お前の弱さは今さら護石なんか使ったってあんま意味ねーぞ」

……どうしてこのおっさんはこういう腹の立つ物言いしてくんのかなぁ?
まあいい。助言を貰うには堪えなければ。

「自分にじゃないって。ちょっと、友達にね。戦闘系の職種だから、お守り代わりにいいかなと思って」
「へえ。珍しいな、お前は他人のことなんか気にしないタイプだと思ってたが。どれ見せてみろ」

だって他人じゃねえし。そもそも師匠には言われたくないと思いながら指示を仰ぐと、なんだかんだ言って丁寧に教えてくれた。

すでに二十歳となり師匠直伝の秘術も学ばせてもらっていた俺は、自室の他に研究部屋も分け与えられていた。
そこで水晶やら火竜の鱗やら爪、稀少な鉱石などを組み合わせ、魔術書をなぞりながら試行錯誤していると、ある日、師匠が扉を乱暴に開けて現れた。

「おら、セラウェ。これも使え」
「えっ。これって……ロイザ捕まえた時の魔石じゃん。まだ残ってたの?」
「そうだ。俺はこう見えてアイテム作成に関しては計画的なんだよ。まぁお前の腕で作ったもんなんてたかが知れてるからな、ちょびっと分けてやるよ。ありがたく思え」

ぽいっとレア物の虹色の魔石を投げられ、慌てて受け取る。
信じられなかった。始めてこの無法者の普通の優しさに触れた気がしたのだ。

「あ、ありがとう師匠! これ媒介にすればすげえ良いもの作れそうだ!」
「当たり前だろ。失敗したらただじゃおかねえぞ。特訓だと思ってやってみろ」

物騒な言葉を残し、師匠は弟子にはっぱをかけるように凄んだ。
こうして俺は、さらに心して弟への護石作りに励んだのだった。

未知のアイテムを合成することは魔術の訓練としても大いに役立つ。
だが作っている時は、柄にもなくクレッドのことを考えてみたりもした。

当時の俺は弟に好かれてないと思ってたし、こんなものを作ったところで、そもそも好意的に受け取られるかも分からない。
それでも兄として、これから正式に騎士の道を歩み始める弟に、何か出来ることをやってやりたい。そんな思いで懸命に汗水たらし、護石を完成させた。

出来上がったのは世にも珍しく、虹色の光彩を放ち、よく見ると石の中で不思議な渦のようなものが巻いている、いかにも特殊オーラを纏う代物だった。
状態異常を防ぐ効力を中心に、攻撃や防御の強化、多属性魔法への耐性などありとあらゆる項目を贅沢に盛り込んだお守りである。

一見あいつより弱そうな俺が持ってたほうがいいんじゃないか、そう思えるほどだったが、俺はその石に特殊加工を施し、頑丈な獣皮で作った革紐を通し、最終的にお洒落にラッピングまでした。

完成品を師匠に見せた際には、容赦なくダメ出しをされたものの、とりあえず合格点をもらえてホッとした。

そういうわけで無事に贈り物を携えた俺は、少し緊張感をもちながら、弟の卒業祝賀会へと出席することになったのである。


***


クレッドが主役となる祝賀会は、実家近くの地元のレストランで行われた。
小さい頃から記念日などの際にはよく家族で訪れた場所で、店構えは素朴な雰囲気ながらも味は絶品で、毎回予約が必要なほど多くの客で賑わっていた。

一応シャツと上下のスーツを着込んだ俺は、プレゼントをポケットに携え、会場となる個室へと現れた。

そこにはなんと、すでに俺以外の家族全員が揃っていた。
扉を抜けると、思い思いにお洒落をした大人四人と弟がテーブルを囲んでいた。

「あっ……。遅れちゃった? ごめんごめん。馬車が混んじゃってて」
「……あら、セラウェ! 良かった、ちゃんと来てくれたのね。もう、心配したじゃないの」

真っ先に腰を上げた母が俺に優しく微笑みかけ、手招きしてきた。
その隣には上の兄二人が並んで腰掛け、同じく柔らかい笑みを向けてくる。

いつものようにシグリットが俺に向かって飛び出てきて、きついハグを強要してくるかと思ったが、今回は違う兄が出てきた。

「よっ、久しぶり。セラウェ。元気にしてたか? ……あれ、お前ちょっと痩せたんじゃね? ちゃんと食べてるか?」

途端に気がかりな様子で立ち上がり、俺の前にやって来たのは、長男のアルベールだ。
濃い茶色の髪に健康的な肌色で、四人兄弟の中でも最も男らしいマッチョな体躯の持ち主である。

「う、うん。元気だよアルお兄さん。……ちょ、ちょっと怖いからあんま近寄んなッ……あああ゛ッ」
「うーん。やっぱ細くなってるな。栄養はちゃんと取れっていつも言ってんだろ?」

世話焼きな長男に心配げに顔を覗き込まれるが、いい年して皆の前で頭を撫でられ、恥ずかしくてたまらなくなる。
後ろから「おい兄貴、今日の主役はクレッドだぞ。出しゃばるなよ」と訳の分からないシグリットの不服そうな声が飛び、俺はそそくさと皆のテーブルに向かった。

しかしその時、中心に岩のように座る、若い奴にも負けないぞと言わんばかりのガタイの良い父と目が合った。
鋭い眼光に見据えられ、俺は思わず萎縮した。

「セラウェ。今回は間に合ったようだな。そろそろ乾杯をしようと思っていたところだ、さあ早く弟の横に座れ」
「ああ、はいはい。すみませんね。分かりましたよ」

分厚い胸板の前に腕を組み、厳格に言い放つ父の隣には、クレッドの姿が見えた。
主役だというのに一番静かに、最も若いというのに一番落ち着いた雰囲気で佇む弟の隣に、異様に緊張しながら腰を下ろした。

チラっと見ると、弟も俺のことを見た。
その時、俺は気が付いた。いや、愕然とした。

座っていても体格がさらに良くなった事が分かる。服の上からでも均整の取れた筋肉が張って、見惚れるようなスタイルをしている。

「お、お前、……本当にクレッドか?」
「……? どういう意味だ。他に誰がいるんだ?」

言葉尻は以前と同じく冷たい感じなのだが、ニヤリと不遜な笑みを向けられた。
弟のはずなのに少年の面影が薄れたその姿を見て、ぞくっとしたものが走った。

甘みのある端正な顔顔ちは完全に成長を遂げた「男」という雰囲気で、まだ十七歳のはずが俺より全然大人びて見えて、貫禄のようなものすら感じた。

こいつ、この二年間で一体どんな経験をしたんだ。騎士団で何があったんだよ。
そう思うほど、別人のようだった。

「いや、なんか雰囲気が変わったと思ってな……」
「そうか? まあ二年も会わなければ少しは変わるだろう。……けど兄貴は全然変わらないな。安心したよ」
「……は? なんで安心するんだよ。嫌味か?」

じろっと睨むと、また妙に余裕を醸し出したような、ふっとした笑みを浮かべる。
なんだろう。顔が整っている分余計にムカムカする感じの表情だ。

「別にそういうんじゃない。ただ素直な気持ちを言っただけだ。兄貴が変わったら、俺は悲しいからな」

どういう意味だろう。よく分からずじっと見ると、弟はにこりと微笑んだ。俺に向かって、さらりと笑ったのだ。

しかし何年かぶりに見る笑顔は、どこか釈然としないものだった。完全に本心を隠したような、他所行きのものだと感じたからだ。



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