▼ 6 暴走する騎士たち
弟の一軒家の前に着くと、未だ気がのらない顔をしたクレッドを急かすように、俺達は玄関へと押し入った。
部下である騎士ユトナは家の中を把握しているようで、「こっちだよ」と言い階段を上り始めた。
そこは三階建ての最上階にある、テラスだった。
広々とした屋外に、ふかふかの布が張られた木枠のソファとテーブルが並び、端にはでかいバーベキューグリルが置いてある。
網の上にはすでに肉や野菜などが焼かれていて、香ばしい匂いが漂っていた。
「あ、お帰りなさい団長! あれ、セラウェさん?」
グリルの上で食材を焼いていたのは、弟の側近の騎士、ネイドだった。
近くには麦酒を片手に肉をつまんでいる大男の騎士、グレモリーもいる。
俺に気づいた奴は、厳つい顔をしかめて勢いよくこっちに向かってきた。
「おう魔導師。なんでお前がいんだよ。今日は騎士団長主催のバーベキューパーティーなんだけどな」
見上げる程の巨体に凄まれ、じりじりと後ずさる。
マジかよ。てことはつまり、聖騎士団直属の四騎士による集まりだったのか?
デカ騎士の言うとおり、俺完全に場違いじゃん。
「はは……俺全然知らなくて。スマンスマン」
気まずさから薄ら笑いを浮かべていると、ネイドがすかさず笑顔で割り込んできた。
「いいじゃないか、グレモリー。俺はセラウェさんがいてくれたほうが嬉しいよ」
「えっ。でも俺、一人だけ騎士じゃないし。やっぱ邪魔しちゃ悪いだろ」
「何言ってるんですか。ほら見て下さいよ、この異常なメンバーを。一人でも常識人が居てくれたほうがいいですって」
なんか微笑みながら仲間のことを凄いディスってる。
だがそんな騎士の笑顔が、俺の背後に向けられた瞬間凍りついた。
「おいネイド。準備は終わったのか」
「は、はい勿論です団長! さ、こちらへどうぞ、存分に焼き始めてください」
若干声を震わせながら、弟にグリルの前を譲る。
この男は完全に弟の支配下に置かれているようだ。
ユトナとグレモリーは、いつの間にかソファで喋りながら飲み食いしていた。
俺は弟に飲み物を手渡され、「兄貴はそこでじっとしてて」と優しく釘を刺されて、騎士達の正面に腰を下ろした。
クレッドの様子を何気なく見ていると、いそいそと準備に取りかかっていた。
今日買ったばかりの赤身肉を、同じく購入した長い刃物で華麗に切り落としていく。
スパイスと秘伝ぽいソースに漬け込み、それを網の上で焼き始める。
こいつ、普段料理はしないはずだが、肉を焼くことに関しては経験豊富なのかもしれない。
なんだかよく分からない光景だが、新たな弟の姿に思わず見惚れてしまう。
しばらくして、クレッドが出来上がった皿をもって満足げな顔でやって来た。
「はい。兄貴のお肉。脂身の少ないとこだよ」
「うわっ、ありがとう。お前、肉焼くの上手いなぁ。すごい特技あったんだな」
率直に褒めると、弟は照れたように「そ、そんなこと……」と言いながら顔をほころばせた。
温かい空気が漂う俺達の間に、二人の騎士が割り込んでくる。
「おお、すげえ美味そう。団長、俺は脂のったとこで頼むぜ」
「俺はどこでもいいや。ハイデル野菜ももっと焼いてくれ」
「お前らは好きに食ってろ」
ぴしゃりと言い放つ弟に文句をたれる騎士達を横目に、俺はこんがり焼きあがった肉をもぐもぐと堪能し始めた。
あー良い。風が涼しくて気持ちいいし、美味い肉と麦酒。
せっせと肉を焼いてくれる可愛い弟……
はは、なんだこれ最高じゃん。
ここへやって来た後悔が薄れ始めていたその時、予期せぬことが起こった。
「セラウェさーん、はい、俺がお酒ついであげます」
「へ?」
