ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 43 白虎のロイザ

遺跡から師匠の家へ無事に帰還したその夜、ロイザは俺たちの前で、驚くべき過去を語った。
なんと奴は、古くは聖獣として歴代の王家に崇められ、その力を国家繁栄の為に与えてきたらしい。

しかし最後の王が嗜虐の限りを尽くす悪漢だったことにより、軍に謀反を起こされ、内乱が苛烈を極めた末に、王朝が途絶えたという。
高みの見物で好き勝手やっていたロイザも、最終的には魔術師らの儀式により、強大な力を封印されたのだ。

「王には色々な者がいた。最後の王は魔術にも武術にも長けた美丈夫だったが……グラディオール、どこかお前に似ている。現代の者にはそぐわぬ魔力の多さもそうだ。お前は奴の生まれ変わりなのでは?」
「あ? 俺を部下に殺されるような間抜けと一緒にすんな。にしても、王家の聖獣かよ。お前がやけに偉そうなのも頷けるぜ」
「はは。偉そうなのは師匠も同じだろ。案外こいつの言うこと当たってたりして」

つい口が滑ると唸り声をあげた師匠に睨まれ、とっさに静かになる。
ロイザはそんな俺を見つめ、まるで子供に笑いかける様に目を細めた。

「セラウェ。そういえばお前に似た王もいたな」
「ええ! マジで? さすがに信じられないんだが」
「ふっ、だろうな。あの小僧はぼけっとして頼りない少年王だった。臣下に騙されすぐに王座を追われたが」

はあ?
こいつ作り話で間接的に俺たちを貶めようとしてないか。

「馬鹿にすんじゃねえ! つーか嘘ついてからかうな!」
「嘘ではない。王としては未熟だったが、俺は奴の汚れのなさを気に入っていた。ふふ、幼子のように怒る姿はお前そっくりだ」

なぜか懐かしい思い出を語る体で遠い目をするロイザが、小憎たらしく思えた。
思えばこの幻獣の皮肉たっぷりの言い回しには、昔から翻弄されてきたものだ。

どっと疲れが増して肩を落とす。

「なあ師匠……本当に封印解いて大丈夫だったのかよ。こいつやばい奴なんじゃないのか」
「はっ。心配すんなセラウェ。今から施術する俺の古代契約魔法に抜かりはない。その後は命令に逆らわないように躾けるだけだ」

すでに傲慢な主の顔つきをした師匠は、怯えた目で後ずさる人型のロイザを、問答無用で自分の研究部屋へと連れ去った。
それから小一時間、俺は幻獣のうめき声や悲痛な叫びを耳にするようになる。

一体何が起こってるんだ?
使役の契約とやらは、そんなに苦痛を味わせるものなのか。

やきもきしながら待っていると、「あー、久々に本気出したわ。疲れた」とごちる師匠の後に続いて、何か白い毛玉のようなものが入ってきた。

再び居間に現れたロイザは、その時初めて目にする、白虎の姿だった。
純白の毛並みに包まれた雄々しい獣の姿は神々しく、白いまつ毛に囲まれた大きな灰の瞳がぱっちりと俺を映し、全身に鳥肌が立つ。

この世界に存在する虎よりも一回りほど大きい白虎は、ゆっくりと俺に近づいてきた。

「す、すごい……ふわふわ……モフモフ……!」

俺は奇跡の存在を前にして興奮を抑えきれず、よだれを垂らしながら、気が付くとロイザに抱きついていた。
顔を埋め、全身を使って獣の温かさと毛並みを堪能する。
ロイザの体がびくついて、ゆっくりとその場にしゃがみ込んだ。

「な、何をする……セラウェ」
「えっ。嫌なのか? 俺はすっごく気持ちいい。もうちょっと、もうちょっとだけ」
「……別に嫌ではない。……好きにすればいい」

まんざらでもなさそうな白虎の許可をもらった俺は、しばらく夢の世界へと誘われていた。
師匠の呆れた声が聞こえたが、俺は現実逃避に忙しかった。

こんな幻獣と契約を結べる師匠はやっぱりすごい。
ちょっと羨ましいな。
悔しいが、そんな事を思ったりもした。


それからは一つ屋根の下、二人と一匹での暮らしが始まった。

師匠は遺跡で手に入れた魔石を使い、地下で妙な実験を繰り返していたが、あとは墓荒らしや宝探し、魔獣退治などの戦闘行為に明け暮れ、俺もそれに付き合わされた。
合間に修行をし、秘術を伝授してもらう為の鍛錬もかかさずに行う。

