ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 102 淫らなカップル

夜になると俺たちは、船長主催の出航パーティーが行われるという、中階の大ホールを訪れた。ここでは夕食を振る舞われる間、観劇や奇術ショーなどを見ることが出来るらしい。

昼間の軽装から着替え、俺たちはちょっと魔界を意識したおしゃれなダークスーツに身を包んでいる。

船内では常にビュッフェ形式で飲み放題、食べ放題のため、ちょこちょこ甘いもんや軽食をつまんでいた俺は、若干後悔していた。

「兄貴、あんなに食べるから。夜コースだって言っただろ?」
「ごめんごめん。大丈夫だよ、ゆっくり食べれば入るからさ」
「無理しないで。……あ、俺飲み物持ってくるけど、何がいい?」
「お、ありがとー。ブルーカクテルがいいな、なんか海っぽいやつ」
「じゃあ俺もそうしよう。先に席で待ってて、兄貴」

にこりと言って促す弟に微笑み返した後、俺たちの予約ナンバーが記されているテーブルへと向かった。

ショーが行われるステージからわりと近い、真正面のボックス席だ。
照明がいい感じに落とされ、隣との距離もほどよく離れていて、落ち着けそうだと安心する。

ふかふかソファの背もたれに寄っ掛かっていると、隣の席に誰かが来たようだった。
俺は何気なく横目でちら見した。
だが、一瞬で視線を逸らせなくなる。

柔らかそうな黒髪にくりっとした黒目で、形よい小鼻が可憐な印象すら与える、見るからに美しい青年だ。
白シャツ一枚の胸元から、誘うような白い肌が覗き、座っていてもすらっと長い手足に見とれてしまう。

(す、すげえ……こんなに艶かしい男がいるのか。今まで見た魔族の中でも飛び抜けている…)

ドキドキしながらなに食わぬ顔で、全神経をその男の挙動に集中させる。
男は片腕をソファにかけ、足を組み替えたり、時折悩ましげにため息をついたりしていた。

すると正面から、金髪が眩しい長身の男が歩いてきた。
クレッドだ。俺は奴の姿を客観的に見て、改めてその唯一無二の美形っぷりに「こいつも全然負けてない」などと上から目線のことを考えていた。その時。

「……おお? すげえいい男……人間か? デカそう……」

突然隣から信じがたい言葉が聞こえてきた。
唖然となった俺は、目だけを素早く動かし隣人をチェックした。

その中性的な美形は顎に手を添え、明らかに俺の弟を妖艶な目つきで眺め回し、舌舐めずりしていた。

……やばい。俺の弟が、狙われている……!!

しかもこんな美しげな若い男に。っていうかそっち系の人だったのかという驚きが襲う中、俺は衝動的に立ち上がった。

急いで弟のもとへ向かい、こっちに気づいてクールな顔つきから途端に破顔する奴の胸へと、飛び込もうとした。

「ーーうわっ、どうした兄貴、こぼれちゃうぞ。……寂しかったのか?」
「う、うん。そうそう。寂しくなっちゃって。あ、俺も一個もつよ」

不自然に顔を引きつらせながら、カクテルを受け取り、再びちらっと隣席の男を見やる。
自意識過剰かとは思ったが、用心に越したことはない。

だがその懸念は、やはり間違っていなかった。
その美青年は今度は俺を見ていた。そして、にやりと意味深に口角を上げたのだった。

……ひっ。なんだマジでこええ。
恐ろしく思いながら、俺はわざとクレッドを奥に押し込めて、自分が盾になるように席に着いた。

隣からまだ怪しげな視線を感じたまま、しばらく経ったときーー。

「なあ、あんた達、人間だろ? 珍しいな、こんなところで会うなんて」

突然投げかけられた軽やかな音色のような声に、俺と弟が振り向いた。
そのまっすぐな問いかけに身震いする。

「えっ、えーまあ、そうですけど。あなたはどちら様で……?」
「俺? 俺は悪魔だよ。まぁ淫魔ともいう。今はそんなに活動してないけど」

男は意外すぎるほど、素直に素性を明かした。

い……淫魔だと?
そんな風にあっけらかんと自己紹介してくるのか。つうか道理で凄まじい色香をぷんぷんさせてるはずだ。

「なるほどぉ。男だからインキュバスってやつっすね。え、てゆうか男ですよね? 初めてお目にかかりました、勉強になります。それじゃあこのへんでーー」
「その通りなんだけど、なぁ、そっちの人。……体つきとか仕草とか……もしかして騎士じゃねえ? いや、魔力すごいから魔剣士かな?」

