愛すべきもの | ナノ


▼ 17 皆とのひととき

「はっはっは! あのおっさん、お前と番になりたいだと? とんだイカれ野郎じゃねえか、やっぱ俺らが睨んだ通りだったぜ、なあクローデ!」

どんっとテーブルにお酒のジョッキを置いたのは、赤ら顔で楽しそうな金髪坊主の男ベックだ。その正面で同じくビールをあおるクローデが、苦々しい顔で呟いた。

「ふん。イカれてんのは俺も同じだがな。……オルヴィはやらねえよ、あの男には」

そう言って隣に座る僕を見てきて、僕は人々で騒がしい居酒屋の中でさえも、鼓動が大きく聞こえて喜びに包まれた。
私服姿のクローデに寄り添うと、彼も見つめ返し「……口の周りついてるぞ」と照れ隠しに僕のソースを拭ってくれる。

今日は僕らの友人ベックとミハイルも含んだ四人で、町のお食事処に来ていた。僕は大好きなお肉のパスタを夢中で食べていたけど、ちょうどこの前出会ったカエサゴの雄、ジオの話を皆でしていたのだ。

「ったく、チビ。お前は危機感ねえなあ。そういやミハイル、あの雄のことなんか分かったのか?」
「いや、それがな……俺も他の仲間から名前は聞いたことあるんだけど、昔からの古株で、すごい強かったってこと位しか分からなかったんだ。ずっと姿を消してたらしくて、数年前にこの森に戻ってきたんだってさ」

金髪の柔らかな髪を結わえたミハイルが、机に置いた腕を組んで話してくれた。確かにあの雄は強そうだったし、長く生きてるからか自信にも溢れていた。
僕を心配してくれていて、悪そうな獣には見えなかったけど……。

「でも大丈夫だよ、オルヴィ。クローデも強いからね。人間だけど、彼には負けないって。君達には強い絆もあるんだから」
「……うん! ありがとう、ミハイル!」

同じカエサゴの友人から心強い言葉で励まされる。彼は加えて「ジオのことは父さんにも聞いてみるよ」と言ってくれた。彼の父親は動物保護局のセンター長なのだ。
しかしベックが「おいお前気を付けろよ、バレねえようにな」と釘を刺す。ちょうどその時だった。

丸太や木彫りの家具で作られた森の匂い満々の居酒屋で、店員の女の人がたくさんお酒を持って近づいてくる。ミニスカートを履いたいい匂いがする雌だ。

「はーい、果実酒頼んだのどちら様? ……あらぁ! 今日は珍しく良い男がいるじゃないの、はいリンゴチップサービスね、ボクちゃんも

金髪がまばゆい女の人が僕にウインクしたので焦ってお礼を言うと、その人は笑ってクローデにも本気の合図をしていた。僕は胸がドキッとする。

彼は、僕の番だよ。だめだめだめ!
そんな風に焦る自分の気持ちを知らないはずのクローデは、ちらっと女性を一瞥したあと「どうも」と言い素っ気なく視線を戻していた。

「ありがとぉ。俺にはねえのかな? 可愛い子ちゃん」
「ないわよ。毎日来るあんたにサービスしてたらキリないでしょ。じゃあごゆっくり〜。あっ、そうだ。さっきお父さんいらっしゃってたわよ? 一応ご報告ね」

彼女はベックをあしらった後にこやかに笑ってミハイルにもそう伝えた。
僕達四人に突如緊張が走る。彼の父であるセンター長もどうやらこのお店に来ているらしい。

「やべっ、まじかよ。どうすんだおい」
「大丈夫だよ、焦るなよベック。俺の父親別に鬼とかじゃないんだからな」
「そうだよ。こいつを見てもどうせ分かんねえだろ。どっからどう見てもただの可愛らしいガキだ」

クローデが僕のことをそう言ったけど、優しい目線でしかも可愛いって言ってくれたことに僕は有頂天になる。「そうかなぁ」と照れてお店の中でもつけているニット帽を擦る。
ただ一人呆れるベックをよそに、僕はまだちょっと気になっていることがあった。

「ねえねえ。さっきのお姉さん、クローデのこと好きみたいだったよ。どうして? お友逹なの?」
「あ? 知らねえよ。好きじゃねえよ別に」

友達でもない、と面倒くさそうにしている彼をじっくり見る。長めの黒髪から覗く涼しげな青い瞳、色っぽい視線、そして頼りがいのある胸板と筋肉質な手足ーー。雄のフェロモンがたっぷり出ている!

「やっぱりクローデは雌にモテるんだ! どうしよう僕、心配。クローデは僕の番なのに〜」

悔し混じりに吐き出すと、斜め前のベックが本当にビールを吐き出した。「何すんだてめえ、きったねえな!」とクローデが怒り出す。

「お、おい、お前こそ何言わせてんだこのガキに。どいつもこいつも盛りやがってよ、……勘違いさせんなよ!? 雄ガキだぞこいつは!」
「ちょ、ベック。声がでかいから抑えろって。別にいいじゃないか、そのぐらい。オルヴィはそれだけクローデが好きなんだよ。人の自由だろ?」
「そーだよ。何がわりい? 可愛いじゃねえか、言わせてやれ」

大きな手が僕の頭に乗りぽんぽんと触られる。目を輝かせた僕は勢いあまってクローデに抱きついた。
嬉しくて喜びが爆発しそうになる。今日はこんなお店に来れた上に、皆で楽しくお喋りをして、クローデにいっぱい幸せな言葉をもらえた。
最高の日だ……!

完全にふわふわ幸福に包まれていた僕だったが、この夜一番の驚きの出来事は、それからだった。
皆で食事を楽しんでいた最中、ミハイルが遠くに視線を移した。「あっ来る」と焦りがちに言って、微笑みを作って手を上げた。

視線を辿ると、向こうからとても大柄でスポーティーな上着を羽織った男性がやって来る。その人はこちらに気づき笑顔だったが、短い金髪で顔に傷跡があり、若いベックよりもさらに屈強な体つきをしていた。

まさかあの人が、ミハイルのお父さん?
全然想像と違う戦士みたいな姿にびっくりする。

「やあ。皆で食事中だったか。邪魔してすまん、ミハイル。俺も今彼らと話を終えてな」
「そうだったんだ、お疲れさま、父さん。ほら、座ってよ。皆いいよな?」

ミハイルがそう尋ねたため僕らも挨拶して席を勧めた。彼は「長居はしないから」と僕達に会釈をする。
センター長である彼はアニスという名前で、厳つい見た目ながら物腰は柔らかく優しそうな男性だった。

「クローデ。君の仕事ぶりは耳に入ってるぞ。こっちに移ってから、ミハイルとも仲良くしてくれてるんだってな。ベック共々、よろしく頼むよ」
「ああ、はい。こちらこそ」

グラスを掲げたセンター長にクローデも同じように応えた。僕はドキドキしながら近くに座るミハイルのお父さんを観察する。前に話を聞いたことがあるけど、この人は元々動物保護活動家の仕事をしていて、20年ほど前にカエサゴ保護局を設立したらしい。

クローデのことは五年前に面接で出会った時から知っていたが、局長のアニスは主にこの支部にいるため会うことは滅多になかったそうだ。

「……ところで、ミハイルから聞いたよ。この子のこと、皆知ってくれてるそうだな。俺は嬉しくてね。もちろん広まるのは避けたいが、親としても息子には、なるべく自分らしく生活させてやりたいと思ってきたからな」

落ち着いた声で身を屈め、僕達に打ち明けてきた彼に皆が驚く。ミハイルは父に話していたことを黙っててごめんと、頭に手をやっていた。
でも僕は、そんな彼の父親の姿を見て嬉しかった。子供のミハイルのことをちゃんと考えてくれている人なんだと、今までなんだか勝手に実は怖い人かもと思っていたから、すっかり安心もした。

この人になら、僕のこと話しても大丈夫なんじゃないかな。そう思ってきた。

「まあこいつはこいつなんで。俺らはどんな面でも受け入れる覚悟がありますから。関係ねえっすよ、結局は中身なんでね。な、クローデ!」
「ああ。俺はまだお前らと大して長い付き合いないけどな。……ミハイルがいい奴だってことは分かる。お前も少しはな」
「少しぃ? そこは同じぐらいでいいだろがっ」

二人がなんだかんだ楽しそうに話すと、皆も笑顔になった。クローデが他の大人と話している所は珍しいし、見ていて楽しい。

そんな時、話題が僕のことに移った。センター長のアニスが和やかな瞳を向けてくる。

「そういえば君は、なんという名前なんだ? クローデの親戚の子なんだよな」
「あっ、はいっ。僕はオルヴィです。クローデは親戚のお兄さんで、今学校がお休みだから、近くに遊びに来ているんです」

あらかじめ練習していた長台詞を頑張って言い終えると、納得しかけた彼はやや首を傾げた。

「礼儀正しい少年だな。俺には気軽に話してくれて構わないよ。……ん? だが今は、
学校は休暇中じゃなかったよな、たしか。秋だしな……」

太い腕を組み考えるアニスに僕は焦る。え、今そうなの?僕そんなの知らないし。
やっばり適当にテレビを見て作った言葉じゃダメなのかな。
獣なのに人間の汗が出てきた僕をクローデが助けてくれた。

「ちょっと家の事情があって。あんまり長くは休ませないので大丈夫です」
「ああ、そうだったのか。ごめんな、立ち入ったことを……。あれ、君の名前、今オルヴィと言ったか」

顎に指を当てる屈強な男に再度尋問されてる気分になった。僕の名前、クローデがつけてくれたんだけどおかしいのかな。そんなことないよね。
不安げに頷くと、彼はやがてにこりと笑って「……良い名前だ」と褒めてくれた。

僕はやっと密かに息を吐き、隣のクローデに肩をくっつける。そっと支えてくれた彼の優しさに触れたけれど、やっぱり人間のフリをしても僕は経験もないただの子供のサゴなんだということを感じて、意気消沈する。

「オルヴィは動物が好きなんだよね、だからハンターの仕事してるクローデを頼ってこっちに来ててさ。ついでに俺達とも仲良くなれて、こんな風に遊べて仕事も色々教えることが出来て嬉しいよ」
「そうそう。まあ話して楽しい仕事じゃねえけどな、疲れるわ危ねえわ汚れるわ。……あっすいませんセンター長!」

大袈裟に頭を下げるベックに皆が苦笑する。二人が話を合わせてくれてありがたかった。

加えて僕がカエサゴに興味があると知って、彼の父親であるアニスも嬉しそうな様子だった。なぜなら彼はきっとこの中で最もカエサゴに詳しく、大好きで大切に思っている人間だからだ。

「そうかそうか。君は彼らに興味があるんだな。良いことだ。知ってるか? この国立森林公園には、約1000頭のカエサゴ達が暮らしているんだ。我々が管轄している保護区は8つに分かれていて、相当な広さだけどね。全国のカエサゴの半分以上はここに集まっている。冬は寒いが気候も彼らに合っていて、森の恵みも豊富だ。……だがさっきベックが言ったように、彼らを守るハンターが必要な環境でもある。悲しいことにな……」

真面目な顔つきのセンター長の言葉が、密猟者のことを示しているのだと分かった。彼は僕が子供だからか多くは語らなかったけど、僕は当事者でその過酷さについては少なからず知っている。
もっと尋ねたい気持ちはあったけれど、元々クローデもあまり深くは話さないし、僕の正体も秘密だから我慢した。

「……そうなんだね。でも、森で暮らす動物達はきっとハンター達に感謝してると思うよ。喋れないけど、きっとそうだよ。安全が少しでも増えるのは、生きてくのに一番大事なことだし、嬉しいことだから」

うんうん頷いて一生懸命代弁しようとすると、アニスは僕を真正面から捉えた。濁りのない真っ直ぐな瞳には貫禄があり緊張する。
だがやがて彼の瞳は細められ、僕の帽子にはふわっと大きな手が乗った。ミハイルのお父さんだから大丈夫と、一瞬びっくりしながらも大人しくする。

「うん、そうだな。彼らもそう思ってくれてると、俺も嬉しいぞ。そのために俺達は、日々危険な仕事でも頑張っているんだからな」

傷跡のあるセンター長の顔が頷き、眩しく見える。初めて会ったけれど、この人はやっぱり良い人間なのだと感じた。親子揃って、僕は出会えたことに感謝をした。

「なんだか、オルヴィ。君を見ていると、昔のミハイルを思い出すよ」
「……えっ? と、父さん。昔の話は恥ずかしいからやめてくれよ」
「どうしてだ? いいじゃないか。昔、思春期のお前が急に山にこもると言い出したとき、心配した俺は隠れてたくさんの食料を差し入れしようとーー」
「……ああ、そっちか。なら父さんの話だな、じゃあいいよ」

二人の面白そうなやり取りに、僕らは笑い合って耳を傾けた。人間とのハーフだけど、カエサゴであるミハイルがお父さんと仲良くしている姿が素敵だった。
ちょっぴり羨ましくもなる。僕の父はもういないから。

でも、隣にはかけがえのない存在であるクローデが、いつも僕を優しい瞳で見守ってくれている。そのことがただただ嬉しくて、今日はよりいっそう心の中で彼に、他の皆に対しても「ありがとう」って言いたくなった。



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