愛すべきもの | ナノ


▼ 19 森の生活

一ヶ月間、二人きりで森で暮らすことが出来れば、僕達が一緒にいることが認められる。そんな約束をセンター長と交わした僕とクローデに、とうとう出発の日がやって来た。

そこは寮から数十キロ離れた地点にある森林で、普段のクローデの管轄区ではない。だがまだ密猟者に荒らされていない所らしく、比較的安全な場所を指定されたようだった。

「こんなことになるとは……父さんの立場は分かるけど、いきなり外で暮らせだなんて。やっぱり心配だよ。俺も十分、森での生活の大切さや厳しさは分かってるつもりだけど……昔暮らしていた時は、今ほど治安の悪さもなかったんだ」

申し訳なさそうに話すミハイルは、今日僕達を境界地点まで案内してくれたハンターでありながら、僕と同じくカエサゴの人間だ。
荷物を抱えたクローデは、納得した様子で首を振った。

「大丈夫だ。むしろこんな機会を与えてもらって、感謝している」
「……そうか。でもくれぐれも、二人とも気をつけてくれよ。俺達も森での警戒に一層気を引き締めるし、また様子を見に来るからさ」

力強い励ましで頷く同僚に対し、クローデはふっと笑い肩をすくめた。

「それはありがたいが、来なくていいぞ。ただで仕事を休んでる分、お前にも負担がいくだろう。そうだ、無事に終わったら祝賀会に来てくれ。こいつにもたらふく食わせてやりたいしな」

そう言って地面に獣の姿でおとなしくする僕を見やる。なんだか試練の始まりの日だというのに、やけに力がみなぎってる様子のクローデに驚く。
でも僕は未来の話に嬉しくなり「うん!」と返事して、後ろの尻尾を振った。

「……ああ! そうしよう、約束だぞ二人とも」

ミハイルも一緒に喜んでくれて、僕らは改めて決意を固めた。
正直なところ、僕は内心震えているところもある。森に遊びに来ることは多くあっても、また一から生活するのは久しぶりだし、そもそも生まれた場所の巣穴以外に出たことはほぼないからだ。

でも、きっと大丈夫。クローデと一緒なら。
そう胸に言い聞かせて、せめて経験豊富そうな彼の足手まといにはならないように精一杯頑張ろうと気合いを入れた。


午後にミハイルと別れた僕達は、天気は良いが肌寒い森の中を歩き始めた。僕はカエサゴの姿で茶色の毛並みに覆われているので寒さは感じないが、朝ベッドで目覚めたときは寒かったからクローデを思いやる。

ちゃんとした防寒着を着ていて、長い銃や他の武器が入ったバッグ、寝具などの生活用品も一人で背負っている。僕も人化して手伝うと言ったけど、今回の趣旨と逸れてしまうから駄目だった。
本当は獣人の姿で近くにいたくなるから、ちょっぴり寂しい。

「ここら辺、いいな。そう遠くない場所に水辺もあるし、視界も開けている。よし、ここにしよう。オルヴィ」
「わかった!」

小石や土が広がる平地を見つけ、彼が荷物を下ろす。しかしまだ周辺の茂みで何か探しているようで、僕はゆっくり後を追った。

「何してるの? クローデ」
「巣穴を探してるんだよ。この辺ならあると思うんだが……お前も何か気づいたら教えてくれ」

低い崖のような土の壁を真剣に探っているクローデの真似をして、僕も鼻を利かせて調べた。するとうっすらだが、僕と同じような獣の匂いを感じて、土壁を掘り進めた。

「あ! あった! 誰かの巣穴みたい」
「本当か?」

クローデが腕を突っ込み、中を覗きこむ。そこは思ったより大きな穴蔵で、明らかに誰かが使っているような形跡があった。
もしかして、食べ残しを狙っているのかな。そんなことして大丈夫かな、とハラハラしていると彼が口を開く。

「平気そうだ。ここにするぞ」
「え? どういう意味? 他の動物戻ってくるんじゃないのかな」
「いや。敷き材や残った餌を見ると、だいぶ前に巣立った様子だ。もう使われていない」

クローデの話ぶりから、彼はここを使うつもりなのだと知り仰天した。

「ええっ! でも、ここじゃちょっと狭いでしょう。クローデの大きな体、入らないよ」
「おい。なんで俺が入るんだ。ここはお前の寝る場所だ、オルヴィ」

笑いをこぼし、僕をじっと見やって頭に触れてくる。
僕は驚愕した。そしてふるふると顔をふる。

「どうして? 僕の場所って……クローデはどこで寝るの」
「すぐ外だ。安心しろ、ここは安全そうだから。俺も外で見張ってるからな」

するとようやく彼の意図が分かったのだった。彼は僕のための寝床を探していたのだ。そして自分だけ外にいて、守ってくれるつもりだったんだ。

「やだ。やだよ。僕だけ安全な場所で眠るの。それに離れるのは心配だし、寂しいよ」

必死に追いすがるけれど、外での彼はハンターらしく家の中より厳しい。
有無を言わさず「それは俺もだが、お前の身を守ることが最優先なんだ」と説明されれば、僕は受け入れるしかなくなってしまった。