矛先がやはり弟へと向かい、俺は恐る恐るクレッドを見た。
奴は予想通り、すでに職務中のような、冷ややかな団長の顔つきになっている。

「だとしたら、何なんだ。何か問題でも?」
「問題? そんなもんないよ、俺のテンションが上がるだけ。実は俺、人間の騎士に目がなくってさ。話せば長くなるんだけどーー」

身を乗り出して俺たちのほうに迫ってくる悪魔、の背後に、突然大きな影が現れた。
短い濃いめの金髪の、がっちり逞しい体躯をした男だ。黒いスーツに黒シャツを着込み、浅黒い肌が野性的な色気をむんむんさせている。

男の鋭い視線に、クレッドが異変を察知したのか、俺の肩を引き寄せてきた。

「ルニア。お前はまた俺が目を離した隙に……堂々とナンパしてんじゃねえぞ」
「あっ、べリアス。おかえり! なに言ってんだよ、そんなことしてねえって。ほら怖い顔で立ってないで、隣座って、早く」

声高に笑みを見せた悪魔が、男の腕を引っ張った。
そしてそのまま、頭に手をまわし、自分の顔を傾けて口を寄せる。

男も自然とキスを受け入れ、重ねられた唇をばっちり見てしまった俺は、他人事ながら頭が沸騰しそうになった。

しかしすぐに横から頬をぐいっと向かせられ、「見るな兄貴」と低い声で弟にたしなめられた。

やばいやばい。
まさか隣の奴らもそういう関係の人達だったとは。
あんま関わらないほうが良さそうだ。なんせ淫魔らしいし。

だがもうすぐディナーショーが始まろうとする最中、容赦なく隣の会話が聞こえてくる。

「なぁなぁべリアス。隣の奴等も人間なんだって。しかもでかいほうはあんたと同じ、騎士だぜ。すげえ偶然じゃねえ?」
「なんで分かるんだ。お前また、じろじろ他の男物色してたんじゃねえだろうな」
「……いや、そんなこと…あるけど……怒んなってば、見るだけなら別にいいだろ?」
「良くねえよ。お前見るだけじゃすまねえだろ、絶対」
「もう、焼きもち妬きすぎだぞ。俺はあんたのもんだって、いつも言ってるだろ。信じてよ、べリアス…」

なにこの会話。
こいつら人間と悪魔のカップルなのかよ、一体どうゆう馴れ初めなんだ。

普通は力的にも、人間は奴隷のように魔族の支配下に置かれるのが常だが、この二人は悪魔のほうが従ってるように見える。変なの…。

悶々と考える俺をよそに、続々と料理が運ばれ、ホールの照明がまた一段落とされた。

「兄貴。始まるみたいだ。ちゃんと見える?」
「あ、うん。だいじょぶ」
「ほんと? もっとこっち寄って……俺のほう」

弟に耳元で囁かれて、腰を抱き寄せられ、肩が跳ねた。
優しい目元に見つめられると、いつの間にか顔が熱くなってくる。

そうだ。
他人に気を取られてる場合じゃない、俺の隣にはもっと強い刺激物が常に君臨しているのだ。
最高に格好よくて可愛い、弟という存在がーー。


コース料理に舌鼓を打ちながら、ステージで繰り広げられる圧巻のショーに観客たちの拍手喝采が沸き起こる。
かくいう研究オタクの俺も、魔界で最先端の高度な秘術に魅了され、身を乗り出して夢中になっていた。

