短編集 | ナノ



全裸窓ふき男


出勤前の朝7時に、俺はベランダの植物に水をやるのが日課だ。
だがいつも、ちょっと困った事があった。それは向かいのマンションの二階角部屋に住む男の存在だ。

「うわっ……まただよあの人。いつも全裸フルチンで窓掃除してるし……」

決まってこの時間に、赤髪の筋骨粒々な男が見られているとも知らずに、ぞうきんを持ち几帳面に体を動かしている。
一応半端な高さのフェンスはあるのだが、きっと他の住人からは死角で、俺の部屋からのみ絶妙なアングルで丸見えなのだ。

「困ったな……やっぱりそろそろ注意しに行くか。服着てくださいって言えばいいだけだもんな」

己に納得させ、休日の明日の午後にでも突撃しようと決めた。
正直に言うと男の全裸が不快なわけじゃない。
実は俺は、筋肉質な男が好きなゲイであり、朝から下半身をぶらぶらされると非常に目に毒だからだ。

それに可能性は低いが、もし他の男が同じように盗み見でもしていたらと思うと、軽くジェラシーも感じた。
こうして俺は朝の平穏を取り戻すために、行動しようと決めたのだった。


◇◇◇
(窓拭き男視点)


今日も朝7時から十五分間、きっちりベランダのガラス窓を磨いた。体は熱く、腰のあたりが疼いている。
俺は荒い呼吸のまま居間に戻り、ちょうど着信があった携帯を棚の上から取った。

「はい」
「掃除は終わったな。勃起せずにきちんと出来たか?」
「出来、ました」
「いいぞ。じゃあ後ろに挿入したものを抜け」
「……は…い…」

命じられて尻からバイブレーターを取り出そうとする。
しかしその時、急に振動でぶるぶると震え出した。俺は思わず体勢を崩し棚に手をついた。

「あ、あぁ、あ、ひ、う、やめ」
「ふふふ。油断したか。出勤までもう少し遊んでやろう。ほら、窓辺で足を開いてオナニーして見せろ。もちろん入れたままでな……」
「ううっ……もう、やめてくれえ」

遠隔操作により強度が強まっていくバイブに中を攻められ続け、俺はしかたなく指示通りに窓際に近づいた。
ガラスに向かって竿をしごくと、男の下卑た笑い声が耳元に響き、羞恥に震えながら射精をする。

「はあ、はあ、ぅあ……」
「汚しすぎたな。また一から掃除しろ。急がないとジムに遅れてしまうぞ?」
「……はい。……じゃあ、また」

素直に言って電話を切り、白濁液を呆然と眺めた。
こんなこと、もう終わりにしたい。
尻に挿入されたものを抜き出した途端、切実な思いが広がった。


翌日になり、つかの間の平穏が訪れたーーそう思っていた。
休日は男の戯れから解放され、俺は仕事から帰ってきた夕方、マンションの居間で筋トレの続きをしていた。

袖無しに半ズボンの格好で、重いダンベルを上げ下げする。
すると玄関に誰か人がやって来た。扉の外に立っていたのは人の良さそうな黒髪の男で、自分よりも年下に見える。

「何か用か?」
「あ、こんばんは。はじめまして。僕は向かいのマンションに住んでいる者なんですが……ちょっとお願いがありまして。ここじゃあれなので、中でお話出来ませんか」

丁寧な物腰で告げられ、俺は黙って室内に通した。きっと近所のトラブルか何かだろうと思ったが、見てくれの厳つい自分が正面から凄んでも毅然としている男だった。奴は配管工らしく、ネイサンと名乗った。

「うわー、すごい筋トレグッズですねえ。エクトルさん体格も素晴らしいし。ご趣味なんですか?」
「いや、仕事だ。駅前のジムで働いている」

奴は手土産だといい瓶ビールを差し出してきたが、俺は飲まないため紅茶を出した。
居間のソファで向かい合い、茶をすする奴を威圧的に眺め用件を促す。

「実は……言いにくいことなんですが。朝、あなたのあられもない姿が見えちゃってるんですよ。いやっ、すごく芸術的で美しい姿だなぁとは思うんですけど、出来れば着衣でやってもらえればとーー」

