ハイデル兄弟 | ナノ


▼  47 触れてみたら T (弟視点)

翌日も休日だったため、俺は少し遅めに起床した後、身支度をして階下へと降りた。
台所からご飯の良い匂いがし、のぞいてみると、すでに母と乳母のマリアが食事の準備をしていた。

「あらクレッド、おはよう。時間ぴったりね。昨日はお兄ちゃんと仲良くお話出来た?」

開口一番笑顔で兄のことに触れられ、ぎょっとした。
普段はゆったりと喋る柔和な雰囲気の母だが、時折指摘が鋭い。俺と兄にずっと距離感があることに気づいているのだろう。

「うん、まあ……普通に。兄貴は、まだ寝てるんでしょ?」
「いいえ。あの子珍しく起きてるわよ。もうすぐ出来るから二人で待っててね」

また二人なのか。
その言葉に目眩がしてくる。昨夜とは違いほんのちょっとの時間だ、安堵すべきなのに。
昨日の自分の振る舞いを思い出し、頭が痛くなった。

食事室に入ると、頭に寝癖をつけた兄が食卓の前にいた。
軽く挨拶を交わし、また隣に座る。今日はヴィレが通常の業務に戻っている為、マリアが忙しなく部屋に入って準備をしては、また戻っていくのを二人で見ていた。

「なぁクレッド」
「……なに?」

昨日よりは静かな兄だったが、また俺に話しかけてきた。
あれこれ問い詰められたらどうしようかと思ったが、そうではなかった。

「今日シグ兄さん来るらしいぜ。あーあ、またあのテンションに巻き込まれんだよ俺。いい年して俺らのこと小さい子供だと思ってるからなあ。面倒くせえ」

兄は煩わしそうな顔でぼやいていた。弟としての顔をのぞかせる、珍しい姿だ。

俺には次男のシグリットと暮らした記憶がほとんどない。兄も昔からよく「シグ兄さんはあんまり兄という感じがしない」と言っていたので、どこかで俺には勝手に二人兄弟のような感覚があった。

そしてもう一つ、俺は次男に対して、何か腑に落ちないある考えを持っていた。






母を含めて家族三人の朝食が終わり、俺はひとまず自室へと戻った。少し休息を取った後、稽古着に着替える。
休日ではあるが、剣術の鍛錬は日課だ。一日でも休むことはしない。

それに、兄の部屋は俺の真向かいにあって、家の中で出くわすのも気まずい思いがした。

敷地内にある稽古場は、わりと広さのある道場となっていて、静かで稽古に集中できる快適な場だ。
模擬刀で素振りをしていると、人が入ってくる音がした。
父がいない今、こんな所にやってくるのは一人しかいないと、俺は扉に視線をやった。

「おっ、クレッド。もう始めてるのか。俺も混ざっていい?」
「……シグ兄さん。久しぶり。別にいいけど」

すでに稽古着に着替えた兄は、俺の前までやって来て、流れるような動作で取り出した剣を構えた。
いつもの軟派な微笑みはすっかり消え、表情は真剣だ。

こうして十一歳年上の次男は、時折家を訪れた際に、俺の立合いの相手をしてくれる。

しなやかな体つきと軽妙な身のこなしで、惚れ惚れするほどの剣技を披露し、俺は剣を交らせる度に、父とは違う力の差を見せつけられ、自分も頑張らなければと奮い立つのだった。

「あーっ、お前も結構上達したなぁ。俺嬉しいぞ。これならうちの騎士団も大丈夫そうだ」
「気が早いよ。試験は来年だから。まだ受かるとも決まってないし」
「そうか? 俺は確信してるけどな。ああ、お前が入ってきたら楽しみだな。兄弟三人になって、兄貴も喜ぶぞ」

俺より濃い色の金髪についた汗を拭い、やたらと興奮気味に話す兄に話を合わせた。
本気で心待ちにされていそうなので、俺も試験を落ちるわけにはいかないと、密かに決意が強まる。

二人で立ち話をしていると、予期せぬ人物が現れた。
軽めの足音がし、俺たちは二人とも同じ方向を見やった。そこには目を丸くした兄が立っていた。

「セラウェ!」
「げっ、シグ兄さん。ここにいたの?」
「なんだそれ、俺に会えて嬉しくないのか?」

シグリットは咎めるような台詞をこぼしたが、嬉々とした声音だった。
颯爽と俺の前から姿を消し、すごい速さで兄のもとへと向かっていく。
そうして自身の広い腕の中に、兄のことをすっぽりと収めた。

「うあああッ何すんだよ、痛いって、離せよシグ兄さん!」
「なんで? 久しぶりだろ、お前に会うの。ちゃんと抱きしめさせろって」

二人の熱い抱擁を見せつけられ、頭が沸騰しそうになった。
人知れず拳を握りしめて、じっと見つめる。

この気持ちは何なんだろう。こういう光景を見る度に、毎回腹立たしい思いがする。

「……はぁ。俺もう行くから、じゃあね。稽古頑張って」
「えっ。なんだよ、俺たちの立合い見て行かないのか? なぁクレッド、お前もセラウェに自分の成長ぶりを見てほしいだろ?」

