短編集 | ナノ



親友なら何してもいい


夏のクソ暑い日に俺は全裸で風呂掃除をしていた。
熱気に包まれた浴室で床にへばりついてゴシゴシしていると、あっという間に汗だくだ。

「ーーなあロブ、お前のアイス食っていい? うわ、お前ケツの穴丸見えだぞ」

いきなり開けられた扉の外で、肩までの黒髪の男がアホ面で棒アイスをくわえ立っていた。俺は瞬間的に苛立つ。

「うるせえ見んじゃねえ! つうかもう食ってんだろうが、お前あとで買ってきて補充しとけよッ」
「ああわかったよ。何カリカリしてんだ、こんな暑い日に風呂掃除なんてやめとけよ」

奴の呆れ台詞に舌打ちをする。俺は普段だらしない生活をしているが何気に綺麗好きなんだ。

掃除後、台所で冷蔵庫を漁っていた男の尻を軽く蹴る。
奴は「いてっ!」と反応して振り向いた。

「おい。そろそろエアコン買おうぜ、ゼイン」
「あー? んな高いもん買えねえよ。それにこのアパート古くて取り付けられないだろ」

奴の指摘はその通りだが、牛乳パックを持ってごくごくやっている姿に俺はまた発狂した。

「……はっ? お前なに直接口つけて飲んでんの? ふざけんなありえねえんだけど汚えなッ!」
「はは。知らなかったの? 悪い悪い。別にいいだろ親友同士なんだから」

見た目はクールな長身イケメンのくせに屈託のない笑みで返され殺意がわく。
親友関係あるか。牛乳好きの俺に対して長年こんな嫌がらせをしていたとは。

奴はマイペースだ。
俺とゼインは同い年の23歳で、今はボロアパートの一階に同居している。高校二年からの付き合いだが、卒業してからもなんだかんだつるんでいた。

だが三年前、突然俺の父親が借金を残して蒸発した。
卒業後ふらふら適当に働いていた俺は、その肩代わりをさせられ頭を抱えた。

そんな時に堅実な仕事を紹介してくれ、家まで用意してくれたのがこいつと建設会社を営む親父さんだ。
そういうわけで今は奴とともに建設作業員として働き、借金を少しずつ返せている。

だから世話になっている手前大きなことは言えないが。
一緒に住み始めて数年経ち、色々と知ったことも多い。

まずこいつは生活態度は俺と変わらないものの、意外としっかりしている。とくに金銭にはかなり堅実だ。
俺は父親譲りなのか浪費家で、金が入ったらすぐに服や交際費などに使ってしまう。

それでは返済出来ないと、腹を括り今では給料をすべてゼインに管理してもらっていた。
この年でおこづかい制度なのは恥ずかしいとはいえ、家賃や生活費など考えなくていいのは楽だった。

「なあ、俺の借金いつ完済できんのかね。かなりの額だったからまだまだかかるとは思うけどよー」

夕飯後、居間のソファに寄りかかりゲームをし、隣のダチに話しかける。
この数年まともに生きてきた自負があった俺は、その達成感を早く味わいたがっていた。

「お前のじゃなくて親父さんのだろ。…まあ心配すんなよ、管理しといてやるから」
「おう。サンキュー」

かははと笑いながら俺はテレビ画面の敵をばんばん倒していく。
すると奴が何気なく俺の肩に手を回し、妙な声を出してきた。

「ロブ、そろそろしようぜ」

暑い手を肩で払おうとするが奴は体を寄せてきてどこ吹く風だ。

「ちょっと待てよ。このボスだけやってからな」
「えー。今すぐがいい」

女のように甘えた声を出され寒気がするが、俺は中々こいつに甘いと思う。
戦闘を早めに切り上げて舌打ちをし、奴の視線を引き立ち上がった。


その後、俺は自分の部屋にいた。
奴のとは違い、雑誌や服が隅にごちゃごちゃと重なっているベッドルームだ。
このアパートはぼろいが部屋数は十分なとこは気に入っていた。

しかし夜になると、時おり俺は一人で眠れずこいつに占領される。
俺があっちに行くのは嫌だった。微かなプライドというやつだ。

「あっ……く、ぅ……ッ」
「はー……いい、お前ん中……」

でかいベッドの上でうつぶせになった俺は、後ろから親友に羽交い締めにされ、アナルを犯されている。
身長は奴よりやや低いが、自分よりごつい金髪頭のマッチョを犯して何が楽しいのか。