やや恥ずかしげに話す男に茶を吹き出した。
朝の俺の行動が、見ず知らずの他人に見られていた。きちんと仕切りはしていたのに。
居ても立ってもいられなくなり、俺は立ち上がった。

「え、ちょ、どこ行くんすか、エクトルさん」
「すぐに戻る」

携帯を手に廊下へ出て、突き当たりの寝室にかけこんだ。
すぐにあの人に電話する。忙しいのか時間がかかったが、男の声がして胸を撫で下ろした。

「なんだ、こんな時間に。一家団らんの最中だぞ」
「すみません。でも今向かいのマンションの男が来てて、見られてたんです、朝のこと。どうすればいいですか」

男の命令に従うことが体に染み付いていたため、すがるように尋ねた。一方で俺は期待していた。これでもう馬鹿げたことが終わるのではないかと。だが男は非情だった。

「ふふっ。それは面白い。私もその場にいたかったよ。……そうだ。お前、そいつを誘惑しろ。もちろん掃除も続けなければだめだぞ」
「な、なにを、……相手はただの若い男ですよ、俺はそんなこと……っ」
「出来るだろう? 電話ごしに私を誘ってくる淫らな声……お前は本当は欲しがっているんだよ、生の男をな。それに、言うことを聞かなければ、ジムのオーナーに全てを話して仕事をクビにさせるぞ?」

それだけは困ると拳を握りしめ、俺は奴の言葉を受け入れた。
だが指示はそれで終わらず、なんと携帯をそのままにしてやり取りの音声を聞かせろと言った。頭がぐらつくが、もう正常な判断はできなかった。

居間に戻ると、窓辺に佇んでいたネイサンが心配げに振り返った。

「あっ、エクトルさん。大丈夫ですか? なんかすみません。別に俺、あなたを責めるとかそういうつもりじゃなくて。ただ刺激が強くて困ってしまうので……」
「本当にそうか? お前、俺を脅しに来たんじゃないのか」

言葉を遮り、奴に詰め寄る。俺よりも若干低い背丈だ。
すらっとしていて分かりにくいが、配管工という肉体労働のせいか筋肉質な体つきをしている。

「いえいえ! そんなとんでもないです!」
「別にそれでもいい。だが俺が、全裸オナニーしてたことは内緒にしておいてほしい」
「……えっ!?」

ネイサンは口をあんぐりと開け、そのまま反応がなく固まってしまった。奴の頬は赤く染まり、俺もつられて視線を伏せる。
すべて奴に見られていた。この純朴そうな年下の青年に。

「エクトルさんって、そんなエッチなんすね……あの後オナニーしてたんですか……何時からですか? もうちょっと早めてもらえません? それ」

奴は突然呼吸を乱し、俺の上腕を掴む。混乱するが、奴がなぜか男の俺に興奮しているのが伝わった。

「お前……なんだ? ホモか? やっぱり俺を覗いてたのか」
「……はは。まあ、否定はしませんけど、……あなたが悪いんですよ。あんな格好で……他の男も見てたらどうするんですか」

また心苦しそうな顔で気遣ってくる。今日出会ったばかりの男が。
見てるだけでなくやらされてるんだと、さすがに言えなかった。
早く指令を遂行させなければ。

「とにかく、朝の日課をやめるつもりはねえ。お前の言うこと聞いてやるから言えよ」

誘惑の仕方など分からないしさらなる恥だ。こんな図体をして惨めではあるが、経験上、相手に粗末に扱われるほうが楽だと考えた。
ネイサンは迷った様子でなぜか自分がしゃがみこんだ。

「そうですね……普通なら「じゃあしゃぶれよ」とか言うんでしょうけど、俺結構紳士的なんですみません。エクトルさんのしゃぶっていいすか?」
「……なんだと?」

理解不能な申し出に「お前はネコなのか?」と聞き返すが「いやバリタチです」と返された。
俺は、男にしゃぶられたことなどない。困惑しながらも奴の言う通りにさせた。 

「あ、あー、エクトルさんのちんぽでかっ。いじるとどんどん大きく育っちゃいますねー」
「……っぐ、う、るせえ……っ……黙ってくわえろ……」

外が暗くなった窓際で、パンツを太ももまで下ろし下半身を奴の口に含まれている。
ネイサンは異常に上手かった。自分の手よりも何倍も良い湿った刺激に、俺はすぐに果ててしまう。