気がつくと静かに食事していたはずのネイドが、酒瓶を手に俺の肩にしなだれかかっていた。
目がとろんとして、頬が赤く紅潮している。
いつものキリッとした真面目な優男の顔ではない。
「ね、ネイド。どうしたんだ。ちょっと飲み過ぎちゃった?」
「はあ、いえ全然。ていうか、聞いてくれます? 団長っていっつも俺をこき使うんですよお、それなのに全く褒めてくれないし。今日だって朝から下準備やったのに、自分はカッコよくでかい肉を焼くとかそういう良いとこ取りしかしないんですよあの人、俺って何なんですかねえぇ」
クレッドの側近は堰を切ったように、いきなり弟の愚痴をこぼし始めた。
こいつ完全に酔っ払ってる……
騎士の変貌に驚きつつも、なんだか申し訳なく感じた俺は、出来るだけ親身に相手になろうとした。
「そうなのか。悪いな、ネイド。お前の頑張りは、あいつも分かってると思うよ。つうかお前がいなかったら色々任務まわりとか、変人集合の四騎士達とか大変な事になると思うし。クレッドには絶対に必要な存在だって」
肩に手を置き、励ましの言葉をかける。
すると騎士は目を大きく開け、肩を震わせた。
「せ、セラウェさん……優しいぃー! ほんとに兄弟? 信じられません俺!」
「ちょ、なに、うわあぁぁやめろ、離せッッッ」
突然、ベロベロに酔った騎士に抱きつかれ絶叫する。
どうにか逃れようとするが、さすが四騎士、優しげな見た目に反して握力が半端ない。
向かいに座った騎士達に助けを求めるが、二人とも愉しそうな、半分呆れたような顔をして完全に放置だった。
おいふざけんなよ薄情者、弱者に優しい聖騎士はどこ行ったんだ?
絶望の中そのままソファに押し倒され、胸に頬をすりすりされる。
こいつは悪い奴ではない。だがさすがに全身鳥肌が立ってきた。
真っさらな心で空を仰いでいると、視界に金髪蒼眼の男の姿が目に入った。
今日何度目か分からない、静かなる憤怒で見下ろしている。
「おい……ネイドお前、いい加減にしろよ……このッ……兄貴に抱きつくな!」
クレッドが俺の上に乗っている男の首根を掴み、ソファから引きずり下ろした。
短い悲鳴を上げたネイドは床に足を投げ出して座ったまま、目をぱちくりさせている。
「グレモリー、ユトナ。こいつを部屋に閉じ込めておけ」
「へいへい。ほら、団長がお怒りだぞ。立てよネイド」
「嫌だぁ! 俺はもっと飲みたいんだぁー!」
「言うこと聞けよ、ネイド。後でハイデルにどやされるのはお前だぞ」
駄々をこねる騎士が強引に連れて行かれると、途端に場が静かになった。
何だったんだ今の。
唯一の常識人だと思ってたネイドのあんな姿、知りたくなかった……
隣に腰を下ろしたクレッドは、完全に苛立ってるように見えた。
俺は恐る恐る奴に耳打ちした。
「なあ、酒飲むとああなっちゃうの? あいつ」
「そうだよ、毎回こうだ。だから嫌だったんだ……くそッ」
「ま、まあまあ。色々溜まってるみたいだぞ。優しくしてあげろよ」
「え? 俺はかなり優しいぞ。指導の範囲内だよ」
鬼畜な面でしれっと述べる弟に戦慄する。
ごめんネイド。俺もこいつがちょっと怖い、主に奴の二面性が。
しばらくして、二人の騎士が戻ってきた。若干疲れた様子でソファにどさっと腰を降ろす。
「あーあいつほんと厄介な野郎だわ。にしても団長。やっぱこの家、いつ来ても最高だよなあ。住み心地もいいだろ?」
「まあな。あんまり帰ってないけどな」
「勿体ねえことしないでちゃんと帰れよ。せっかく俺がこの物件勧めてやったのに。いい買い物だと思うぜ、なあユトナ」
「ああ。たまにこうやって、皆で飲んだり騒いだり出来るからな。部屋も多いから泊まれるし。ハイデルにははた迷惑かもしれないが」
