ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 35 頑張る弟

色んな騒動がおさまり、平和な日常が戻ってきた。
とはいえ、俺の普通の暮らしといえば、異常な奴らに囲まれて教会の任務をこなしつつ、家でぐーたら過ごすというものがほとんどだが。

そんな中でも、癒やしはやっぱり弟と過ごす時間だ。

「あいつ、まだ帰ってないよな。先にお風呂入ろっかなぁ」

騎士団本部最上階にある、弟の自室の扉の鍵を開けながらぶつくさ言う。
週に二、三回はこの部屋を訪れる俺は、帰宅する弟を出迎えるのが好きで、その瞬間を想像しながらすでににやけていた。

けれどその日は、ちょっと予想外のことが起きた。

「ーーあぁ! クソッ」

居間へ抜けた途端、奥のほうからクレッドの声がした。
しかも悪態をつく怒鳴り声だった。

え、あいつもう帰ってるのか?

怪訝に思いながら、ガシャガシャと金属音がキッチンから聞こえるのを感じ、そちらに向かう。
俺が姿を現すと、そこにはびくっと肩を跳ねさせ、目を大きく見開いた弟が立っていた。

「あ、兄貴……?」

いつもは寸分の乱れもない身なりのクレッドが、服に粉とかつけて汚れている。
奴の前には、火にかけられたフライパンが数個並べられていた。

「お前、料理してたの? すげえ! 何作ってんだ?」

信じられない場面に興奮した俺は身を乗り出そうとした。
すると目の前に立ちはだかった弟に、キッチンの光景を隠されてしまう。

「ちょっ、見ないでくれ! これ失敗だからっ」
「へ?」

見上げると耳たぶまで真っ赤にしたクレッドが、恥ずかしそうに目を逸らす。
かわいい。
微笑ましく思いながら、ちらっとフライパンを盗み見する。

「ああ゛ー!」

変な声をあげたのは俺だった。
真っ赤なトマトソースらしきものの上に、こんもりと山のように塩が乗っている。

「なんだこれ、早く取んないとだめだろっ」
「……ああ、手が滑ってボトルから全部塩が出ちゃったんだ」

覇気のない声で呟く弟を尻目に、俺はその部分をすくい上げて料理の無事を確かめた。

「大丈夫だよ、ほら。ちょっと味見してもいい?」
「ありがとう……うん、いいよ」

しょげた様子の弟に許可をもらい、一口スプーンをすくうと凄いしょっぱかった。
さりげなく具材を足して味を薄めるようにアドバイスする。

クレッドは焦ったようにせっせと言うことを聞き、調理を再開した。

ふと隣のフライパンに目をやると、衣のついた肉が揚げられている。
弟が何を作ろうとしてるのか合点がいった。

「あ、分かった! カツレツのトマトソースがけだな。すげえ! 俺これ好き」

すでに自分も食べる気満々でわくわくしながら告げると、クレッドは目を丸くして、すぐに照れたような表情になった。

「そうだろ、だから練習しようと思ってたんだ。兄貴の好物作りたくて」

はにかんだ笑顔に胸を撃ち抜かれ、すぐに言葉が出なかった。
こいつが俺のために……?

感動が襲い我慢できずにがばっと胸に抱きつく。
明らかに料理の邪魔なのに、弟はぎゅっと抱きしめ返してくれた。

「嬉しい、ありがと……クレッド」
「兄貴……まだ美味しいか分かんないよ」
「絶対うまいよ。お前が作ってくれたんだから。俺なんでも食うよ」

見上げると頬を染めた弟が、ゆっくり顔を近づけてきた。
唇を重ね合わせ、そういやまだキスしてなかったと、その甘い感触を存分に味わう。

するとバチッバチッと背後から変な音が響いた。

「ん?」
「あぁ! やばい兄貴、焦げるッ!」

俺の腕から離れてしまった弟が慌てて肉をひっくり返す。
半面が真っ黒になったカツレツを見て、弟は肩を落とした。
俺はすぐに謝罪をし、二人でもう一度作り直すことを提案した。

