ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 115 二人の団長

「お買い上げありがとうございました」
「あっはい。どうも、お世話さまです」

豪華客船の下層階にある高級店から、俺はひとり自動のガラス扉をくぐり抜けた。手にはあるブツが入った紙袋をぶら下げている。

「くっくっく……あいつ喜ぶかなぁ……」

これを手渡した瞬間を夢想し、怪しい笑みがこぼれる。
その時ふと腰に痛みが走り、さすりながら前屈みになった。

「いてて……体中筋肉痛だわ。仕方ないか、発情日の後はな」

独り言をつぶやき、また艦内を歩き出した。
昨日は予期せず激しい触れ合いをしたせいで、俺とクレッドは遅めの朝を迎えた。
明日で最後となる寄港地へ向かうため、サン・レフィアス号は魔界の大海原を航海中だ。

時計は午後3時を示していて、部屋にもどる前にカフェテリアでなんか食うか、そう思った頃。
突然後ろから近づいてきた大きな気配に、呼び止められた。

「おい、そこのーーお前」

VIP客の自分に不躾な声が飛んできて、怪訝に思い振り向く。そして目を剥いた。
大柄で筋肉質な金髪の男が、鋭い目付きで俺を見下ろしている。

こいつ、確か…。

「何だよ。お、俺に何の用だ。カツアゲなら他当たってーー」
「ルニア見なかったか? 探してるんだ」

体格差と威圧感からびびる俺に、平然と尋ねてきた。
一瞬何のことか分からなかったが、この間の苦いやり取りを思い出し、すぐにため息が出る。

「ああ、あの淫魔か。知らないけど。つうか危ないだろ、目離すなよ」
「好きで離したわけじゃねえよ。あいつは悪魔だから姿も気配も消せるんだ。魔界にいると自分の魔力も制限されててな…」

浅黒い肌の男がチッと舌を打つ。
だがどうやら本気で心配しているらしい。人間同士だからか、焦りの表情がやけに見てとれた。

「え、そうなの? やっぱやべえ奴だな。でも分かるわ、俺も魔力がいつもより封印されちゃっててさぁ。ほんとはもっと凄いんだよ」
「へえ。……体格からしてお前魔術師だろ。魔界を遊び回ってるとは、さぞ高名な術師なんだろうな」

この野郎、絶対そんなこと思ってねえだろ。剣士のくせに俺と同等の魔力持ちやがって。
一瞬むかついたが同種族だし……まぁ力的に敵にまわすべきじゃなさそうだ。

「お前、名は何と言う」
「セラウェだけど。偉そうな奴だな。あんたも名乗れよ」
「俺はべリアスだ。お前の弟は? どこにいる」
「……クレッド? ……あっ!!」

やばい事思い出した。
午前中は部屋で共にまったり過ごしていたのだが、俺が今買い物してる間、あいつは一人でジムに運動しに行くと行っていた。

あの色欲悪魔、まさか男を漁りにそこに向かったんじゃ。

「嫌な予感がする。おい、奴はジムにいるんじゃないか」
「いや、確認したがいなかった」
「だから透明になってたら見えないだろ。俺の弟がいるから危ない」
「ああ。お前の弟なら魔族の女に囲まれてたな」

突然冷静な声で信じられない言葉を吐かれ、唖然とする。

「……はっ? お前それ早く言えよ! もっと大事なことだろうがッ」
「俺には関係ねえ。つうか言っておくが、女のほうがルニアよりマシだぞ」

この仏頂面の騎士、それが人に物を頼む態度か?
俺にとってはどっちも同じくらい冷や汗もんなのに。

るんるんで買い物していた間の非常事態に焦り、俺はこのいけ好かない騎士を連れ出し、船の上階へと向かうのだった。




** クレッド視点 **


午後になり兄貴と一旦離れた俺は、訓練を兼ねて船内にあるジムにいた。

本当は目を離すのは不安だったが、皆にお土産を買う用があるらしい。
何かあったらすぐに周りの係員に知らせるようにと伝えたら、俺はそんな子供じゃねえと怒られた。

自分も休暇中の体のなまりを解消するため、兄が寝ている時間や暇を見て鍛練していたのだがーー今、少し困ったことが起きている。

「ねえあなた、どこから来たの? こんなに逞しくて美しい人間の男がいたなんて、びっくりしたわ」
「本当そうよね、100年に一度の一級品よこれは。ねえ欲しいもの何でもあげるから、私達と一緒に過ごしましょうよ」

