▼ 114 発情 ※
弟が透明になったって、俺はこいつのことが好きだし、見えない分余計に想いが募り、求めてしまう。
それに俺が半獣人という弟しか得のしない、おかしな姿になってしまったとしても、愛は変わらずに注がれ、弟は俺を心行くまで満たしてくれるーーそう思っていた。
「……んぅ……ッ……もう、舐めるの……いいから!」
「じゃあどうして欲しいの、兄貴……」
「……そ、それは……」
執拗に責められていた胸から舌が離されると、クレッドの焦らすような問いかけが降ってきた。
弟の愛撫は気持ち良くて我慢できなくなる位だが、俺はただ、今は隙間なく抱き締められて早く繋がりたい、互いの熱を感じ合いたい。
ぼうっとする頭でずっとそんな考えを巡らせていた。
でも素直に言えるはずもなく、真上にいるだろうクレッドに下からしがみつき、頑張って足を絡ませる他なかった。
びくり、と弟の腰が震えるのを感じた。
見計らったように「クレッド…」と甘えた声を出す。恥ずかしい台詞よりもこんな行動のほうがましだと思えてしまうのだから、弟と触れ合っているときの俺はやっぱり少しおかしいのだ。
「兄貴、俺に擦りつけちゃってるよ……やらしいな、ほんとに」
「……ん、あぁッ」
興奮をにじませ咎める低い声が、耳元に押し当てられゾクゾクする。
俺の足が開かれ、太ももをぐっと上に向かせられる。尻の間はすでに、弟が塗り込んでいた液に濡れて、自覚するのも恥ずかしい位に待ち望んでいた。
「は、早く……もう、」
「欲しい? 俺の……」
こくこくと頷くが、姿の見えない弟がせつなく感じる。
俺は体温を感じたくて、前に腕を伸ばそうとした。だがその時、クレッドに異変が起きた。
「…………ッ、……な、なんだ」
弟の声音に焦りと深刻さを感じ取り、閉じかけていた目を開いた。
クレッドはその場で動きを止め、何も語らない。おかしいと思った俺は奴の名前を呼んで問いかけた。
「なに? どうしたんだ、お前ーー」
すると近くにあったはずの体温が急にバッと遠ざかり、ベッドが大きく弾むのと共に、どたどたと足音が聞こえた。
突然のことに訳が分からなくなったが、俺は薄暗い寝室の中で手探りで弟を探す。
しかし、奴はどこか別の場所へ行ってしまったみたいだった。
「えっ、クレッド? どこっ?」
ぽつんと残され呆然としていたが、すぐにバタン!と別の部屋の扉が閉まる音がした。
俺は急いで起き上がり、船室の中のリビングや別室など全て探し回った。
そしてようやく、なぜかクレッドが一番遠い浴室内に閉じ籠ったことを知った。
焦りながらドアを何度も叩く。
「おい、何やってんだよ、急にどうした? 具合悪いのか? クレッド!」
こんなことは初めてで、もしかして透明になった副作用で何か起こったのかと、心配のあまり俺は半分パニックになっていた。
だがしばらくして予期せぬ答えが中から返ってきた。
「兄貴、ごめん、今……ダメだ、出来ない」
「え!? なんで? いやそんなのいいから早く、鍵開けろってば! 心配だからーー」
「そうじゃない、始まったみたいだ、……あれが……ッ」
「……あれって、何それ……?」
変わらず切羽詰まったクレッドの答えと、浴室内から異様に激しい呼吸の音を聞き付けた俺は、ぐるぐると思考を巡らせた。
そして、ある可能性に思い至った。
えっ。まさか……アレのことか?
