ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 45 こんな奴だったっけ

驚くべきことに、師匠に帰省したい旨を伝えると「三日間ぐらい帰っとけ」とぶっきらぼうに言われ、長めの休みを貰うことが出来た。
そういうわけで俺は、久しぶりに遠く離れた実家へと帰ることになった。

丘の上に立つ大きな屋敷の門を通り抜け、いったん立ち止まり深呼吸をし、心の準備を整える。
しかし俺の気分はそこまで落ちてもいない。
なぜなら、宿敵である親父がこの数日は出張で居ないのを見計らい、ここへやって来たからだ。

おもむろに玄関のベルを鳴らす。

だがおかしい。休日の昼間だというのに、誰も出てこない。
母には今日帰るって、手紙で伝えておいたのに。

面倒くさく思いながら自分の鍵を取り出し、解錠して家の中へと入った。

「ただいまー、マリア? お母さん?」

いつもなら真っ先に出迎えてくれるはずの乳母と母を呼び、姿を探しながら居間へと向かう。
静まり返り、がらんとした空間に一人佇み、なんだか虚しくなった。

なんだよ……一応この家の三男が一年ぶりに帰って来たんだが。俺、もしかして皆にとって結構どうでもいい存在なんじゃ。

若干やさぐれた気持ちで立ち尽くしていると、廊下から人の気配がした。

師匠との殺伐とした日々のおかげで俺も戦闘モードがしみついていたのか、勢いよくバッと振り返る。
すると見慣れた顔の青年が紙袋を両手に持ち、驚き顔で立っていた。

「ああ、セラウェ坊っちゃん! お帰りなさい。お待ちしてましたよ」

爽やかな黒髪をなびかせ、笑顔で俺の方に向かってきたのは、ヴィレという名の屋敷の使用人であり、マリアの息子でもある男だった。
普段は騎士団に所属する父の秘書的な役割を担っていて、俺たち兄弟にも常に心優しく接してくれる人物だ。

生まれた時から世話になっている家族当然の存在に安心し、俺もそばに駆け寄った。

「ただいま、ヴィレ。久しぶりだなぁ、元気? っつーか、皆出かけてるの?」
「はい。それが旦那様の出張だけでなく、奥様も騎士団の婦人会に急遽ご招待されたんです。私の母も同行してまして、帰宅が明日になってしまうんですよ。奥様は坊っちゃんに何度も『ごめんねと伝えてね』とおっしゃられてましたが」

心苦しそうに話すヴィレだったが、それなら別に仕方がない。
ここには三日も居るんだし、明日顔を合わせられれば十分だ。

「全然いいよ。お母さん達も相変わらず忙しいんだなぁ。人付き合いとかよくやるよね」
「まあ、そうですね。旦那様も役職についてらっしゃいますから。それと、夕食は私が準備しますのでご心配なく。クレッド坊っちゃんとお二人でお取りになってくださいね」
「……えっ?」