変わり映えのない毎日に、問題が起こった。
当時から頭を悩ませていたのは、ロイザの暴れん坊っぷりだった。

俺たちはその日、珍しく師匠が知人から受けた依頼に勤しんでいた。
内容は魔術師専用の監獄から抜け出した囚人たちの捕獲だった。

「てめえ、ロイザ……お前のせいで捕獲対象が何人か逃亡しただろうがッ、ちゃんと見張っとけって言ったはずだこのクソ白虎!」
「わざとではない。奴らが繰り出したゴーレムとの遊びが、思いの外楽しかっただけだ」
「ああ? 玩具につられやがって……お前は主の命令が聞けねえのか? 今日の飯抜きにすんぞ!」
「別に構わないが。お前の魔力は量が多い上に、こってりし過ぎている。一日おきで十分だ」
「……なんだとこの野郎、俺の最高級魔力にケチつける気かッ」

俺はヒートアップする長身二人のそばで、薄ら笑いを浮かべていた。

「まあまあ師匠。ロイザも反省してることだし。あんまり厳しく言わなくても」
「お前な……責任の一端は弟子のお前にもあるんだが。なんだそのこまっしゃくれた顔は。俺が迷惑被ってんのが楽しそうじゃねえか。なぁ、セラウェ」

険しい顔がくっつきそうなぐらい迫ってきて、ぎくりとした。
確かに師匠が何かに振り回されるとこなんて、面白すぎると思って見ていた。

結局その日は俺が二人をなだめ続け、師匠の頑張りにより無事に囚人たちを捕縛し直し、依頼も達成できた。
だが二人の口論は日に日に多くなっていった。


ある日のこと。
段々慣れが出てきて、日々の訓練や家事にも適度に手を抜くことを覚えてきた時。
俺は居間のソファで白虎のモフモフと戯れていた。

師匠といる時や外に出ている時は、荒ぶった様子で戦闘による返り血を浴び、恐ろしい姿を見せるロイザも、普段は獣らしくのびのびと寝そべっている。
そんな奴との時間は、俺にとっても癒やしとなっていた。

だがこの男は弟子のささやかな安息をも見逃さない。

「おい。お前の毛がそこら中に落ちてんだよ。だいたい俺は動物が好きじゃないんだ。家では人化しとけって言ったよな」
「え〜、いいよモフモフのままで。こっちのほうが全然可愛いだろ。なあロイザ」

下にいるロイザの顎を撫ででやると、奴は目を閉じたまま気持ち良さそうに喉を鳴らした。
完全に緊張感をなくしていた俺は、後ろにいるであろう師匠の返事がないのをふと恐ろしく思い、振り返った。

巨体の男が血管を浮き上がらせて俺たちを見下ろしている。
あれ、やばい。怒号が降る前兆だこれは。

「……ほう。お前ら、随分仲が良さそうだな。……あー、なんかもう面倒くせえ。セラウェ。こいつ、お前にやるわ。これからお前が面倒見ろ」
「はっ?」

思わず間抜けな声を出すと、琥珀色の冷ややかな瞳に見つめられた。

「やるって、どういう意味だよ。まさか飼育を放棄するのか? そんなの動物虐待だぞ、師匠ッ!」
「落ち着けよ。これはお前にとっても悪い話じゃない。そもそもお前は弱い。誰の助けも要らない俺よりも、お前のほうこそ使役獣による加護を得たほうが、いいんじゃないか? ん?」

もっともらしく真面目な顔で言っているが、ようは厄介払いをしたいという思惑がミエミエだった。

「お前はどうだ、ロイザ。まあ意見を聞いたとこで俺の腹は決まってるが」
「……俺はどちらでもいい。いずれにせよ、俺に自由はないのだろう」
「当然だ。こいつに使役権を譲ったところで、俺の契約魔法は生き続ける。まあ主が二人に増えるようなもんだな」

なんだそれは。
結局は、普段の世話がめんどいから俺に託すだけじゃないか。良いとこ取りしたいだけなんだ。

「ロイザ、本当にいいのかよ。俺みたいに頼りない奴が主になっても」
「さあな。……ただ、お前の魔力の味は中々好みだ。量が少ないのは難点だが、グラディオールのように不純物が混じっていないからな」
「……てめえは余計な事を付け加えなきゃ、お喋り出来ねえのか?」