その後、僕達は川辺へ行き、水を汲んだ。飲み水や調理には困らなそうで胸を撫で下ろす。それから拠点に戻ってきて、クローデは集めた木で火をおこしてくれた。

あっという間に数時間が過ぎ、次は食料を探す。初日に備えて僕らは朝たっぷりとご飯を食べてきたが、早く見つけるに越したことはない。

僕は森で木の実を集めたが、クローデの屈強な体はこれじゃ足りないと思う。
そこで彼は弓矢を背負い、狩りに出かけた。僕らが歩いていると、野生の動物を見つけた。

「ねえねえ、今うさぎがいたよ! どうする?」
「ああ。狙ってみるか。いけ、オルヴィ」

ええええ!
普通に促してくる彼にびっくりした僕は尻込みする。僕達は前から週一、二度の夕方、狩りの練習のために森林公園へ出かけていた。主にねずみを取り、生肉だって食べたこともある。
しかし、子供のサゴである僕の体の、半分以上の大きさを占める野うさぎは初めてだった。

「……でも、やってみる! 見ててね、クローデ」
「おう、奴らは素早いぞ。集中しろよ」
「うん!」

元気よく出発した僕は駆け出してうさぎを追跡した。途中、こちらに気づきものすごい速さで逃げていく。僕も負けじと走り、とうとう追い付いた。しかしいざ捕らえようとするとその大きさと重さに衝撃を受け、揉み合ううちに逃げられてしまった。

僕は息を切らし呆然と見つめる。
もう! もう少しだったのに!

牙を出して心の中でそう憤りながら、失敗したけれど昔の泣いていた自分とは大違いだと感じた。森の中だからか余計に、今の僕には闘志があった。

「駄目だったよ。……でもまた見つけるよ!」

振り向いた先には歩いてきたクローデがいて、彼らしい微笑みで頷いてくれた。
それから日が落ちるまで、僕の練習は続いた。クローデも色々アドバイスしてくれて、俄然やる気に満ちていたのだが、警戒されたのか辺りにうさぎは出なくなってしまった。

「はあぁ。もう疲れちゃった。……おうちで温かいスープ飲みたいなぁ」

獣らしからぬ言葉をついぼやくと、帰る時間になってしまった。今日のご飯は抜きか……。最初の日だから覚悟はしていたけれどショックだ。

とぼとぼと二人で歩いていくと、遠くに最後の一匹を発見した。でもこの距離だと、僕のスピードじゃ追いつかない。何度も挑戦した経験からそう悟ると、クローデが流れるような動作で背から弓を抜き、一点を見つめ構えた。

そして一瞬の間があったかと思うと、ひゅん!という音を出して放つ。
遠くにうさぎが倒れる音がした。僕は唖然として彼を見上げる。

「……す、すごいすごい! クローデ、天才!」
「まあ、弓のおかげだ。あとは運だな」

涼しい顔でそう言ったが、彼の狩猟の確かな腕前に僕は見とれた。
ひょっとして僕も、人化して弓の練習したほうがいいんじゃないかと思ったものの、言わなかった。
うさぎを捕らえ、帰り道にクローデが口を開く。

「大丈夫だ、オルヴィ。今日はお前はよくやった。誰でも最初からこなせる奴はいない。練習と、体の成長に合わせて必ず出来るようになる。な?」
「……うん! そうだよね。僕明日も頑張るよ!」

今日は手柄をクローデに譲ってしまったけれど、嬉しい励ましをもらってすぐに元気が出た。それに彼のおかげで今日もご飯にありつける。
でも前もそうだったな、と思い返す。僕は普段ぬくぬくと寮のアパートで暮らしていて、住居も出されたご飯も彼が仕事をして得たお金で手に入れたものだったのだ。

これから少しでも役立つようになって、その恩返しをしていきたい。
森の中を一歩一歩進み、そう強く胸に刻みつけた。


帰った頃には、もう空が暗くなっていて、僕らは早めに夕食を済ませた。
こんなに長く獣の姿でいるのは久しぶりだけど、段々慣れてきてもいた。もともと僕は四つ足のカエサゴなんだから当然だが。