弟の名を出され、急にドキドキしてきた。
そうか。皆居ないってことは、今日はあいつと二人なんだ。
なんか気まずい……。

「そういやクレッドって今日学校休みだよな、今どこにいんのーー」

俺が何気なく尋ねた瞬間、廊下から足音が聞こえてきた。
まさかと思い視線をやると、奥から現れたのは、騎士学校の制服に身を包んだ弟だった。

詰め襟の黒色の上下に、白い肌と明るい金色の髪がよく映えて、大きく目を引かれる。
想像よりもかなり大人びた弟の姿に、俺は一瞬言葉を失ってしまった。

「お帰りなさい、坊っちゃん。稽古が終わるの早かったんですね」
「ああ、うん。ただいま、ヴィレ」

落ち着いた声で返事をした弟が、ぴたりと歩みを止める。
奴の視界に入った俺は、何か言わねばと思い、焦って口を開いた。

「クレッド、あー、久しぶり。俺今日帰ってきたんだ」
「……おかえり。久しぶり、兄貴」

短くそう告げた弟の台詞に、すぐに違和感を覚えた。
俺は自然と体が動くように弟の前に歩み寄っていった。

「え、お前今、兄貴って言った? なんで兄ちゃんじゃないの?」

顔をまじまじと見つめ、純粋な疑問だという風に問いただす。
いつの間にか自分の呼び名が変わっていた事に、強い衝撃を受けたのだ。

それまで無表情だったクレッドは、迫る俺と目を合わせたまま、急に動揺したように後ずさった。

「……なんでって、呼び方なんて何でもいいだろ。くだらない事聞くなよ」

ぴしゃり、と壁を隔てるように冷たく言われ、俺はさらに唖然とする。

「は、はあ? なにそれお前ーー」

そんな冷たい言い方しなくてもいいんじゃないか。
喉まで文句が出かかったが、兄である自分がムキになって言い返してもしょうがない。

ショックだったのを隠すためにも、俺は不自然に咳払いをし、話題を変えようとした。

「まあいいけどさ……。つうかさ、お前すっげー背伸びたな。もう俺より全然高くねえ?」
「別に、普通だよ、このぐらい」
「ええ? 何センチあんだよ。もう百八十近いんじゃないの。ほら、全然目線が違うし」

目の前にずいっと顔を近づけると、弟がぎゅっと眉をよせて顔を横に背けた。
あからさまな態度にむっとした俺は、後ろにいたヴィレに声をかけた。

「なあヴィレ、俺達どのぐらい背違う? そうだ、クレッドと背中合わせになるから比べてみて」

無理やり弟の後ろに立ち、若干困ったような微笑みのヴィレが「そうですね、七センチぐらい……」と呟いたとこで、俺の振る舞いが弟の逆鱗に触れた。

「もういいだろ、俺で遊ぶなよ!」
「えっ。別に遊んでないけど。背高くて良いなって思っただけで……ほら、お前体格もがっしりして、随分男らしくなったよな。成長したんだなってさーー」

なぜか焦りが募った俺は弁解をするように、弟の逞しい腕に手を伸ばそうとした。
だが同時にすごい形相をした弟に、ぶんっと勢いよく振り払われた。

「さ、触るなってッ!」

クレッドは耳まで真っ赤にして、俺を睨みつけた。
ぎりり、と音が聞こえてきそうなぐらい歯を噛み締め、その鋭い表情から、俺に対する大きな嫌悪感を感じた。

二度目のショックを受けた俺は、何がなんだか分からず、後ろに退いた。

「そんな本気で怒るなよ、ごめんって…」
「……もういい、俺上行くから」

そう言って弟は荷物を抱え、俺と目も合わさずに居間を出て行ってしまった。
しん、と部屋が静まり返り、俺は助けを求めるようにゆっくりとヴィレを見た。

「触るなってさ……そこまで言うことなくない?」
「……まあ、セラウェ坊っちゃんのテンションが、ちょっと上がり過ぎだったのでは……少し温度差がありましたね」

顎に手を当てたヴィレが、真剣に考え込む素振りをした。
確かに調子にのった俺の自業自得かもしれない。分かってはいるが。

「クレッド坊っちゃんも思春期ですからね。あまり身体のことは、言わないほうがいいかもしれないですよ」
「……うん、そうだよな。俺、褒めたつもりだったんだけどさ……」

言い訳がましく言うが、本当は三つ下の十五歳の弟に完全に背を抜かれ、ショックだったのだ。

体格も負けてるし、たった一年の間にあいつだけ立派に成長したように見えて、急に焦りが湧いた。加えて、どことなく寂しさも感じた。

それをごまかすように、揶揄してしまったのかもしれない。

今日はこの家で二人になるからと、無意識に気が張ってるのだろうか。
本当は、なんとか仲の良い雰囲気に持ってきたかったのに。
すでに大失敗だ。

「どうしよう。なんか気が重い……なんで皆帰ってねえんだよ」

休日だし、明日まで二人なのに。
最も嫌な親父ですら、場つなぎの為にいたほうがマシかもしれないと考えそうになるが、やっぱりそんな事はないと思い直した。

「大丈夫ですよ、きっと。夕食のお時間にはクレッド坊っちゃんも普通になってるでしょう。いつもはとても優しい方ですからね」

励ましの言葉に力なく頷く。
あいつが優しい人間だっていうのは、俺もよく知っている。

だがこの時のクレッドは、俺たちは、互いに距離を詰めれば詰めるほど、意図せずこじれていってしまう関係だったのだ。



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