しかし、俺の密かな計算式および日程表によると、その時期はもう少し先のはずだが。
「本当なのか? お前、いま発情しちゃったのか」
「…………ああ。たぶん、……ていうか絶対、そうだ、これは……ッ」
苦しそうな弟の様子にいてもたっても居られなくなった俺は、しつこく食い下がり扉を開けてもらおうとした。だが弟は許可しなかった。
「なあ、なんで閉じ籠るんだよ! 一人で我慢すんなって、もう何度か俺達ちゃんと乗り越えてきただろ! クレッド!」
そうだ。呪いの上書きのせいで最低月二回はやってくる弟の激しい欲情ーー。
最初は互いに大変な目に合ったが、最近はクレッドの様子もあくまで以前と比較するとマシになっていた。
それにハネムーン中とはいえ、俺達の間柄で今さら隠すこともないのに。
「駄目だよ、いま透明で術にもかかってるし、兄貴のこと……もっと怖がらせたくない、抑えが効かない、かも」
「いいよ別に、平気だから出てこいよ、俺がちゃんと一緒に受け止めてーー」
「む、無理だって言ってるだろ! お願いだ兄貴、俺の言うこと聞いて、早く一人で寝てくれ!」
言葉を遮るように怒鳴られて、俺は目を白黒させた。
なんだよそれ。どんな時でも一緒にいるって言ったのに。
辛いときだって何でも俺にぶつけて欲しいのに。愛を誓うってそういうことじゃないのか?
「……馬鹿野郎っ、お前の愛はそんなもんなのかよ、もういい! ほんとに一人で寝るからな! 後で泣きついてきても無視してやっからな!!」
売り言葉に買い言葉でぷっつんと切れてしまった俺は、わざとらしく足音を響かせ、寝室に戻り大きな音でドアを閉めた。
あいつはバカだ。
発情したって、見えなくなったって、ちょっとぐらい怖くなったとしても。
俺はクレッドが好きなのに。今さら何されたって、この気持ちは揺るがないのにな。
空っぽの天蓋つきのベッドに、今度は本当に一人になってしまった。
丸まって横たわり、目を閉じる。さっきまでここで、熱い体温を感じていたのを思い出す。
クレッドのやつ、今つらいだろうな。呪いの発情は急にやってきて、ほぼ強制的じゃないかと思わせるほど、何度も射精を促す。それでも熱は中々引かない。
そもそも対象が俺のみなのだから、一人で我慢すればいいという単純な話ではないのだ。
それに、弟のことは心配だけど、俺だってこの散々焦らされて火照ってしまった体は、どうやってもて余せばいいんだ? なんであいつは時々、俺のこと放置するんだ。
欲しいのは、お前だけじゃない。俺だってお前がほしいんだ。クレッドが思ってるよりも、もっと酷く……欲しがっているんだ。
「ん、ん……っ」
弟の愛撫には程遠く物足りないけれど、なんとなく抜いてやらなきゃ気がすまない。
近い場所にいるのに馬鹿みたいだが、このままじゃ眠れないし、もういいや。
しかし、獣の手のままじゃ、満足に自慰も出来ない。
仕方なく押すように擦っていると、だんだん内側から欲求がせり上がってきた。
「はあ、はあ、んぁ」
射精しそうになり、ぎゅっと目をつむる。弟の顔と体を思い浮かべて、手の動きを速めた。
「あ、あ、クレッド……もっと……」
ばか野郎。一人でこんなことさせやがって。
「……んっ、い、ぁ……ッ」
脳内で悪態をつきながら、快感だけは止まってくれず、やがて俺はさらに体をぎゅっと丸め、腰をびくびくと震わせた。
横になったままで、体にもシーツにも自分の液が飛んでしまったが、どうでも良かった。
拭き取んないと……そう思ってる間に、急激な眠気と気持ちよさが襲い、俺はゆっくりと瞼を閉じてしまった。
** クレッド視点 **
風呂場に立て込もって、もう一時間ぐらいは経っただろうか。
とりあえず冷たい水に当たり二回ほど抜いてみたが、一向におさまる気配はない。
これが呪いの恐ろしいところだ。俺は自分の兄にこの熱を注ぎ込まなければ、心も体も満ち足りないのだ。
「はぁ、はぁ、……クソ……ッ」
この旅行だって兄貴が落ち着いて過ごせるようにと、安全な日を狙って計画したのに。
まさかこんなことになるとは。憶測に過ぎないが、旅行中に幾度となく魔術にさらされたことに影響を受け、発情の時期が早まったのではないか。
ハイになりすぎて羽目を外し、罰が当たったんだ。
今兄貴は何をしているんだろう。突き放したせいで完全に怒らせたし、そのまま眠ってしまっただろうか。
早く謝らないといけない。でもこんな状態じゃ……
頭を抱え、閉じていた目をおもむろに開けた。
すると半日以上存在しなかった自分の腕が、突然うっすらと、目の前に現れた。
……もしかして、じきに術が解けるのか?