まだ苛ついた様子の師匠がぼやいていたが、こうしていつの間にやら、暴君の独断により、俺も白虎の使役獣の主として名を連ねることになってしまった。


その日の夜、さっそく二度目の契約儀式が行われた。
怪しげな器具や書物、見たこともない合成物質が並ぶ地下部屋に、三人はいた。

絨毯の上に俺と白虎が向き合って座り、その間に師匠が立って詠唱を行う。
耳慣れない言語による詩のような呪文が、途切れず唱えられる。

途中「俺の言葉を繰り返せ」と師匠に言われ、署名をするかのごとく自らの名を告げて詠唱を続けた。
長丁場となった場の空気に圧倒され、次第に睡魔が襲って来た俺は、いつの間にか意識を飛ばしてしまった。

体の力が抜け、目が覚めた頃には、薄暗い部屋の中でロイザが横たわっているのが見えた。
なぜか獣の姿ではなく、人化した褐色の男の姿だった。それに、死んだように眠っている。

「あれ……師匠、ロイザどうしたんだ? なんで起きないんだ?」
「魔力の循環による消耗が激しかったようだ。だがお前らの契約は無事交わされた。いずれ目を覚ますだろ」

焦る俺とは違い、師匠は想定内だとばかりに冷静に告げると、ロイザを抱き上げた。
そのまま俺の部屋へと運ぶ。

大きめのベッドの片側にロイザを横たえ、俺は唖然とした。

「えっ? ちょっと待って、師匠。なんで俺のベッドに寝かすんだ? 俺どこで寝ればいいんだよ」
「一緒に寝てろよ。お前のちっちぇえ魔力だと一日一回の直接供給じゃ足りねえんだよ。添い寝して補え。責任持って面倒見ろよ」

口早に述べた師匠に、俺はそのまま部屋に取り残されてしまった。

そんな。
これ、大丈夫なのか?
ロイザは心配だが、俺、見知らぬ男と一緒にベッドで寝るなんて、普通に嫌なんだけど……。

胸の内で不満をこぼしながら、とりあえず言うとおりにして布団に潜り込んだ。


その日から俺と使役獣の奇妙な日々が始まった。
ロイザはなんと、十日間も目を覚まさなかった。
人間とは違い呼吸もしないし、肌から伝わる体温も低い。まさに人形か不死者かといったような雰囲気だった。

最初の三日は人型のままで、図体のでかい褐色の男が隣を陣取っていることに、起きるたび衝撃を受けた。
だが四日目の朝、容態が落ち着いてきたのか、奴はモフモフの白虎の姿に戻っていた。

歓喜した俺は優しく声をかけながら撫で続けたが、一向に起きる気配はない。

「ロイザ……お前どうしちゃったんだよ。俺、心配だ。早く起きろって。まさかこのまま……なんてこと、ないよな」

目を閉じて毛並みをシーツに埋めたままの使役獣を見つめ、毎晩一緒に眠り、きちんと日に一回の魔力供給の詠唱も行う。

もしかしたら俺の魔力が少ないせいで、眠ったままなのかもしれない。
自分の不甲斐なさを感じ、悔しさを滲ませるが、師匠の言うように信じて待つしかない。

気がついたら俺の頭の中は、ロイザのことでいっぱいになっていた。
日々の出来事を近くで話しかけ、頭を撫でながら、まるで起きてるかのように接する。

「ロイザ〜、今日は師匠と素材集めに行ったんだけどさぁ。あのおっさんまた修行とか称して、俺のこと崖から吊し上げて獣をおびき寄せようとしたんだぞ。もう弟子やめっよかなぁ。なあ、お前はどう思う?」

内容はほぼ師匠への愚痴だったが、端から見たら完全にやばい人である。
でも俺はそんな毎日を大切に過ごしていた。
再びロイザが目を覚ました時は、ちゃんとした主でいられるようにと、次第に覚悟も固まっていったのである。


使役獣が眠りに落ちてから、十日が過ぎた。
その日の朝、いつも通り目を覚ました俺の隣には、誰の姿もなかった。
ロイザが、跡形もなくなっていたのだ。

「え……?」

心臓が急激に脈打ち始め、俺はパニックに陥りながら、ベッドから転げ落ちるように部屋を飛び出た。
どこに行ったんだ、もう起きたのか?
それとも、まさかーー

居間に出ると人の姿はなかった。
昨日から師匠には別件の用があり、一人で外出していたことを思い出す。

家中を探しても、ロイザの姿はない。
俺は着の身着のままで家を出て、周辺の森を探し回った。
一緒に過ごした十日間を走馬灯のように思い出しながら、奴の名を叫び、追い求めた。

