お兄ちゃんシリーズ | ナノ


▼ 遠くにいても

僕が12才になった数ヵ月後、本当にお兄ちゃんは兵役に行ってしまった。
別れのときは大変だった。その日まで僕は一生懸命元気なふりをし、でも片時も時間を無駄にしたくなくて、夜は兄のベッドに潜りこんで、腕の中で目一杯甘えて眠った。

県外に来た軍のバスに乗り込むときも、母と一緒に「行ってらっしゃい、気をつけてね」と声をかけて、半分泣いていた兄に長い長いハグをしてもらった。

当たり前だけど、帰ってからのほうが本当の辛さの連続だった。
軍隊に行った兄のほうが毎日厳しい訓練をして大変なのは分かっている。
でも、大切な人がいつも近くにいてくれて、欲しいときにその温もりをくれることがどれだけ幸せなことか、僕は思い知ったのだった。

「ルカ、今日私夜勤だからね。戸締まり全部確認するんだよ。ご飯は冷蔵庫にあるから、ちゃんと温めてね」
「うん、分かったお母さん。でも僕、自分でも適当に食べれるよ。料理も学校で習ってるし」
「いいの。今はお母さんにやらせなさい。じゃあ行ってくるから、あっ、お兄ちゃんにもよろしく言っといて」
「うん!」

玄関口で慌ただしく荷物を持ち、仕事へと向かう看護師の母。
僕は見送ってきちんと鍵を閉めたあと、一階の電気を消して、二階へと駆け上がった。

自分の部屋に入り、机の上のノートパソコンを開く。これは中等科に入る際に買ってもらった、学習用のものだ。
時間はまだ六時半で、兄との約束まで三十分もある。
でも僕は待ち遠しくて、通話アプリの前でわくわく待機していた。

兄が入隊してからもう五ヶ月になる。最初の三ヶ月は新兵訓練中として手紙でのやり取りしか出来ず、電話で声が聞けるようになったのも先月からだった。
でもなんと今週からは、兄の所属する部隊の決まりで、毎週水曜日にビデオ通話が出来るようになった。

「……あっ、オンラインになってる!」

兄の名前が赤マークから緑マークに変わったのを見て、僕は一人ではしゃいだ。
心臓がドキドキ止まらなくなってボタンをクリックしようとすると、先に着信が入った。

受け取った僕の目の前で、ばっとスクリーンに男の姿が映される。
Tシャツに迷彩の上着を着込んだ、屈強な体格の兄だ。

「わあっ、お兄ちゃんだっ!」
「…………ルカぁっ!!」

ヘッドホンをした兄が身を乗り出し、感動した面持ちで早くも目を潤ませている。
僕たちはそのまま時が止まったように見つめあった。
顔を見たのは約半年ぶりで、嬉しくて嬉しくて泣きそうになった。

「ああ……可愛い……マジで寂しかった、ずっと顔見たかったよ……元気だったか?」
「え、えっと、元気だけど、僕もずうっと寂しかったよお兄ちゃん。あの……」

なんでだろう、画面越しだからやけに照れるのか、僕は緊張してしまった。

「なに? どうしたのルカ」
「ううん。あのね、お兄ちゃん、髪がすごい短いね」
「えっ、そうそう。なんか切らされて。変?」
「違うよ、すっごく男らしくて格好いいっ」

僕が褒めると兄は頭を掻いて「うそ、うれしい」とはにかんだ。
そうなのだ。前はすらっとしたお兄さん風だったのに、今は雰囲気が違って、なんだか強そうに見えた。

「お兄ちゃん、体も大きくなってるね。映画に出てくる軍人さんみたい」
「はは、まあ一応今はほんとの兵士だからな」

でも話してみるといつものお兄ちゃんだった。
安心した僕はだんだん緊張が抜けてきて、いっぱいお喋りをする。制限時間は三十分だから、あれもこれもと慌ててしまう。

学校や塾のこと、母との生活のことを話したり、兄からは新しく配属になった部隊のことを聞いたりした。一般的な陸軍の歩兵科だけど前方部隊だから、訓練は厳しくて大変だそうだ。

手紙でも聞いていたけど、射撃訓練や野外訓練なども行われるらしく、実際に耳にすると心配でたまらなくなってしまった。

「ねえねえ、怪我とかしてないの? 大丈夫?」
「ん? まあ打撲とかは日常的だけど全然平気だよ、心配しないで。つうかルカの顔見たらすっげえ元気でた。やべえ、これから毎週楽しみに頑張れるよ」

