愛すべきもの | ナノ


▼ 20 接触

森で生活し始めてから一週間が経ち、僕もだいぶ慣れてきた。毎日の練習の甲斐あってか、この前初めて一人でうさぎを獲ることが出来て、大喜びでクローデと分け合った。
でも彼は川で獲った魚を普段の食料にしていて、あまり生魚は好きじゃない僕は主に肉を食した。

夜はもちろん野宿だが、本来夜型の僕が起きている間はクローデも少しずつ睡眠を取ってくれるようになり、信頼されてる気がして嬉しい。
こうして今のところは、二人の生活も順調に進んでいた。

だが、ちょっと気になることが起こる。森林を探索していると、時々何かの視線を感じたのだ。
鳥や齧歯類、鹿などの野性動物は目にするが、それらとは違うピリっとした感覚だ。僕はそのことをクローデにも伝えた。

「やっぱり、誰かに見られてる気がするんだよね。うーん……」
「……そうか。あいつ、じゃないよな」

秋の落ち葉が広がる土の上で、ハンターの革服を着たクローデが怪訝な顔をして立ち止まる。注意深く周囲を見渡すと、彼の瞳が大きく開かれた。「カエサゴが来る」と言って背中に手を伸ばし、静かに弓矢と弦を地面に置いた。

クローデの言う通り、樹木の間を音もなく二頭のカエサゴが歩いてきた。彼らは若そうな中型の成体で、距離をとって佇み、僕らのことをじっと見ている。

「あなたはハンターか? そこのサゴを連れて何をしているんだ」

片方に尋ねられ、僕は緊張して喉がからからになったが、クローデは落ち着いてハンターバッジを掲げ頷いた。

「そうだ。俺は別の区から来た保護局のハンターだ。このサゴは親を亡くしていて、俺が引き取って面倒を見ている。この森では訓練をさせる予定で、君達の暮らしを脅かすつもりはない。しばらくの間、滞在を受け入れてはもらえないだろうか」

彼は丁寧に説明し、狩りでも大型は狙わず、僕の餌のみ獲るから食料を奪うことはないだろうと付け加え、聞いていた僕は驚愕する。
だからクローデは魚を食べてたんだ。彼の行動には全て意味があるのだと知り、自分の無知を恥じた。

「ーーそうだったんだな。俺達はちょっとサゴが気になって声をかけただけなんだ。なついて見えるし……大丈夫そうだな。じゃあ、もう行く。気をつけて」

もう一方の雄がそう話したあと、二人は視線を交わしすぐに踵を返した。離れていく後ろ姿の尾を見ながら、あっさりとした態度に力が抜けていった。

「ふぅぅ。行っちゃったね。びっくりしたぁ。あの二人だったのかな、僕らのこと見てたの」
「たぶんな。わりと前から観察されてたのかもしれん。最終的に声かけたんだろう」

クローデもほっとした様子だった。カエサゴは見た目は狼に似ていて、毛色はもっと濃いが美しく、聡明で慎重なタイプにも見えた。あんなに若かったのに。
僕も見知らぬ仲間に出会ったのはこれで三、四匹目だけれど、相手が複数の大人だからか緊張して喋れなかった。

なんにせよ、問題にならなくて良かったと息をついた。


午後になり、僕らは早めに開けた土地の拠点へ戻ってきた。
砂利や土が広がるところに寝そべり、火の周りで休息を取る。クローデは武器や道具の手入れをして座っていた。
そこで僕はあることを思い浮かべ、すくっと体を起こした。

