愛すべきもの | ナノ


▼ 16 カエサゴの雄

この間、僕とクローデは初めて交尾をした。それはすっごくすっごく素晴らしい経験だった。あれ以来、彼を見るたびにたくましい体の線や髪をかき上げる男っぽい仕草が、きらきらして眩しい。
そうだ、僕はもうすっかり大人の雄、クローデの虜になっていた。

「ねえねえクローデ。今日も交尾しようよぉ。僕もう我慢できない……」
「あー、おう。あとでするか。……なんだお前、最近やけに甘えた声出してくるな」

腕を絡ませてくっついている僕に、ふっと優しい微笑みが向けられる。でも青い瞳はまるで夜を思わせるほど色っぽくて、見つめているだけでドキドキする。
しかしそんなクローデは、突然驚きの台詞を僕に投げ掛けてきた。

「オルヴィ、ちょっとその前に写真撮ってもいいか、お前の。ーー実はこの前、あるカエサゴに会ってな」

腕を組ませて床に座る彼が語り始める。僕が初めて聞く内容だ。
なんと彼はずいぶん前から森で一頭のカエサゴに僕の存在を嗅ぎつけられていて、その様子を確かめたいと言われたらしかった。

「ええっ。そうだったんだ、その人すごいなぁ。僕の匂い、そんなにクローデについちゃってるのかな」

嬉しくなって彼の胸をくんくん嗅いでも、自分には分からない。その行動が能天気に映ったのか、クローデは少し複雑な表情でじっと見てきた。

「悪いな。撮りたくなかったら無理にとは……」
「ううん! 大丈夫だよ。でも写真よりーーそうだ! 僕その人に会ってみるよ。駄目かな?」

そうすれば僕は元気だよって大人のカエサゴにも安心してもらえると思ったのだ。けれどクローデは一瞬動揺したようにまばたきをする。

「……会いたいのか? お前」
「ええと、うん! 出来れば会ってみたいな」

元気よく答えると、彼はやや視線を落とし「そうか」と呟いたあと、僕を抱き寄せた。クローデの腕の中でふわふわ考える。その雄はどんな人なのだろう。
同じカエサゴに会うのは、ミハイルの次に二人目だ。もし会ったら、ちゃんと自己紹介をしておかないとな。僕はそう好奇心が疼いていた。


後日、クローデと一緒に夕方頃森へ向かった。他のハンター達が見回りをしていない時間帯で、かつ安全だと彼が判断した場所で僕らは待つ。
本当に来るのかと息を呑んでいると、樹木の影からひっそりと一頭の褐色の獣が現れた。

今日僕は人型だったけれど、子供の自分はもちろんミハイルよりも大柄で肩も足もがっしりとしたカエサゴの姿に、瞳が一瞬で奪われる。

「やあ。写真を頼んだのだが、まさか連れてきてくれるとは。ありがとう、クローデ。君がオルヴィだね。初めまして、私はジオという」

凛々しい獣耳や金色の睫毛の長さに気をとられていたが、彼の目配せに合わせて僕も慌てて会釈をした。

「あっ、こんにちは、おじさん! 初めまして、今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそ。ふふ。おじさんか。確かに私は君の隣の青年より年上だが……」

獣なのに目を細めて微笑む表情が分かる。
僕は感動していた。新しいカエサゴの雄にまた出会えたことに。

「そうか。あんたいくつなんだ?」
「私は、人の年月に換算すると大体40才ぐらいだ。我々の寿命は70年ほどだから、彼の父親よりは年上だろうな」

そう言って優しい目つきで僕を見上げる。僕はジオという雄の前でしゃがみこんだ。
今日ここに来ると決めてから、聞きたいことがあったのだ。

「あの、おじさん。僕のお父さんか、お母さんのこと何か知ってる? ここらへんに住んでいたと思うんだけど……名前とか、どんな人達だったとか…」

僕が尋ねたことにクローデは少し驚いた様子だったけれど、ジオは僕から視線をそらさずにゆっくり首を振った。

「いいや……残念だが、詳しくは知らないのだ。この辺りに数ヵ月前若い夫婦が住み始めたことは聞いていた。けれど彼らは別の場所から来たようで、他の者達との付き合いもほとんどなかったらしくてね。……それは、とくに珍しいことではない。カエサゴは家族以外ではあまり群れないんだ」

彼の話に僕は落胆する。出来れば少しだけでも、何か両親について知れたらと思っていた。
でも、仕方がない。真摯に教えてくれたジオにお礼を言った。
クローデが心配した顔つきで寄り添ってくれる。だから僕はどんなときも前を向けるんだと思った。

「クローデから聞いたとは思うが、老婆心ながら私も君のことが気になってね。君はまだ小さいけれど、獣は獣だ。これから生きていく術を覚えていかなければならない。人間の生活に合わせるのも、時々無理を感じていたりしないかい?」

彼は綺麗に四つ足をついて、こちらを見つめている。この前のベックのことを思い出した。きっとその時のように僕を心配して言ってくれているのだろうと、分かった。
でも僕はクローデの手をぎゅっと握った。一番大切な手だ。

「ううん。無理はしてないよ。僕みたいな知らないサゴのこと、気にしてくれてありがとう、ジオ。でも、本当に大丈夫なんだ」

ちらりと隣のクローデを見上げると、青い瞳が揺れる。僕はそのとき、とっても勇気を出した。

「あのね。だって僕とクローデは、もう番になったんだ。えっと、雄と雄だけど、好き合う二人は番になれるから大丈夫。だから心配しないでね」

顔がぼっと熱くなりながら、手を握りしめて伝えた。これが僕が今日この人に会いに来た一番の目的だった。
またクローデを確認すると、見たことがないぐらい僕を凝視していた。