好き好きに述べる騎士達の言葉に、クレッドが呆れた顔を向けた。
なんだそれ。そんな話初耳だぞ。
つうか人に勧められてホイホイ家買えるほど、稼いでんのかこいつ。
無性に敗北感が募りぎろっと睨むと、弟は健やかな笑みで見返してきた。
「まあ、この家はいつか買い替えるかもしれないけど。どうせなら兄貴の意見も取り入れたいからな」
……え? 突然何を言い出すんだこの弟は。
俺が凝視しても弟はにこにこしている。
するとグレモリーの大げさな溜息が響いた。
「おいおい団長。ブラコンも大概にしとけよ。いくらあんたでもそんな事言ってたら、将来嫁さん来ねえぞ」
何気なく吐かれた意見にぎくっとする。
だがクレッドは鼻で笑い、さらに暴走し始めた。
俺のことを熱のこもった眼差しでじっと見つめてくる。
「そんなものは要らん。なぜなら俺にはすでに心に決めーー」
「んああぁぁッ」
俺の奇声に騎士達が怪訝な目を向けた。
一人だけ呑気な顔をしている弟の腕をぐいっと引っ張る。
「な、なあそういや俺まだこの家全部見てない。案内してくれねえ? クレッド」
「ああ、そうだったな兄貴。分かった。じゃあ今すぐ行こう」
完全なる嘘に弟は即座に頷き、二人してそそくさとテラスを抜け出した。
一階まで駆け足で下りていく。
俺は速攻弟を近くの空き部屋に押し込め、胸ぐらを掴んで詰め寄った。
「おま、お前っ何考えてんだ、頭がどうかしてるぞ! 発言に気をつけろ!」
「だって兄貴。本当のことだろ? 俺、自分の気持ちが抑えきれないんだ。兄貴がそばにいると、余計に……」
困ったような顔を向けられたかと思うと、不意打ちのようにちゅっと口付けされた。
一瞬のうちに頭がぼうっとするが、すぐにぶんぶんと振り払う。
「そ、それは俺も嬉しい。けど時と場所を考えろっていつも言ってるだろ。お前は今、部下たちといるんだぞ」
「分かった。考えるから」
そう言って頬に手を添えられ、何度もキスを繰り返される。
全然分かってねえこいつ。
うっとりとした目つきで見返され、さっと目線を外した。
なんで異様に甘い雰囲気醸し出してんだ、この弟は。
「あぁ……かわいい」
小声で呟いて頬や首に口付けを落とされ、意図せず息が上がってしまう。
背中をぎゅっと掴むと、腕の中に優しく包み込まれた。
「今日はごめんな。本当は二人で過ごしたかったけど、あいつらを招待しなきゃならなくて」
「違うよ、俺こそ邪魔して悪かったな。それに色々と……みっともない真似したし」
「いいよ。こっそり後ついて来る兄貴、かわいかったから。俺のこと、気になったのか?」
「……そりゃそうだろ。……いつも気になってる。今お前が何してるのかな、とか」
恥ずかしさを堪えて本音をこぼした。
すると何故か弟は俺の肩の上に頭をぼすっと埋め、はああ、と盛大にため息をついた。
「俺も同じだ。兄貴のことばっかり考えてる。……ああもう、俺早く兄貴と暮らしたい。この前はいつか一緒にとか言ったけど俺全然我慢できない」
早口で告げられ心臓がドキドキと速まっていく。
やばい。弟の素直な気持ちが嬉しい。
心の中で喜んじゃってる。
でもさわさわと体に触れてくる手のせいで、全く集中出来ない。
「ああッ、分かったから、もう、あっち戻るぞっ」
「待って。もうちょっとだけ、兄貴……」
クレッドは熱い抱擁を与えながら、また甘えるような声を出し、俺の意志を揺るがしてくる。
結局不自然に場を離れた俺達兄弟が戻ったのは、しばらく経ってからだった。
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