聞いたところでこいつの頭は理解出来ないだろう。ことセックスに関しては。

「……くそっ……てめ、……もっと離れろ、暑い……ッ」
「やだよ。すっげえ気持ちイイ、こうすんの……」

興奮した低い声が耳に当たり、そのまま舐めて耳の穴まで舌をつっこんできやがったから、俺はさらに変な声をだしてもがいた。
だがゼインの恨めしい立派な逸物は俺の奥に侵入することを諦めない。

「うっ、あ、んっ、もう、おまえっ、出せよ! はやく!」

唯一自由な片手で上に乗る奴の腰を叩く。
しかし遠慮せず体重をかけてくる男の欲情をさらに煽っただけだった。

「おい、そんなこと言われると、余計もっとしてやりたくなるだろ…」

セックスの時だけ豹変する親友の咎めるべき行為はここからだった。
俺の肩は一瞬解放され、そこに奴の唇がちゅっとキスをする。

優しく愛撫するのかと思えば、ゼインは口を大きく開けてがぶりと噛みついた。

「ンあぁぁッ」

俺は大袈裟でなく腰を跳ねさせて叫ぶ。だが奴は構わず噛んだあとを吸い、また他の場所を噛む。
人のケツにちんぽを挿入し、激しく律動させながらやりたい放題だ。

「て、めっ、夏場は、見えるとこにつけんなッ!」
「……え? なに? はぁ、えろい、すげぇ……」

腰を振りながら人の話を聞いていない奴に口を塞がれて、声が出せなくなる。
本気でやられているわけではない。これでも半分ぐらいの力だろうと、筋力のある俺には分かる。

しかしだ。
こいつは親友なら、何をしてもいいと思ってるのだろうか?

「はあ、ああ、ロブ、お前……女よりいいぜ」

盛大に出したあとに俺の上にもたれかかり、余韻を味わう奴に下から吠える。
互いに汗だくではあるが、実はヤられる方が疲れると知ったのはこいつと関係を持ってからだ。

「てんめえっ……ヤってる時でも話聞け……ッ! そんなんだから女に相手にされねえんだよ!」

負け犬の遠吠えで痛いところを突いてやるが、俺から抜いて隣に横たわったゼインは、すっきりと憎たらしい顔だけ向けた。

「そうだよな。でももう女はいいや。……お前もそうじゃね? ロブ」

手を伸ばしてきて頬を撫でられそうになり、俺は唖然と振り払う。
だが奴は気にせずに裸のまま肩ごと抱きついてきた。

「ひっつくなよ暑苦しいッ。つうかいつ俺が女いらねえって言った? 勘違いしてんじゃねえぞお前」
「そうかぁ? あんだけケツでイッてたらちんぽよりいいだろ? そう見えるけどな」

ははっと笑いながら俺の頭を無造作に触ってくる。
俺は脱力してひとり、諦めの境地に至った。





親友と同居だけならまだしも、セックスまでしてるのは普通におかしい。
始まったのは、いつだったか。酒に酔っていたからあまり覚えていない。

ゼインは外見がよく、黒髪と切れ長の青い瞳には年にそぐわない色気まである。なぜあいつがただのごつい男である不良な俺に欲情できるのかわからないが、あいつが学生時代からモテるのに女と続かなかった理由は理解できた。