兄がウインクしてくれて僕も少しほっとして嬉しくなる。

「なあ、ルカは? なんか困ったこととかないか? 悩み事とか……なんでも話してな」
「……僕? ないよ、大丈夫だよ」
「本当か?」

親身な表情で尋ねられて、どうしようかなって考えた。
だって、本当は困ったことがあったけど、軍隊で本気で頑張っている兄に言うほどのことじゃないと思ったのだ。

そう説明したけど、なんでかしつこかった兄に負けて、僕はとうとう白状することにした。

「あのね、笑わないでね。……おちんちんのことなの」
「え!?」

兄が立ち上がり一瞬カーキ色のズボンが見えた。その後すぐ腰を下ろし、ヘッドホンをきつく装着し直し、「笑わないよ続けて」と真剣に頷いた。

兄の場所はパソコン室らしく、周りにも同じように家族と話している兵士たちが多いらしい。
他の人に聞こえてないよね、そうひとまず安心する。

僕の悩みとは、おちんちんというより、寂しさに直結する。
正直に言うと、今のように、兄がいなくなってから僕は家で一人で過ごすことが多くなった。

初めは全然慣れなくて、夜も眠れなかった。
だから僕はこっそり兄の部屋に行った。部屋は片付いていたし、物は少し無くなっていたけどほとんど前と同じままで、いると安らぐ。

「……それでね、僕、時々お兄ちゃんの部屋で寝ちゃってるの。だって寂しくて。ごめんね勝手に使って」

気がつくと兄は呆然と口を開けたまま、目元までじわりと赤くなってるように見えた。

「いいよ全然。どんどん使って。……ていうかどんだけ可愛いの俺の弟。……あ、そうだ、それでルカの下のとこは……な、何かあったのかな?」

続きを聞きたがる兄に頷き、僕がしてしまったことを教えてあげる。
一人きりのベッドで感じる心細さは募ったけれど、兄の匂いに包まれているとドキドキ胸が高鳴った。

それでなんと……自分でおちんちんを弄ってしまった。
そんなことは初めてで、兄といるときは絶対に手でしてもらっていたから、必要なかったのに。

「えっ!! そ、そうか、一人で……お前……っ」
「ごめんなさいお兄ちゃんっ」
「いやなんで謝るの、悪いことじゃないでしょ、俺だってたまにさーー」

言いかけて口を押さえた兄に、目をばちぱちさせる。

「え? お兄ちゃんもしてるの? どうやって?」
「……えーとな、同室の奴がいないときとか……って何言ってんだ俺は。……あっ、待ってやばい……っ」

前屈みになった兄は顔を突っ伏したまま、しばらくうずくまっていた。でも僕は二人とも同じだってちょっと安心して、秘密を話せたこともすっきり感じたのか、詳細を次々に喋ってしまった。

「それでね、僕、お兄ちゃんの大きい服を抱き枕みたいにして、自分でこすってみたの。そしたらすぐにイッちゃって、いっぱい出しちゃった。でもやっぱりお兄ちゃんの手のほうが全然気持ちいいな。だから僕ーー」
「……うん、うん……」

するとだんだん兄の返事がか細くなっていく。

「ルカぁ……助けて……」
「どうしたの、大丈夫っ??」
「いや、もうやばい……ああっ、くそ、もうすぐ時間が終わっちまう…!」
「ええっ。ごめんねお兄ちゃん、もっと聞きたいことあったのに、僕だけたくさん喋っちゃった」
「ううん、いいよ。俺ルカの声一番聞きたかったから。ていうかもっと聞きたいし、そんな可愛い話まで教えられて、もう今すぐ抱き締めたいよ」

顔を赤らめた兄がじっとモニター越しに見つめてきて、僕もきゅうんと心が苦しくなった。

「お兄ちゃん、今キスしたいな」
「俺もしたい。ルカ」
「……僕のこと好き?」
「……うん、大好きだよルカ……!」

ずっと寂しかった僕は、一番その言葉が聞きたかった。
お喋りも顔を見れるのも嬉しいけれど、お兄ちゃんの温もりが恋しくてしょうがない。

じわっとしてしまいそうなのをこらえて、時間をチェックした。もうすぐ終わってしまう。

「僕も大好き、お兄ちゃん。じゃあまた来週ね」
「おう。絶対来週な」
「分かった! じゃあ僕からキスしてあげる」

僕はちょっと恥ずかしかったけれど、カメラに向かってちゅっとキスの形を作った。
手を振ってる間も兄は赤面したまま固まっていたけど、照れた僕はぷちっとボタンを押して通話を終えた。

画面になくなってしまった、僕の大事な大事なお兄ちゃん。
今日会えてよかったなぁ。
でもまたすぐに、すっごい寂しいなぁ……。

目尻をこすって、しばらく僕は机の前に座っていたのだった。



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