「うわ、すげえっ! 見てみてクレッド、あの奇術師相当の手練れだぞ、一度の施術でホムンクルスを三体同時に生成しやがった!」
「ホム……なに、それ? あのちまちました人形みたいなやつか?」
「人形じゃねーよ。結構生身っぽく精巧に作れたりするらしい。魔術師の夢だよなぁ。俺もほしい!」
「へえ。確かに小さくて可愛いな。……それって、例えば兄貴そっくりなやつも作れたりするのか?」
「……は? まぁ出来ないこともないと思うが、そんなもん作って何する気だお前」
「いや別に…。ただお世話するの楽しいだろうなぁと思って。ご飯とかもいるのかな、何食べるんだろう」

浮かれてるのは分かるが、一体何を夢想しているんだ。ちょっと頭のネジが緩まりすぎだろうと心配になる。

「あのなぁ。この前の俺じゃないけど、小さい兄貴がいたらおかしいだろっ。それとも何か、お前はこの俺一人で十分じゃないっつーのか? え?」
「それは、もちろん十分だし、幸せだ。兄貴以外なんにも要らないよ、当然。うん」

額がつきそうなぐらい近づいて凄むと、奴はやたら口元をぴくぴくさせて答えた。
なんか笑ってる…。

なんだ、俺が面白くなく感じてるのを、こいつは逆に面白がってるみたいだ。

そんなこんなで、俺たち兄弟はぺちゃくちゃ喋りながら、仲良くショーを楽しんでいた。
しかし、またもや隣から看過出来ない睦言が、たびたび流れてくるのだった。

「なぁ、俺もお腹空いてきた……べリアス」
「もう少し我慢しろ。俺はまだ食い終わってない」
「分かったよ……でもどのぐらい? そんな長く我慢できない……あんたの精気ほしいなぁ」
「朝まで散々やっただろう。あんだけ食らっても足りないのか?」
「……うん、だって美味しいんだもん、あんたの×××……もっと飲ませて、お願い…」

二人の淫猥なやり取りに、俺は「ぅぶっ!!」と飲み物を吹き出しそうになった。
おいここ公共の場だぞ。イチャつくにも限度ってもんがあるだろう、淫語はヤメロ淫語は。

頭がぐらぐらしてきた俺はクレッドにもたれかかった。
だがなぜか奴は、突然腰を上げた。
びっくりして見ていると、さっきまでの笑顔が嘘のように、こめかみに血管を浮き上がらせたまま、俺の反対隣に回り込み、どすんと腰を下ろした。

ステージはちょうど幕間となり、わずかな休憩タイムに重なった。
しかし弟は怒り心頭の様子で、隣席に向き直る。

「おい。もう少し声を抑えてくれないか? あんたらの聞くに耐えないただれた会話を、これ以上俺の兄の耳に入れたくない。俺達は今、大事なハネムーン中でな、二人の世界を作るのに忙しいんだ」

ちょ、ちょっと! 明かさなくていいことまで喋るんじゃねえ!
優しいけどバカなのかこの弟は!

「おいクレッド、俺は別に大丈夫だから、あんま関わっちゃいけない系の方々だぞ、たぶん」
「でも兄貴、こういう輩ははっきり言わないとどんどんエスカレートするぞ。俺は汚れなき兄貴への悪影響が心配なんだよ」

あくまで真剣に言い放つ弟に対し「いや、俺もそこまで純粋無垢ってわけじゃ…」と俺は目を泳がせる他なかった。

すると悪魔の相手がこちらに身を乗り出し、ぎろりと眼光恐ろしく睨みつけてきた。

「それは悪かったな。正直俺もこいつの奔放さには手を焼いてるんだが……偶然居合わせた野郎にそこまで言われる筋合いはねえ。恋人同士イチャついて何が悪いんだ。お前らも兄弟でハネムーンだと? 俺らと同じぐらい頭沸いてんじゃねえのか」

はああ?
なんだこの無愛想な厳つい男。急にそこまでディスることねえだろう。

「貴様、俺と同じ騎士ならもう少し言葉を選べ。確かに恋人同士仲睦まじくすることに、こちらも何ら異論はない。問題なのはその内容だ。淫魔だから仕方ないのかもしれんが、食事中に精気だのなんだのとーー」
「あー、悪かったって。あんた騎士らしくお堅い性格してんだなぁ。でもお兄ちゃんには手出しちゃってるんだ、なんかそーゆう変態っぽいの、すげえ興奮する……」