そうだ、いいこと考えた。クローデのために魚を獲ってこよう!
本当はお肉もたくさん食べてほしいけど、彼は結構強情だから簡単には受け取らないだろうし。

「オルヴィ、どこ行くんだ?」
「おしっこだよ。川辺でしてくるね」
「その辺でしろよ」
「ええっ。恥ずかしいよ。今は昼だから平気だよ」

安全なことを告げて僕は近くの川へ向かった。最近獲物も自力で捕れるようになったし、彼の喜ぶ顔を想像するとわくわくした。

着いた場所は細くて小さな川だけど、魚はちゃんといる。クローデはいつも槍とか網の罠でとっていて、でも今の僕には難しいから水面を覗きこんで狙いを定めようと思った。

石の上を進み、四つ足が冷たい水の中に入ってびっくりする。
でもさらに驚くことが襲った。突然背後から低い声に話しかけられたのだ。

「オルヴィ。それはいささか、危なくはないか?」
「ひゃああっ!」

僕は変な声を出して素早く川から飛び退いた。その貫禄たっぷりの大人の雄の声質には覚えがある。あの、ジオだ。

「お、おじさんっ。びっくりさせないでよ。入っちゃったらどうするんだよ!」
「君は流れる川の水に入ったことがあるのか。ないなら止めておきなさい」

まつげの長い凛々しい顔立ちに注意される。まじまじと見ると、今日出会ったカエサゴよりも遥かに大型で鍛えられ、強そうな褐色の獣が座っていた。 

「ジオ、どうしてここにいるの? よく分かったね、僕達の場所」
「ふふ。まあね。君達が気になって。私は追跡が得意なんだ」

微笑まれるけれど、さっきの雄達とは違って背筋が冷える台詞に聞こえた。気にしてくれてるのは同じなのに、やっぱりこのおじさんは前の件があるからかな。

「君はこの森で何をしているんだ? 見たところ訓練のようだが」
「うんっ。センター長に言われて、二人で試験をしてるんだ。受かったら、ずっとクローデと一緒にいられるんだよ。すごいでしょう? 今のところ順調だし、この前なんか僕一人で狩りが出来たんだよ! なんだかんだ、来てよかったなぁ」

気が緩んでしまったのか、僕がつい笑顔になると、ジオは微笑みを浮かべたままだったが僕を改めて見つめた。

「そうか……けれど、油断は禁物だぞ。森は君が思っている以上に危険なところだ。自然や天候、野性動物……一番の脅威は人間だと、私は考えるがな」

深い緑の瞳が馳せる思いに、僕は言葉を奪われてしまった。確かにその通りだ。きっと多くの経験から彼なりに忠告してくれたのだろうと、気を引き締める。

「わかったよ。ありがとう、おじさん。僕気を抜かないでがんばる!」

しっかりと頷くとジオは目をにこりと細めた。そしてそんな僕に対し「じゃあお土産を渡そう」と言ってきた。
彼は迷わず川に入っていき、注意深く水面をのぞく。口を水中につけて、顔をもぐらせた。

もう一度顔を上げたときには、なんとぴちぴちと跳ねる銀に輝く魚をくわえていた。それを何度か手際よく繰り返し、短い時間で何匹も小石の上に積まれていく。

「すっ、すごーい! どうやってやったのっ? 魚速いのに!」
「ふむ。魚より速く動けばいいだけさ。少しコツがいるんだが、練習すれば君も出来るようになる」

顔を振って水気を飛ばすカエサゴの雄の姿が、なんだか頼もしく格好よく思えた。今のは魚だけど、ジオも狩りが得意なのはすぐに理解出来た。

「さあ。これはクローデにあげるといい。私が獲ったことは内緒でな」
「えっ? どうしてクローデにって分かったの?」
「私達は魚よりも肉を好むからな。そうだろう?」

片目をぱちっと合図したように見えて、僕はこの雄にはなんとなく勝てないと思った。同じ種族だし、かなり年上だし、もしかしたらお父さんがいたらこんな感じなのかもしれないと感じた。

あの時の出会いより和やかなムードの中、僕はお礼を言った。別れ際、ジオは僕の背後を見やって、またこちらに視線を落とした。
ふたまわり以上、もっと大きな褐色の体躯が近づき、顔が迫る。