そう思ってじっとしていると、自らの体が次第にもとの形を取り戻していった。
「戻ったのか……」
予期したよりも早いのは幸運だ。久しく感じる肉体に安堵するが、過剰な熱は体内に留まったままで、発情が過ぎ去ったわけではないことは分かっていた。
でも、俺が戻ったということは、兄貴にも何か変化があったかもしれない。確認しなければ。
一瞬だけ様子を見て、また離れれば問題はないはずだ。
そんな都合のいいことを考えた俺は、固かった決意をあっさりと翻し、浴室の扉に手をかけた。
ドクドク、と鼓動がうるさい。
寝室に向かうと、暗がりの中寝息が聞こえた。
レースのカーテンをめくり、兄の姿を見つけるがーーその光景に目を見張る。
頭についていた可愛らしい獣耳も、小さな尻から生えていた手触りの良い尻尾も、完全に消え去っていた。
……ああ。残念だ。
もっとその稀な姿を堪能して、可愛がってあげたかったのに。
しかし術が無事に解けたのは安心したし、良いことだ。
もう少ししたら俺の状態も落ち着くかもしれないし、また別室にでも行って堪えよう。
(そんなこと、この俺に出来るわけないのにな)
相反することを一人心の中で呟き、半分しかかかってなかった兄の体に、シーツをかけ直そうとする。
すると腹のあたりがべちゃっと濡れてるのが目に入った。
よく見ると、下のシーツも所々見慣れた液で染みている。
「……兄貴? ひとりで、したのか……?」
返事はなくスヤスヤと眠る頬を、久しぶりに感じる自分の指先で撫でる。
兄貴が一人で、自分のを愛撫していた。きっと俺に放っておかれたことにより、我慢できなくなって。やらしく腰を揺らし、顔を赤く染め上げて。
数秒我慢したが、もう無理だった。
俺は即座にシーツを剥ぎ、仰向かせた兄の上に馬乗りになった。
乱暴に両手をつき顔を近づけるが、それでも目を覚ましてくれない。
「はぁ……はぁ……いいのか、襲うぞ」
およそ愛する人に向ける言葉ではないものを吐き、じっと唇を見つめたあと、そこに口づけた。
柔らかい唇の隙間から舌を潜り込ませ、絡ませる。
「兄貴、あぁ、……兄貴……」
止められずに繰り返していると、兄の緑の瞳が薄く開かれた。
ぼうっとこっちを見たまま、ゆっくりと手が俺の顔に伸びてきた。
「バカ……遅い、お前……」
そう咎めてから俺の首に両腕を回し、ぎゅっと抱きついてきた。
俺は息を荒くさせながら、兄の後ろの黒髪を撫で、体を密着させる。
「ごめん、兄貴……待ってた?」
「……んん……寂しくて、一人でしちゃった……」
寝ぼけてるのか?