俺とあまり目線の変わらない二人の銀髪女性が、さっきから絶えず話しかけてくる。
この場にいる男達同様、はだけたトレーニング服をまとっていたが、まったく運動をせず周りを陣取っていた。

「いえ、申し訳ないが用事があるので。出来ません」
「あらぁ、つれない。夜でもいいわよ? むしろそっちのほうがいいかも」
「そうそう。取って食べないって約束するから、三人で楽しみましょうってば」

人を惑わそうとする妖艶な目つきに引きつつも、魔族といえど同じ船の客であり女性だ。武力行使するわけにはいかないし、事を荒立てるべきではない。

こんな時、手間取る自分の不甲斐なさに頭を抱えたくなる。
それにもし兄貴に見られたらまずい。それが一番嫌だ。

一人の女性に強引に腕を組まれそうになった時だった。
突然何もなかった空間から、ある男が現れた。黒髪で目鼻立ちの整った、白い肌の魔族だ。

「お姉さん達、その人俺の餌なんだ。離してあげてくれない?」

魅惑的な笑顔を浮かべる青年を一瞥し、彼女らは驚きもせずにこりと瞳を細めた。

「なあに坊や。一緒に混ざりたいの? 四人でもいいわよ」
「そうね。あなた可愛いし。今日はラッキーかも」
「いや悪いけど俺男が好きでさ。だから男だけなら4P希望」

淫魔が腕を組みつつ頷く。
何を言ってるんだこいつらは。さらに吐き気を催す会話をする魔族には、完全についていけない。

「はぁ? じゃあいいわ。変態は引っ込んでな。ちょっと可愛い顔だからって生意気言ってんじゃないわよ」
「そうよクソガキ。彼はあんたと違ってノーマルだから、あっち行って」
「いやいや、この騎士も男好きだよ。俺が船で見つけた獲物なんだ、もう契約したし。なぁお兄さん?」
「いや違う。俺は恋人である兄貴と旅行中だ。二人とも、申し訳ないが他を当たってくれ。俺に君達の相手は出来ないし、するつもりもない」

呆れと殺気が拮抗する中、そうはっきり告げると彼女達の瞳がぎらついた。
横から「話合わせろよ頑固な男だなぁ」と小突かれたが、嘘はつきたくなかった。

淫魔が俺の手を持ち上げた。紋章を二人にちらつかせると、瞳の色が変わる。

「ほら、これは高位魔族のお手付きだ。いくら人間でも傷物にしたら怒られるぜ」
「ふん、分かってるわよ。ヴェルガロン様のとこでしょ。ちょっと遊ぼうと思っただけじゃない。……もういいわ、出禁になりたくないし。行きましょっ」

女性が勢いよく踵を返し、もう一人も「男同士仲良くね!」と捨て台詞を吐きながら連れだって行った。

……なんだか腑に落ちないが、とりあえずこの場を収めることが出来たようだ。
俺は渋い顔で男に向き直った。

「感謝したくないが礼を言う。一応助かった」
「ああ、別にいいよ。じゃあさっそくお礼して欲しいんだけど、俺と一晩どう?」

寒気を抑えつつ無視して立ち去ろうとする。すると腕を掴まれた。

「待てよ、冗談だって。なぁ、ヴェルガロンって誰? あんたお偉いさんの知り合いなの?」
「……知らないのか? まあ俺もだが……人間界にいる友人の関係者らしい」
「ふうん。俺自慢じゃないけど、箱入り息子だから世間のこと知らなくてさ。兄上に聞けば分かるかな」

まるで人間のように、首を傾げて考える素振りを見せている。

「お前も兄弟がいるのか?」
「うん。八人兄弟の末っ子なんだ。みんな男だよ」
「そうか、随分多いな。俺も四人兄弟の一番下だ」

不思議な奴だ。話してみると、時折子供のように素直な雰囲気をまとい始める。
ひょっとして末子特有の性質なのだろうか。ーーいや、俺は断じてこんな奴と似てはいないが。

「ところでお前、こんなところで何をしてたんだ? 偶然現れたふうには見えなかったが……」
「なにって、マッチョ鑑賞に決まってんだろ。透明の術使えば間近で見放題だよ」

おぞましい趣味を明かされ、戦慄が走る。
自分も昨日偶然透明だったが、隠れてこそこそ兄貴の様子を伺うなんて真似はーーまぁ、しちゃダメだろう。少し興味が湧いたとしても。

というかこの淫魔と呑気に話してるとこを万が一兄貴に見られたら、終わりだ。

適当に会話を終わらせジムを出ようとした時。
入り口の扉ごしに、向かい側の通りが目に入った。ひと目で分かる兄の姿と、隣に誰か大きな男が一緒にいる。

しかも兄は歩きながら何かを話し、大きな口を開けて爆笑していた。
楽しそうな様子に一瞬愕然としつつも、俺はすぐに目を血走らせた。

「なんだあれは。おい、お前も一緒に来い」
「えっ。どこに? その気になった?」
「ふざけるな。お前の相手と俺の兄貴が一緒にいるんだ」

自分のことは棚に上げ、こんな短い時間に仲良くなったのかと焦燥を抱きながら、俺はその場を飛び出した。








** セラウェ視点 **


艦内はまるで高層建築のように広く、移動装置を使っても目的地まではそれなりに時間がかかる。

少し会話をしてみて分かったが、隣にいる無愛想で一見冷静沈着な男が、あの奔放そうな悪魔を汗水たらして探していたかと思うと、若干気の毒になるぐらいだ。

「おい、お前の弟が走ってくるぞ。それに……ああ、あの野郎。やっぱ一緒にいやがったか」
「えっうそ、どこ?」

騎士べリアスの言葉にきょろきょろと辺りを見渡す。
すると奴の言う通り、目的のジムから二人の男がこちらに向かってきていた。

たったの数時間なのに、昨日一日弟が見えなかった反動からか、俺はまたクレッドに会えて嬉しくなった。近くまで来たら思わずその胸に飛び込んだ。

「クレッド! 良かった、無事だったんだな……!」

店が立ち並ぶ通り道で人目も憚らず抱きつくと、弟はびくりと立ち止まった。
そして何故か棒立ちだったのが、ゆっくり腕が回されて強く抱擁される。

「あ、兄貴……何の話……いや、兄貴は大丈夫か? なんでその男と一緒にいるんだ」

弟が心配そうな表情に明らかな嫉妬をにじませ、尋ねてきた。

「違う違う。こいつは淫魔を探してたんだって。だから俺も協力してたんだよ」

そう告げてあの二人を見やると、悪魔のルニアはちょうど騎士に後ろから羽交い締めにされていた。悲鳴を上げながら悶えている。

「お前……なんで俺の言うこと聞かねえんだ? 旅行の時ぐらい勝手にいなくなるな。必死に探すほうの身にもなれよ、この淫乱悪魔」
「ああッ、べリアス、違うって! 誤解だ、この騎士がナンパされてたの助けてたんだって!」

なんだと?
やっぱりかと腹立ちつつも、兄としてナンパという言葉は聞き捨てならない。

「どういうことだよ、クレッド」
「……いや、それは……まぁ本当だが」

口が重そうな弟から全て聞き出すことにする。予想通り、どうやらジムでひと悶着あったらしい。

「そっか。じゃあとりあえず難を逃れたんだな。一応こいつのおかげで」

複雑な思いでため息を吐くと、ルニアはにやりと俺に笑いかけた。

なんだろう、なんかこいつ腹立たしい。ただの同族嫌悪ではなく、やっぱり俺の弟でいかがわしい想像してんじゃねえかという苛立ちが湧くんだよな。

騎士がじろりと淫魔を見た。

「絶対下心あっただろ、お前」
「べリアス、愚問だな。悪魔は下心で出来てるんだぞ」
「何か言ったか?」
「んあぁ! うそうそ! 後であんたのお仕置き受けるからぁ!」

気色の悪いやり取りに引いていると、ルニアが俺に目配せをしてきた。

「お礼はいいよお兄ちゃん。もう俺たち友達だもんな?」
「はっ? なに言ってんだ。確かに今回は有り難いけど、悪魔なんて物騒な友達いるかッ、俺はすでに普段やばい連中に囲まれてんだよッ」

ヒートアップしながら奴に向かいそうになる体を、弟にがしりと止められた。
奴はまだどこか納得のいかない顔をしている。

再びごちゃごちゃとやり合っている二人を尻目に、俺はクレッドに向き直させられた。

「兄貴、あいつと仲良くなったのか? 何喋ってたんだ」
「ん? 別になんも……」
「いや爆笑してたぞ。俺ちゃんと見たぞ」

やけに真剣な顔で問いかける弟が、段々と可愛く思えてくる。
そうだったのか。よくこいつに変なところ見られちゃうなと頭を掻いた。

「ああ、いやそれがさ。あいつもお前と同じ騎士団長なんだって。しかも奴らのなれ初め聞いたら、全裸で寝てるとこを淫魔に襲われたらしい。笑えねえ? それだけじゃなくて、騎士団の連中も色々と食ってたみたいだ。頭おかしいよな、ほんと狙われたのがソラサーグじゃなくてよかったよ」

