ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 99 こんな出発?

この数日、俺は最大限に浮かれていた。
なぜなら弟に最近あることを伝えられ、その出発の日を心待ちにしていたからだ。

奴は今日から始まる旅行を、ハネムーンとか呼んでいる。
最初は恥ずかしかったが、段々慣れてきた。
それに、弟の幸せそうな顔を見てると、なんか別にそれもいいのかなぁ…というまんざらでもない気になってくる。

クレッドと二人きりで旅行なんて、初めてだ。
何日も連続で一緒に過ごせて、どこかに行ったり美味しいもん食べたり、なんて幸せなんだ、俺……!

ーーでも、どこに行くんだろう?
実は俺は、まだ肝心の行き先を知らなかった。

自分でも長らくアイディアをまとめようと考えていたのだが、相手の好みもあるし、いつもよりもっと特別感を求めているうちに、だんだん訳が分からなくなってしまったのだ。

そんなとき、弟からサプライズ的だけど、提案していいかな?と言われて、俺は正直、嬉しさと驚きのあまりそれに飛びついてしまった。

あいつが考えてくれたんだ、素晴らしいものに決まってる!



・・・


いつもよりおしゃれな服を詰め込んで、うきうき気分で待ち合わせ場所へと向かう。
だがそこは、なぜか弟の団長室だった。

あいつ旅行のために、ギリギリまで仕事してんのかな。
若干心配になりながらドアを開けると、そこには信じられない奴の姿があった。

「あ、セラウェが来たよ、クレッド。じゃあ早速準備しようか」
「……アルメアっ!! またお前……なんでここに!」

まさか俺たちの旅行を邪魔しに来たのか?
予期せぬ格上魔術師の登場に、ぐらぐらと頭が揺れる。

黒ローブ姿の少年は普通にソファに腰をかけ、魔法杖を片手にくつろいでいた。

「兄貴、大丈夫だ。こいつは俺が呼んだんだ」

慌てて近くにやって来たクレッドに肩を支えられ、驚いて見上げる。

「へ? なんで? 今日俺達だけじゃないのかよ…?」
「もちろん二人きりだよ。……でも実は、今回アルメアの力を借りることになって……。なぜなら、俺達のハネムーンの行き先はーー魔界なんだ」

弟が俺の目をじっと見つめ、告白した。
耳を疑うような単語に、俺はフリーズしてしまう。

「え……っ。魔界? 何言ってんだお前、そんな非日常的な旅行先あるわけがーー」
「僕の加護があれば可能だよ。どう、セラウェ。魔導師の君にとっては、夢物語のような旅になると思うけど」

不気味な笑みを浮かべる少年と、変わらぬ真剣な眼差しで俺を捕らえるクレッドを交互に見やる。

こいつら……マジなのか。

魔界ってだって、人間にとっての毒ガス瘴気が漂う死地であり、反社会的な魔族や怪物がうようよ闊歩してる極悪世界だぞーーあくまで文献においては。

そんな異次元空間、行ったことない。
俺の周りでも、あの師匠でさえ行ったことあるのか分からない。……いや、あのおっさんはあってもおかしくないが。

一瞬考え込んだ俺は、もう一度クレッドを見た。奴が若干不安そうな顔をする。

「兄貴……乗り気じゃない? ごめん、先走ったか俺……やっぱり、そんな危ないとこ……」
「えっ。いや、違うって。クレッド」

ぐいっと弟の両頬を掴み、視線を合わせる。

魔界か……。やべぇな。

正直、興奮がむくむくと沸き起こってくる。これは間違いなく、俺の魔導師としての一大経験になりそうだからだ。

しかし、同時に頭の中が葛藤でせめぎあっていた。

だってこいつは俺と違って、違法行為とは無縁な、わりと理性的な騎士なのに……いいのか?

いや、誘ってくれてるということは良いのだろう。だよな。

あっさり自らの欲求に屈服した俺は、ぶんっと顔を振り上げた。

「悪い、クレッド。俺…………すっげえ嬉しい…! 行ってみたい、憧れの魔界にっ!!」

一人ではしゃぎ、弟の両腕をがしっと掴んだ。みるみるうちにクレッドが安堵の表情になる。

「ほんとに? 良かった……喜んでもらえたらいいなって思って……ドキドキしてたんだ」
「いや、マジびっくりしたけど、テンション上がりまくりだよ。……あ、でもいいのか? お前のほうこそ、そんなヤバ気な場所で……せっかくのハネムーンなのに」
「俺は兄貴に一番楽しんでもらえそうなとこに、一緒に行きたい。大丈夫だ、色々考えてあるし、絶対に危険な場所には連れていかない。旅の間も、俺が全身全霊で兄貴のこと守るよ。約束する」

