ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 106 危ない変身願望

四日目になると、ハネムーンの折り返し地点となる新たな寄港地へ到着した。
ここは「トリアン」という地方の港湾都市で、この時期のある祭りを目的に、魔界中の多種族が集うことで有名らしい。

魔界でも異種間の垣根をとっぱらおうという趣旨のもと、思い思いの種族の仮装をする人々で賑わう歴史的な祭典ーーその名も、トリアン・ナイトカーニバルだ。

俺たちは日中に街中を出歩いた後、遅めの昼食がてら海岸沿いのレストランで食事を取っていた。
といっても屋内ではなく、街路地に面したお洒落なテラス席だ。

「あーやっぱ昼から飲むビールうめえ。なんかこの街、開放的だよなぁ。ほら、皆仮装してるし、お祭り気分最高!」

一人ほろ酔い状態でグラスを掲げ、そばの遊歩道を眺める。
ちょうど悪魔の角と黒翼をつけた人やら、ブラックジョークなのか光輪を頭にのせた天使の風貌の人が通り過ぎた。 

気合い入ってるなと感心するが、正直魔界なので、厳密には仮装なのか正装なのか区別がつかない。

「そうだな、俺達の世界でもここまで大規模なのは中々ないよな。……なぁ、兄貴も仮装したい?」
「はっ?」

テーブルクロスを挟んだ向かい側で、突然弟に微笑みながら問われた。

「俺が仮装だと…? 何言ってんだお前、俺は全然そーゆうキャラじゃないから。あくまで見るのが楽しいんであって、コスプレなんて考えたこともなーー」
「お待たせしました〜。ご注文の暗黒ティラミスです、冷たいのでご注意くださいませー」

なんの気配もなく横からウェイターが現れ、俺は思わずのけぞった。
セーラー服とショートパンツという際どい出で立ちで、俺たちの席を担当していた少年だ。

お礼を言って受けとると、クレッドがおもむろに口を開いた。

「すみません。ちょっとお聞きしても?」
「はいなんですか〜いいっすよお兄さん」
「この辺で観光客でも仮装できる場所探してるんですが、どこか知りませんか」

お、おい!
何真面目な表情でさらっと尋ねてんだこいつ。
まさかマジでやるつもりなのか?

「ああ、それなら良いとこ知ってます。結構穴場的な場所ですけど、本格的だし、萌え度もすごいですよ」
「萌え度……? なるほど、それはかなり気になるな」
「おっ、やっぱそっち系ですかお兄さん達。じゃあぜひ行ってみてください、店の場所はーー」

勝手に進んでいるおかしな会話に、若干恐ろしくなったが、とりあえずデザートを口にしつつ大人しくしていた。

少年に笑顔で礼を言った弟を、じろっと見つめる。 

「おい、お前本気か? 旅の恥は掻き捨てっていうけどなぁ、変なのはごめんだからな。とりあえず見に行くだけだぞ」
「兄貴……優しい。でも俺、見てみたい。違う姿になった兄貴も……。もうたぶん神々しいに違いない、想像を遥かに越えてきそうだよ」
「お前なんの想像してんだよ! つーか俺一人じゃやだからな、お前も付き合うんだぞっ」

念を押すように条件を示すと、クレッドが思ってもなかったという風に、目を丸くした。

「……俺? そんなこと俺がするわけないだろう。誰が見たいんだ一体。変なこと言うな、兄貴」
「俺が見たいに決まってんだろ。一人だけ助かろうとすんなよ、ほら」

身を乗り出し、スプーンですくった極寒ティラミスを弟の口に押し付ける。
一瞬戸惑ったあと、少し顔を赤くして、弟がぱくりと口に入れた。

そんな奴を笑顔で見ながら、今日のこの後を想像し、内心「ああどうしよ」と考える俺だった。



・・・


祭りのマーケットはちょっとしたダンジョンのようで、幾重にも入り組む迷路に出店が並んでいた。
目的は観光だが、服装はいつもの軽装備で、俺は魔導師らしく淡色のローブ姿、クレッドは濃紺の外套に長剣を携えていた。

