愛すべきもの | ナノ


▼ 18 センター長

その日はミハイルから夕方頃、急に電話があった。仕事から帰ってきたクローデに、ものすごい慌てようでこう話してきたのだ。

「クローデ、まずいことになったみたいだ、父さんが二人に話があるから呼んでくれって。なんだか真剣な様子で、何の用件か聞いても教えてくれないんだよ。とにかく俺も仕事が終わったらすぐに向かうからーー」

その内容に僕とクローデは顔を見合わせ、緊張が走る。センター長のおじさんであるアニスとは、この間とてもいい雰囲気で別れたはずだったのに。
もしかして、僕の正体がばれちゃったのだろうか。

真っ青になった僕は、一見いつもと変わらず落ち着いた様子のクローデに手を握られ、変装をして車で保護センターへと向かった。

そこは歴史を感じさせる大きな石造りの建物だが、中は明るい色合いの壁紙やカーペットが敷き詰められていて、とても綺麗な場所だった。クローデは毎日のように来ているから慣れていて、受付の人に案内されてすぐに奥の部屋に通された。

僕はじっと見られたものの、見た目は完全な人間だし問題なかった。まだ大騒ぎにはなってないようだと希望をもつ。
突き当たりの白い扉をノックしたが誰も出てこず、僕達は室内に入った。中は広い書斎のようになっていて、本棚はびっしりと埋まり、動物達の模型も置かれている。

「ねえクローデ。僕、怒られるのかな。やっぱりアニスに見つかっちゃったのかな」
「……どうだろうな。大丈夫だよ、オルヴィ。俺が話すから、お前は何も心配するな」

机の前の椅子に並んで座った彼が、いつもの穏やかな表情で声をかけてくれる。僕は彼の優しさと勇気に感謝しながら、互いを奮い立たせるように強く頷いた。

十分ほどが経ち、センター長がやって来た。部屋の中だとさらに大柄に見える、筋骨粒々で金色の短髪の男性だ。顔に傷跡があり、今日はハンターの制服に身を包んでいて余計に強そうに見えた。
彼は微笑みとともに挨拶をして向かいに腰を下ろす。

「こんばんは、二人とも。急に呼び出してすまない」
「あのっ。僕、僕、ばれちゃったんですか? もしかして、センター長は知ってるのっ?」

さっき約束をしたにも関わらず、居ても立ってもいられず身を乗り出した僕の隣で、クローデは頭を抱えた。普段は黙って話を聞いていられるけれど、今回は獣の鼓動に急かされていた。

「まあ、その話は置いとこうか、いったん。オルヴィ」
「……じゃあ、気づいているんですね。センター長」

今度はクローデが切り出し、穏やかだったアニスの顔が真面目なものに変わる。彼は僕らを交互に見た後、やがて静かに頷いた。

ーーばれた。僕がカエサゴだって。
どうして? いつ? やっぱりこんな変装じゃプロにとっては無意味だったのか。
顔面蒼白の僕の代わりに、クローデが話を続けてくれた。

「そうですか。……今日は、その話で呼び出されたわけか」
「……ああ。そうだ、クローデ」

二人の男が瞳を逸らさずに向き合い、一触即発の様子だ。
僕は懸命にセンター長の表情から考えを探ろうとしたけれど、仕事用の顔なのか一寸の隙もなく鉄壁のオーラに守られていた。

「単刀直入に言うと、君がサゴであるオルヴィを所有することを、この保護局として認めることは出来ない。分かるな?」

指を組んで言い渡すセンター長に、クローデは小さく「……はい」と答えた。
僕の胸がずきりとする。今までの僕達二人の幸せな生活が音もなく崩れてしまいそうに思えた。

「どうして分かったんですか? オルヴィがカエサゴだって。最初から?」
「いいや。恥ずかしいことに、この間の居酒屋ではまったく気づかなかったよ。一見大人しいが、素直でしっかりした少年だと感じた。それに、ミハイルに聞いたわけでもない。……だが、彼の名前が少し気になってね」

