ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 97 魔導師の仕事

俺達は、クレッドに怯えた様子で連行されるヘーゲルとともに、騎士団の一角にある暗くて静かな地下へと案内された。

どうやらヴェスキアも小細工などせず、れっきとした尋問部屋を使わせてくれるらしい。うちとは違い魔法結界らしきものは張っていなかったが、おそらく防音だ。

廊下にてユトナが団長を見張る一方で、俺達三人は部屋の中で、一気にぴりっとした空気を加速させていた。

「おいおいあんたなぁ! どういうことだ、俺にあんなもん渡しやがって! 一晩中つらい思いしたの分かってんのかコラァッ」

俺が青筋立てて椅子に縛りつけられたヘーゲルに詰め寄ると、奴はひょろっとした肩をびくつかせた。

「いえ、待ってくださいよ、セラン殿。昨夜お伝えしたでしょう、僕はお二人のことをきちんと理解出来ていると。……喜ばれるならばいざ知らず、なぜお二方はそんなにも、お怒りになられてるんですか」

焦った風にメガネを直しながら、いけしゃぁしゃあと宣う男に開いた口が塞がらない。

ていうか待てよ、俺らを理解してるってどういう意味だ。そっち関係のことか? やっぱニセ騎士なのもすでにバレてんのか。

「貴様、まだしらばっくれるつもりか。あんな危険物を俺の従騎士に飲ませ、その上俺をはめようと考えたか? そう簡単にその手にのると思ってんのかこの外道が」

クレッドが恐ろしい形相で吐き捨てるが、確かに昨日のこいつは頑なに俺の誘惑の猛攻をすり抜けていた。
さすが団長、たいした奴だ。

「しかしハイデル殿。あなたは彼がお気に入りのようでしたし、これはちょっとした僕からのサプライズのつもりだったのですが……もしかして、種類がお気に召しませんでしたか。あれは感度よりも興奮作用に重きを置いたものでしてーー」
「もういい黙れ、お前の自己満足的な戯言に付き合ってる暇はない」

そう言ってクレッドがひらりと奴の背後に回ると、いきなり背中にドスッと一撃を食らわせた。
参謀は一瞬うめくと、瞬く間に頭を力なくもたげた。

「お、おいお前、ちょっと暴力はまずいだろうっ」
「大丈夫、気を失っているだけだ。兄貴、今のうちに催眠魔法を施してくれ。ちょうどいい機会だ、奴に洗いざらいこの団の事を話してもらうぞ。それでも俺の怒りは治まらないが」

冷えた瞳で述べた弟の、久しぶりに鬼畜な面を見た。
俺はごくっと喉を鳴らし、辺りをきょろきょろと見回す。

誰も乱入してこないよな、術式を行っても平気か。
ここは魔術師嫌いのヴェスキアが言う通り、人間も物質も、魔力の介入が一切感じられない騎士団だし、感づく者はいないだろう。

「じゃあ、やるぞ。クレッド、お前は一応周囲に気を配っててくれ」
「ああ、勿論だ兄貴。頼んだぞ」

こうして今回の潜入捜査の目的である、幹部への秘密の尋問が始まった。

長々と呪文の詠唱を行い、ヘーゲルが黒髪をもたれさせ、更に力が抜けてうなだれるのを確認した。

「おい。お前はなぜ俺に媚薬を渡した。あの赤い錠剤はどこで手に入れた? 他の者にも同じことをしているのか」

まず昨夜の事件について尋ねると、参謀の口がゆっくりと開かれる。

「……ラザエル騎士団の為だ、ハイデル団長に気に入られようとした……二人の進展具合は分からないが……どのみち喜ばれると思った……」

ちょっと待て。この野郎、嘘偽りなくマジでそんなこと考えてやがったのか。
どうやら弟が従騎士好き光線を出しまくってたのが、悪かったらしい。

「媚薬はその方面の筋から、個人的に楽しもうと輸入しているものだ……知り合いと共有はしている……」
「げっ。まじかよ、あんた騎士のくせに何やってんだ。まさか団の人達にも与えたりしてないよな」

人様の趣味に首をつっこむ気はないが、よその団内が少し心配になった。
まぁ俺だって呪いのせいで、弟に天然媚薬を与えられたりしているが、それとこれとは経緯も訳も違う。

クレッドは呆れたような、渋い顔をしていた。
催眠状態にかかった参謀は、また淡々と言葉を紡いでいく。

「それは……何人かに与えたことはある……しかし、両者がのぞむ恋人同士だけだ……風紀を乱すことは……していない」
「はぁ!? いややべーだろそれ、風紀も指揮も乱れるぞ! やめとけそんなもんっ」