あんな残念な性癖じゃ、普通の女は逃げ出すだけだ。

それでも俺が勝手にやらせているのは、この暮らしへの恩があるからだろうか。
それともただ単に、体ぐらいなら差し出せるぐらい、友人として気に入っているだけなのか。

考えても答えは出せない上に、俺は複雑なことを考えるのが苦手だった。
けれどひとつだけ腹立つことがあったため、それから何日か経った休日に、俺は外出しようとした。

午後になりアパートの玄関で靴を履いているときに、今日は夜勤で出るのが遅いゼインがやって来た。

「どこ行くんだよ、ロブ。飯どうする?」
「風俗。飯は適当に食ってくる」

ちらりと奴を見ると口を開けて呆けた顔をしていた。
別に俺らはただのダチ同士なわけで、何をしようが関係のないはずだ。

「ふ、風俗ぅ? んな金ないだろお前」
「なに動揺してんだよ。じゃあこづかいくれよ。たまに一発抜くぐらいいいだろ」

手を差し出すとなぜか奴に両手で握られる。
その時間が長く痺れを切らした俺は奴をにらんだ。すると珍しくゼインは困った顔で手を解放し、自分の黒髪をかきあげた。

「悪かったよ。女抱けないだろって言ったの怒ってんのか? 冗談だからさ。気にすんなって。お前、立派なちんぽ持ってるし…」

気まずそうに話されて俺も同意した。

「そりゃそうだ。お前に犯されてるけどな、俺だって前は女とやりまくってたんだ。お前だって知ってんだろ」

凄むと奴は静かに頷いて認めた。
だが一連の会話がまるで痴話喧嘩のようだと気づいた俺は、段々と恥ずかしさが生まれてくる。

「ちっ。別にいかねえよそんなもん。金ねえしな」
「……ほんとか?」
「なに嬉しそうな顔してんだ。変な野郎だなてめえ」

俺は帽子を目深にかぶって「夕飯までには帰る」と呟いたあとすぐに玄関を出た。
奴のとたんに元気のでた「一緒に食おうな」という声を背中で聞き、俺はなぜか肩の荷が降りたような感覚で、アパートの階段をかけおりた。

なんなんだあいつ。
俺が風俗行かないことでなに喜んでんだ。
まるで俺のことを、自分専用のダッチワイフとでも思ってんのか?

そう考えたが、あいつは基本的に良い人間だ。
俺なんかよりも優しい男だ。

「ああッ……くそっ。とりあえず涼しいとこ行くか」

炎天下に汗がまじりながら、アパート近くの道路を歩き出した時だった。
大家の小柄なおばあさんが、箒をもって掃除している。

「あれっ、こんちは大家さん。こんな暑いときに、だめっすよ。俺らに言ってください、やりますから」

気軽に話しかけると彼女もにこりと笑って挨拶してきた。

「あらまあ、優しいわねえ。さすがゼインさんのお友だち。でも大丈夫ですよ、これも私の仕事だから。週一でやる契約だし」
「…えっ? 契約って? なんすかそれ。自分のアパートでしょ」
「あららロブさん。知らないの? 私雇われ大家ですもの。年金だけじゃ足りなくってね〜。ゼインさんのお父様が紹介してくださったのよ」

爽やかに汗をぬぐうおばあさんに俺は放心する。
どういうことだ。あのアパートは、もしや、あいつの親の持ち物だったのか?

さよなら!と挨拶をして俺は急いで来た道を戻った。
ものの数分で帰宅した俺に、ちょうど冷蔵庫からまた牛乳パックを取り出していたゼインが驚愕する。

「あっ! これは違う、今コップ出そうと思ってーー。え、つうかもう帰ってきたのか? 忘れもの?」
「おいゼイン! ここお前の親の持ち物だったのか? なんで黙ってたんだよ!」

俺は靴のまま奴に詰めより、答えを求めた。
奴はしまった、という顔で頭に手をやっている。

「あー……ああ。そうなんだ。黙っててすまん。……怒ったか?」

さっきと同じように、いやそれ以上に様子を伺うような顔をされ、俺は思わず吹き出した。

「はは! なんで怒んだよ。じゃああれか、俺らここ格安で借りれたりしてたのか? 身内割引でよ」

上機嫌に返すと、奴はあからさまにほっとした顔つきになる。
きっとこいつは優しい奴だから、俺に気を遣わせると思って言わなかったんだろうと、勝手に納得しそうになった。

しかし安心した奴が急に真面目な顔つきになり、俺に切り出した事実に、今度こそ思考が止まりそうになる。

「あのさ、ロブ。実は……お前の借金のことなんだけど」
「なんだよ? 分かってるって、時間かかるってことは。お前には世話になりっぱなしで悪いと思ってるんだ。だからよーー」

単純に今までの態度を謝りたくなっていると。

「いや、違うんだよ。借金はもう全部返したんだ。お前が、うちで働き始めた頃に……」
「……はっ?」

意味が分からずに聞き返すが、奴は真剣な顔だった。まるで重大な秘密を明かしたという雰囲気で。

俺は頭がぐらつき、当然ぶち切れる。

「……お前が肩代わりしただと? 親父さんにも助けてもらってって……。なんでそんなことした、つうか、約束が違うじゃねえか! 俺が可哀想でんなことして黙ってたのか? てめえ、何様のつもりだ! 勝手なことしてんじゃねえよ!」