アニスは話してくれた。僕の名前がどこかで聞いたことのある言語だと思い、調べたのだそうだ。するとそれは、なんとカエサゴに伝わる古語が由来であることが分かった。
僕は何も知らなかったため、空気も読まずまたクローデに「どういう意味なの?」としつこく問い始めた。

そんな様子を見ていたアニスは、表情を柔らかくする。対してクローデは、やや赤く染まり言いづらそうにしていた。
でも僕は聞きたかった。だって僕の名前は、彼からもらった大事な贈り物だから。

「くそ。今言わなくてもいいんじゃないか……。まあいいか」

クローデは僕に向き直る。青い瞳がいつになく真っ直ぐでどきっとした。

「オルヴィは、宝物っていう意味だ。……お前の両親から見たら、きっとそうだろうと思った。小さくて、健気で、一生懸命なお前に……ふさわしい名前だ」

言葉をひとつずつ伝えてくれるクローデ。僕は目に涙がたまる。
宝物……。僕はそんな風に思ってもらえたのかな。嬉しいな。

「ありがとう、クローデ」
「……泣くなよ、ばか」

頭を優しく撫でる彼の声から、照れくさく思ってるのが伝わった。
僕はこんなにクローデのことが好きだ。優しい気持ちが、人柄が、温かい声が。全てが大好きなのだ。

鼻水を拭うと、大人の男性に見られていることが分かった。恥ずかしい姿を晒しちゃったけど、そうだった。まだ話は全然終わってない。

「良い名前だよな……俺は、クローデ、君がどれだけオルヴィを大事に思ってるか、大切に世話をしてきたか理解ができる。彼は君にとてもなついているしな。……オルヴィ、よかったら帽子を取ってくれないか」

立ち上がったセンター長にびくりとするものの、視線を合わせたクローデも頷いたため、僕はニット帽を取った。
倒れていた自慢の獣耳が再びぴんっと立つ。自分も精一杯勇気を表したかった。

「アニス。僕は見てわかる通り、カエサゴだよ。でも……お願いがあるんだ。クローデのそばにいさせてくれないかな……?」

上目遣いで目の前に来た大柄な雄に申し出る。しかし彼は厳しい顔つきで首を横に振った。そのまま「すまないな」と言って僕の頭をよく眺めた。
僕は崖っぷちに立たされた気持ちでふらつく。だめだった。お願いしても。

どうすればいいんだろう。何をすれば、この雄は「いい」と言ってくれるのだろう。
人間じゃなく獣の自分には見当もつかない。

呆然と椅子に座り直すと、センター長はまた机に戻り、口を開いた。

「まず、規則的な面から話をしよう。カエサゴは約百年前に初めて発見された、獣と獣人両方の姿をもつ、非常に珍しいイヌ科の生物だ。その数の稀少さにより国際保護連盟からは危惧種として保護指定されており、それには密猟や違法売買による危機も密接に関わっているーー」

難しそうな話をする彼に耳を傾けていると、目があった。その後クローデに「密猟され、何をされるか彼は知っているか?」と尋ねる。クローデは「やめてくれ」と言ったが、アニスは続けた。

「知るべきなんだ。森のカエサゴは皆知っている。祖父母やもっと上の代からずっとな。……彼らは密猟者に捕まり、富裕層の間で取引される。その大半は雄の生殖能力が目的だ。科学的根拠などどこにもないのに、調べられ、去勢され、命を奪われる。そういった許されざる行為が今も行われているんだよ」

センター長が険しい顔つきで言い放つ。僕は頭が真っ白になったけれど、恐怖が募りすぎてよく想像出来なかった。そんな目に合っている仲間達がいるなんて、ただただ信じることが出来なかった。

「俺が彼らを守るためにハンター達を雇い、警備隊を作ったのが二十五年ほど前の話だ。今では保護センターとして機能している。……ああ、自分の話はあとにしよう。とにかくだ、クローデ。その守るべきハンターの一人である君が、一個人としてカエサゴを引き取ることは認めにくいのさ。彼らは国のもので、法律違反になってしまうからな」
「……ええっ。ちょっと待ってよ。僕は僕のだよ。国のじゃないよ!」