土産ものや珍しい菓子などを物色しながら、なぜかわくわくした面持ちの弟とともに、仮装の店を見つけだした。

「あれ、なんだこの店……ちっちゃ」

道の一番端っこに、ぽつんと小さな木の小屋が建っていた。
丸い傘状の屋根に切り株みたいな外観はどうみても、俺と同じ背丈ぐらいしかなく、ミニチュアの建物のようだ。

「確かに看板には『魅惑の仮装屋アルマ』とか書いてあるけどさ、これお前入れねえだろ。子供の隠れ家みたいだそ」
「うん、おかしいな。どうなってるんだこれ」

クレッドが調べながら木のドアノブに手をかけ、そっと開いた。
扉の中に広がる光景を目の当たりにし、俺たちは驚愕する。

森の暮らしを思わせる、濃い木目調の天井と床。素朴な木彫りの家具類には色彩豊かなキルトが敷いてある。
だが全てのサイズが一回り以上小さい。

細部まで精巧な住居に目が奪われる中、最も仰天したのは、奥にある小さな一人掛けのソファから立ち上がった、稀有な存在だった。

「あっ、お客さまだ。いらっしゃいませ、どうぞ中にお入りくださいなー」

明るい様子で手招きしてきたのは、二頭身の獣族だ。
子犬のように垂れ下がった耳と大きな黒目、茶色の毛並みの物体が青のサロペットを着て、パタパタと二足歩行している。

「うおっ、やっべえマジかわいー!」

思わぬ異種族の登場に、一気にテンションが上がりきった俺は一目散に扉をくぐり抜ける。
「おい兄貴待てっ」と慌てた弟も俺の手を握ったまま、腰を屈めて後に続いた。

二人で中に入ると、もっと信じられないことが起きた。
小さく見えた室内が、みるみるうちに広々とした空間へと変貌する。
人間サイズとなった住居に俺達は唖然としながら、高い木目の天井を見上げた。

「どうなってんだこの家……。あの、これも君の魔術の一部なのかな?」

俺はその子の視線に合わせ、しゃがみこんで尋ねた。

「そうだよー。びっくりした? でもボクの魔法はもーっとすごいんだよ。その名も魅惑の変幻師アルマっていうの」

えっへんと胸を張り自己紹介をしている。
中身は生意気なガキっぽいが、まあモフモフで可愛いからOKだ。

「兄貴、さっそく頼んでみようか」
「お、おう。なんかこえーけど。ちょっと興味湧いてきたかも…」

全く乗り気じゃなかった俺だが、店のちっちゃな主人を見て、内心ちょっとどころではない関心が疼き始めていた。

弟が嬉々とした様子で身を乗り出す。

「アルマ君。俺達は観光客で、せっかくだから祭りに合った仮装をしたいと思ってるんだが、君にお願いすればいいのだろうか?」

獣族は短い腕を組みながら、うんうん頷いた。

「そうだよ。人間のお手伝いは久しぶりだけど、たぶん大丈夫かな。じゃあ手慣らしに、そっちの魔力が普通のおにいさんから始めよー」
「ああ? ちょっと余計だよねえその一言。僕もお客さんなんですけど?」

