短編集 | ナノ



お父さんのしっぽ


「ふあぁ〜……お父さんのしっぽってやっぱり気持ちいいなぁ……」

雪がしんしんと降る冬の日。僕とお父さんは住み処の穴蔵にいた。
敷き詰めた藁の上で丸まって寝そべり、もっと大きな白い毛並みに顔を擦りよせる。

「暖まったか?」
「うんっ。僕眠くなってきちゃった……」
「少し眠るといい。夕飯までまだ時間があるしな」
「……ううん、だめだよ。今日友達と遊ぶ約束してるんだ」

僕が瞼をこすりながらそう言うと、お父さんの凛々しい眉がピクッとつり上がった。

「友達? 近くの里の小僧か」
「そうだよ。この辺りのこと、新しく来た僕に色々教えてくれるんだ。ーーあ、待って。来たみたいだ!」

耳をぴんと立たせ、入り口に近づいてくる四足の足音を察知した。
腰を上げると同時にお父さんに背中を掴まれる。

「待て。いいか、ちゃんとお前のしっぽは隠すんだぞ。俺たちの里の決まりだ。誰にも見せるなよ」

外に出る際のいつもの決まり文句。僕たちの里はもうないのに、神聖なしっぽを見せてはならないという言い伝えは残っている。
二人だけの秘密の掟に、しっかりと頷いて見せた。

洞穴の入り口に向かうと、僕より一回りも大きい茶狐が待っていた。

「よっ。迎えに来てやったぞ。じゃあ行くかーーって、うわ!」

見開いた彼の瞳が僕の後ろに向けられる。なんだろう?と振り返ったら、しかめっ面のお父さんが金色の瞳を鋭く光らせていた。

「おい。早く返せよ。危ない所には連れていくな。分かったな」
「は、はい。んじゃ……さよなら!」

駆け出す友人に慌てて付いていき、僕も「行ってきます」と声を出すと、お父さんは少し表情を柔らかくして手を振った。


雪道を元気よく走り出す。
鼻に通る凍てつく空気が気持ちよく、さっきまでの眠気も吹き飛び、気分もはつらつとしてくる。

前を駆けていた彼がゆっくり足を止めた。
何度か来たことのある川のそばで、ふかふかの雪に足跡をつけられるこの場所は、僕たちのお気に入りでもある。

「あー怖かった。お前の父ちゃんなんでいつも俺のこと睨むの? まだ何もしてないのに…」
「えっ。怖くないし優しいよ。ああいう顔なんだってば」
「そうかぁ? でも里のやつら噂してたぞ。すっげえ強くて他の里をつぶして回ってる白狐が来たって」

確かにお父さんは強い。だからいつも目をつけられて戦いを挑まれる。
簡単に勝ってしまうから敵も味方も増えていくけれど、縄張り争いに興味がなく、巻き込まれそうになるごとに僕たちは集落を後にする生活を送ってきた。

「わざとじゃないんだよ。それに冷たく見えるけど狐の悪口言わないし、いつも守ってくれるし。そういうとこが好きなんだ」
「ふーん…」

まだ納得いかない様子の茶狐に、近くに寄ってきて匂いを嗅がれる。

「でも君は僕の家怖いって言いながら一緒に遊んでくれるね。どうして?」
「……それは……俺だって優しいとこあるからな。……なあなあ、お前って凄く綺麗な顔してるよな。白い毛だからここらへんじゃ余計目立つんだよ」
「そうかなぁ…?」

容姿のことを言われるのはあまり得意じゃなかった。
場所を変える度に、お父さんの事の他にも必ずからかわれるからだ。
やれ睫毛も白いだの、目だけ金色だの。遺伝だから仕方ないのに。

でも最近友達になった彼は、なんとなく違っていた。

「お前が女だったらなぁ。俺のお嫁さんにするんだけど」
「お嫁さん?」
「そーだよ、体格はぴったりだと思うし。なあ、人間に化けてみてくれよ。俺も化けるから。見せ合いっこしようぜ」

予期せぬ提案に驚いたけど、僕はぶんぶんと首を横に振った。

「ごめん……それは出来ないんだ。里の掟だから」
「え? なんだよそれ。変な掟だな」
「だって、しっぽ見せちゃ駄目って言われてるから…」
「はあ? 尻尾ならもう見えてんだろ。ほら」