しかも奴は「ああ〜……濃すぎ…うめえ…」と恍惚状態で飲み干したあと、立ち上がり俺に口を近づけてきた。

「ちょっ、てめ、何すんだ! 汚え、顔寄せんなっ」
「ひどいなあ、綺麗ですよエクトルさんのちんこ、ねえキスしましょう? 俺好きなんですこうするの」

ひどいことはしないと言いながら奴は突然俺の胴に抱きついて舌をねじこむ。
久々の舌の感触は思ったよりも気持ちよく、肩の力が抜けた。

されるがままになっていると、奴は俺の尻を揉み始める。
嫌な予感がしたが口がふやけ体も緩み、ぐりぐりと奴の股間が押しつけられた。

「あああ入れてええ……エッチしたいです、エクトルさん、いい? いいですか?」
「お前紳士なんじゃねえのかよ! ちんこたたせんな! 何気にでけえしよ!」
「それはあなたのせいです。でもありがとうございます。……あれっ? 濡れてる! マジで変態だエクトルさんっ!」

はしゃがれて再び口を塞ぎたくなる。
中が濡れてるのは、さっきあの人に仕込んでおけと言われたからだった。つまりこいつと挿入までしろということだ。

ネイサンの巧みな指先が尻肉をかきわけて中をぐいぐい押す。
前立腺に当たってすぐに俺はそれまでと異なる声を出す。

「あ、あ、んぁ、やめ、やめろぉ」
「欲しいですか? 男のちんぽ、いつも自分でここも弄ってたんでしょ?」
「ひぐっ、や、ああっ」
「素直に言ってください、そしたらおっきいの突っ込んで、エクトルさんのアナル気持ちよーくしてあげますよ」

窓のカーテンを握りしめ、後ろにぴたりと添えられた男のペニスに喘ぐ。
もう、我慢が出来なかった。バイブやディルドじゃ物足りない。
こいつのがほしい。いますぐに。

「たのむ、入れて、くれ、ネイサン、突いて、くれっ」
「……はいっ。分かりました、たっくさん、良くしてあげますね…!」

降参した俺に対し喜びの声音で、無遠慮に奴の肉棒が打ち付けてくる。
ぱちゅん、ぱちゅん!とやらしい音が響き腰をがくがくさせる。

男に犯されるのは、こいつが初めてだった。
本物のペニスはここまで生き生きとして、懸命に快楽を与えてくれるものだったのか。

「あ、ああ、いっちまう、もういく、ネイサン……ッ!」
「はいどうぞ、エクトルさん! 俺も一緒に……イキますから、ねっ!」

問答無用で中イキをさせられ、腹についていたちんぽの先からも二度目の射精をした。
奴は俺の中で大量に果てたあと、ぐったりと背中に抱きついてきた。

この終わってからの間がどうしようもなく所在がない。
見れずにいた顔を後ろに向けられ、奴はまた懲りずにキスをしてきた。

「すみません、エクトルさん。俺、ここまでやるつもりまったくなかったんですが……あなたが可愛すぎて、つい……」
「……別に、いい。俺のほうが、お前に謝らなきゃならねえ」

奴はすぽんと逸物を抜き、窓によりかかる俺の体をいそいそと拭きながら、耳を傾けた。
一発やっただけなのに、俺は心を許してしまったのだろうか。
突如淫らな行いに外部から入り込んできたこいつに対し、罪悪感が芽生えていた。

「俺はある人に命令されて今までのことをやってたんだ。この会話も全部聞かれている。……断れなかった。すまん」

白状すると、ネイサンはこれまでの微笑みが嘘のように、眉を吊り上げて怒りを露にした。
罵倒して出て行くだろう、そう思ったのだが、奴は俺の携帯を探しだし、電話の向こうに向かって怒鳴り散らした。