そして夜の眠る時間になった。僕はぎりぎりまで丸太に座るクローデの近くに寄り添い、火よりも嬉しい暖を取った。寒空の下で、彼のことも暖めることが出来るかもしれない。

「さあ。そろそろ眠るぞ、オルヴィ」

急に巣穴に帰るんだ、と言われてるようで僕は寂しくなる。穴蔵はすぐそばで、確かにここは他の人間や大きな動物の気配もないし、安全そうだ。
でも。

「やだよ〜。寂しいよ。一緒にこのまま寝ようよ、クローデ」

甘えた声を出しても、彼は僕の黒い一本線が入った背中を優しく撫でるだけで、首を縦には振らない。
仕方がない。ここでは彼がリーダーだ。

彼は僕の番だけれど、強い者の縦社会を感じた僕は元気なく巣穴に入っていった。
彼が出口を昔みたいに草や木で閉じてくれ、風も入らず過ごしやすい。

暗闇では目は見えても外の様子が一切分からなくなったことに不安を感じた。
それでもわがまま言ったら駄目だと思い、おとなしく眠ろうとする。

あれほど心配だと思っていたのに、運動疲れのせいか、やがて僕は眠りに落ちた。
数時間ぐらい経っただろうか、ふと目が覚めた僕はクローデの様子が気になった。ちゃんと休めてるかな。

ガサゴソして巣穴を抜け出たら、外に焚き火の明かりが見える。だが近づいていくと、僕は目を見開いた。黒髪のクローデはさっきと同じ体勢で火の加減を見ていた。

「ん? どうした、オルヴィ。眠れないか」
「ううん。クローデこそ、なんで寝てないの? 疲れたでしょう。大丈夫?」

尋ねても平気だと返事されるだけで、全く横になる様子がない。しばらく眺めていたけれど、彼はずっと起きていた。
心配になった僕がしつこく問うと、クローデは「火の番がある」と話した。

なんでも、こうして外で野宿をする場合はたいてい二人のうちどちらかが起き、交代で見張りをするのだそうだ。僕はそんなことを知らずスヤスヤ眠ってしまっていた。

「もう、なんで教えてくれないんだよ、全部一人でやっちゃうんだから、クローデはっ」
「俺はいいんだ。お前はもう休め、ほら」

穏やかな青い瞳が細められて僕は言うことを聞きそうになったけど、穴蔵に戻るのをやめた。彼のそばで寝そべり丸まると、尻尾と獣耳の毛繕いをした。

「やだよ。僕戻らない。順番に見張りをするんだ。クローデに守ってもらうのは嬉しいけど、僕だってクローデを守りたいんだ。ここは森の中なんだから」
「……オルヴィ。ありがとな。でもな、俺は大人で、お前は子供のサゴだ。小さいものに目を配るのは当然のことなんだよ」
「……っ。でも、確かに僕はサゴだけど、今日から成長するんだよ。クローデの隣に見合う雄になるために、頑張るんだから」

僕は珍しく彼に反論した。ここで引いたら負けだと思い、目をぱっちり開けて彼を見つめる。するとクローデは軽く肩をすくめる。

「……そうだな。お前の言うことはもっともだ。心配してばっかりじゃ、お前が強くなれないことも分かる。だが……お前が大事過ぎてな。つい、過保護になっちまうんだ」

長めの黒髪をさらっとかき上げ、彼は夜の暗闇の中で憂い気な目線で話した。
僕の胸もきゅんとしめつけられる。

「仕方ねえ。今日はどっちみち寝るつもりはなかったが、少し休むか」

彼は近くに敷いてあった寝袋に横になり、夜空を見上げた。腕を伸ばされて招かれた僕もすぐに寄り添う。
嬉しくなった。また二人で離れずにいられることが。

「ねえねえクローデ。寒くない?」
「ああ。お前が獣の姿だと、すげえ暖かいぞ。やべえな、寝そうだ」

喉で笑う低い声にどきりとする。ふわふわの寝袋の中で、僕はクローデの大きな体にくっついていた。
そのとき本当に寒くないのか気になった僕は、人化することにした。ぽんっと少年の体になり、毛のない生身の白い手足が伸びる。すると寝袋がきつくなってしまい、彼から驚く声が上がった。

「なっ、おい、いきなり人化するなっ」
「ごめんね。……ていうか、寒いっ。すっごい冷えるよ〜クローデの嘘つき!」
「裸なんだから当たり前だろ。もう戻れって、オルヴィ」

さっと目元を赤くしたクローデが、僕が寒くないようにぎゅっと抱き寄せる。
ああ……気持ちいい。
今日はずっとカエサゴの姿だったから、久しぶりに感じた肌と人の温もりに、全身がしびれた。

でも、確かにもう戻らないと。この森での生活では、僕は獣化していないと試験にならないのだ。
寂しく思った僕はひとつだけお願いした。

「ねえクローデ、キスしてよ。お願い」
「……しょうがねえな」

また彼を呆れさせてしまった僕は、望み通りに唇にひとつ、そしておでこにも優しい口づけを与えられた。
それはまだ一日目の今日への、ご褒美にも思えた。
僕はすぐにまた獣になったけれど、しばらくそうして二人で体を休めることが出来た。



prev / list / next

back to top



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -