反抗少年 | ナノ


▼ 3

月曜になると、表面上は変わらぬ教師生活が再開した。
朝のホームルームで制服姿の田中の出席を確認し、ほっと胸を撫で下ろす。

廊下側の一番後ろに座る奴は、気だるそうに頬杖をつき大きな図体を丸めていた。

昼休みを迎えチャンスだと思った俺は、受け持ちの数学の授業の後、田中を探した。ちょうど教室から出てきた茶髪頭が、他の男子と話しているのを見つける。

「おい育太ぁ、飯どうする? 学食行く?」
「いや、まだあんま腹減ってねえ。ちょっと寝てくるわ」
「おー、いいけど寝過ごすなよ。パン買っといてやるから」
「うん、悪い。頼む」

友人に礼を言う田中は、頼りない足取りで廊下の角へと消えていった。
なんというか表情に覇気がなく、やはり家庭内のゴタゴタが尾を引いているのかと、担任として心配になってくる。

俺は奴の後をつけ、よしきちんと話をしようと、決意したのだった。


田中は人気の少ない校舎の三階にいた。立ち入り禁止の屋上へと続く階段の上で、壁にもたれて座っている。
若干の声をかけづらい空気を感じてはいたが、偶然を装って俺は奴の前に姿を現した。

「あれっ、田中。こんなとこで何してるんだ。偶然だなー、俺も座るぞ」
「……先生。……つけてきたんですか? 暇人だな」

面倒くさそうにため息を吐き、学校ではよく俺に見せていたクールな態度で呟いた。
これがいつもの奴なのだ。17才にして俺と変わらず長身で筋肉質な体格もさることながら、まだ幼さの残る他の生徒とは少し異なり、かなり大人びている。

だから余計に、この間の金曜日に奴の自宅で起こった家庭のドラマには、未だ驚きを隠せなかった。父親の前では感情を爆発させたりもする、普通の男子なのだ。

「で、どうだ? お父さんとは仲直りしたか」

隣に腰を下ろし相談モードに入ると、頭をうなだれる田中にじろりと見られた。

「してないよ。ていうか別に喧嘩してるわけじゃねえし……先生、聞いてくれよ。あの相手の男、昨日までうちに泊まってたんだぞ。土日は家政婦さん居ないから料理作るとかいって、はりきって……家でも俺につきまとってきたし」

えっ。先輩そんなことまでしていたのか。
空気が読めないのは知っていたが、初対面の思春期男子に対して暴走しすぎだろうと、田中に同情した。

「そうか……大変だったな。まあ悪い人じゃないんだが……はは。……たぶん、お前と打ち解けたくて仕方がないんだろうな。先輩一人っ子だし、両親が小さい頃に亡くなってて……確かお祖母さんと一緒に生活してたはずだ。きっと家族に憧れがあるんだろう。お前は堪ったもんじゃないと思うが」

フォローするつもりで話すと、田中は驚いた様子で「……えっ。そうなのか。……へえ」と呟き、少しバツが悪そうにしていた。

その後も先輩後輩のよしみで、やれあの人は面倒見だけは良いとか、絶対に人を見捨てる人間じゃないから、年の離れたお兄さん的感じで頼れることもあるかもしれないぞ、などと語りかけた。

「なあ田中。無理に認めなくてもいいと思うんだ。あの二人のことは、とりあえず無視というか、見守ってやったらどうだ? お父さんも勿論自重する必要はあると思う。だが彼も一人の人間だ、きっとお前も同じように大人になってから変わった恋愛をして、分かる時が来るかもしれないよ」

これは本心からの言葉だが、教師としてただ耳障りのよい台詞を並べているように聞こえたのかもしれない。
急に田中が険しい目つきで睨んできた。

「俺に分かる時が来るのか? 先生……ゲイの恋愛がさ」

大人びた表情にどきりとし、答えに窮する。
確かに俺と違いストレートであるこの生徒には、本当の意味で理解するなんてことは、難しいだろう。

「まあでも確かに……先生と付き合えば分かるかもな」
「まだそんなこと言ってるのか……冗談はほどほどにしとけよ」
「なあ先生、男同士のセックスって、気持ちいいの?」

横目でふと向けられた問いに対し、俺はすぐにその場から立ち上がった。
田中の視線を感じながら手すりに身を乗り出して階下を確認し、また同じ位置に戻り腰を下ろす。
良かった誰もいない。

「田中。いい加減にしなさい。教師の俺が生徒とそんな淫らな話題出来ると思ってるのか」
「別にしてもいいだろ。教育の一環だよ。……先生の秘密は誰にもバラさないからさ。教えてよ」

