ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 閑話1 密かな願い

魔界クルーズの三日目。豪華客船サン・レフィアス号は、次の寄港地に向けて青々とした大海原を航海中だ。

俺とクレッドといえば、街観光の合間のちょっとした休日のような感覚で、船上のプールデッキに向かい、優雅な時間を過ごしていた。

時刻は昼のはずだが、夕暮れ時に似た薄紫の空が美しく、水面下から照らす幻想的な照明も非常にロマンチックである。

ここはプールサイドに屋根つきの大きめな白ソファベッドが置いてあり、客たちが飲み物を飲んだり休めたりと、ゆったり過ごせるようになっていた。

「はぁ〜。泳ぎ嫌いの俺だけどプールって結構楽しいな。良い年してはしゃいじゃったわ」
「確かに泳いでる兄貴かわいかった。あんまり見たことないし、貴重だな」

そばに立つクレッドが濡れた上半身をタオルで拭きながら、にこっと笑いかけてきて、若干恥ずかしくなる。

まぁ、普段だったら絶対兄弟二人でプールなんて行かねえもんな。魔界だから出来る体験だ。

水着にパーカーを羽織った俺は、近くのバースタンドで注文したフルーツジュースに口をつけていた。
隣に腰を下ろした弟のそばで、ぼんやりと二人の時間を満喫する。

ああ、やっぱこういう時間も良いな。
もうすでに旅行が半分に迫っているという事が寂しくなるぐらい、今のひとときが幸せに感じる……。

その時、ふと視界の端に人影が通った。
甲高いお喋りと共に、プールサイドを歩く水着姿の女性グループがいる。
さすが魔族というべきか、長い手足もさることながら豊満な部分の露出も高く、つい無意識にチラ見してしまっていた。

顔を下げてふと考える。
弟も男だし、こういうの…やっぱ見るんだろうか?