「会えて嬉しかったよ、オルヴィ。助けが必要なときは遠慮なく私を呼ぶといい」

彼は鼻先を僕の鼻筋にそっと触れさせて、目を閉じていたようだった。こういう挨拶なのだろうか。

不思議に思いながらも僕は大人しくして、やがて別れを告げた。
その後くわえられるだけ口にくわえて、魚を運ぶ。しかし拠点の焚き火が見えてくる前に、草むらに長身の男が立ちはだかっていた。

「あっ、クローデ!」

僕は口を開いたと同時に獲物をばらばら落とす。
彼はしゃがみ込みそれらを拾って、じろじろと眺めた。眉間に皺を寄せ、何かを考えている様子だ。
でも僕は気づかず、明るい雰囲気で話をした。

「クローデのご飯だよ! たっくさんあるよ〜」

丸太に座って頬杖をつく彼のそばで、僕は尻尾をふって見上げる。
けど彼は黙ったままで、しばらくしてやっと口を開いた。

「こんなにたくさんどうした? お前、魚とったことないだろう」
「……そっ、それは……」

嘘をつくのが下手な僕は困り始めた。秘密って言われたけど、確かに初心者が大漁なのはおかしい。汗が出ながらも白状することに決める。
ジオのことを恐る恐る話すと、彼ははあ、とため息を吐いた。どうやら気づいていたらしい。僕のことが気になって追いかけると、彼の別れ際の姿が見えたそうだ。

僕は若干気まずくなっていたが、腕を伸ばされたため膝の上に乗り座る。

「ごめんね、クローデ。僕……」
「いや、悪い。お前が魚を取ろうとしてくれたことは嬉しい。そのせいじゃなくてよ……あのおっさん、何考えてやがるんだ。これみよがしにーー」

クローデは機嫌の悪さを隠さずに舌打ちをした。僕はようやく気づいた。彼はジオのことがあんまり好きじゃないから、贈り物も嬉しくなかったんだろうと。
しかしクローデの懸念は実はもっと遥か先のことだと知る。

「オルヴィ、あいつの接触には気を付けろよ。こうしてまた近づいてくるかもしれねえ」
「う、うん。でもおじさん優しかったよ。何かあったら呼べってさ」

慌てて伝えると彼の青い瞳が鋭く向けられる。

「お前覚えてるのか? あいつはお前を番にするとか言ってたんだぞ」
「そうだけど……冗談じゃないのかな。今回の試験も応援してくれるみたいだったし…」

首をひねって考えると、はっきりクローデの目の色が変わった。すぐに「今回のこと話したのか」と詰め寄られる。怯えて頷くと彼は自身の黒髪に手をやり頭を抱えた。
どうやら言っちゃいけないことだったらしい。

「あの男、俺達の暮らしを邪魔してくるかもしれない。試験の失敗を狙ってな」
「ええ! そんなひどいことしないでしょう? さすがに」
「分からないだろ。俺があいつの立場だったらそうするさ。お前を手に入れるために」

彼の焦げ付くような視線に僕はドキリとし、胸を掴まれる。
僕は事の重大性が分かっていなかったけれど、クローデの言うことは信じられる。僕に向けてくれる強い気持ちも。

ジオについては、正直なところ僕らは詳しく分かってなかった。ミハイルもセンター長に聞いてくれたのだが、この雄は元々カエサゴ付き合いをするタイプではなく、森の中でも孤高で謎に包まれた存在だったようだ。

それが何故今になって僕に執着してくるのか、クローデも僕も、知る由もなかった。

「なんか僕、まるで狩りの標的になっちゃってるみたいだな。あはは」

怖さを紛らわすように空笑いをすると、仏頂面のクローデが拗ねたような目付きになる。彼は僕の背を引き寄せ「そんなことさせるかよ」と言ってぎゅっと抱きしめた。

見上げて交わし合う、獣と人間の瞳。
種族は違うけれど、僕達はこんなにも強い絆で繋がっているんだ。
それは、どんな者にだって壊せないし、たどり着けない場所にある。

そう確認したクローデと僕だったけれど……不思議なことに、ジオはしばらく二人の前に現れることはなかった。



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