人の手で僕の後ろの白い毛をふわっと撫でた。
毛が逆立ち、びくんと体が震えてしまう。

「ち、ちが、それは尾だよ」
「何いってんだお前。いいから見せろよ。じゃー俺から行くぞ」

ぽんっと煙の中から現れたのは、逞しい体つきの青年だ。あぐらをかいたまま座り、短いつんつん頭に印象的な大きな目は想像とぴったりだ。

しかし僕は彼の下半身に釘付けになった。初めて他人のを目にしたから。

「うわぁ、すごい……そんなしっぽなんだ。大きいね」
「しっぽ?」

呆気に取られた顔で聞き返し、自分の下腹部とこちらを交互に見てくる。

「お前、そんな可愛い呼び方してんのか? ちんぽのこと」

彼がなぜか照れくさそうに目を細めた。だが僕は反対に目を丸くする。

「ちんぽってなに?」
「うわっ。なんかエロい、もう一回言ってみて」

目を輝かせて迫られて、僕は思わず後ずさった。

「やだ。なんか変だよ。これしっぽだもん。あ、分かった! 僕が君より年下だから、からかってるんだろ。ち、ちんぽとかいって!」

何故だか分からないけど、その言葉の響きに顔が熱くなってくる。

「……お前可愛いな。なんか好きになりそー……なぁ早く人間に化けろよ、もっと良いこと教えてやるからさ」

にやりと笑った友達に、身の危険を感じた僕はすぐにその場から駆け出した。
慌てて「ちょっと待てよ! 冗談だって、半分!」と彼の声が聞こえたが、「また明日ね!」と言って逃げるのが精一杯だった。




「はぁ、はぁ、はぁ…………お父さん!」

帰ってきた僕は洞穴の前で一旦立ち止まり、家の主に声をかけた。お父さんはすぐに出てこなかったため、奥のもっと広い穴蔵の空間まで進んだ。

「もう戻ってきたのか? 早かったな、お帰り」

微笑みを浮かべて、迎え入れてくれる白い胸に寄り添う。

「ただいま。ねえお父さん。……ちんぽって何?」

僕が訊ねた瞬間、見下ろしてくる目の色が変わった。

「どこでそんな言葉を覚えて来た。あの小僧か?」
「うん。僕に裸を見せてくれたんだけど、しっぽのこと変な呼び方してたんだよ。おかしいでしょう?」

首をかしげるとお父さんの顔がさらに凍り付いた。でも纏っている体温はどんどん上昇して、まるで怒っているみたいだった。

「裸を見せただと、あの糞餓鬼……まさかお前は人に化けてないだろうな、俺との約束をきちんと守ったか?」
「守ったよ、大丈夫。でも……どうして名前が違うの? 僕のこれしっぽじゃないの?」

気になりすぎた僕はぽんっと人に化け、自分のを握ってお父さんに見せる。
一瞬困った顔を向けられたけど、諦めずに問い詰めようとした。
するとお父さんは狐の手で、僕の頭を優しく撫でた。

「心配するな。お前のそれは可愛いしっぽだ。きっとお前が聞いた言葉は方言のようなものだろう。俺たちの里で使う者はいない」

本当かなぁ。さっき明らかに怒った反応してたのに。

「そっか……けど、可愛いって良いことなのかな。太郎くんのは大きくて、可愛いっていう感じじゃなかったし」

初めてお父さん以外の雄のしっぽを見たから、どこか圧倒された僕はちょっぴり自信を失いかけていたのだ。
藁の上にぺたんとうずくまると、一瞬あたりに涼しい風が流れた。視線を上げた僕の前に、大人の男の顔が迫った。