つい興奮して出してしまった大声を、慌てて押さえた。
つうか恋人同士って、ここ騎士団だろう。そんなに存在すんのかおい。

わりとどうでもいい機密ではあるが、知ってしまったからには微妙な気持ちになってくる。

「ヴェスキアは知ってるのか?」
「……知らない。僕の独断だ……」

そこまで話して、クレッドが俺に視線を投げた。

「ちょっといいか? こいつは知り合いだけだと言ったが、俺の予想では確実に同様の行為を行ってきたはずだ。団の調べでは、ラザエル騎士団はまだ新興組織ということもあり、こうした他団の招待を頻繁に行っている。もともと過大に見られる戦歴に、疑いの目を向けていた騎士団らも、交流後は掌を返すごとく大人しくなっているようだ。それがただ互いを認め合った故の結果ならばいいが、もし今回のような事が起こっていたならばーー」

長々と説明を始める弟に、俺もしばらく考え込んだ。

事実だとしたら、さすがに上への報告案件かもしれない。催淫薬物の取引はそもそも、ソラサーグ聖騎士団の取締りの範囲内なのだ。

「ヘーゲル。そういうやっちゃいけない事やってんのか、あんた」
「……それは……人を見て、時々行っている……我が騎士団は、命を預けうる尊敬すべき団長を有している……しかし、あの人はやや頭が固い……思想は立派だが、団の将来を思えば、少しは他の団にすり寄る事も考えるべきだ……」

俺達は奴の正直な言い分を、静かに聞いていた。
うーん。つまりこの参謀はあくまで独自に、自らもある意味思想をもって今回のような悪事をしてきたらしい。

「なるほどねえ。まーでもこんな手法はまずいっしょ。どうするクレッド、この事明らかにしなきゃまずいけどさ、それには俺が媚薬にはめられたってことも報告しなきゃなんないわけで、そんなのマジでごめんなんだけどーー」
「セラン、待て。何かの気配がする」

まとめようとした俺に、弟の切迫した声が響いた。
え、まさか団長がしびれを切らして乱入してきたか?

焦って振り返ると、奴は急に天井を見やった。トストスと、軽い足音がする。

その直後、突然天井の木目が音を立てて亀裂を走らせた。
ちょうど一人分の抜け穴のように外れ、上から人影が軽やかに落ちてきた。

華奢な体つきの、銀髪少年キイラだ。
唖然とする俺の前にすぐさま立ちはだかった弟に、不気味な笑みを向ける。

「貴様、どうやって入ってきた」
「ここ俺の庭だし。はは、気づかなかったか? 森で育ったから、気配も匂い消しも簡単なんだよなー」

キイラは笑いながら述べた後、椅子にくくりつけられたヘーゲルの肩を揺すった。

「あれ、おいおっさん。なんで寝てんだ? さっきまでペラペラ喋ってたのに。俺が全部聞いてたから、寝たフリしてんのか」

不思議そうに首をかしげる奴を見て、背筋が凍った。
このガキ、今のやり取り盗み聞きしてたのか。

だが幸いなことに、俺がほんとは魔導師であり、たった今催眠魔法を行っていたことは気づいてないようだ。

「情けねえ奴だな、頭は良いくせに。……おいお前が尋問してたよな? どんな手使ったんだよ、また誘惑か? 団長の拷問の跡は見られねえしなぁ」

キイラがぶつぶつ言いながら、参謀の男を調べている。
どうしよう、この場をどう収めたらいいのか焦っていると、クレッドは奴を無視して扉に向かった。

尋問室のドアを開け放ち、「おい。邪魔が入ったぞ。またあんたの息子だ」と冷たい声音で言い放つ。
するとすぐさま、廊下でユトナに見張られていたヴェスキアが、室内へと乗り込んできた。

騎士はクレッドの指示で扉を閉めると、出口を塞ぐように立った。

「キイラ! お前こんな所で何をしているんだ、この一大事に、少しは大人しく出来ないのか!」
「うるせぇな。なんでいつも俺にガミガミ言うんだ? もっと悪どい事してたヘーゲルのことも、たまには叱れよ」

不服そうに口を曲げる少年が、途端に子供の顔になる。
ヴェスキアは奴の言葉に目を見開き、同じく参謀のもとに近づいた。

ちなみに、まだ術は切れていない。俺以外が話しかけても、無反応なのは当然だ。
なんとか魔導師であることは隠し通さなければと、緊張が募る。

しかしクレッドはあくまで冷静だった。むしろチャンスとばかりに、二人の親子に詰め寄る。

「おい、キイラ。お前は俺が思っているよりも、騎士団思いの男のようだ。こちらから実情を話すのは少々酷なんでな、ヴェスキア殿に伝えてくれないか」
「は? なんで俺が……ほんとのこと喋ると思うわけ?」
「いい加減にしろ、お前はバカ正直過ぎるぐらい、上手い嘘がつける人間ではないだろう。何を聞いたのか言え」

真剣な表情で凄むヴェスキアに、少年は渋々言うことを聞いた。
キイラは普段反抗的だが、本当の意味で育ての親である団長には、逆らえないのかもしれない。

内容を聞いたヴェスキアは言葉を詰まらせた。一連のことは、完全に寝耳に水だったようだ。

「……本当なのか、それは。こいつはなんて馬鹿なことを……」
「悪いが確かに大馬鹿者だ。だが、その手に乗った他団の連中も同様に愚かだといえる。……ヴェスキア殿。この事は上に報告させてもらうぞ。詳しい調査と聞き取りはこれから行われるだろう」

容赦ない団長の面構えで告げた弟に、厳つい風貌の立派な男が、悲痛な表情で自ら頭を下げた。

「……承知した、ハイデル殿。今回の件は部下の誤った行動を見抜けなかった、私の責任だ。本当に申し訳ない。処分は甘んじて受けよう」

この男はきっと、根っこから真面目なんだろう。
そういう意味では、あのどこか魔術師に通じそうな参謀の騎士とは、異なる価値観から行き違いが生じても、おかしくないのかもしれない。

しかし男の隣では、少年が納得いかなそうな顔つきで突っ立っている。

「親父、ヘーゲルはどーすんの?」
「そうだな。話次第では、降格はもちろん除名もやむを得ん。調査が終わるまでは、謹慎だ」
「ええ? あの人いないと作戦締まんねえじゃん、俺は反対だなぁ」
「……おい。お前は自分のことを心配しろ、キイラ。お前の無礼を不問にしたわけではないぞ」

団長が呆れ声ながらも、眼光鋭く少年を睨みつけた。
俺の弟も同じくひりついた空気をまとう。

「そうだ。貴様は個人的に俺が葬ってやってもいいがな」
「はぁ? なにあんた、まだあのこと気にしてんの? 少し揉んだぐらいで切れんなよ」
「……も、揉ん…? 貴様やっぱりコロス……ッッ」
「ああー!! 団長落ち着いてくださいっ! 危ないですから剣しまって!」

すかさず止めに入った俺だが、クレッドの怒りは治まらない。

せっかく事件が一段落ついたのに。
ていうかこいつ、このままじゃ従騎士好きという、変な人のイメージがついちゃいそうだが、大丈夫なのかな…?

対外的な任務なのに、兄として少し心配だ。
まぁ昨夜あんなことになってしまった、俺が言えることじゃないけど。

とにかくそんなこんなで、俺たちの潜入捜査は幕を閉じたのだった。



しかし。
部屋から犯人のヘーゲルを騎士達が連れ出していく際、俺のそばに、飄々としたナリで色黒の少年が近寄ってきた。

「なー、セランだっけ。お前の騎士団ってここと全然違うんだろ? 今度遊びに行こっかな」
「……ああ? てめえ騎士には興味ねえんだろ。来たってなんもおもしろくないぞ」

俺は遥か年下のガキに股間を触られた恨みから、精一杯低い声で牽制した。
だいたい来られても困る。俺が魔導師だってバレちゃうだろうが。

「まぁいいじゃん。いつかまた遊ぼうぜ、年も近いんだし。俺とダチになってよ」

この目が節穴野郎、よくもぬけぬけと…こんな物騒で小さいロイザみたいな奴と誰が友達付き合いなんか……。

あ、そうだ。
でもこいつ、あの使役獣とは話が合うかもな。性格のタイプはまったく違うが。

夢想して笑いそうになり、はっとなって首をぶんぶん横に振る。

「じゃあ百倍協調性を身に付けてからな。それと俺の団長の許可を取ってからにしろ」
「はぁ? なんでお前そんな偉そうなんだよ、つうかあの男面倒くせーし相手したくねぇよ」

俺の弟に酷いこと言うんじゃねえ。まぁちょびっと当たってるかもしんないが、十分可愛いだろうが。

そうはっきり反論したくなるのをこらえ、俺は頑張ってその日の最後まで、従騎士として振る舞ったのだった。



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