様子が気になり目線だけをさりげなく隣に向けた。
しかし弟はすでに真っ直ぐな眼差しで俺を見ていた。

「うぉっ!」

驚きのあまり間抜けな声を出す。
するとクレッドのがっちりとした裸体が迫ってきた。俺は勢いに押され、片手を後ろについたまま仰け反る。

「……なぁ」
「は、はい?」

おいなんで俺が窮地に立たされたみたいになってんだ、半分無実だぞ。
顎を取られ、クレッドが珍しく俺様的態度で見下ろしてくる。

「そっちじゃなくて、俺のこと見てよ、兄貴」

間近に見つめる蒼目はやけに真剣で、声はやたらと色っぽい。
俺はごくりと息を飲んだ。

「分かりましたすみません、以後気を付けますんで…」
「……なんで敬語なんだ?」

思わずぷっと笑い出す弟にどきまぎしながら、俺は誤魔化すように頭を掻いた。

ちょっと確かめようとしただけなのに、なんか自分が損してしまった。
ていうかこいつの精神力、やっぱ半端ねえな……とよく分からないところで感心する。

「えっと。じゃあさぁお前は俺だけを見てんのかよ?」

恥ずかしさに負けた馬鹿な俺は、ふざけて奴をソファベッドの上に押し倒し、余裕ぶって問いかけた。
目を見張るクレッドの腰近くに座り、意味ありげに腹の部分をなぞる。

ぴくりと動かした奴は、数度深く呼吸をした後、俺の手にそっと右手を重ねてきた。

「俺は兄貴しか目に入らないぞ。いつも、そうだ」

そう言って俺の背に腕を伸ばし、自分の胸へと引き寄せる。
引っ張られた俺は両手をついて、必死に倒れないようにした。

「お、い…!」
「動かないで、体ちゃんと預けて」
「む、無理だ、ここ外だからっ」
「誰も気にしてないよ。普段出来ないんだから、いいだろ?」

子供っぽい言い方で主張され、俺は驚いて一瞬動きを止めた。
まじまじと奴を見下ろす。

「……お前、外でいちゃつきたいタイプなのか?」
「うん、したい。デートでこうするの、夢だったんだ」

うっすらと紅潮し、少し期待を含んだ顔で言われると、こちらも反応に困る。

「兄貴は、やだ? だったら、我慢……する」

頬に手を添えられて、到底したくないという風に口を結んでいる。

弟のわがままに弱い俺は、少し考えた後、素早く周りの様子をきょろきょろと伺った。
恋人同士や仲間で寛いでいる人々が多く、確かに皆個人の時間を楽しんでいる。

「嫌じゃねえよ……知ってるだろ、俺が極度の照れ屋だってよ」

諦めて呟き、クレッドの体にぽすっと自身を預けた。
すると、ゆっくりと長い腕が回され、黙ったまま抱き締められた。

……うわ、やばい。
ただの自意識過剰なのだが、公共の場で誰かに見られてるかもという思いのせいで、想像以上に全身が火照る。

「知ってる。だから今余計に嬉しい、ありがとう兄貴」

こんなことで喜ばれるのかという驚きと一緒に、俺も段々温かい気持ちになってくる。

顔を上げて視線を交じらせた。
なんだか二人で初々しく、照れ合ってしまう。

ていうかこの体勢やっぱ長くは無理だろと我に返り、横に寝そべる。
しかし、ふとある疑問が湧いてきた俺は、体を半分起こし、奴に向き直った。

「あのさ。お前、もしかして……いつも、ちょっと窮屈に感じてたりするのか?」

突発的な問いに、クレッドが目を丸くしている。
まずった。もっとマシな聞き方あったかもしれない。

「だって、俺たちのことって、誰にも言えないだろ。まぁ俺の周りは知ってる奴多いけど…いや、お前の周りも結構いるか…?」

ぶつぶつ考えていると、頬にそっと指先が触れた。

「俺たちが一緒にいること、兄貴と一緒にいられることが、窮屈なわけない。幸せすぎて、怖くなるぐらいだよ」

真剣な表情で伝えられた言葉に、今度は俺が驚いた。
でもすぐに弟を安心させたくなって、柔らかく笑いかける。

「そうなのか? なんで怖いんだよ。バカだな」
「だって……すごいことだから、いまだに、信じられない時あるし……朝起きた時とか」

それを聞いて、柄にもなくときめいてしまった。

こいつは可愛いな。案外俺の方がもう普通に受け入れてんぞ。
やっぱ年上の余裕か?
…いやそんなもんないや、こいつには事あるごとに負けてるし。

金髪をくしゃくしゃしたら、弟がくすぐったそうに微笑んだ。
その笑顔を見てほっとする。

「夢じゃないから安心しろってば。まぁ、我慢させてたらやだなって、思っただけだからさ」
「我慢はしてないよ。俺すごいわがままだろ?」
「うん確かに…」

自然に同意すると、クレッドが軽く吹き出した。

だって本当のことだろ? 俺はそういうとこも気に入ってるけどな、とは言わないでおいた。調子に乗られたら困るからな。

「俺は、兄貴のこと好きすぎて皆に言いふらしたくなる。そういう子供っぽい発想なだけだよ」

ちょっと照れたみたいに告白した弟の顔を、すかさず覗きこんでやった。

「お前結構言いふらしてるだろ。騎士団のやつら知ってるぞ皆」
「そういうことじゃなくて……なに、恥ずかしいのか?」
「当たり前だろう。……まぁでも嬉しいよ。俺も弟好きだから。お前と同じブラコンだしな」

諦め混じりに開き直って告げた。
やっぱ旅行中は、普段と違う空気のせいで、おしゃべりになるのかもしれない。

再びごろんと寝返りを打つと、急にクレッドが体を起こし、俺を押し倒すような体勢になった。
唖然とする間もなく、唇にキスされる。

「おい、口にしていいとは言ってないんだけどーー」
「部屋に帰りたい。兄貴」

ぎゅっと抱かれ、呟かれた言葉に目を剥いた。

何なんだ、急に甘えてきやがって。
いつもは堂々として、やり込めてくるのに。こういう不意打ちなとこが弟のずるい所だ。

「なぁ、今日はいっぱい抱きたい」
「まっ待てよ、まだこんな時間だぞ」

真上にいる弟に髪を撫でられながら、じわりと考えが翻る。

……いや別に、いいんじゃないか?
だってハネムーンなんだし、せっかく毎日、二人きりなんだ。

「しょうがねえな。じゃあ早めに部屋戻るか…?」

勇気を奮って自分から誘ってみた。
なんだろう、心臓のどきどきが止まらない。

やけに緊張している自分に焦る。

始まった鼓動は、まだ顔を上気させているクレッドが、やがて頷いてからも鳴り止まなかった。



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