ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 93 大ピンチ

団長のクレッドと従騎士の俺に割り当てられた部屋は、夜の森が望める大きな窓つきで、木彫りの家具や装飾類、そして中央に広いベッドが二つ並ぶ、中々豪華な造りをしていた。

すでに暑苦しい鎧を脱ぎ、軽装になった俺は速攻で書斎机へと向かい、一枚の布を取り出した。
そこにもらった赤い錠剤を置き、携帯していた小刀を手に握る。

早く、確かめたい。ただの体力増強剤であればいいのだが、魔導師としての妙な勘が疼き始めている…。

「ふー…ふー……」

俺は変なテンションで目を血走らせながら、薬に刃をのせ、切れ目を入れた。
少し砕けた部分を指ですくい、ぺろっと躊躇なく舐めた。

こういうことに関しては、師匠のもとでの修行でもそうだったが、俺はいわゆる百戦錬磨なのだ。

「……うーん……んん?」

しかしーー分からない。
苦味はなく、むしろほのかな甘味は感じるが……いやこれはどちらかというと、体の修復を促すものというよりも、むしろ活性化する方面のーー。

その時、ドンッとどこからか大きな物音が聞こえた。
やべえ弟が帰ってきたのか? いやこんな早いはずはない、そう思いながら咄嗟に残りの破片を布にくるみ、書斎机の引き出しに押し込んだ。

「あっおかえり〜クレッ」

笑顔で扉を見やったが誰もおらず、代わりに乱暴に窓ガラスが開けられる音が響いた。
心臓が止まる思いで振り向くと、そこには目を疑う人物がふてぶてしい顔つきで立っていた。

「おい。なにきょどってんのお前。やっぱ怪しい奴…」
「……な、な、何やってんすか? 人の部屋にいきなり、侵入して」

稽古場で会って以来、姿を消していたラザエル騎士団の野生児、キイラだった。
奴は窓枠を軽々と乗り越え、床に着地した。

色黒の細くしなやかな体を揺らし、ズボンのポケットに手をいれて近づいてくる。
かなり年下の少年なのに、喧嘩が強いことが明らかな為か、俺は情けなくもじりじりと後ずさった。

しかしキイラは突然、思わぬ行動に出た。

「なぁ、そこに寝ろよ」
「……はっ?」

俺は奴の伸ばされた腕に、トンと胸を押された。ちょうど後ろにあったベッドの上に尻餅をつく。
意味が分からず目を見開くと、キイラが俺の腰の上に乗ってきた。馬乗り状態になって、冷たく見下ろされる。

ちょっとちょっと。急に何してんだこのガキ? 年の差のせいか育った環境の違いか、まるで行動が読めないんだけど。

「あの、どいてくれませんかね。なんか話があんなら、ちゃんと椅子に座ってーー」
「うるせえ、すぐ済むから大人しくしてろよ。ただの身体検査だ」

短い銀髪と同色の眉をわずかにひそめ、静かな声で吐き捨てる。
さっきまでの嘲笑は含んでおらず、どこか真剣な顔で言われるが、対して俺は恐怖に目をひん剥く。

「ちょっと、身体検査ってなんだよ、やめろ!」
「暴れんな。…………あれ、胸はねえ。お前女じゃないのか?」

耳を疑う言葉に俺の動きが完全に止まる。キイラは人の上半身を服の上から無遠慮に触りながら、ぼそぼそ呟いてる。
俺はもちろんぶちギレ寸前である。

「……ざっけんじゃねぇ! てめえ本気か? どこをどう見たら俺が女に見えんだッ、世間知らずにも程があんだろうがッ」
「喚くんじゃねえよ。お前の団長の入れ込み具合おかしいだろ、こんな使えねえ奴、裏があるに決まってんだ。それともなんだ、親父をたぶらかしに来たのか?」

少年の群青色の瞳が、いっそう険しい視線を向けてくる。
こいつ、稽古場の時は自分の騎士団や保護者を軽んじていたように見えたが、一応色々考えていたらしい。全然間違っているが。