ため息に見せかけた深呼吸を行う。
真剣な眼差しに見つめられ、強い頭痛がしてきた。

「じゃあまず俺の質問に答えろ。田中、お前は童貞か?」

俺の質問返しに面食らったのか、奴は一瞬言葉を失った。だがやがて静かに首を横に振る。

「違うけど、なんで?」
「そうか。お前もやることやってんだな。……いや別に俺はただ生徒のデータを取ったわけじゃない」

もったいぶった感じで眼鏡を直すと、奴が体をこちらに向け、食いついてきたのが分かった。

「お前がエッチした女の子、気持ち良さそうにしてたか?」
「な、なんだよいきなり。セクハラかよ。……してた、と思うけど」

顔を背けた田中の耳がほんのり赤くなった。
そんなあどけない生徒の様子に一瞬不埒な想像が湧くが、会話を続ける。

「なるほど。じゃあずばり言うけどな、男同士のセックスっていうのは、実はかなり気持ちがいい。どれぐらいかと言うと、お前がその女の子みたいにすごーく感じまくって、何もかもが気持ち良くなっちゃうぐらいなんだよ」

真剣に語りかけると、案の定奴は激昂して立ち上がった。

「ばっ馬鹿じゃねえのか! 何言ってんだよ、なんで俺が女の子みたいになんだよ、おかしいだろうが! この変態教師がッ」

俺は目の前で叫ぶ生徒の口を、素早く塞いだ。
こいつの反応は分かりきっていたが、教師生活がかかっている俺ももはや捨て身の覚悟だ。

「声がでかいぞ、誰か来たらどうする。お前が知りたいっていうから教えたんだろ?」

田中の肩に手を置いて諭してやると、奴は力なく顔をうつむかせた。

「……くそっ。……もういいよ、つまりあれだろ。……あの男も父ちゃんに掘られて、惚れて、そうなって……離れられなくなったんだろ、どうせ。……父ちゃんモテるもんな」

投げやりに言うファザコンの田中には申し訳ないが、先輩は俺と同じ掘る専門のバリタチだから、きっとお父さんは掘られてるぞ。などと残酷な話はさすがに言い出せなかった。

しかしゲイの真実に引いている今がチャンスだ。
こいつが俺と交際しようなどと馬鹿なことをまた言い出す前に、男同士の恐ろしさを教えてやらなければ。

「お前ももう分かっただろ? 俺と付き合うなんてことになったらな、お前のケツが大変なことになるんだぞ。俺は優しく見えるかもしれないが、夜の方はかなり凄い。自分の生徒だろうが、いたいけなお前にも容赦するつもりは全くないからな。ほら、こういうこと俺と出来るのか?」

奴の制服のズボンの上から、股間を思いきり掴んだ。
分かっている。これだけで未成年に対する猥褻罪および解雇は免れないだろう。
しかし俺にも生徒が道を踏み外さないように監督する、責務があるのだ。

「ん、くっ……」

再びの罵倒が聞こえるかと思ったが、代わりに男の喘ぎが聞こえてきた。
恐る恐る顔を上げると、瞳を伏せて苦しそうにする田中がいた。

「やめろ……っ」

どんどん顔が上気し、息も上がっている。
こいつ……まさか素質があるのか?

俺は馬鹿なのだろうか、久しぶりに触れた男のモノの手触りがあまりに良く、しばらく撫でてしまった。
わずかに腰を浮かせた生徒の膨らみが、徐々に形を持っていくのが分かる。

「た、田中……お前、……気持ちいいのか?」

はぁはぁと息遣いを聞かせる奴は何も答えず、恐ろしくなった俺は手の動きを止めて、そっと離した。

「はは……勃っちまった……俺……」

なぜか田中は照れたように、目を細めて笑った。
その時俺は、急に胸の奥がぎゅっと掴まれたような感覚に陥った。

……ま、マジで危なかった。
もう少しで生徒の股間を揉み続け、校内で射精させてしまうところまでいっていたかもしれない。

「ほらな、先生凄いだろ。これに懲りたらもうおかしな事言うんじゃないぞ。じゃあそろそろ戻ろう、昼休みも終わりだ」

何食わぬ顔で立ち上がり、放心している田中に声をかける。
情けなくもまだ心臓が鳴っていたが、奴は教師のこの俺よりもおかしな思考をしていたらしい。

「……先生、今度の土日さ、親父家にいないんだ。だからうちに来てよ。続きしようぜ」

信じられない思いで振り向くが、田中の眼差しは本気で俺を誘っていた。

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