僕と同じ白髪だけど少し長めで、ほんのり焼けた肌をしたお父さんの姿だ。

「……大きかっただって? 俺のよりもか」

覆い被さるように訊ねる声は低く、凄みがきいていた。

「ううん。お父さんのはもっと大きくて太いよ」
「ならいいが……あいつのはこんな風に膨らんでなかったか」

見つめて首を振ると、お父さんは小さくため息を吐いて僕を抱き寄せた。

「お前はまだ小さいからいいんだ。それに、可愛いと言われるの好きだろう? お前のここを」
「ん、んあっ」

抱き抱えるように座ったあと、全然形の違う僕のを触って、また尋ねてくる。

「あっ、お父さん、しっぽ、いやぁ……」
「……ふふ、お前は濡れやすいな」
「だ、だって……すぐ気持ちよくなっちゃうもん」

指で優しく触ってもらった僕のしっぽは、やがて身をかがめたお父さんの口の中に咥えられた。ちゅうっと吸われて、上下に舌が這っていく。

これ、気持ちよくて僕はすぐ我慢出来なくなってしまう。

「んあぁ……出ちゃうよぉ……っ」

後ろにのけぞってびくびくする僕のしっぽから、勢いよくミルクが出た。
お父さんはいつものように喉を鳴らして、全部飲み干してしまう。

体を起こして満足そうに微笑みかけられると、ちょっぴり恥ずかしくなった。

「はぁはぁ……ねえ、僕もお父さんのミルク飲みたいよ」

でもそこは、いつもダメだって言われる。美味しそうに飲んでるから、どんな味か知りたいのに。

「いつも言っているだろう? 俺のはここで飲むんだ」

寝そべった僕の足を持って、間にお父さんが入ってくる。
格好よくて雄らしいお腹が近づいて、それ以上に硬そうなしっぽがぐっと当てられる。
この瞬間が一番ドキドキして、入れる前から溶けてしまいそうになるんだ。

「ああっ、しっぽ、大きいの、気持ちいいっ」

行ったり来たりする腰に、がくがく揺らされる。
頭が真っ白になって為すすべもない僕は、必死に掴まることしか出来ない。

「お父さん、お父さんっ」
「いくぞ、中に、出してやるからな」

大きな身体がいっそう覆い被さってくる。
体ごと揺さぶられて、僕の中はお父さんのしっぽにかき回されて。

やがて自分のとは比べ物にならないぐらい、長く長く、たくさんのミルクが注がれた。
溢れてこぼれてしまうほどだ。

果ててぐったりした体を、お父さんの腕の中で休ませていた。
髪を撫でてもらって気持ち良さが続く。

「ねえお父さん。こうすると、一人前になれるんだよね……?」
「そうだぞ。強い男になるんだ。いつか家庭をもてる位になるまでな」

優しげなその声に、なぜだか僕の胸がずきりとした。

「それって、お嫁さんのこと…? 太郎くんが僕のこと、女だったらお嫁さんにするって言ってたんだ」

顔を上げて尋ねると、お父さんがまた眉間に皺をよせた。

「お前は余計なことを聞かされすぎだ。誰があんな奴にやるか」

撫でていた手を止めて、両腕で抱き締められる。

「僕、一人前になりたくない。お父さんと離れたくないよ。……そうだ、僕がお父さんのお嫁さんになる!」
「……えっ?」
「いいでしょ? そしたら大人になっても一緒にいられるもん」

とびっきりの名案を思いつき、胸をゆすってせがむ。
一度考え始めたら、僕の思いはもう止められなかった。

「俺とずっと一緒にいたいのか?」
「うんっ」

強く頷くと、困り顔だったお父さんが、だんだん柔らかい表情に変わった。

「甘えん坊だな、お前は。まだ小さいから仕方がないが」
「嫌なの?お父さん」
「……いいや。俺も本当はそうしたいぐらい、お前が可愛いぞ」

にこりと笑ったお父さんが嬉しくて、僕の心も一気に明るく照らされる。

「じゃあ約束ね」

ぎゅっと首に手を回したら、抱っこしてくれた。
そうしていっそう、暖かい気持ちに包まれたのだった。




数日後。僕はまた隣の里の友人と雪遊びに出掛けていた。
なんだか生まれ変わった気分みたいに、外の景色がきらきら輝いて見える。

「なぁ、今日はしっぽ見せろよ」
「やだよ。しつこいなぁ」
「いいだろ、俺のも見せたんだから」

からかってるつもりなのか、にやりと笑いながらその言葉を真似してきた。

「ねえねえ。君にお礼言わなきゃ。僕、太郎くんのおかげでお父さんのお嫁さんになること出来たんだ」

元気に宣言すると、彼の瞳が白黒する。

「はっ? 何言ってんだよ。出来るわけねえじゃん、そんなの」
「出来るもん。お父さんと約束したから」
「……あのおっさん頭おかしくないか? つーか俺のほうが先だろ、どうせなら俺のお嫁さんになれよ!」

必死の顔の友人にせがまれても、僕は毅然と断り続けた。
だって僕はお父さんがいいんだ。大きくなってもずっと一緒にいるために、そうするって決めたんだ。

だから僕のしっぽは、これからもお父さんにしか見せないよ。


prev / list / next

×