「おい。よく聞けくそガキ。俺は男だし誰をたぶらかしに来たわけでもない。団長に気に入られてるのは間違いないが、それは個人の趣味でありーー」

奴の下で真顔で諭すが、奴は話を聞く様子もなく、細い腕を下の方に伸ばしてきた。そのままなんと、ズボンの上から手のひらで俺の股間をむぎゅっと掴んだのである。

「んあああ! 何すんだてめえこの変態、殺すぞッッ」
「……ん? なんだ、マジで男じゃん。くそ、触っちまった」

瞬間的に常識の欠片もないガキに殺意がわいた俺は、頭まで一気に血がかけのぼる。
気づいた時には、全身全力で膝を上げ、奴の急所を思いっきり蹴り上げていた。

「ーーうぐッ!」 

それまで余裕だったキイラが無様なうめき声を上げ、後ろによろけた。
俺はすかさず奴の両肩を掴み、シーツの上に押しつけた。馬鹿め、ざまぁみろ形勢逆転だ!

「てめ……同じ男のくせに、なんてとこ、蹴りやがった……ぐ、立てねえ…」
「うっせえ黙れこの痴漢野郎! 俺を散々馬鹿にしやがって、いいか俺だってなぁ、やるときゃやるんだよっ!」

ずっと弱いと言われ続けた鬱憤が溜まっていたのか、今は完全に魔力が使えず、非力な一般人としてのストレスが限界だったのか、俺は火事場の馬鹿力的に活力がみなぎるのを感じていた。

殴り合いの喧嘩などほぼしたことがない俺だが、今ならなんだってやれそうな気がするーー

あれ、この気分の高まりってもしかして、あの薬のせいか?
まさか本当にドーピング剤だったのか…?

しかし一瞬思案した俺の耳に、新たな修羅場の音が近づいてくる。

突然、コンコンと部屋の扉が叩かれた。

「……セラン? 俺だ。入るぞ」

耳慣れたその声が聞こえると同時に、俺は俊敏な動作でキイラの上から飛び退いた。
少年はまだしかめっ面で舌打ちをする。

扉が開き、制服姿の金髪長身の男が足を踏み入れた。
だが予期した通り、ベッドの上にいた俺達を見て、弟の瞳が極限まで見開かれる。

「俺の部屋で何をしている、貴様! 無事かセランッ!」

怒鳴り声を上げたクレッドは、すぐさま腰に携えた長剣を抜き出した。
凄まじい殺気を放ち向かってくると、迷うことなくキイラの眼前に切っ先をつきつけ、俺に手を差し出し立つように促す。

素早く従った俺はすぐに弟のそばに身を潜めた。
やっべえ助かったがまたとんでもない場面を見られてしまった、といつもの発汗が抑えられない。

「待てよ、俺は無事じゃねえ。あんたの従騎士にタマ蹴られたんだぞ、どんな教育してんだよ」
「はぁ? 君が先に僕のに触ったんだろう! 正当防衛だよねえ、どう考えてもッ」

感情に任せてつい口が滑ってしまった。
すると案の定、隣から信じられないものを見るかのような目で、すーっと青ざめたクレッドの眼差しが向けられる。

「……あ? なんだと…? 触った? こいつが?」
「だからただの身体検査だっつってんだろ。もーいいよ。……くっそまだ痛え……これ休まないとやべぇやつだ…」

ぶつくさ言うキイラの肩を、死んだ表情のクレッドが勢いよく掴んだ。

「おいちょっと待て、このまま俺がお前を見逃すと思うか? 聞きたくもないが他に何をした、俺の従騎士に」
「なんだようっせえな! もう報い受けただろうが! つうかこいつ猫かぶりのじゃじゃ馬だぞ、あんたも精々気をつけろよ!」

少年は若干前屈みになりながら起き上がり、逆ギレ気味に言い放つと、その場を立ち去ろうとした。
怒りが収まらない弟を「僕はもう大丈夫ですから、団長っ」と未だ芝居がかった口調で押さえ、俺はどうにかキイラを窓から逃した。