恥と屈辱で頭に血がのぼり、奴の胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。

「悪かった……同情とかそういうつもりでやったんじゃない。お前と早く、手を切らせたくて」

瞳を揺らしながらされるがままになっているゼインを見て、俺は怒りが収まらず手を離した。
大きく悪態をついて玄関に向かい、乱暴にドアを閉めてアパートを出た。

ふざけんなふざけんなふざけんな。

この数年全うに借金を少しずつ返していると信じきっていた自分が惨めになる。
奴はなぜ言わなかったのか。

逆上しながら俺はその日帰ることなく、街の中をさ迷おうとしたーー。

しかし暑いし金もないしとりあえず近くの公園に向かう。
木陰にあるベンチに座り、無邪気にはしゃぐ子供たちを横目に思考をめぐらせた。

どう考えても、奴は悪くない。
俺にとって良いことをしてくれただけだ。借金のことだって、仕事や住む場所のことも考えて引き受けてくれた。

きっと俺は奴に体まで支配されている現状があるため、情けなくていられなかったのだろう。

「……おい、ロブ!」

突然名前を呼ばれて顔をあげる。そこには走り寄ってくる薄着のゼインがいた。
奴はもう一度俺に謝り、隣に腰をおろす。

「このクソ暑い中わざわざ俺を追いかけに来たのか。正義のヒーローかお前は」
「違うよ。お前のただの親友だ」

真面目な声音から奴の思いがひしと伝わってきた。
俺は目線を地面に落としながら口を開いた。

「さっきは悪かった。お前は間違ってねえ。俺のためにしてくれたんだろ。あと、長引くと利息も増えるもんな。……俺はいつも、何もかも無知ですまねえな」

恥ずかしいため正面を見ていたが、奴は俺の顎を手で掴んでむりやり自分に向けた。

「ぶっなにすんだこのッ」
「それだけじゃねえ。さっき言ったことは事実だが、本当は、理由をつけてでもお前と一緒にいたかったんだ」

ゼインの青い瞳がじっと俺を映し、言葉が引っ込みそうになる。

「……な、なんだそれは。一緒にいるだろ大体」
「もっと近くにいたかった。だから同じアパートに住んで、仕事も紹介した。……ロブ、お前学生の頃から全く弱味見せないし、仲間にも頼られてばかりで、頼ったことなかっただろ。でもそんなお前が、親父さんの借金のこと俺には打ち明けてくれて、頼ってくれて、嬉しかったんだ」

奴は気持ちをつらつらと語ってくれた。
俺は目眩が襲ってきたが、不思議と嫌な感じはしなかった。

それよりもむしろ、この優しいこいつがそこまで俺のことを思っていてくれたことに、照れくさくも喜びの感情すら湧きあがってきていた。

「……だってお前しか頼れる奴いねえし。俺よりしっかりしてるしよ。……大体ケツの穴見せれるぐらいの仲だぞ。そんなのお前だけだろが」
「え、あ、うん。……それも不思議なんだけどな。なんでお前俺にそこまでしてくれるんだ? やっぱ、気つかってんのか?」
「阿呆が! それだけで掘らせるか! ちょっと考えればわかんだろうがッ、お前俺より頭いいだろ!」

自分にも分からない答えをつきつけると、奴は次第にだらしない顔になり笑顔を浮かべた。

「えっ。てことはつまり俺と同じってことか」
「知らんけどたぶん違うわ」
「んなつれないこと言うなよー。好きなんだろ俺が。俺は好きだぞ、お前のこと」

奴が家にいるように肩を抱いてきたため、俺はいつものように振りほどこうとした。しかしこの時はなぜか出来なかった。

こいつ、俺のことが好きだったのか。
なんとなく感じてはいたが初耳だったため動きが挙動不審になる。

「ああっうるせえ! ……ていうかさ、俺の借金つまりお前にしてるってことになったんだよな。残りいくらあんの」

尋ねると奴は明らかにとぼけた面をした。

「ああ、それか。ええっとな……安心しろよ、ちゃんとやっとくから」
「はぐらかすなよ、通帳見せろ通帳!」
「はぁ? お前が隠しといてくれって言ったんだろ。目についたら使っちゃうからって」
「そうだよ。だからこれからもお前が俺ごと管理しとけよ!」
「おう。まかせとけ、親友」

楽しそうに笑ってゼインが頷く。
結局帰宅後、奴は通帳を見せてくれた。月毎に引かれていたのは事実だったが、思ったよりも金は多くしっかり貯金されていた。

こうなった今、別に俺がこれからもこいつと同じアパートに住む理由はないのだが。
きっとこの親友は俺の面倒をずっと見ると言い出すだろう。

俺はそれでも嫌な気はしていない。
きっと互いに必要で、打てば響くような関係で、ずっといたいからだろうと思う。



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