弟の言葉を遮り、じゅるっと聞こえてきそうな悪魔の口元を見た俺は、なにかがぷっつんと切れた。

「おいてめー、さっきから俺の弟を変な目で見んじゃねえ! やや変態なのは認めるがこいつは俺のもんだ! いいか、絶対ちょっかいかけんじゃねえぞッ」

人間なめんなよという思いから、なるべく小声を心がけて精一杯牽制する。

俺の反抗にきょとんとした淫魔の首もとが、ぐっと後ろにひっぱられた。
奴は嬉しそうに「ああぁっ」と身悶えている。

「安心しろよ。そんなことは俺が許さねえ。なあ、ルニア」
「うん? そーだよべリアス。俺の彼氏はあんたなんだから。……じゃあ約束するから、もう行こうぜ?」

再び甘い声で誘われると、一瞬だけ眉を寄せた男が、短く溜め息のようなものを吐いた。

「邪魔したな」と軽く告げ、席を立つ男の腕に自分のを絡ませ、美青年は嬉しそうについていく。

その時、奴の後ろ姿から黒い尾のようなものが伸びて、ぴくぴく動いているのが目に入った。

げ。やっぱ正真正銘の悪魔なのだと戦慄していると、奴は振り向き様にウインクをしてきた。

「ハネムーン楽しめるといいな、お二人さん。縁があったらまた会えるかもな」

別れ際の挨拶に、速攻脳内で「いや遠慮します」と呟いた俺だったが、とりあえずまた静かな時間を取り戻せたようだ。

どっと疲れが増した俺たちは、再びソファにもたれ、肩を寄せ合った。

「おい、クレッド。やっぱり旅って、いろんな出会いっつうか、ハプニングがあるもんだな……。初日から強烈だったぞ」
「ああ。そうだな……ひやっとしたが、兄貴が狙われなくて良かった。それだけが救いだ」

ため息混じりに吐かれた言葉に、弟の密かな気苦労を知った。

さっきの剣幕が嘘のように、クレッドが柔らかい眼差しで見つめてきて、急に落ち着かなくなる。

「なんだ? なに笑ってんだよ」
「いや、さっき兄貴が言ってくれたこと、嬉しくてさ」

すぐに自分の挙動を思い出して恥ずかしくなる。

「はは。なんか本音が出ちゃって……。だってあの色欲野郎、お前のこと半分狙ってたぞ。そんなの俺ぜってー無理だし」

あんな色っぽい悪魔に弟がターゲットにされたら、生きた心地ゼロだ。
本能的に守らなければと思った。

……まぁあの淫魔にも、どこか俺の弟と似た、嫉妬深そうな騎士が一緒だったが。

「それは心配いらない。俺は常に一人しか見えてないから。まっすぐその人だけだ」

弟が自信たっぷりに腕を組む。
つられた俺も照れ隠しから、芝居がかった感じでうんうん頷いた。

「まーそうだよな。お前いつもそう言ってるし」
「うん。……ほんとに分かってる? 兄貴」
「分かってるよ。それでもああいう危機には立ち向かわないといけないんだよ。お前の相手は俺なんだからな」

めいっぱい格好つけた面構えでクレッドを見つめた。
奴は素早く瞬きを繰り返し、その白い頬をさっと染め上げている。

また照れてやがる、こいつ…。

「兄貴、かっこいい……なんかすごい男らしいぞ、どうした」
「どうしたってなんだ、失礼な奴だな。でももっと格好いいって言っていいぞ、嬉しいから」

俺が真顔で冗談を言うと、弟がさらに近くに寄ってきた。

顔を寄せて何をこっそり耳打ちするのかと思ったら、「いややっぱりかわいい、俺の兄貴は。もう大好きだ」と熱いメッセージをもらった。

途端に静かになった俺は、ショーの幕が再び上がるまでの長い間、クレッドの肩に頭を沈ませ、一生懸命熱を冷ますのだった。



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