ぎくりとした。
俺は、見てほしくない。ただでさえ敵わない次男に格好悪く負かされるのは決まってるし、兄に見られていたら、俺は自分の実力なんて出せない。

単なる稽古なのに考えすぎだが、俺は常に兄のことを意識してしまうのだ。

「いいよ見なくて。兄貴に剣術なんて見せても分かるわけないだろ。つまんないだけだよ」

苛立ちを隠すように冷たく言い放つと、兄のムッとした視線を横から感じた。

「そうだよ、俺には何にも分かんねえし。二人で仲良くやってろよ。俺は今からキシュアんとこ行くから」
「はぁ? そんな子供みたいな……おいセラウェ、夜までには帰ってこいよ? 一緒にご飯食べような?」
「はいはい、分かったよ。シグ兄さん」

兄は呆れた顔で手を振りながら、出口へと向かっていった。

また俺の振る舞いのせいで兄の気分を害した。
子供なのは俺だ。どうしようもない馬鹿なのだ。

シグリットは俺の頭に手をのせ、なぜかぽんぽんと叩いてきた。
惨めな気分で目線を合わせると、苦笑したような面持ちで微笑まれた。

「ほんとに行っちゃったよ、あいつ。昔はあんなに俺に懐いてたのに。……時の流れって残酷だよなぁ、クレッド」

しみじみと話すシグリットに、俺はとくに何も答えなかった。
けれど頭の中をずっと巡っていた事柄に、堪えきれず口を開いた。

「シグ兄さん。どうして兄貴にベタベタするの?」

ふと発した俺の問いに、シグリットは大きく目を見張った。

「えっ。なに、もしかして見苦しいとか思ってる?」
「……別に、好きにすればいいんじゃないの。素朴な疑問だよ」

嘘だ。本当は見たくないし、嫌だ。
自分には到底出来ないことだから。

でも冗談みたいに抱きしめたらどうなるんだろう。想像してみたら……やっぱり無理だと思った。

昔は自分の感情のままに、兄に抱きついたりしていたのに。今はそんなこと考えられない。
もしかしたら俺はそのまま衝動が抑えられなくなるかもしれないと思い、怖くなった。

考えこんでいると、突然シグリットに抱擁された。
ぎゅっと力強い中に温もりを感じて、体が固まった。

「何してるの、兄さん」
「ん? 可愛い弟への愛情表現だよ。セラウェだけじゃなく、お前にもな」

優しい声で囁かれ、若干鳥肌が立った。
なぜ俺は、あまり背丈の変わらない年上の男に抱きしめられているんだろう。

「どうだ? クレッド」
「……何も感じない」
「ええ? 冷たいなお前。まぁそんなとこも俺は好きだけど」

笑顔で告げられ、閉口した。この兄と接していると、自分のペースを失う。
でも本当のことだ。兄とは違い、特別な感情は湧かなかった。

にこにこしているシグリットに自然に好きと言われ、兄の顔が浮かんだ。

小さい頃は純粋な気持ちを伝えあっていたのに、いつからか俺は自分の中で、その言葉が違う意味を持ち始めていることに気づいた。

昔は好きだと言ってくれてた兄も、もう今の俺のことは、好きなんかじゃないだろう。

俺は脱力したように、床に腰を下ろした。
シグリットも同じように、俺の隣にどさっと腰を落ち着けた。

「シグ兄さん。好きな人に触りたいと思うのは、自然なことなの?」
「んっ? なんだ急に。俺に質問してるのか? お兄ちゃん嬉しいんだけど」

無視して答えを待つと、シグリットは俺の目を真っ直ぐ見て、頭をしっかりと頷けた。

「そうだよ。まぁ兄弟への親愛と恋愛はちょっと別だけどな。俺の中では同じくらい大きなものだし、触れたいときに触れるようにしてるよ」

言ってる意味がよく分からなかったが、兄弟と恋愛は別なのだと、そこだけははっきり聞き取れた。

やっぱり違うんだ。
当たり前だが、暗い気持ちがじわりと襲ってくる。

俺の気持ちは普通じゃない。相手が男というだけでも、本来ならば異常なのだ。
けれど、触れてはならないと分かってるのに、兄に触れてみたいと思っている。

キスした時のことが忘れられない。
肌を重ねてしまった時のことを、昨日のことのように覚えている。

なんであんな事をしてしまったんだろう? 思い出すたび切なくて、胸が痛くて、でも忘れたくはない。
それどころか、もう一度繰り返せたら……なんて思ってしまっている。

兄弟にこんなことを感じるなんて、やっぱり俺はおかしいんだ。



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