俺が笑いながら話すと、クレッドが微動だにしなくなった。

あ、まずい。
倫理観の薄い魔導師の俺とは違い、聖騎士の弟は意外に潔癖なところがあり、顔をひきつらせていた。

「兄貴。もう行こう。こんなふしだらな連中とは付き合っちゃダメだ」

手を握られて連れられそうになったところを、軽やかな声に引き留められる。

「おいおい、団長さん。せっかくの兄貴の交友関係狭めるなよ。過度な束縛は良くないぜ?」
「……お、俺は束縛なんてしてない……ぞ。お前の相手と一緒にするな」

クレッドがなぜか動揺しながら奴を睨んだ。
だいたい俺も友達になる気なんかないんだが。

「俺はいいんだよ、べリアスの束縛結構気に入ってるから。なぁべリアス」
「それは良かった。とか言うと思うか? お前は少し反省しろ、ルニア」

呆れ顔の騎士が、再び俺たちを鋭い眼差しで見つめる。
ぎくりと背筋が伸びたが、矛先は突然クレッドに向けられた。

「……お前、ソラサーグの団長なのか。東の都市部にある聖騎士団だろう。中々名高い集団だ」
「そうだが。お前はどこの頭なんだ。まぁ聞いても分からないだろうが」
「俺は北の地方にあるメゼルダの団長だ。魔剣士の寄せ集めなんでな、おたくのようなエリートじゃねえけど」

二人は平然と喋り始めたが、俺がうっかり口にしてしまったせいで所属名がバレたと体中が震え出す。
どうしよう、地方とはいえ他の騎士団長に俺たちの禁断の関係が知られてしまった。もしかしたら金品などを脅されるかもしれない。

「お、おいクレッド。そんな堂々としちゃまずいって」
「何故だ? 俺は別に平気だよ、兄貴。バレることが怖くて団長やってられるか」

強気に言い放つ弟だが、こいつのように鋼の心を持たない俺は、ほんとにいいのかよと心配になる。

「ああ、それには同感だ。まあ俺の場合部下連中にはもう知られてるがな。仕方がねえ。大事なのはルニアだからな」
「……べリアスぅっ」
「ほう。貴様わりと肝が据わった男だな。取り巻く状況は狂ってると思うが、その心意気は買うぞ。俺も兄貴が一番大切だ。他は二の次だからな」

なぜか二人が意見を合わせ始めて混乱した。

よく分からないけど一触即発にはならないみたいで、良かったーーのか。いやこいつら絶対おかしいだろ。
団長って少しズレてないと出来ないのかな? やっぱり一般人の自分とは次元が違うのかもしれない。

俺の視線に気づいたクレッドが、ふと肩を抱きよせて微笑みを向けてきた。

「お前、やっぱ凄いな。どうやったらそんな強くなれるんだ。いつか弱み握られるかもしんないぞ」
「……そうだな。確かに俺にとって兄貴の存在は弱点にもなり得るけど、それ以上に強みなんだよ。つまり兄貴がいてくれれば、この先何も恐れるものはない。分かるだろ?」

にこりと笑いかけられて、ぐうの音も出ない。

俺は兄貴だから、つい立派な弟の将来を気にかけてしまうのだが。
こうまではっきり言われると、気持ちが揺らいでくる。

「うーん……分かるような、すんなり納得しちゃまずいような……」
「そこはすんなり俺もだよって言ってくれ」

クレッドが苦笑しながら突っ込んできた。

「まあなんかあったら、俺がいるし。俺に何かあっても、お前がいてくれるもんな」

船内の道端でやたら大袈裟な話になってしまったが、ぽつりと呟いた。
すると弟は瞳を輝かせ、「うん」と嬉しそうに笑った。

目の前の悪魔と騎士はまだうるさくやり合っている。

まぁこんな奴らも何だかんだ上手くいってんだから、俺達だって大丈夫だよな、絶対。
妙な自信を分け与えられた俺は、再び弟の手を握り、深く頷いたのだった。



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