やっぱ料理中にいちゃついちゃ駄目だな。危ねえし。


反省しつつ、どうにかご飯が出来上がった。
テーブルの上を準備して、二人で椅子に腰を下ろし向かい合う。

「美味そう! 良かった〜ごめんな、お前の邪魔しちゃって」
「え? 違うよ、兄貴がいなかったら完全に失敗だったよ」

にこりと告げる弟に謙遜しながら、俺達は仲良く食事の時間を楽しんだ。
カツレツは誇張なしにすごく美味しかった。

「あ〜お腹いっぱいだ。お前すごいよ、難しいだろこれ。前に作ってくれた特製サンドも最高だったけど、かなり上達したな」

正直俺はびっくりしていた。
そもそも弟は料理に興味がなく、サンドイッチも俺が頼んで作ってくれて、その時もかなり練習して挑んだみたいだった。

バーベキューで肉を焼いたりするのは得意のようだが、普通に料理してるとこは初めて見たのだ。

「そう言ってくれると、照れるけど嬉しいな。俺、実は少しずつ練習してるんだ」
「え!? まじで? 知らなかった」
「まあ、ちょっと秘密にしてたから。上手くなったら兄貴に食べてほしいと思って……」

何事も完璧にこなそうとする弟らしい。
見えないとこで頑張っている姿を想像したら、俺はいてもたってもいられなくなった。

身を乗り出して、テーブルに置かれた弟の手を上から握った。
顔を上げるクレッドをじっと見つめると、赤らんだまま手を握り返される。

「あのさ、兄貴。この前……会食があっただろ。その時俺、初めて他人の前で自分の気持ち話して、なんか意識が前よりも強くなったっていうかーー」

突然話し始めたクレッドに驚きながらも、真剣に耳を傾けた。

あの時のことを思い出すと、まだひやっとする思いもあるが、弟がしてくれた告白は、一生心に残る大切なものだ。

「それで、もっと将来のこと考え始めて……兄貴との暮らしが楽しみになって。いや、前からそうだったんだけど」

気恥ずかしそうに言う弟に、思わず笑みがこぼれる。

「俺もすごく楽しみだよ。どんな生活になるんだろうって」
「……そっか。同じで嬉しい。……俺なんか、どんな家建てようとか、家事の分担どうしようとか、そんな事まで考えちゃったんだ」

え。もうそんな想像してたのか?
可愛いやつだな…。

頬を緩ませつつ視線を向けると、クレッドは若干うろたえながら恥ずかしげに目を伏せた。

「お前、もしかしてそれで料理練習してたのか? 優しいな」
「だって、洗濯は兄貴がやってくれてるし、料理も美味しくて、俺は大好きだけど、負担を大きくしたくないから」

色々考えてくれていた弟に驚き、嬉しい思いがわいてくる。

もともと俺は面倒くさがりで、まるで出来た人間ではない。
今だって家事は弟子にほぼ全てやらせている。
それは自分が師匠にやっていたことだからという、都合の良い言い訳もあるのだが。

しかし身勝手ながら、クレッドに関しては別なのだ。

「なぁ。俺たぶんお前のためだったら何でもしちゃうと思う。洗濯も料理も全然苦じゃないよ。自分からやってやりたいぐらいだ」

今だって時々料理を作ってあげたりしてるが、毎日だったらいいのになとか思ってるほどだし。

正直に告げると、弟は目を丸くさせ、すぐに顔をぼわっと赤く染め上げた。

「あ、兄貴……」
「本当だぞ。毎日でもいい。だから頑張りすぎんなよ。あ、でも時々はお前のご飯も食べたいな。作ってるとこも可愛いし」

調子にのってペラペラと告げると、弟が急に立ち上がった。
すばやい動作で俺の隣の椅子を引き、どさっと腰を落とすと、俺の肩を掴んで自分に引き寄せた。

ものの数秒で俺はクレッドの温かな腕に包まれ、言葉を奪われてしまう。

「ああ。俺、兄貴がほんと好きだ……大好き」

寄せられた頬が首筋にあたり、だんだん体が火照ってくる。
どうにか平静を保ち、俺もだよ、と言おうとした時、弟が顔を上げた。

妙に真面目な顔で、でもどこか熱に浮かされたように見つめられる。

「じゃあ、朝食は俺が作る。あと休日の昼食も」
「へ?」
「それでいい? 兄貴。とりあえず……」

言いながら頬にちゅっと唇を当ててきて、その後も小さなキスを繰り返す。
返事をしようと思っても、きつく体を抱きしめられていて、集中が途切れていく。

「う、うん……もちろん、いい、けど……お、いっ」

いつになるかは分からないが、大事な話の最中である気がするのに、結局こうして触れ合い始めてしまう。
一緒に住み始めたら、気持ちが落ち着くどころか、俺はどうなってしまうのかと今からドキドキしてきた。

けれどやっぱり、望まずにはいられない。

「……ああ、待ち遠しいな。早く一緒になりたい」

耳元でぽつりと呟いた弟の声を聞き、俺は背中に回す手を強めて、クレッドの思いに応えるように頷いた。



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