剣の柄をぐっと握ったまま、憤怒の目で奴を追うクレッドだったが、やがて勢いに任せこちらに振り向く。

「……本当に大丈夫か? 兄貴……やっぱり一人にするべきじゃなかった。悪かった」

俺の目をじっと見るなり、蒼い瞳が後悔に揺れる。
一方で俺は久しぶりに兄と呼ばれて、一気に肩の力が抜けていく。

「いや、まじで平気だ。心配すんな。ちゃんと撃退したの見ただろ?」
「……うん、それはほんとに、良かったけど……。駄目だ、目眩がするほど、あいつを許せないんだが」

まだ怒りの混じった声をこぼしながら、クレッドは俺を自分の胸に抱いた。
両腕をしっかりと回され、俺も奴をなだめようと懸命に背中をさする。

ああ、一時はどうなることかと思ったが、とりあえず一難去った。

ほっと息をついた俺は、事の経緯を団長に伝えることにした。

「なぁ。あいつ、俺がヴェスキアをたぶらかしに来たんじゃないかとか疑って、調べに来たみたいだ。なんだかんだ言って、騎士団のこと考えてるみたいだな。……それに実力は知らねえけど、たぶんここが強いのも、単にあいつの存在のせいなんじゃないか?」

任務中だということもあり、話を戻して尋ねてみる。弟も真剣な思案顔で、ゆっくりと頷いた。

「ああ。あの男の身のこなしや対峙した時の感覚から、騎士団を牽引する存在であることは想像出来る。ヴェスキアの話にしても、それは明らかだ。さっきまで俺はずっとあいつの戦功自慢を聞かされていたからな、まあ親バカみたいなものなんだろうが……とにかく、他に薬物による能力増進等を疑ってはみたが、あの団長はいかにもそういう類を嫌うタイプだ。反魔術の思想や、騎士団の原始的様式からも分かるように、己の肉体を酷使する事こそを美とする、やや時代遅れなーー」

団長モードの弟がしごく真面目に分析している。
しかし俺はその横で、薬物という言葉に強く意識を引き戻された。

あっ……やべえ。クレッドにまだ薬のこと言ってない…。

自分でミニ実験を試みたとはいえ、正直に言ったらまたこいつ怒るよな。どうしよう。

「兄貴? どうした、大丈夫か。……なんだか、目が少し…潤んできてるぞ」
「え? どゆこと?」

思いがけぬ言葉をかけられ、心配そうに目線を合わせられた俺は、クレッドに手を引かれて、一緒にベッドの上に座らせられた。

隣の弟が、俺の後ろ髪に手をそっとあてて、顔を覗きこんでくる。

「熱があるのか? やっぱり、今日は疲れたか。さっきのこともあるし」
「い、いや。ないよそんなもん…」
「……ちょっとあるぞ、おでこが温かい」

手をつけて確認した後、自分の額をくっつけてきた。
顔が目の前に迫り、どういうわけか俺は、慣れたはずのクレッドに対し、ドクリと心臓が強烈な音を立て、息苦しくなった。

「……っ、なんだこれ……うそだろ」
「何がだ…? おい、兄貴? どうしたんだ、どこか苦しいのか」

弟の焦った声が耳の奥に響く。ぎゅうっと掴まれたような胸の感覚を、俺は必死に抑えようとしていた。

体が急速に熱くなっていく。ドクドクと、動悸が襲ってくる。

それだけならば、逆に良かった。
俺はあろうことか、全身のみならず、とくに自らの下半身に、なにやら不穏な熱を感じ始めていた。

「あー…うそ……まじで……そっち系かよ……やばい、これやばい」
「な、何がそっちなんだ!? 兄貴、頼むしっかりしてくれ!」

気が動転している弟にもたれかかり、意識がもうろうとする中で、ひとり真実を話す決心をする。

あの薬はやっぱり、ただの体力増強剤じゃなかった。
この感覚、もはや俺には結構馴染み深いものだ。別に望んでないけど。

それにしても、少し舐めただけなのに、この強さ。
参謀のヘーゲルの野郎、一体どういうつもりなんだ。何が目的で、従騎士の俺にこんな真似をーー。

「クレッド。頼むから怒らないで聞いてくれ。……俺、たぶん……媚薬盛られたみたいだ」

ぜえぜえ言いながら弟に白状すると、弟は、もう俺には形容出来ないほど、その日一番恐ろしい顔つきで凍りついた。



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