思わず突っ込むと、アニスも珍しく「……その通りだ」と苦い顔をして認めた。だが今の話よりもっともっと大変なことを明かされる。

「だがな、法律で決まっている以上、発覚すればクローデはハンター資格を失う。この界隈の仕事にも二度とつけないだろう。オルヴィ、君は彼にそうなってほしいかい?」

僕はそう問われて絶望の気分に陥った。そんなこと、誰も言わなかった。
皆、黙っててくれたのだろうか。
自分のせいで恐ろしい状況になるかもしれないなんて、なぜ気づかなかったんだろう。

「どうして教えてくれなかったの、クローデ。僕が一緒にいたら危険だったんだね。ごめんね、僕……」
「違う、オルヴィ。お前はそんなこと気にしなくていいんだよ、俺はーー」
「駄目だよ! クローデはハンターなんだ、素晴らしいハンターなんだよ! 僕のせいで仕事がなくなったら絶対にいけないんだ!」

涙目で訴えた。だってそれは本当だ。彼はとても強く偉大な、心優しきハンターなのだ。僕はそんな彼が大好きで、その姿がまさしくクローデなのだ。

「センター長。余計なこと言わなくていいだろう。……俺には、こいつの親との約束があるんだ。資格がなくなっても構わない。こいつを引き取らせてくれるんなら、何だってする。……頼むよ、俺にできることを、教えてくれ……」

クローデは声を絞りだし、頭を下げた。そんな姿を見るのは初めてで、僕は動きを奪われる。
どうしてそこまで僕のためにしてくれるのだろう。
最初からそうだった。姿も知らないサゴのために遠くに引っ越してまで、助けに来てくれた。それから今でもずっと愛情を注いでくれる。僕なんかのために。

「君は、どうしてそこまでオルヴィにこだわるんだ?」

アニスが尋ねると、クローデは顔を上げた。そして僕を見た。せつなそうな、なぜだか泣き出しそうな顔だ。手をぎゅっと握られて、熱い体温が伝わった。

「俺は、こいつと家族になりたい。……家族がいなかった。俺には。……オルヴィにはいたが、もういないんだ。……だから、二人で、……ふたり、きりでもーー」

すがるような声音に聞こえた。胸の中が苦しいのに、僕は強く閉じた瞼をまた開けた。
僕の何よりのお願い。クローデの家族になりたいなって。
聞こえていたのかな? だから、彼も同じことを言ってくれたのかな。

「僕もっ……クローデと、家族になりたいよ……っ。どうしたら、なれる? 僕、僕もなんでもする! だからお願い、……お願いします…っ」

僕は泣きじゃくってしまった。雄なんだし泣かないと決めたのに、泣き虫だ。

「家族か……。家族になるのって、大変なことだよな。新しく作るのは、より難しいものだ……」

腕を組んで椅子にもたれかかるアニスが呟く。寄り添う僕らを眺めながら、考え事をしていたかと思うと、おもむろにクローデを見やった。

「君は、全然俺に、あんただって同じだろって言わないんだな。……まあ、今までの話はセンター長としての意見だったんだが。個人的には、二人を離してはやりたくないんだよ。……俺もミハイルを引き取ってから、相当悩んだからな」

彼の声のトーンが変わった。居酒屋で息子のミハイルと会話していた時のような、優しい和やかな目線だ。
アニスは自分の話をしてくれた。彼は、保護局を設立する数年前に、今は亡き妻と出会ったと言った。

「クサゴである彼女と過ごしたのは、一年間だけだった。でも、俺の人生の中で一番幸せなときだった。……初めて獣人の姿を見せてくれたときには、もう恋に落ちていてな。森の中でよく、互いの仲間には秘密で落ち合ったものだ」

しかし、家族と一緒に住んでいた彼女は、人間との付き合いを感づかれ皆に反対されたらしい。まだ若い彼女は悩んで家族の言うことに従った。そして二人は会えなくなる。

「別れを告げられて、俺はそれを受け入れるしかなかった。当時の自分は、仕事を捨てて彼女のために森で暮らす気概も決意もなければ、彼女も獣人として姿を隠して人間の生活をする思いもなかった。だから別れたんだが……二年後、ある知らせが届いた。彼女の家族からだ。病気で亡くなったのだと。そして子供がいるとーー」

伏せていた視線をあげる彼の瞳は、当時を見つめているかのように細められた。

「その子がミハイルだ。彼女は家族に伝えていたらしい。自分に何かあったら、俺に渡すように。家族思いの彼女らしく、あとは父親が育てるべきだということなんだろう。俺は、一生懸命育てたよ。いきなり現れた一歳のサゴをな」

思い出して微笑むアニスの姿にじんわりくる。ミハイルはそんな風な生い立ちだったんだ。

「君達とは少し違うが、似ている部分もあるよな。まあ、大変だったよ。息子は最初全くなつかなくてな、いきなり人間の生活になって、目の前には知らない男だったんだから当然だが。……初めて獣化したのを見たのは獣の年で三歳のときだ。今の君よりもう少し年上の少年だったかな。その時からだいぶなついてくれるようになって」

楽しそうにお父さんの顔で話す彼を、僕らはじっくり聞いていた。
とても興味深いし、ミハイルの子供の姿が想像できて心が温かくなり、僕も嬉しい気持ちになる。

「うんうん。じゃあやっぱり、サゴは好きな大人と一緒にいたほうがいいよね。なら僕達もーー」
「オルヴィ。それはそうだ。しかしな、問題点がひとつある」
「なんなの?」
「君がミハイルとは違って、完全な野生のカエサゴだということだ。自分では気づきにくいかもしれないが、順応できないつらさなどがいずれ必ず出てくるものなんだよ。……いや、ミハイルだってそうだった。あの子はあれでもかなり苦労をしている面はあるんだ。獣の血というものは、抗えない場面があるからな」

僕は首を傾げる。確かに僕は野生のサゴだけど、あまりぴんと来なかった。今だって十分楽しく生活できてるのに、これから不便なことなんてあるのだろうか。

黙って考えているクローデが気になり、なんとかセンター長に意見を変えてもらえないだろうかと悩む。
するとなんと、アニスの方からひとつの提案をされた。

「クローデ。君は、オルヴィを引き取るためなら何でもすると言ったな」
「はい」
「そうか。決意は固そうだ。……ならばこうしよう。森で一ヶ月間、オルヴィと二人きりで暮らしてみろ。彼の生活に合わせた暮らしでな」

突如降ってきた言葉にクローデの目の色が変わる。彼は膝を握りしめ、前に乗り出した。

「本当か? それで、認めてもらえるのか?」
「ああ。その代わり、一度も町へ下りては駄目だ。まだ秋に入った頃だが、冷えるぞ。いいのか」
「……ああ、大丈夫だ。以前、森で暮らしたことはある」
「一人でか? 今回は、一人きりより大変だぞ。サゴが一緒だ」

静かに頷くクローデを見てはらはらする。僕達、森で生活することになっちゃうんだ。
毎週森林公園でテントを張ったりはしてたけど、それとは違う。僕が生まれたときからしていた生活に戻るってことだよね。

「クローデ、本当にいいの? つらくない……?」
「大丈夫だ。俺を信じろ。オルヴィ」

力強く言う瞳には生気がみなぎっている。それを見た僕もぎゅっと拳を握り、彼の決断を受け入れた。
一ヶ月、頑張れば二人が一緒に住めるのだ。センター長に認めてもらえる。

「では決まりだな。ああ、そうだ。不測の事態には、もちろん救援を送ろう。この無線機を使え。……ただし、その時にはこの試験は無効になる。いいな?」

黒い電話のようなものを差し出され、クローデがじっと見下ろす。だが彼は受け取らなかった。必要ないという意思表示だろう。
それならとセンター長は無理矢理僕のポケットに入れた。「命は一番大事なものだ」と言われて。

確かにそうだ。でも僕達は、絶対に棄権なんかしないし二人で元気に試験をクリアする。
そんな意気込みで燃えながら、手を繋いだ。



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