体の芯に響くような甘えた声を出してくる。その上さっきみたいに腰を擦りつけられると、片隅に残っていたほんの少しの理性が今度こそ消え失せてしまう。
それしか考えられない。愛する兄貴と、今すぐに繋がることしか。
「挿れていい? ……激しくするよ、兄貴」
開かせた足の間に自身をあてがい、濡れそぼったそこに挿入する。
仰け反った兄の体を捕まえて抱き込み、さらに奥へと押し入っていく。
「あ……んっ……クレッド……? お前の、顔、見える……!」
今気づいたのかと、欲望にまみれる頭の中で、少し微笑ましい気持ちが沸き起こる。
無我夢中に抱きつかれ、頬を両手で挟まれる。熱い口づけをされて、呼応するように腰を動かす。
兄の下半身がびくびくと跳ね、逃さないようにきつく抱いたまま押し付けて揺らす。
「ん、ふ、んあっ、あぁっ」
ずぷずぷ腰を入れ中をかき回す。奥を突くと漏れる兄のあえぎ声に頭がしびれていく。
「……っ、あぁ! クレッドっ、あ、んあぁ」
「気持ちいい? 俺の、欲しかったの?」
唇を塞ぎながら攻め立てる。絶え間なく締めつけてくる体がすでに答えを教えているが、兄は健気に顔を頷かせた。
「んっ、欲しかった、お前のっ……」
「……ああ、兄貴、俺も、……俺もだよ、ずっと兄貴が……欲しいんだ」
激しく求め合い、やがて兄の呼吸の感覚が短くなり、達するのだと悟った。
「だ、め、いく、いく、イク」
突き立てたい衝動と戦い、ぐっと抱き締めた。やがてくたっと脱力した兄が、赤らんだ顔を恥ずかしそうに上げた。
「……はあ、はあ、……き、気持ちい……お前も、いって、クレッド」
優しい声音で許しをもらい、鼓動がさらに跳ね上がる。
ここからが本当の始まりだ。射精してしまえば、歯止めが効かなくなる。
でも、欲しくて欲しくてたまらない。
この時ばかりは、満たされていたものを使い果たしてしまったかのように、兄への渇望がまた俺を支配する。
「いい? 兄貴に、いっぱい、出すぞ」
真下にある細い体を抱いて、激しく揺さぶる。
貫いたまま、何度も限りないキスを施す。
何も考えられない。兄貴と、自分以外ーーもう、何も存在しなくなっていた。
「あぁ、兄貴、イ、く……ッ」
欲望を愛する人にぶちまけて、また全てを受け止めてもらう。
引き抜いて、柔らかい身体をうつ伏せにした。
背中と首筋にキスをしていると、噛みつきたい衝動が襲う。代わりに白い肌を甘噛みし、兄が背中を仰け反らせた。
手を重ね握り合って、怖がらせないように、理性をまだ失わないように、愛する。
再び挿入して、じっくりと感触を確かめながら腰を動かす。
「はぁ、はぁ、兄貴、好き……」
後ろから抱き締めて、あふれでる想いを伝えた。
愛しくて、どうしようもない。衝動と感情が入り混じり、体も心も溶け合わせたくなる。
「好きだ、兄貴……」
後ろを振り返ろうとする横顔に手を添え、口づけを交わす。
「あっ、あぁ、クレッド、俺も……好き」
うっとりと見つめ合い、甘い唇を塞ぐ。離れたくない。離したくない。
この瞬間が永遠に続いてほしい。誰にも邪魔されず、触れさせず、永遠に。
いつも常に感じている、思っていることが、全身を駆け巡り伝えたいと願う。
また互いに達した後、ぐったりした兄が言葉をこぼした。
「クレッド、顔見てしたい……」
俺は体勢を変えてベッドに座り、兄を抱き寄せた。
繋がったまま見つめ合い、終わりのない交わりに身を委ねる。
「ああ、兄貴、もう、止まらないよ」
「……んぁ、あっ、俺も……っ」
兄のモノにも触れ、全身を気持ちよくしたくて愛撫する。
俺だけを感じてほしい。今この瞬間も、この先もずっと。
弟の自分だけを見ていてくれたら。
「愛してる、俺の兄貴……」
たまらず告げると、兄が恍惚とした表情でわずかに口を開いた。
「それ、好き……もっと言って」
顔を近づけてねだる様子が可愛くて、抱き寄せてキスをする。
「俺のだよ、兄貴はずっと……俺のものだ」
引かない熱に浮かされる俺に、兄の嬉しそうな微笑みが向けられる。頬を撫でられて、ちゅっと口づけられた。
何故だろう。
急に正気に返った瞬間がきて、照れくさく感じる。
久しく口にしていなかった言葉に、ふと自分も気づかされた。
きっと今の俺は、底抜けの願望にさらされて、一時的に足りなくなっているから。
ということはつまり、普段の俺はもうすでに、満たされているのだ。
俺の愛を許し、暖かな無限の愛情を注いでくれる、愛しい兄によって。
「……クレッド……? なんか、笑ってる。可愛い……」
不意に告げられた言葉にまた赤面する。
俺は笑顔の理由を知らせることも出来ず、もう一度兄のことを、ぎゅっと自分の腕に閉じ込めた。
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