どうしよう。駄目だったかな、いきなり発表したの。
でも僕達はもう交尾もしたんだし、そのぐらいいいよね。

「ほほう。オルヴィ、そうだったのか。なんとなくその男の匂いから感づいてはいたが、そこまで君が本気になっていたとは…」

ジオが独り言のように呟き、クローデのことを見やる。じろりという鋭い視線だ。緊迫する空気の中で、僕の手が改めてしっかり繋がれる。
クローデは僕が勝手に喋ったことを怒っていなかった。それどころか、ジオに対して強い眼差しで見返していた。

「……ふむ。だがな、オルヴィ。君もやがては雌と番になりたくなるぞ。それが獣の本能というものだ」
「ええっ。ならないよ、平気だよ僕」
「そうか? まあいい。君は柔和な顔つきながらわりと頑固な奴なのだな。……そうだ、これならどうだい? 私も君の番の候補に入れてはくれないだろうか。森の中で暮らしたかったら、手取り足取り教えてあげよう」

ふふ、と急に甘い声音で誘われてしまった。僕は困り果てる。
獣の世界はすごいなぁ。こんな風に皆はっきりしてるのかな。ミハイルとは違うと感じた。

「あのねおじさん、何回も言ってるでしょう、僕はクローデがいいんだよ。狩りの練習も時々森でしてるから心配しないでってばーー」

段々大人の雄の勢いに押されていた僕は、半ば投げやりに言った。
しかしそれを遮るように、ずっと黙っていたクローデが僕をかばい前に出てきた。

「……おい、あんたどういうつもりだ? こいつの番になるだと? ふざけんじゃねえ! 寝言は寝て言えよおっさん!」

いきなり大声で激昂する彼を初めて見た僕は、口を開けて呆然とする。
彼らはいつの間にか睨み合っていた。

「ふざけてなどいないよ。私も立候補したいと言っただけだ。君より彼の生態やこの森のことを熟知しているカエサゴの私ならば、ずっとオルヴィにふさわしいだろう。……そうか、分かったぞ。オルヴィ、この雄の姿形が気に入ってるのかい? なら私も獣人化してみせよう。自分で言うのもなんだか、結構良い男だぞ。君も気に入るかもしれない」
「……このッ、……すんじゃねえ!!」

クローデが完全に切れてしまっている森の中で僕はおろおろと心配したが、ぐいっと手を引っ張られてその場を去ることになった。
別れ際クローデが振り向き様に吐き捨てる。

「チッ。あんたもっと紳士的な奴かと思ったら違ったようだな。こいつのことは俺がなんとかする。もう干渉しないでくれ」
「ほう? こちらこそ同じ台詞を返したいものだが。ーーオルヴィ、私に会いたいときはいつでも呼び出してくれていいからな」

にこやかに告げたジオは優雅な動作でそこに座り、僕らを見送った。
僕は少しひきつったような笑みでとりあえず手を振って別れた。

帰り道、森の沿道に停まった車に二人で乗り込む。
乱暴に運転席のドアを開け、座席に座ったあともクローデは正面を向いたまま険しい顔をしていた。

人気はなかったけれど、僕は鏡で急いでニット帽をかぶり直しながら、恐る恐る隣を見た。

「あの、クローデ。ごめんなさい……僕、余計なこと言っちゃったかな…」

帽子に手を当てたまま尋ねると、彼は「え?」と怖い顔で振り向く。だがやがて我に返ったように、普通の穏やかな顔を作ろうとし、僕の頭を優しく触ってくれた。

「いや、お前のせいじゃねえ。悪かった、切れちまって。……つい、カッとなったんだ」

彼は向き直り、暗い車の中で笑みを見せる。我慢できなくなった僕は、身を乗り出して抱きついた。クローデは驚きつつも背中を抱いてくれる。

「本当? 僕の言ったこと、嫌じゃない? クローデ」
「……ん? ああ、嫌じゃねえって。すげえびっくり、したけどな。……お前はほんと、俺の想像以上に、ちゃんと色々考えてんだな」

少し笑ったように撫でられて照れくさくなる。
でもよかった、僕は彼の言葉を聞いてひと安心したのだった。

そしてさっきの彼の様子を思い出す。ジオが僕の番になりたいと言ったとき、かなり怒っていた。それってつまりーー。

「オルヴィ」
「……うわぁっ! なあに?」

考え事に陥りそうだった僕の顎に触れてそっと上向かせる。
クローデの瞳に捕まってしまい、簡単に逸らせなくなった。ここは車の中だけど外だから、もっとくっついたり出来ないのがもどかしい。

「なあ、俺のそばから……いなくなったりすんなよ」
「……う、うんっ。絶対にそんなことしないよ。大丈夫だよ、クローデ」

突然いつもの彼と似つかわしくない言葉を投げられ、僕は一生懸命頷く。
そして外なのに、暗がりの中で僕の肩ごとぎゅうっと抱きしめられ、分厚い体に包まれた。

懐かしいのは森の匂いだったはずなのに、もう慣れ親しんだクローデの香りに安らぐ。
僕は彼との大事な約束を、大切に胸にしまった。



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