「ロイザ、どこ行ったんだ! 帰ってこいよ……!」

すでに俺にとって、白虎の使役獣は大切な存在となっていた。

やっぱり俺じゃ満足できなかったのか?
俺が師匠ほどの魔術師じゃなく、まだまだひよっこだからーー。

悲しみに涙が零れ落ちそうになったとき、がさっと物音がした。
振り向くと怪訝な顔をした師匠がいた。

「セラウェ。お前何やってんだ、こんなとこで。なんだその死にそうな面は」
「師匠……! どうしよう、ロイザが……!!」

俺は泣きながら師匠の広い胸へとしがみついた。
どすっと身を預けると長い腕に受け止められたが、なぜか師匠はそのまま固まり微動だにしなかった。

「うっ、うう、ロイザ……っ」
「お、おい。落ち着けよセラウェ。泣くんじゃねえ。あいつなら今、こっちに向かって来てるぞ」
「……へ?」

信じられない言葉を聞き、ぱちっと目を開けて顔を上げる。
若干狼狽えた様子の師匠は、俺の体を離し、くるりと反転させた。

目の前には、白虎ではなく褐色のロイザが立っていた。
無表情だが灰色の瞳はばっちりと開いているし、意思をもって俺を見つめている。

「ロイザ、お前どこにいたんだよ、心配しただろ!」
「……心配? なぜだ。俺はお前と違って強い。身を案じる必要はない」
「そういうことじゃなくてだなっ」

微妙に話が通じない使役獣に迫ろうとすると、ロイザが何やらポケットからある物を取り出し、俺に差し出した。
奴の手に握られていたのは、小瓶の中に入れられた真っ赤な液体だった。

「……え。これ、なんだ。何かの血液?」
「血ではない。西方の森に住まう、古の大蛇の毒だ」

一瞬、思考が止まる。なぜそんなものを俺に……。
クエスチョンマークを浮かべる俺の背後で、師匠の「えっマジかよすげえ! あいつを一人でヤッたのか?」という感嘆の声が響いた。

「セラウェ。俺は契約を目的とした宣誓の際、代々仕えてきた王に対し、自らが狩った獲物の一部を捧げてきた。これはお前への貢物だ。受け取れ」

真剣に伝えられた言葉を反芻する。
どうやらこいつは、俺へのプレゼントをわざわざ調達してきてくれたらしい。

主従の証、ということなのか?

そんな事をされたことがない俺は、信じられない使役獣の行動に、再び胸に込み上げてくるものを感じた。
ふにゃっとした情けない顔で奴を見やる。

「な、なんだよ。わざわざ律儀な奴だな。俺はまだ立派な主になれるって、決まったわけじゃ……ないぞ」
「そうか? 俺には、毎日俺に話しかけてくるお前の声が聞こえてきた。流れ込む魔力も、中々心地のよいものだったぞ」

そう告げたロイザはどこか微笑んでいるように見えた。
自分の思いが通じていたような気がして嬉しくなった俺も、気の効いた言葉がすぐに出ず、気恥ずかしくなり笑みを返した。

だが普段無表情の使役獣は、よくも悪くも、自分の感情を表す際には、常に真っ直ぐだった。

「お前は俺の主だ。契約を結んだからには、無事に生を全うするまで、俺がお前を護ろう。セラウェ」
「……あ、ありがとな、ロイザ。よろしく頼む。……俺も、頑張るから」

段々使役獣の思いに照れが募ってきた俺は、ぼそりと礼を言い、おずおずと捧げ物を受け取った。

こいつって、起きてても結構良いやつなんだな……。
ほっこりとした気分で佇んでいると、やけに静かだった師匠が満を持して割り込んできた。

「へえ。貢物ねえ。俺には何もなかったような気がすんだが?」
「グラディオール。お前の儀式には散々な目に合わされた。俺はわりと根に持つんでな」
「ああそうかよ。ったく、気難しいっつーか、面倒くせえ獣だ」
「お前に言われたくない」

その後も続く師匠とロイザの言い合いを、その時の俺はどこか安堵した思いで聞いていた。
俺たち三人の生活は、常に喧騒に満ちたものだったが、時にはそれなりに楽しいものだったのだ。



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