君といたい | ナノ


▼ 1

その夜、俺は港町の道路沿いを歩いていた。
繁華街が近くにある大通りは、人々が行き交い、交通量も多い。

歩道のそばに黒いスポーツカーが停まっているのを見た。
窓は暗く覆われており中の様子は分からない。いつものように近づくと、鍵ががちゃっと開く音がした。

後部座席のドアに手をかけ、車に乗り込む。
広いシートの奥に、肩にかけていたリュックを投げ入れた。すると運転席に座る男が振り返り、瞳をいやらしく細めた。

「前に座れよ、ザック」
「嫌だね。あんたまた俺にフェラさせようとするだろ」

足を開きぶっきらぼうに睨み付けると、奴は苦笑して肩をすくめ、また前を向く。
ハンドルを握り、車が動き出した。

男は仕立ての良いスーツを着た、金持ちの上客だ。体を売る俺とは個人的に、こうして月二度ほど会っている。職業に興味はないがロクな奴ではないことは確かだ。

「今日は海沿いのホテルの最上階を取れたんだ。いいだろう?」
「あ? よくねえよ、今夜は泊まりはなしだって言ったよな。夜の便で帰んなきゃいけねえんだよ」

ミラー越しに男の顔を捕らえはっきり述べると、奴は気にしてない様子で口元に笑みをのせた。

「お前以外にも呼んであるんだよ、体格の良い男達だ。金も三倍払う、OKしてくれ」

ウインクをしてさも当たり前のように提案する男が、俺の怒髪天をついた。
これだから嫌なんだ、金で何とでもなると思っている傲慢な変態野郎は。

「ふざけんな、俺は降りる。車停めろ」
「ん? 冗談だろう、ザック」
「冗談じゃねえ! 早く停めろっつってんだよ!」

後ろから座席を蹴り身を乗り出すと、男は慌ててブレーキをかけた。普段は嫌々ながら言うことを聞いてやっている俺の切れ具合に、驚いたのだろう。

「おい、ザック! 悪かった、戻ってくれ、怒るなよ」
「うるせえ! あんたの変態プレイには嫌気がさしてたんだよ、じゃあな!」

腹の虫が治まらずドアを乱暴に開け、俺はそのまま車から飛び出した。
反対方向の歩道へ走り、出来るだけ早く遠ざかろうとする。

しばらくして乱れた息を整えるため立ち止まった。
奴の車はもう見えない、安心したところで大変なことを思いだす。

「……あっクソ、鞄忘れちまった!」

後部座席に乗り込んだ為、いつもは離さないリュックを置きっぱなしにしてしまったのだ。

馬鹿すぎる。
仕事をしに来たのに、損をしただけで終わった。

頭をぐしゃぐしゃと掻くが、今日はあの男に云われるがまま、乱交をする気分ではなかったのだから、しょうがない。
自分を慰めつつ、もう諦めようと考えた俺は、とにかく帰路に向かうことにした。