「ーーおい、嘘だろ!? お前まだそこにいんのか変態がッ! 今までエクトルさんに公開オナニーや公共・職場での痴漢プレイ、強制トコロテン連射までやらせたのか! ふざけんじゃねえ羨ましいぞこの野郎! でももうあれだ、彼は俺のもんになっちまったから、お前のような変態クソジジイには金輪際指一本も触れさせねえからな、ざまあみろ、バーカ!!」

子供のような文句を息継ぎもせず言い切り、ぷちっと電話を切ってみせた。
呆然と立ちすくむ俺に、爽やかな笑顔で汗をぬぐう若き青年。
何が起こったのだろうとしばらく奴から視線を逸らせなかった。

「もう大丈夫ですよ。あなたに変なことをさせる男はいません」
「……い、いや、何やってんだお前。やべえよ。……あの人は、そんな、すんなり引き下がるような人間じゃ……」
「えっ? まさか……怖い人なんすか? マフィアとか、ガチのやつ? どうしよ」
「違う、俺のジムのオーナーの友人だ。店の出資者で、太客なんだ。俺は、ずっと気に入られてて長年セクハラを……」

躊躇いながら身の上話をする。ジムの店舗を任されている俺の顧客でもあり、直接的な体の関係はなかったが、彼の趣味嗜好を用い散々弄ばれてきた。

その事実が若い頃素行の悪かった自分を拾ってくれ、面倒を見てくれたオーナーにバラされたら、やっと掴んだ居場所をすべて失ってしまう。

「エクトルさん……でもこのままでいいんですか? 俺はあなたがそんな男にずーっと言うこと聞かされてるの嫌です!」
「……お前な……今日会ったばかりで、自分だって犯してきやがったくせに、何言うんだ…」
「それはすみません。でもあなたにとっては今日が初めてでも、俺はもうあなたのこと半年以上知ってますから。毎日その生まれたまんまの姿を見てて、まったく他人のような気がしないんですよ」

真っ向から誠実に告げられ、一瞬おかしくも納得しそうになってしまった。
俺は電話のあの人だけでなく、知らず内に変なやつに目をつけられていたのだと頭を抱えた。


それから起こったことはこうだ。
ネイサンが現れたあと、自分が危惧していたよりも、物事はいい方向に進んだ。

俺は仕方なく、電話の件の謝罪を彼に面と向かってした。
だがその際、なぜかあれから俺につきまとうようになったネイサンも同行すると言い張り、二人で菓子折りを持って挑んだ。

彼は加害者なのだが、驚くべきことに俺達の言い分を余裕の面で受け入れた。
むしろ俺に自分のおかげで恋人が出来たのだと勘違いし、喜んですらいた。

ネイサンはもう変な電話と窓拭きを止めさせるように直談判したが、彼はあることを条件にそれを承諾した。
あろうことか、俺達の行為を直で見せてほしい、というものだ。
薄々理解してたことだが、最後の最後までそういう歪んだ嗜好の持ち主なのだろう。

憤って反対する年下の男を抑え、俺は了承した。
そのぐらいやってでも、自由になりたかった。人前でするのは正気の沙汰ではないが、なぜかネイサン相手ならば、妙な信頼感があった。

そうして俺達二人はホテルで全てを清算し、完全に淫らな戯れから解放される。

「あのスケベ野郎、じろじろあなたのこと見てて本当腹立ちましたよ。おかげで三発も頑張っちゃいました」
「やりすぎだ。でもお前、こういうことに目覚めたとか言うなよ。俺はごめんだからな……元々ノーマルな人間なんだ、こっちは」
「俺だってそうです。最初で最後に決まってるでしょう、もうエクトルさんは俺の恋人なんですからね。誰にもエロい姿は見せません!」

帰り道、奴は俺の肩を馴れ馴れしく抱こうとしたため避けようとした。
だが思いのほかしつこく、体の疲れもあったため好きにさせる。

「勝手に恋人にすんな。つうかお前、俺なんかがいいってどんな趣味してんだよ。目覚ませよ変態」
「あ。耳が赤い、照れてる! 可愛いー!」
「うるせえ外で手繋いでくんじゃねえ!」

男二人で騒がしく夜道を歩く。
けれど真っ暗で出口の見えなかった俺の生活を、このぐらい騒がしい男が照らしてくれるのも悪くはないのかもしれないと、俺は一人焼きが回ったことを思ったのだった。



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