ぶつぶつ言いつつ、小さい赤椅子に座らせられた。
変幻師アルマが胸のポケットから大きな魔法杖を取り出す。

「じゃあいくよー」
「えっちょっと待ってくれよ、希望の仮装とか聞かないのかよ」

魔術師特有のマイペースさに何か嫌な予感がしていると、きょとんとした無垢な黒目に見つめられた。

「もう聞いたよ。何になりたいのかでしょう?」
「いや言ってないけど」
「でもボク知ってるもん。おにーさんの心に尋ねたからね♪ はい、リラックスしてー」

そいつの言葉に混乱する中、丸く包み込むような紫の光とともに術式が始まってしまった。
こうなれば下手に動くとまずいことになる。

隣でクレッドが固唾を飲んで見守る。
全身を薄い霧に包まれ数秒たった後、だんだん視界が開けてきた。

しかしその瞬間、俺は異常を感じ取った。

膝を握りしめていた両手が、ふわふわの黒い毛に覆われている。
裏返しぐーぱーすると、丸みを帯びた手に肉球もばっちりだ。

ーーどうみても猫の手みたいなんだが。

「な、なんだこれ。……ていうか待て、……足! 俺の足も靴なくなってる! 猫の足になっちゃってる!」

気が動転し立ち上がり、動物の手足になった自分に絶望する。

「兄貴……やばい……」

隣から魂が抜けたかのごとく、か細い声が聞こえた。
ゆっくりと見やると、頬を染めたクレッドが蒼目を潤ませていた。

しかしその瞳は、ふるふると俺の頭の上に向けられていた。

「すごい………かわいすぎる……猫耳ついてる!!」

は? 嘘だろ?
頭大丈夫かこいつ。

さすがにそんな寒いこと起こるわけないと思い、自分の頭を触った。
途端に怖気が走る。

ふわっとした三角っぽい耳が確かについていた。
しかも引っ張っても取れない。良くできた代物だ。

「お、おいおいおい、なんだこれ、誰が希望したんだこんなもん! 俺こんなコスプレ趣味ねーから! 早く戻せコラッ」

地団駄を踏みながらしゃがみこみ、獣族にメンチを切る。
奴は小首をかしげ、黒目をくりっとさせた。

「ええ? でもおにいさん、動物好き好き、動物になりたいーって叫んでたよ。ボク聞いたもん」
「言ってねえよバカか! 好きなのと自分がなりたいのはちげえんだよ、だいたい俺はこーゆう可愛い系のキャラじゃねえんだよっ」

客と店主との距離感も忘れ、ふーふー鼻息を荒げていると、弟にがしりと両肩を抱かれた。

「兄貴は何着てもかわいい。どんな姿でも愛らしいよ。ほら見て、しっぽもふわふわだ。気持ちいいぞこれ」
「んああっ触んなバカ!」

両手で黒い長毛の手触りを確かめられ、感じたことのないレベルで身震いした。
自分の手足を呆然と見つめながら、俺はがくりと肩を落とす。

「これいつ戻るんだ? こんなの恥ずかしくて外歩けねえよ…」
「うーんとね。明日まで解けないよ。せっかくだから一日楽しんでね」

無情な変幻師の言葉に、目の前が真っ暗になる。

「はぁ。はずい、クレッド。助けて……」

涙目で奴の胸に掴まった。
上目遣いで見上げると、弟が顔を真っ赤にして、ごくりと喉を鳴らした。

「もちろん助けるよ。俺がずっとそばにいるからな。……さ、じゃあ兄貴。デートの続きしよっか」

ちょっと待てよ。
なんか忘れてないか。ていうかさっさと踵を返して逃げられると思ってんのか。

「ちょっと君ね、このお兄さんも仮装したいんだってさ。よろしくね、責任とってよ」
「うん、分かったー。じゃあ行くよ、大きいおにいさんも心の準備してね♪」
「……はっ? いや俺はいいからほんとに、待て、おい……!」

俺は心を鬼にして弟を椅子に座らせた。
隣で腕組みをしながら、獣族の詠唱を見届ける。

俺がこんな無惨な姿になってしまったんだ。いったい俺の弟は、どうなっちゃうんだ?

魔導師の好奇心を燻らせ、結果を待った。
するとーーなんと俺以上に、とんでもないことが起こったのだった。

「出来たかなぁ〜。……あれ? なんか変だよ?」

もくもくと煙が立ち上る中、獣族のとぼけた声が響く。

「クレッド? おい…?」

俺も煙の中に弟を探した。

しかし、奴がいない。
椅子の上はもぬけの殻になっていた。

「……ちょ、どういうことだ。おれの弟どこだよ! なぁ!」

すーっと血の気が引いた俺は周囲を見渡し、完全にその姿が消えたことを悟ると、パニックに陥った。

「クレッド!! どこだ、やだ、ふざけんなっ!! あああああー!!」
「兄貴、どうしたんだ。俺はここだよ」

頭がおかしくなっていた俺に、近くから親しみのある声がかけられた。
バッと振り向くが、誰もいない。

「……クレッド? そこにいるのか」
「うん。俺ずっとここにいるけど、……どういうことだ? 見えないのか?」

戸惑いを滲ませる台詞を聞いて、ぐらっと目眩が襲った。

そんな、まさか。
なんで?

もしかして俺の弟、透明人間になっちゃったのかもしれない。



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