男らしく宣言する弟が、すでに甘美な眼差しで見つめてくる。

「……ありがとクレッド。俺もお前のこと守るよ、いざとなったら魔法ぶっぱなすから」

やばい、出発前なのにもう幸せムードだ。

二人きりで抱き合い見つめあっていると、やや低いところからじとりと視線を感じた。

「盛り上がってるとこ悪いけど、さっきも言ったように僕の特別な加護をつければ大丈夫だから。でもひとつだけ、ちょっと厄介なことがあって」

俺達は奴の言葉にくるっと向き直った。

「な、なんだよアルメア?」
「君たちが持つ聖力だよ。まるで呪いの上書きの時と同じだけど、今回も邪魔な存在だ。そんな強い魔封じの力をぷんぷんさせたまま魔界に乗り込んだら、危険な異分子とみなされて、速攻ターゲットにされちゃうだろうから」

軽い調子で述べる魔術師に戦慄する。
何そのラブラブな雰囲気に水を差す、物騒な話題は。

でも確かに、ただでさえ弱い人間が、目印をぶらさげて餌にしてくださいというようなものか。

「じゃあどうすんだよ、俺もう行く気満々になっちゃったぞ!」
「落ち着いてセラウェ。僕の力で君たちの聖力を、普通の魔力に偽装してあげよう。そうすれば魔界でも浮くことはないし」

誇らしげに言われるが、ほんとかよ。そもそも人間がうろついてたら百パー浮くんじゃないか。

「お前そんなことまで出来るのか。まぁやってくれるんならありがたいけど……お前もそれでいいのか、クレッド?」
「ああ。計画を立てる際に、こいつから全て話は聞いている。理論上は可能らしいが」

こいつ、俺達の旅行のために色々考えて、ここまで身を呈してくれるなんて。
弟の思いや本気度がうかがえて、胸が熱くなってきた。

「まぁ聖力を使おうとしたら一発でバレるから、そこらへんは気をつけてね。クレッドの力は中々強大だから、極力大人しくしていたほうがいい。魔界の種族は標準で人間の2.5倍ほどの戦闘力を持っているしね。セラウェの聖力は微々たるものだから、普通に魔法を使っても構わないよ。とくに怪しまれる魔力量じゃないし」

おい何気に俺の力みくびった発言されてるんだが。どうせ俺はどこいってもしがない魔導師だよ。

でもクレッドの聖力を魔力に偽装するということは、こいつ端から見たら魔術師に見えちゃうのか?
いや、騎士だから魔法剣士か? よく分からん……どんな旅になるんだこれ。

「じゃあ早速術式を施そう。二人とも、この位置に立ってくれ」

俺とクレッドは、家紋入りの黒い魔術書を取り出したアルメアの前に並んだ。
なんだか、呪いの儀式の時を思い出す。……いや、でも今回は楽しい二人きりの旅行になるのだ。

仰々しい下準備に、一瞬マジで大丈夫かよこんなのと我に返りそうになるが、隣の弟を思いながら集中した。

床に赤く型どられた魔方陣が浮かび上がる。
指示された通り、静かに目を閉じて詠唱を聞いていると、体の力がすうっと抜けた感覚になった。

その直後ーー視界がさらに深い闇に包まれる。
同時に全身と、なぜか手のひらが急激に熱くなった。焼けるような痛みだ。

「……ああぁ……なんだこれ、……お前何した……っ」
「くっ……大丈夫か兄貴……!」

衝撃が段々弱まり、がくりと垂れた肩をクレッドに抱えられた。

なんとか二人で息を整えた後、違和感を感じた手を確認してみた。クレッドも同じことをしている。

するとそこには、なんとあのお馴染みの紋章が現れていたのだ。

「あっ、ああー!! これ懐かしの、こいつの太ももにあった恥ずかしい印と、おんなじじゃねえかっ」
「兄貴、やめてくれその言い方、トラウマなんだから」

すかさず弟に突っ込まれる。
でも本当だ。自分の手に現れたのが変な感じだ。

しかもまた、黒い双翼の家紋の下には、あの魔女の故郷に伝わる古語、ガウル文字で何か書いてある。

「ええっと……なにこれ。……あれ、ちょっと文法が変わってて読めないんだけど……なんて書いてあんだオイ」
「気にしないでいいよ。ただのサインだ。きっと旅で様々な恩恵をもたらしてくれると思うよ」
「はぁ? 怪しすぎだろ、ちゃんと説明しろよっ」
「しつこいなセラウェ。世話になる相手にその態度はないんじゃないの? ーーじゃあそろそろ時間だし行ってらっしゃい。あ、僕へのお土産忘れないでね」

にやりと笑うアルメアは、俺達兄弟に向かって、休む間もなく再び新たな詠唱を続けようとした。

焦った俺は弟の腕をぎゅっと掴む。
同じくいぶかしんだ顔をしたクレッドだったが、荷物を持ち上げ、反対側には俺を抱きかかえ、覚悟を決めたようだった。

こうして俺達は魔術師の転移魔法によって、遥か彼方にある、夢の世界ーー魔界へと旅立ったのである。



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