まだ予定の便まで時間があるが、未だ燻る怒りと落ち込みのせいで、他に何かをする気にはなれず、俺は船の乗船場へと向かった。

この港町には大小に関わらず船の発着が多く、かくいう俺もフェリーで通勤をしている。
小さい島から町に出稼ぎをしにやって来て、ある程度稼いだら戻るという生活だ。

外にある待ち合い所の椅子に腰をかけ、頭を抱えた。
船の定期券が鞄の中に入っていたのだ。売り場のカウンターに座る中年の男は、今日に限って馴染みの人物ではない。

ボードに書かれた往路のチケット代は5500。ズボンのポケットには非常用の金5000が入っていた。

「くそ……500足りねえ。俺は馬鹿か……」

呟いて地面を見ていると、左側のひとつ空けた席に、人の気配がした。
腰を下ろしたそいつはジーンズにスニーカーを履いた、若者のようだった。

「あの、どうかしたんですか?」

声をかけられてゆっくりと顔を上げる。向き直ると、短い黒髪の健康そうな男がこちらを見ていた。心配げな表情をした、お人好しの面構えだ。

「ああ、別に。何でもないっす」
「……本当ですか? もしかして、何か困ってるんじゃないかと」

ジャケットから覗くTシャツの張り具合。立派な胸の筋肉と太い首に視線をやる。
職業病か単なる性癖か、結構良い体をした青年だと判断した。

薄い茶色の瞳をじっと見つめると、男は一瞬怯んだようだった。

「そうだよ。実は財布忘れてな、手持ちがこれだけで、500クロン足りねえんだわ。馬鹿だろ笑えよ」

カウンターを見やって自嘲気味に吐き出すと、男はやがて緊張を解いた様子で、控えめな笑みを見せた。

「なんだ、そんなことか。ーーはい、良かったらこれ使って」

財布を取り出し、当然のように紙幣を差し出してくる。
だが俺は渋い顔で首を横に降った。白状しといてなんだが、他人から施しを受けることは嫌いだった。

「いらねえ。平気だ」
「え? 平気じゃないだろう。フェリーに乗らないの? 今日最後の便だよ」

そんなことは分かっていると再び地面とにらめっこする。

「君、20才ぐらいか? 急に知らない奴から話しかけられても信用出来ないよな。俺はシーガ・デストンっていうんだ。返さなくていいから、受け取って」

笑顔で諭してくる男を見て愕然とする。
二十歳だと? 自分が童顔だという自覚はあるが、それだけ子供に見られてることに苛立ちが湧いた。

「……優しいねお兄さん。あんたいくつなの?」
「23才だよ」

俺より三つ年下じゃねえかよ、この野郎。
好い人ぶった雰囲気を出しているのも癪に触る男だ。こういう奴に限って裏では人に言えないような事やってるもんだと、自らの経験上警戒を強めた。

しかし、冷静に考えて、俺は家に帰らなければならなかった。
明日の朝は家賃の集金がある。大家のババアは小さい頃から金に厳しく、一日でも遅れたら追い出すぞと毎回俺を脅しにきやがる。

小さい島で俺を受け入れてくれるのは、あの粗末ながらも住みやすい家しかーー

「……あっ!!」

突然大声を上げた俺を、隣の男が驚いた様子で見てきた。

「どうしたんだ?」
「……やべえ、家の鍵も忘れた。あいつの車の中だ……」

俺は涙声で回想をした。なんて愚かなんだろう。
携帯がズボンに入ってたことは救いだが、なぜ怒りに任せて車から飛び出てしまったんだ。

「あいつって……?」
「いや、何でもねえ。悪い、やっぱり金貸してくれ」

力なく男に申し出る。
あの男に電話をすれば、迎えにくるかもしれない。だが今奴の顔は見たくない。
とにかく家に帰って大家のとこに行けば…でも着く頃には深夜だし、あのばあさんは時間外に絶対に姿を見せないんだった。

もう全てがクソだ。

「家に入れないのか。だったら俺のとこに来ればいいよ」
「はっ?」

訝しんで振り向くと、男は子犬のように何度も頷いた。

「俺も島に住んでるんだ。まだ来てから数ヵ月だけど……仕事は、家具を作ってて。君は? なんて名前なの?」

この男、なんなんだ。やけに馴れ馴れしい態度に気が引ける。
人口が少ない島だから見知った顔は多いのが普通だが、俺は他人にも島にも興味がないし、こんな野郎は知らないのだ。

でも、金を借りるなら少しは話を合わせないと、仕方がない。

「俺はザックだ。職業は話したくない。……訪問で色々やってるだけだ」

何も言いたくないのに、男の真摯な瞳に見つめられて、余計なことを付け加えた。

「そうなんだ。毎日忙しいのか?」
「別に……今日は嫌な注文があって、ブチ切れたあげくバックレてな。そしたらこの様だよ」

投げやりに話して遠くを見ていると、ちょうど船の汽笛が聞こえた。
直にフェリーが到着するのだ。二人で顔を見合わせる。

男は俺の膝にあった手の甲に、金をぽんと置いた。

「元気だして。上手く行く時もあれば、全然行かない時もある。俺なんか、むしろそっちのほうが多いかも。仕事ってそんなもんだよな」

そう言って立ち上がり、励ましてきた。
俺は頷いて礼を言い、とりあえずチケットを買いに行く。カウンターから戻ってきた時も、男は近くに立っていた。

「すまん、助かったよ。金は返すから。いつもは馴染みの店員がいるんだ、今度そいつに預けておく」
「いや、そんなのいいよ。それよりザック、お腹空いてないか? 弁当買ったら食べる?」

腕を組んで微笑みながら尋ねてくる。
再度言うが親切な男に対しては、俺は警戒心しか湧かないのだ。

「大丈夫だ。自分のだけ買えよ」
「そうか? でも船は三時間かかるし。家に着くまで絶対腹減ると思うよ」

家?
鍵がなくて入れないっつってんだろ。

そう文句を言おうとしたところで、男は再び俺ににこりと笑う。

「二人分買ってくるから、ちょっと待ってて。飲み物はコーラでいい?」
「……え。ああ、別にいいけど…」

好い人オーラを全開に出す男に、もはや反論出来なかった。

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